表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第二章 拡大する版図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/63

第五十一話 満ち足りた日々②

 休憩を終えて集団での模擬戦を行った後、訓練の終了を告げたエドウィンは、エゼルウルフを抱きかかえ、側近たちとウィトレッドと共に王の館へ戻る。


「新参の戦士たちも随分と集団戦闘に慣れたようだし、戦士団もそろそろ質と規模の両面であてにできそうだね」

「能力的には問題ないでしょう。まともな実戦経験を積んでいないのが少し不安ですが……」

「その点はまあ、何とかなるだろう。彼らも狩りや盗賊退治くらいはこなしてきたからね」


 館の入り口まで歩きながら、エドウィンはジェラルドとそう言葉を交わす。


 三年前に戦士団に加わり、当初は元傭兵たちから「素人民兵に毛が生えた程度」と評されてていた新参の戦士たちも、地道に訓練を重ねた結果、それなりの動きを見せるようになった。少なくとも、民兵よりは遥かに使えそうな戦力へと育っていた。

 そんな彼らは、しかし戦士身分になって以来、軍勢同士が激突する本格的な戦争は未だ経験していない。そのような戦争そのものが、久しく起こっていないために。


 統一暦四〇九年の夏からこの四一二年の初秋にかけての約三年、リンダム王国は平穏を保ってきた。アロナ島内の社会は未だ不安定な部分が多いため、領土内に小規模な盗賊が出現して戦士団が対応するような事態はたびたび起こっているが、少なくともこの地においては他勢力との本格的な戦争が発生することはなく、概ね平和な状況を維持してきた。


 リンダム王国を外敵から守り抜き、長きにわたって存続させるには、より大きな力が必要。より大きな力を得るには、より広い領土と多くの民、そこから得られる富が必要。なので、国の規模をさらに拡大しなければならない。エドウィンはそう考えながらも、この三年間はあえて新たな軍事行動を起こさずにいた。その背景にはいくつかの目的があった。


 ひとつは、タイウェルを打倒した後に新領土として獲得した王国北部の復興に注力すること。

 盗賊団の襲来によって生活基盤を失った者たちが難民となり、その他の民も暴君による圧政を受けて疲弊していた王国北部が、安定を取り戻すにはある程度の時間が必要だった。荒廃していた人里の再興や不安定になっていた農業の立て直しがじっくりと行われたことで、王国南部と同様に、北部も農産物や労働力や兵力の供給源として安定しつつある。


 次に、規模の増した戦士団の練度を高め、さらには騎兵部隊を実用化するために育て、さらなる領土拡大に臨むための十分な軍事力を得ること。

 エドウィンは四十人の元傭兵を従えて大陸からこのアロナ島に渡ったが、そのうちタイウェルに勝利した後も戦力として保たれているのは三十五人。拡大した王国を守るには常備兵力の規模も増す必要があり、そのため新たに三十五人が戦士団に迎えられた。

 新参の戦士たちは多くが元農民であり、当初は元傭兵たちの足元にも及ばないほど戦力として頼りなかった。三年にわたって地道に鍛え上げ、さらには都の警備や領土内の治安維持といった軍務を覚えさせた結果、元傭兵たちには未だ及ばないまでも、彼らも戦士として一応当てになるよう育っている。


 また、エドウィンは今後の戦争における王国の切り札とするため、元傭兵を中心に馬を操ることができる戦士たちを選抜してひとまず十数騎程度の騎兵部隊を編成することを決断したが、その実現には三年を要するというのが戦士長ジェラルドの判断だった。東方から伝わった画期的な道具である鐙を活用し、支配下の牧場主たちから軍用として扱い得る上質な馬の供給を受けた結果、騎兵部隊は今年中に一応の完成を迎えることになっている。


 さらに言うと、自分が好戦的で野蛮な暴君ではなく、平和をもたらす善君であると民に印象づけることも、平穏の維持に努めてきた理由としてある。

 戦争は民を疲弊させる。他勢力から攻撃されたのであればともかく、自ら進んで領土拡大のための戦争を次々に起こしていては、民から戦争好きの野蛮な王と見なされて支持を失いかねない。なので、エドウィン王の本質は国内に安定をもたらす支配者であり、民に平穏を与える庇護者なのだと、こうして行動をもって示してきた。


 同じ理屈で、他勢力の支配者たちに、自分が見境なしに他の為政者を襲い滅ぼす脅威ではないと示すことも、副次的なものではあるが目的のひとつとしていた。

 タイウェルの勢力を派手に滅ぼした上で、すかさず他の勢力に襲いかかっていては、他勢力の支配者たちから共存不能の大敵と見なされ、交易はおろか対話すらできなくなる可能性もある。だからこそ、領土的野心を表に出すことなく内政に注力し、他勢力の支配者たちとは使者や商人を介して友好的に交流し、そうして三年にわたって「大人しく」することで、自分は理屈をもって対話を為すことのできる理性的な人間なのだと示すようエドウィンは努めてきた。


 将来的に直接統治が難しいほど領土が拡大した後、他勢力の支配者たちを打ち倒すのではなく従属させて貴族などに任じる統治体制を築いたり、現実的な限界まで領土を拡大した後に周辺諸国と穏便に共存したりするためには、こうした配慮を為して対話の余地を残しておくことも重要なことだった。


「ちちうえ! あのおうち、もうかんせいしてるよ! このまえはつくりかけだったのに、すごいねぇ!」


 エドウィンに抱えられながら都の様を見回していたエゼルウルフは、そう言いながら一軒の真新しい家屋を指差す。


「そうだね、これでまた都の発展が進んだ。優秀な大工と勤勉な労働者たちのおかげだ」

「ちちうえ、あのおうちにはだれがすむの?」

「それはまだ分からないなぁ。独身の古参戦士たちのうち、新たに結婚して自分の家庭を持った者が移り住むことになるだろうが……次は誰になるだろうね」

「はははっ! レオフリックじゃないのは間違いないでしょうね」

「馬鹿、余計なお世話だ」


 嫡男から問われたエドウィンが何気なく呟くと、後ろでオズワルドが少々下品な笑い声を上げながら言い、その隣を歩くレオフリックが彼を小突いた。

 レオフリックは二十代半ばを過ぎた今も独身であり、一方で彼より二歳下、エドウィンより一歳若いオズワルドは一年ほど前に富農の娘と結婚した。それ以来、二人は結婚の話題が出ると、このように言葉による小競り合いを度々くり広げている。


 こうして都に新たな建物が完成するのは珍しいことではなく、都の人里としての規模は着実に拡大してきた。その結果、都は王家の居所として、リンダム王国の中心として、その機能を充実させてきた。


 王の館の東には、王の権勢を支える戦士たちとその家族の暮らす家々が、合計で三十ほども集まっている。戦士たちのうち所帯を持つ者は一軒を与えられて伴侶や子供と一緒に暮らし、若く独身の戦士たち――数の上では彼らが大半を占める――は、およそ五、六人ずつで一軒の家を共有し、寝起きしている。今のところ、所帯を持って一軒の家を独占することを許されるのは、エドウィンと共に大陸から渡ってきた古参のキラケス人戦士たちに限られている。

 戦士たちの多くは、旅暮らしの傭兵上がりか、生家で肩身の狭い思いをしながら生きてきた農家の次子以下の出身。個人用の部屋など人生において縁のないものであった彼らは、血縁でもない者たちと共に一間の家に放り込まれても気にしない。


 館の西には、王の庇護を得ている職人たちの工房や住居が並んでいる。

 クロスボウ製造を担当する木工職人トマスをはじめ、かつてはアイヴァー川下流域の西側に点在していた者たち。仮面の金細工職人キネグラスをはじめ、タイウェルの圧政から解放してくれたエドウィンに仕えることを選んだ者たち。そして、エドウィンに招かれて大陸のキラケス地方から移り住んだ御用鍛冶職人デリックとその弟子たち。彼らは王の膝元という最も安全な場所で、エドウィンの権勢を支え、王国社会を発展させるために日々仕事に励んでいる。


 社会の維持に必要な各種の職人が概ね揃ったことで、都は単に大きな農村ではなくなり、その呼び名の通り都市的な機能を備えるようになった。

 また、王家の保有する三隻の輸送船を操る船乗りギルベルタや、王家のお抱えとして庇護を得た馬牧場の主など、その他の技術職の者たちもこの辺りに住居を与えられている。


 そして館の南には、農民たちの住む家々が立ち並ぶ。古参の住民である元小作農たちの住居の周囲に、この三年で他の人里から移住してきた新参の農民たちの家が少しずつ数を増やしている。


 東西と南の家屋群、そして北に佇む王の館に囲まれた中心には、広場がある。これまで重要な場面で人々の集まる場として利用されてきた広場は、今は季節の祝祭や結婚式などが開かれたり、あるいは王家の御用商人ロイドをはじめとした商人たちが時おり露店を置いたりと、民の大切な交流の場として引き続き使われている。


 都の住民たちが行き交う様を横目に広場の北側を通過し、王の館の入り口にエドウィンたちが帰り着くと、王家の紋章が描かれた扉の傍らに一人の戦士が座り込んでいた。退屈そうな表情で広場を眺めていたその戦士は、王と王子と側近たちの帰宅に気づくと、立ち上がって一礼してくる。

 彼の背丈は、頭を下げてもなおエドウィンよりも高い。


「あっ、ウォーレスだ! ちちうえ、おろして!」


 言われるがままエドウィンがエゼルウルフを下ろしてやると、彼はウォーレスと呼ばれた大柄な戦士の方へ駆け寄っていく。足元でぴょんぴょんと跳ねる王子から抱っこを所望されたウォーレスは、片手に持っていた巨大な戦鎚を館の外壁に立てかけると、王子の望むままに彼を抱き上げてやる。父親に抱きかかえられたときよりもさらに高い視点で周囲を見回し、エゼルウルフは満足げに笑う。


「ウォーレス、午後の警備担当は君だったか。ご苦労さま」

「ありがとうございます、陛下。お帰りなさい」


 エドウィンが見上げながら労いの言葉をかけてやると、ウォーレスは頷きながら答える。

 エドウィンよりも三歳下で、戦士団の中でも特に若手の部類に入る彼は、しかしエドウィンの側近たちや一部の古参戦士たちと共に、館の警備をはじめとした重要な仕事を任されている。彼がエドウィンから向けられている信頼と、そして彼の人並み外れた巨躯がその理由としてある。


 ウォーレスの父はエドウィンの父ケンウルフが傭兵団長をしていた頃の配下の一人で、ジェラルドやサベルトと並ぶ側近格だった。エドウィンにとってウォーレスは、レオフリックやオズワルトと同じように、共に傭兵団の中で育った幼馴染の一人だった。

 ジェラルドの娘で当時四歳のアンナが森の外縁部で迷子になり、十二歳のエドウィンが彼女を守るために熊と戦ったとき、アンナを含む幼い子供たち面倒を見ていたのが、当時九歳のウォーレスだった。不運な事故だったとはいえ、結果的に自分のせいでエドウィンが背中に消えない傷を負ってしまったと考えたウォーレスは、成長して一人前の戦士となった今、エドウィンの背を誰にも傷つけさせないと誓っている。

 幼い頃から見知った仲であり、並々ならぬ覚悟を表情に滲ませながら誓いを立ててくれた彼は、エドウィンが最も信頼する戦士の一人となっている。


 そして彼は、おそろしく恵まれた体躯を持っている。長身のジェラルドよりもさらに頭ひとつ分ほども背が高く、引き締まった体格のジェラルドとは違って横幅や奥行きまで大きく、オズワルド曰く「詰めれば若様が身体の中に三人収まる」ほどの巨躯を誇る。


 筋力もその巨躯に見合うものがあり、戦いになれば凄まじく強い。力が強すぎて敵にぶつけた戦斧の刃や槍の穂先がすぐに鈍くなってしまうため、攻撃を当てさえすればその衝撃で相手を戦闘不能にできる彼は、先端部分が人の頭ほどもある頑丈な戦鎚を主武装としている。戦場で暴れれば牛の如く強いため、仲間内では「雄牛のウォーレス」などと呼ばれている。

 彼が後ろで戦鎚を振り回していれば誰もエドウィンの背後には近づけず、さらに左右の死角をジェラルドに守ってもらえば奇襲を受ける心配はないため、エドウィンはあまり危険を感じることもなく正面を向いて戦うことができる。


 そうした戦闘時の働きはもちろん、ウォーレスほどの巨漢であれば、ただそこに存在しているだけで威圧感がある。お世辞にも賢いとは言えないので複雑な仕事を任せることには向かないが、立っているだけで王族や館に対して誰かが悪事をはたらくことを抑止してくれるとなれば、個人的な護衛や館の入り口の見張り番としては最適の人材だった。

 だからこそエドウィンは、戦士としての経験という点では未熟な部分もある彼を、好んで近くに置いている。盗賊団やガレスやタイウェルとの戦いに同行させて自身の背後を守らせ、領土拡大のための征服行においても、周囲を囲む直衛や王家の紋章旗を掲げる旗持ちなど重要な役割を与えてきた。


「どうやら我が嫡男は今少し遊び足りないらしい。悪いが、ここで少し相手をしてやってくれるかい?」

「もちろんです、お任せください」

「陛下、僕もここに残って王子殿下の御世話を務めます」


 答えた若き戦士と申し出た文官見習いに礼を伝えたエドウィンは、エゼルウルフに「ウォーレスの仕事の邪魔をしてはいけないよ」と言葉をかけると、レオフリックが開けてくれた扉を潜って館の中に入る。


「国王陛下、そして皆さんも、お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ。訓練ご苦労さまでした」


 帰宅した王のもとへすぐに歩み寄り、慇懃に一礼して言ったのは家令のドーラだった。彼女の下で家政を手伝うアンナも首を垂れ、エドウィンが脱いだ外套を受け取る。


「ああ、ただいま。ありがとうアンナ」

「陛下、王子殿下はまだお外に?」


 アンナに礼を伝えたエドウィンは、問うてきたドーラの方を振り返ると、苦笑交じりに頷く。


「あの小さな身体のどこにあれだけの体力があるのか、まだ遊んでいるよ。扉の前でウォーレスとウィトレッドに相手をしてもらいながらね。帰ってきたら面倒を見てやってくれ」


 家政における側近にそう伝えた後に歩み寄るのは、愛する伴侶――王妃クレアのもと。


「エドウィン様、お帰りなさい。お疲れさま」


 広間の中央に置かれた大テーブルの奥側、自身の定位置で椅子に座っていたクレアは、花が咲いたような笑顔を見せて言った。エドウィンも笑みを返し、そして彼女と口づけを交わす。


「ただいま、クレア。我が愛しの妃」


 甘い笑顔と声で囁かれ、クレアの表情は照れ笑いに変わる。

 そしてエドウィンは、彼女の腕に抱かれている赤ん坊に視線を向け、その額にそっと口づけをする。すやすやと眠る赤ん坊は、僅かに身を動かして反応を示す。


「ただいま、アリス。大切なお姫さま」


 アリスと呼ばれたその赤ん坊は、つい三か月前に生まれたばかりの、エドウィンとクレアの第二子。二人にとっては長女、リンダム王国においては王女の立場にある。


「ついさっきまで、フィオナさんにこの子の体調を診てもらっていたんです。何も問題なく、元気に育っているそうですよ」

「そうか、それは何よりだ……いつもありがとう、フィオナ」


 エドウィンは言いながら、クレアの隣に座っている祭司長フィオナに視線を向ける。


「恐縮ですぅ。これも私の大切な仕事なのでぇ」


 柔和な気質の祭司長は、その気質に似合う笑顔を浮かべ、知り合った頃と変わらないおっとりとした口調で答える。

 商人などと並んで社会における知識人階層を担う祭司は、神殿に保管されている様々な書物の管理なども担っている関係で、医学の知識を持ち合わせている者が多い。その結果、彼らは聖職者だけでなく医者の役割も持っている。若くして優秀な聖職者であるフィオナも、大陸の都市部にいた専業の医者にも負けない医学知識があり、そのため生まれて間もないアリスの体調を小まめに診てくれている。


 クレアの傍ら、テーブルの最上座の椅子に座ったエドウィンは、椅子の背にもたれてくつろいだ姿勢になり、深く息を吐く。ジェラルドたち側近も、それぞれテーブルの定位置につく。


「若様、どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 お盆に載せていくつもの杯を持ってきたアンナが、まず最初にエドウィンの前に、次いで側近たちの前に杯を並べる。

 杯に注がれているのは、アロナ島原産のハーブを使った、爽やかな香りが特徴のお茶。島の人々にとっては、エール酒と並んで日常的な飲み物として知られている。エドウィンはすぐさま木製の杯に口をつけ、今やすっかり飲み慣れたお茶を味わう。


 そして、愛する家族や信頼できる家臣たちに囲まれながら、居心地の良い広間の空気に浸る。


 大陸で傭兵として生きていたのは、もはや戻ることのない過去の話。今ではこの地こそが新たな故郷。この館こそが帰るべき家。エドウィンは自らが築き上げたリンダム王国の主として、日々満ち足りた暮らしを送っている。

次回からは月・水・金の週3回更新していきます。

引き続き本作にお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>「若様、どうぞ」    アンナにとって、エドウィンはまだ「若様」なんだ 
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ