第四十九話 我は王である
エドウィンにとってブレドリック・ベルノニアはとにかく癪に障る人物だったが、彼を参考にしようと思える部分もあった。
それは、王権の象徴として冠を戴くこと。冠を頭上に置いていれば、豪奢な装飾品で身を飾るよりも大勢の戦士を侍らせるよりも、もっと分かりやすく簡単に自分が王であると誇示することが叶う。
子供の頃に読んだ書物の記述なのでエドウィンもこれまで忘れていたが、滅び去った古の王国の君主たちも多くが冠を被っていたというから、この現代で新たに王となった自分も彼ら歴史上の先達に倣うのは褒められた行いのはず。
なので自分も、己が王であることを象徴するための冠を作ろう。王冠を戴くことを、子々孫々まで続いていくリンダム王家の主の伝統としよう。ブレドリックとの会談の最中にそう決意したエドウィンは、しれっと真似をされたと彼から後々思われるのは嫌なので、あえて王冠を戴く振る舞いを参考にさせてもらう旨を伝え、彼の快諾を得た。内心どう思っていたかは分からないが、彼は表向きは笑みを浮かべ、参考にしてもらえて光栄だと語っていた。
そして王の都に帰還したエドウィンは、早速王冠作りに着手した。タイウェルより奪った金製の腕輪やブローチなどを材料として与え、金細工職人キネグラスにエドウィン王の象徴としての王冠を作らせた。
そして、十二月の初頭。エドウィンが王として戴冠する当日。職人としてのこだわりから前日まで装飾の微修正や細かな部分の手入れを行っていた王冠を、キネグラスはエドウィンに納める。
「こちらが、完成品となります」
王の館の奥。国王夫妻の私室まで入ることを許されたキネグラスは、深々と頭を下げながら王冠を差し出す。彼の両手の上で清潔な布に載せられている王冠に、着飾ったエドウィンと王妃クレアは見入る。
「まあ、何て美しいの……」
クレアは感嘆の息を吐きながら、そう感想を零した。
その王冠は、ブレドリックが被っていた月桂冠もどきのような形状ではなく、黄金の輪から棘状の装飾が合計で九本、上向きに延びるような見た目をしている。表面には九芒星を中心に精緻で美しい模様が刻まれ、王冠の輝きをより繊細で奥深いものにしている。
その様から作り手の覚悟が伝わるような、見事と言うほかない逸品だった。
「……間違いなく、我がリンダム王国に存在するあらゆる装飾品の中で最上の出来だろう。キネグラス、よくやってくれた。さすがは御用金細工職人の筆頭だ。君の手がけたこの王冠の輝きが、我が王権を世界に誇示し続ける。我が治世は君のこの傑作と共にある」
「それは……誠に光栄です。この上ない喜びです。国王陛下」
やや掠れた声で答えるキネグラスの顔は、今は粗末な木製の仮面ではなく、見栄えのする革製の仮面に覆われている。ほとんど人前には出ないからと仮面の質にこだわっていなかった彼に、王の家臣となった以上は良い物を身に着けるようエドウィンは言い、腕の良い革細工職人に命じてこの仮面を作らせた。木板に穴を開けただけのような代物ではなく、人の顔を模した上で表面に芸術的な模様の刻まれた上質な仮面は、着用者が地位のある人間であると誰が見ても分かる。
合わせて上等な衣服と彼自身が身につけるための装飾品なども与えたので、今のキネグラスは民から見ても、偉く金持ちであることが一目瞭然。エドウィンが王として彼への庇護を公言していることも功を奏してか、少なくとも表立って彼を蔑むような者は都にはいない。彼のこれまでの半生と比べれば、幾らか生きやすくなったものとエドウィンは信じている。
仮面の下の表情は分からないが、数週間かかりきりで作り上げた作品に対して王からの絶賛を賜ったキネグラスの口調は、感無量といった様子だった。
「さて、君は広間に戻り、家臣たちの列に加わるがいい……私も準備を終えたら、王妃と共に広間に現れよう」
「かしこまりました。それでは」
キネグラスは慇懃に一礼すると、祭司長フィオナに王冠を預け、案内役の戦士に連れられて退室する。フィオナは王冠を九芒星の描かれた布で丁寧に包むと、エドウィンに視線を向ける。エドウィンが頷くと、彼女も一礼して部屋を出る。
エドウィンは戴冠を、ひとつの儀式として執り行うことにした。祭司長フィオナに王冠が王権の象徴であることを宣言させた上で、証人たる家臣や民に見守らせながら王冠を戴くことにした。
儀式の開始を目前に控えるエドウィンは、軍装にマントを纏い、金製の装飾品を身につけ、まさしく王の威厳を放っている。クレアも同じく金製の装飾品で身を飾り、化粧で顔を彩っている。
家令のドーラが王妃の髪や化粧を今一度確認し、細部を整えれば、準備は終わる。いよいよ戴冠式に臨む。
「では行こうか、クレア」
「はい、エドウィン様」
微笑を浮かべて歩き出すエドウィンに、クレアは嬉しげな声と表情で答えて続く。
私室を出たエドウィンは、部屋の前で待っていたジェラルドに視線を向ける。主君が準備を終えたことを理解した側近は無言で頷くと、国王夫妻を先導し、広間へ入る。
「国王陛下と王妃殿下の御成りである! 皆、頭を下げろ!」
ジェラルドの声が広間に響き、集っていた者たちが一斉に礼をする。
側近に次いで広間に入ったエドウィンは、ゆっくりと玉座の前まで歩くと、広間の中を見回す。
玉座から見て左手側に並んでいるのは、王家に仕える戦士団。そして右手側の最前列には、船乗りの筆頭であるギルベルタ、御用商人ロイド、そして鍛冶職人デリックをはじめとした御用職人たち。キネグラスも今はこの列に加わっている。彼らの後ろに並ぶのは、王国領土内の各人里の代表者たち――例えば、村長であったり、顔役の最年長者であったり、農場主であったり。
壁際には、ジェラルドの妻と娘のアンナ、そしてオズワルドの母と弟など、家政を支えながら館で暮らす者たちも並び、戴冠式への参加を許されている。
そして隣を向けば、王妃の席の前に立つクレア。玉座の傍らには戦士長ジェラルドが、王妃の席の傍らには王子エゼルウルフを抱きかかえた家令のドーラが、二人のさらに外側には、若き側近であるレオフリックとオズワルドがそれぞれ立っている。そして少し離れた位置には、儀式の補佐役の若い祭司を傍に控えさせた祭司長フィオナがいる。
広間に収める顔ぶれは最低限としたにもかかわらず、建国と即位の儀式を行った際よりも遥かに多い。これだけの家臣や民を抱えるとは、我ながらこの一年で随分と偉くなったものだとエドウィンは考える。
「面を上げよ」
王の言葉を受け、一同は顔を上げる。玉座の置かれた高座に立つエドウィンを、皆が見上げる。
そして、戴冠式は始まる。神々の祝福の下で行う儀式において、中心的な役割を果たすのは祭司長フィオナ。普段のおっとりとした言動が嘘のように、聖職者らしい落ち着いた佇まいを見せる彼女は、聖句を唱えながらエドウィンに歩み寄る。その後ろに補佐役の祭司が続く。
「光の神ラウデズ、大地の神アーレスタ、海の神セイオン、火の神ヘルケラス、知恵の神メーヴェル、理性の神ハロルディオン、愛の神エメレット、戦の神ダノン、そして、天の神にして全ての神々の母パドメ。世界を創りし九神は、我らを照覧し、我らを導く……」
言いながら、フィオナは手にしていた儀式用の杖を補佐役の祭司に預け、代わりに布に包まれた王冠を受け取る。
彼女が王冠を取り出して高々と掲げると、その輝きを見た一同は感嘆の声を上げ、あるいは息を吐いた。
「神々に仕える者として、九神に代わり問おう。神々の子エドウィン、お前はこの黄金の冠を何とする」
「私はこの冠を、我が王権の象徴たる王冠としよう。私が王であると、神々に誓いを立てた支配者であり庇護者であると、皆が分かるようこの王冠を頭上に戴こう。王として生きる限り、私はこの王冠と共にあろう」
厳かに問うたフィオナに、エドウィンは堂々と答える。
「神々の子エドウィン。九神は今、確かにお前の宣言を聞き届けた。お前が王権の象徴としてこの王冠を戴くことを、神々も祝福するだろう……」
そう語るフィオナの前でエドウィンは片膝をつき、そして戴冠する。
頭上に王冠を戴いて立ち上がったエドウィンを前に、フィオナはゆっくりと頭を下げる。
「……国王陛下。あなた様を讃えるように、あなた様の戴く王冠を讃えます」
彼女の言葉に小さく頷き、エドウィンは再び皆に視線を巡らせる。
「この王冠は証である。私こそがこの国の支配者であり庇護者であることを、私を見る全ての者に知らしめる王権の証である……そして同時に、私が王として神々に誓った義務を果たし続けるという覚悟の証である。私が王として君臨し続ける限り、この国は守られる。この国に暮らす民は守られる。この王冠の輝きと共に記憶に刻むがよい。そして、この王冠の輝きを目にする度に思い出すがよい。私が王として覚悟を示すためにこそ、この王冠を戴くことを!」
「エドウィン王万歳!」
戦士長ジェラルドが声を張ると、続いて全員が「エドウィン王万歳」と唱える。王を讃える言葉が、広間にくり返し響く。
エドウィンが隣を向けば、王妃クレアはこちらを見つめ、頬を赤く染めて恍惚とした表情を浮かべている。エドウィンと出会ったあの日以来、彼女は救世主に全てを委ねながら共に人生を歩むという、夢のように幸福な物語を生きている。
エドウィンは彼女に微笑で頷くと、正面に向き直って玉座に腰かける。クレアもそれに倣って王妃の席に座る。
家臣と民が揃って王を讃える前で、夢見心地の王妃と共に君臨しながら、エドウィンは笑む。悦に入りながら玉座の背にゆったりと身体を預けるその様は、まさに尊大不遜。
これで、王としての在り方が完成した。エドウィンはそう考える。
力を象徴する装束。地位を象徴する玉座。そして、王としての特権を象徴する冠。誰がどう見ても自分は王である。征服を成し、統治を成し、勝利を成し、そうして自分はこの在り方を得た。王の称号を確固たるものにした。
もちろん、これで終わりではない。むしろこれは始まりに過ぎない。今もなおリンダム王国は小さな国であり、発展の途上にある。自分は若き王であり、その治世はこれから長く続いていく。
すなわちこの国には、自分には、大きな可能性が秘められている。より強大な国に、より偉大な王になる可能性が。
ならば、手に入れてみせよう。この国に必要な全てを。王として求める全てを。成し遂げてみせよう。この国が欲する全てを。王として求められる全てを。
王で在り続けながら、神々より与えられた天寿を全うしてみせよう。リンダム王国を生涯にわたって守り抜き、子々孫々まで続く国へと育て上げてみせよう。可能性を現実に変えてみせよう。
世界よ、目撃するがいい。歴史に刻まれるエドウィン王の物語を。
我は王である。
ここまでが第一章となります。お読みいただきありがとうございます。
お知らせです。
本作『我が覇道を讃えよ』の書籍化が決定いたしました。
刊行時期などの詳細はしばらく先の発表になりますが、引き続きWEB版をお楽しみいただきつつ、お待ちいただければ幸いです。
危険と可能性に満ちた新時代の黎明期、その中で成り上がりを謳歌するエドウィンの生き様がお気に召しましたら、ブックマークや星の評価による応援をいただけると大きな励みになります。




