第二十二話 征服行
建国から一か月ほどが経ち、季節が秋へと移ったある日。エドウィンは二十五人の戦士を引き連れ、粗末な道を東進していた。
場所は、王の館のある村からアイヴァー川を東に越え、数時間ほど歩いた地点。エドウィンのみ馬に騎乗し、その左右をジェラルドをはじめとした古参の戦士たちが歩き、残る戦士たちが後ろに続いている。
「……あれか」
馬上の高い視点から進路を見据えていたエドウィンは、薄く笑んで呟く。
やや湾曲した道の先、森の陰から見えてきたのは村だった。その村こそが今回の目的地だった。
「戦士諸君、楽しい仕事の時間だ! 睨みを利かせ、武器と盾を見せびらかし、我らの威容をあの村の住民たちに見せつけよう!」
エドウィンが呼びかけると、戦士たちは揃って力強く応答する。彼らの頼もしい反応に満足しながら、エドウィンは道を進み続ける。
間もなく、村の住民たちもエドウィンたちの接近に気づいたようだった。農地で働いていた者たちが慌てた様子で家々の並ぶ方へ逃げていき、そして村内が俄かに騒がしくなる。
その様を気にすることもなく、エドウィンは悠然とした態度で村に迫り、家屋が立ち並ぶ中に進入する。周囲に睨みを利かせる戦士たちを連れて。
身を隠すでもなく堂々と村に接近し、襲いかかるわけでもなく踏み入ったからか、住民たちは抵抗することはなかった。家屋の中に逃げ込み、あるいは正体不明の来訪者から距離をとり、怯えた表情を向けてくるばかりだった。
エドウィンたちは誰にも邪魔されることなく村の中央の広場まで辿り着き、そこで停止する。突然の事態を受けて広場に集まっていた数十人の住民たちと対峙する。エドウィンの周囲を二十五人の戦士たちが囲む。
不安そうに寄り集まってこちらに視線を向ける様は、まるで無力な羊の群れのようだ。そう思いながら、エドウィンは傍らのジェラルドに目配せする。ジェラルドは僅かに頷き、そして住民たちの方を睨む。
「ここにおわす御方は、リンダム王国の偉大なる支配者にして庇護者、エドウィン・リンダム国王陛下である! 王はこの村をリンダム王国領土とするために来訪された!」
力強く声を張りながら、ジェラルドは馬上のエドウィンを手で示す。それに合わせて、村の住民たちの視線がエドウィンに向けられる。
高価な装備と立派なマントと豪奢な装飾品を身に着け、戦士たちを侍らせ、王家の紋章である黒いウロボロスの意匠の描かれた旗を掲げるレオフリックを隣に立たせ、エドウィンはいかにも尊大そうな態度で微笑を浮かべる。この有様をもって、自分はまさしく王であると、別格に偉い人間なのだと住民たちに誇示する。今の自分には王に足る威容があると確信しながら。
王の威容を十分に見せつけた後、エドウィンは馬から下りる。戦士たちの間を抜け、前に進み出る。住民たちをゆっくりと見回し、しばし無言を保ち、そうして勿体ぶった上で口を開く。
「この村の代表者は誰だ? 前に出てきてくれ。話がしたい」
エドウィンの言葉を受けて、村の住民たちは顔を見合わせる。間もなく、他の住民たちに押し出されるようにして、中年の男が前に出る。
「あの、わ、私はこの村の村長をしております……」
見るからに不安げな表情の男――村長は、緊張のためか目を泳がせながら、おそるおそるといった様子で言った。
村の運営の仕方は二つに大別される。ひとつは、世襲あるいは話し合いによって選ばれた村長を置いている場合。もうひとつは、何人かの有力な家長や長老格の者が顔役となり、合議によって村をまとめている場合。この村は前者であるらしかった。
「……そうか、君が村長か」
エドウィンの表情も声色も穏やかだったが、見据えられた村長はまるで蛇に睨まれた蛙のように固まる。
「はははっ、そう怯える必要はない。我が戦士長が最初に言っただろう。私はこの村を我が領土に取り込むために来た。襲うためではない……我がリンダム王国の名を聞いたことは?」
「……は、はい。噂程度には聞いています。北から現れた大きな盗賊団を、海の向こうからやってきた戦士の一団が討伐して、その戦士たちの頭領が新しい国を作って王様になったと」
エドウィンの問いを受け、固まっていた村長はやや遅れて答える。
「そうか、この地にも噂は届いていたか。既に知っているのであれば話は早い……その『戦士たちの頭領』というのが私だ。私は己の国を作るため、配下の戦士たちを連れ、大陸のロドニア帝国北部からこのアロナ島へ移り住んだ。アイヴァー川下流域の西側一帯を最初の領土として誕生した我がリンダム王国は、東へと少しずつ領土を広げ、今日この村へ到達した。この村とアイヴァー川の間にある人里は、既に全て我が支配下となっている……この村に暮らす諸君にも頼みたい。私を王として認め、讃え、私に服従してくれ。さすれば私は諸君に庇護を与えよう」
王となってからのエドウィンは、支配者らしい態度や言葉選びを心掛けている。仰々しく両手を広げながら語ると、村長も、その後ろに並ぶ住民たちも、困惑の表情を浮かべる。
「あ、あの、服従というのは、具体的に何をすればいいのでしょうか?」
「単純な話だ。かつてロドニア帝国に対してそうしたように、王である私に対して税を納めてくれればいい……この村には何人が暮らしている?」
「えぇと、確か……八十人を超えるか超えないか、それくらいだったかと」
それを聞いたエドウィンは、ジェラルドに視線を向ける。村の家屋の数や、広場の様子を見ようと徐々に集まってくる住民の人数を数えていた彼は、村長の答えた人口が妥当なものであると判断したらしく、小さく頷いた。
「そうか。では税として、八人を食わせられるだけの食料を毎年納めるように。麦と家畜の現物でだ。そして一年に最大で二十日間、成人男子を四人、土木作業など王が求めるかたちでの労役に就かせるように。最後に、我が国が外敵による攻撃を受けて立ち向かうときや、そのための訓練を行うときに成人男子を二人、兵士として提供するように。以上がこの村に求める税の全てだ。今年の分の食料と労役については半分でいい」
説明を受けた村長は少し驚いたような表情になり、真っ青だった顔色が多少ましになる。おそらくは、エドウィンの語った税の内容が、かつてロドニア帝国に課されていたものと比較して明らかに軽かったためか。
重税を課すことはせず、税負担を軽くして民の生活に余裕を与え、もって民を懐柔する。己が定めた国家運営の方針に、エドウィンはこの場においても従う。
「税を納めるのであれば、私は諸君を我が国の民と認め、庇護しよう。諸君が平穏に暮らしていけるよう、この戦士団をもって守ろう……帝国軍が去って社会が混沌としていく中で、税と引き換えに庇護を受けるというのは諸君にとっても良い話であるはずだ。さて、諸君は私の求めに応えてくれるか?」
問いかけながら、エドウィンは薄く笑む。その後ろには、なおも睨みを利かせる二十五人の戦士たち。皆いかにも戦い慣れた雰囲気で、槍をわざとらしく揺らしたり、腰に下げた戦斧に手を振れたりと、威嚇じみた動きさえ見せる。
その様を見れば、もし王の要求を拒否すればどんな目に遭うか、誰でも容易に想像できる。顔を強張らせ、村の中核的な顔ぶれなのであろう年長の者たちと何やら話し合った村長が、再びエドウィンに向き直るまでそう時間はかからなかった。
「……ふ、服従します。あなた様に従います……こ、国王陛下」
呼び慣れない呼称をぎこちなく言った村長を前に、エドウィンは満足げに笑う。
この村長も後ろの住民たちも、未だ怯えてはいるが、一方で安堵もしていることにエドウィンは気づいていた。彼らの顔に、安堵の色が確かにあることを見抜いていた。
大半の人間は、支配する側ではなくされる側になることを欲する。農民も、職人も、屈強な戦士たちでさえ、誰かの支配下で大きな集団の一員となることに安心感を覚える。誰にも支配されず、守られず、広大な世界と無限の未来に己の身一つで対峙することに耐えられない。
支配する側に立てるのは、支配者としての才覚を持つごく一部の人間だけ。自分にはその才覚がある。
だからこれでいい。彼らは自分に支配されて幸せなのだ。エドウィンはそう信じている。
「賢明な決断だ。それではこれより、諸君は我が民である……」
そう言ってエドウィンが腰に下げた剣を抜くと、村長はびくりと身を竦ませ、村の住民たちも驚きに後ずさる。ひっ、と息を呑む誰かの声が広場に響く。
彼らのそんな反応を意に介さず、エドウィンは天に向けて剣を掲げた。
「神々よ照覧あれ! 私はこの者たちの良き王になると約束しよう! 我が民となったこの者たちを守り、慈しみ、もって王としての使命を果たすと誓おう! 私はこの地の支配者であり、庇護者である!」
「エドウィン王万歳!」
王の高らかな宣言に続いて、ジェラルドが鋭く叫んだ。戦士たちもそれに続いた。
ジェラルドから視線で促されると、何を求められているのか理解した村長も声を張った。さらには他の住民たちも、次々に続いた。
エドウィン王万歳。エドウィン王万歳。エドウィン王万歳。戦士たちの力強い声が、村の住民たちの困惑交じりの声が、合計で百に迫る声が王を讃える。
どれほど聞いても飽きることのない、この世で最も素晴らしい響きの言葉だ。エドウィンはそう思いながら声を浴び、悦に入る。新たな領土を得たことへの達成感を覚える。




