第二十三話 順調な歩み
この日の征服行を終えて王の館に帰ったエドウィンは、クレアから笑顔で迎えられた。
「陛下、お帰りなさいませ! 今日もご苦労さまでした」
「ありがとう、クレア。我が愛しの妻よ」
出迎えてくれたクレアを優しく抱き締めたエドウィンは、そのまま彼女と口づけを交わす。
「今回の征服行も大成功だったよ。また少し領土が広がり、民が増えた。八十人の農民が暮らす村が、新しく我がものとなった」
「それは素晴らしいですわね! その八十人の農民たちも、リンダム王国の民となることができて本当に幸運なことです」
たっぷりと時間をかけた口づけの後、クレアの肩を抱いて共に館に入りながらエドウィンが誇らしげに語ると、彼女はうっとりとした表情で答えた。
「お風呂の用意はすぐにできます。夕食の前に汗を流されますか?」
「ああ、そうしよう……クレア、君も一緒に入るかい?」
エドウィンが薄く笑んで尋ねると、クレアは頬を赤らめた。愛する伴侶の反応を微笑ましく思いながら、エドウィンは装備を解いて一休みした後、用意された風呂に入るために館を出る。
館は政務と寝食の場であり、広間のほかには二部屋しかない。そのため、近くには倉庫や風呂や厠など、様々な用途で使うための小屋が並んでいる。エドウィンは風呂のある小屋に入り、結局一緒に来たクレアと共に衣服を脱ぎ、湯に浸かる。
戦士は入浴や睡眠の際にも武器を決して手放さないもの。なのでエドウィンは、小屋の中にも護身用の短剣を持ち込んでいる。さらに小屋の前には警備の戦士――戦士団に数人しかいない女性戦士で、王妃であるクレアの身辺警護を担っている者を控えさせているので、何か非常事態が起こっても心配しなくていい。
入浴は木桶にお湯を溜めて行うのが一般的。平民の場合は大人一人が足をたたんでようやく収まる程度の桶を使うが、エドウィンとクレアが使う桶は、元々が裕福な地主家の所有物ということもあり、二人一緒に入ることができるほど大きい。
「あと一つ二つ人里を征服すれば、そろそろ我が国の人口は一千を超える。この調子なら、遅くとも来年の前半のうちにはひとまずの目標に届くだろう」
「それは何よりですわ。さすがは偉大なるエドウィン様、素晴らしいご手腕です」
湯の温かさを心地よく感じながらエドウィンは語り、クレアの称賛を受けると得意げに笑う。エドウィンと二人きりのときや、周囲に親しい者しかいないときは、彼女はエドウィンのことを名前で呼ぶ。
現在エドウィンが従えている家臣は、戦士がおよそ四十人。それに加えて王家お抱えの鍛冶職人となったデリックと彼の弟子たち。船乗りギルベルタと彼女の部下たち。さらには文官や助言役として便利に使っている祭司長フィオナや、クロスボウの量産を担っている木工職人トマスも、最近では実質的に家臣のような立場となっている。これら家臣たちと、その家族も含めれば、総勢は百人近くなる。
集めた税によってこれだけの人数を養うのであれば、建国時点でのリンダム王国の人口規模ではとても足りない。数か月もすれば税として集めた食料が尽きる。
なので、税の供給源となる民が少なくとも数倍は欲しい。国の統治においては家臣団の扶養以外にも多くの支出があることや、民の中には職人や聖職者など農業以外の仕事に従事している者もいることを考えると、現在の家臣団を余裕をもって維持しつつ国を治めるためには、せめて二千人ほどの人口が欲しい。
そう考えたエドウィンは、王となって間もないうちから領土の拡大に乗り出した。戦士たちを引き連れ、アイヴァー川を越えた先にある人里を征服し始めた。
元は余所者であるエドウィンと戦士たちはもちろん、クレアやドーラといったアロナ島出身者たちも、川の向こう側に関しては土地勘がない。知識人階層である祭司長フィオナも、アロナ島についての大まかな地理歴史の知識はあるが、川向こうの人里の細かな位置までは知り得ない。
そのため、まずは川にほど近い人里を征服し、そこの住民たちに周辺の地理について聞き、その情報をもとに次の人里の征服に向かう……という流れをくり返して少しずつ領土を広げなければならない。その過程で、どの人里にも属していない職人の住処や祭司の管理する神殿なども訪ねて服従させていかなければならない。
さらに言えば、王とは多忙なものであり、征服行の他にも多くの仕事を抱えている。征服行に伴われる戦士たちも同じく。
こうした様々な事情もあり、王となってからの一か月ほどでエドウィンが征服した人里の数は、今回服従を誓わせた村を合わせて五つ。戦士たちを引き連れて服従を迫るエドウィンに対して、拒絶と敵対を選択した人里は今のところひとつもない。
あといくつか人里を服従させれば、アイヴァー川下流域の東側一帯の征服は完了する。さらに東には岩の多い丘陵が南北に長く広がっており、地元の者たちの話では、丘陵の向こうの人里へ行くには多少の時間と手間がかかるそうなので、東への領土拡大は一旦停止して今度は北へと領土を広げようとエドウィンは考えている。
今は十月の半ばで、本格的な冬が来るまで、例年通りならばあと二か月足らず。今年中に王国の人口を千数百人まで増やし、来年の夏までには二千人に届かせることができるだろうと見込んでいる。
千単位の人間が自分を王と呼び、自分に服従するようになる。想像するだけで、エドウィンの顔には自然と笑みが浮かぶ。
「今のところはまともな敵になるような勢力もいないから、当面は領土拡大に躓くこともないだろう。正直に言えば少々張り合いがないが、とにかく我が国の人口を増やさなければならない今の段階においてはありがたい限りだ。これもやはり、神々の祝福のおかげだろうね」
「ええ、きっとそうに違いありませんわ。領土は随分と広がって、都も着実に発展していて、こんなにも万事が順調なんですもの。神々は今このときも陛下を祝福しておられるはずです」
言いながら、クレアはエドウィンに寄りかかる。彼女の柔らかな肢体がエドウィンに触れる。
彼女の言った「都」というのは、王の館のあるこの人里の呼び名。いずれここが王の都と呼ばれるほどに発展させたいとエドウィンが常日頃から語っているためか、いつしか家臣たちが「都」と呼ぶようになり、それが民の間にも広まり、今ではすっかり呼称として定着した。
元々はこの館と十数軒の小さな家屋が並んでいる農場だった都は、エドウィンたちがここに辿り着いてからの二か月ほどで様変わりした。館の傍には家臣たちとその家族が暮らす天幕がいくつも並び、新たな家屋の建設も進んでいる。今年分の労役に就く民の働きのおかげで、既に二軒の家屋が完成。さらに数軒の家屋が建設中で、川辺の船着き場も整備が始まっている。
この調子で発展が進めば、ここが都市機能を備えた本当の意味での都となる日もそう遠くないとエドウィンは思っている。
ちなみに、大陸とは違ってこのアロナ島では「都市」という概念がほとんどない。辺境であるために人口が少なく、人里と言えば専ら村や農場を指す。
島が帝国に征服されてからは、島内各地に築かれた帝国軍の砦の周辺に職人や商人や日雇いの労働者が集まり、需要を見込んだ酒場や宿屋や娼館などが立って小都市のようになった場所もあったというが、帝国軍の撤退に伴ってそうした砦都市も多くが崩壊したものと思われる。
その他に、アロナ島南東部の沿岸には大陸との交易や軍の輸送に使われた港湾都市もいくつかあったそうだが、それらもおそらくは崩壊したか、大幅に規模を縮小させている。
そのような状況なので、都が発展して正真正銘の王都となれば、この一帯においては最初の都市ということになる。
「……広大な領土と繁栄する都を持てば、王としての威厳もより高まる。後は、それらを受け継がせる世継ぎがいれば完璧だ。クレア、そう思わないかい?」
エドウィンが問いかけながら薄く笑むと、言葉の意味に気づいたクレアは顔を赤くして、恥ずかしそうに視線を逸らす。すぐにまたエドウィンの目を見つめると、照れ笑いを浮かべながら無言で頷く。
「では、世継ぎを作らなければね。王と妃、二人でなければできない大切な仕事だ」
「……はい、エドウィン様」
恍惚とした表情で答えたクレアの唇に、エドウィンは自身の唇を重ねる。
この桶は大きい。男女が湯に浸かりながら愛を交わせるほどに。




