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我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第一章 我は王である

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第二話 ある農場にて

 これまで社会の支配者であったロドニア帝国軍が大陸の帝国本土へと撤退し、混乱の只中にあるアロナ島。その南西部のさらに南端の辺りに、農場があった。島内の平均的な農場の倍ほど、一般的な農村ひとつ分に匹敵する農地面積と人口を誇る、大きく豊かな農場だった。


「……それじゃあ、これからどうするかを考えましょう」


 農場の中央に位置する、木造の立派な館。農場主一家の居所であるこの館の広間でテーブルの上座につき、不安げな様を隠しきれずに言ったのは、透明感のある長い金髪と端正な顔立ちが印象的な若い女性。

 名をクレアという彼女は、父とその嫡子であった兄の死に伴い、この農場の主人となったばかりの身だった。しかしその立場と重責を持て余し、だからこそ表情には不安の色が浮かんでいた。


 昨年に帝国がアロナ島を放棄したことで、クレアたちアロナ人は自力で社会を再構築し、生きていかなければならなくなった。とはいえ、それは容易なことではない。支配者層として二百年ほども君臨し、税を取る代わりに社会秩序を維持していた帝国軍は丸ごと消えた。かつてこの島に存在した小王国群は、帝国が征服時に各国の支配者層の大半を抹殺したためにもはや再建不可能。そもそも、当時それらの国がどのように成り立っていたのかなど誰も知らない。

 となると、島内に点在する村や農場が、そこに暮らす各個人が、己の才覚と実力をもって生きていくしかない。突然始まった弱肉強食の時代を前に、元々の農場主であったクレアの父は比較的早く、それなりに上手く行動を起こした方だと言えた。

 女性や子供を含めて八十人を超える小作農を抱え、財産を守るための用心棒なども幾人か抱えていた父は、島内の治安の悪化を見越して備えを進めた。小作農の中から腕っぷしの強い男たちを選んで用心棒たちに鍛えさせ、自警団を組織。さらには、この館と小作農たちの家々が並ぶ一帯に外敵が容易に侵入できないようにと、全体を木柵で囲んだ。

 一方で、父は繋がりのある他の地主家――ここから北に進んだ場所に農場を持つ、クレアの亡き母の実家である地主家と手を結んだ。いざというときは協力して動くことを約束し合い、定期的に連絡を取り合って情報を交換するようになった。


 父の素早い行動のおかげで、この農場は一年間は平穏を保つことができた。しかし、その平穏な日々はつい二日前に終わってしまった。大規模な盗賊団の襲来によって。

 帝国がアロナ島を放棄した後、島内では盗賊の発生が相次いでいた。社会の混乱に伴って職や居場所を失った者たちが食うに困って。あるいは、治安を乱しても駆けつける帝国軍はもういないからと、悪しき欲望を抱えた者たちが暴走して。そのような経緯で誕生した盗賊たちは、島内にさらなる混乱をもたらしている。

 数人程度の盗賊ならば、たとえ農場に近づいてきてもクレアの父が自警団を率いて追い払うことができていた。しかし、新たにこの地域に現れた盗賊団は、その襲撃から逃げ延びた者の話では何十人もいるという話だった。

 盗賊たちは掠奪や虐殺をくり広げながら、徐々に北から南へ下るように一帯を移動し、遂にはクレアの父が協力を約束していた地主家の農場に迫った。助けを求められたクレアの父は、自警団を率いて急ぎ救援に向かった。いざというときは協力して動くという約束を守るために。そして、盗賊団がこの農場から離れた場所にいる今のうちに討伐するために。


 そして、父は帰ってこなかった。命からがら帰ってきた自警団の生き残りたちの話では、助けを求めてきた地主の一家は、彼らが駆けつけたときには既に盗賊に皆殺しにされ、農場の小作農たちも全滅していたという。合流に失敗したために自警団は兵力的に劣勢となり、勝ち目のない戦闘の中で父は戦死。父と共に戦いに出た兄まで死んでしまった。

 父と兄と母方の親類、その全てを失った。あまりにも悲劇的な報せを受けたその日はただ悲しみに暮れ、翌日には父と兄の葬儀を執り行い、さらに一夜が明けた今朝になっても、クレアは未だ衝撃から立ち直ることができていない。立ち直るにはあまりにも時間が足りない。


「お嬢様……やはりもう少し休まれた方が」

「……いいえ、私は大丈夫よ。それに、今は悲しんでばかりもいられないわ」


 心配げな表情の使用人――自身にとっては母親代わりのような存在でもあるドーラに言われ、クレアは微笑を作ってみせる。

 それでも、ドーラの表情は変わらない。これまでずっと世話をしてきた令嬢が無理をしていることに、彼女も当然気づいている様子だった。彼女の視線はクレアのぎこちない微笑と、先ほどからずっと震えている手元に交互に向けられている。クレアがどれほど懸命にこらえようとしても、心の内を支配する不安をクレア自身に突きつけるように、震えはまったく収まってくれない。


 農場の用心棒たちも戦いで命を落とし、あるいは生還した直後に館から金目のものを幾らか盗んで逃げ出し、もういない。館には他に力仕事を担当する男性使用人もいたが、彼もまた盗賊との戦いで命を落としてしまった。この農場に残っているのは、一家で唯一の生き残りというただそれだけの理由で、十九歳にしてこの農場の新たな主人となったクレア。そして館の唯一の使用人となったドーラと、男手の減った小作農たち。

 自分はどこにでもいる平凡な娘。地主家の令嬢として相応の教育を受けてきた自負はあるが、それがこの状況で大して役に立つとは思えない。

 父と兄は、ちゃんとした戦い方など知らなかった。過去に見た帝国軍の動き方や、戦記物語などの僅かな知識をもとに、試行錯誤しながら自警団を組織していた。そもそも、親世代どころか祖父母の世代が生まれる遥か前から帝国軍に統治されていたこの島に今、組織立った戦い方をまともに知っている者がどれほど残っているだろうか。

 父と兄もそうだったのだから、当然クレアにも戦いの知識などない。農場を守ろうにも、何をどうすればいいのかまるで分からない。小作農たちを指揮しろと言われても、指揮の仕方など見当もつかない。


 もし盗賊団が襲ってきたら、果たしてどれほどの抵抗ができるだろうか。父と兄が立ち向かっても勝てなかった盗賊の大群を相手に、自分などが有効な対策ができるとはとても思えない。

 戦いに関しては他の者たちも頼れない。ドーラは家内や農場のことについては若輩のクレアよりも遥かによく知っているが、その彼女も戦い方など分かるはずがない。小作農の中には顔役のような者たちがいるが、農業に関しては頼りになる彼らも、やはり戦いに関してはまるきり素人。どうにもならない。

 かといって、逃げる決心もつかない。クレアは生まれてこの方、ほとんどこの農場から出ることもなく、地主家の令嬢として生活を送ってきた。外の世界も、そこでの生き方も知らない。

 それはドーラや小作農たちも同じ。皆、ここを捨てても他に行き場はない。だからこそ、今後ここでどうするかを話し合うために、クレアは小作農の顔役たちを館の広間に集めた。


 皆この絶望的な状況を前に不安げな顔をするばかりで、誰も発言しようとしない。なのでクレアは、意を決して自分が最初の提案を発する。


「…………とりあえず、盗賊がここへ来たときのために身を守る準備をしましょう。木柵を壊された時のために家の扉や窓を板で補強して、それと……石を集めましょう。近づいて戦うよりも、盗賊から距離をとって石を投げる方がいいわ」

「そ、そうすれば、盗賊を撃退して生き残れるでしょうか?」


 顔役の一人から問われ、クレアは自信ありげな表情を作ろうとして、しかしとてもそのような振る舞いはできずに弱々しく首を横に振る。


「ごめんなさい、分からないわ……でも、今はそれくらいしか思いつかないわ」


 帝国軍が去ってしまった昨年から、激変する島内社会の状況に追いつけず、ずっと不安を抱えてきた。父の尽力によって農場が平穏を保っていたこの一年間も、心の片隅には不安が常に居座っていた。

 父も兄も失った今、不安は大きくなるばかりだった。まるで闇夜の下、深い森を独りで彷徨っているような気分で、少しでも気を緩めれば心がばらばらに壊れてしまいそうだった。

 本当は、今この場で泣き出してしまいたい。子供のように泣いて、父や兄に助けを求めたい。

 けれど、そんなことをしても何にもならない。このまま何もしなければ、次は自分が父や兄のように死んでしまう。そして、農場主として庇護すべきドーラや小作農たちを死なせてしまう。


 そう、自分は成り行きとはいえ農場主になってしまったのだ。今は自分こそが、農場の皆の命に責任を持つ立場にいるのだ。

 だから、何をどうすればいいか分からなくても、怖くても、やれそうなことをやるしかない。心細さと無力感を押し殺して、思いつくことを、できることを、やってみるしかない。

農場の館の外観は、ヴァイキングのロングハウスのようなものを想像していただくと雰囲気が分かりやすいかと思います。

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