第十九話 クロスボウ
リンダム王国の成立と同時に、エドウィンに付き従う配下たちは、王家に仕える戦士団という立場を正式に与えられた。彼らはエドウィンの権勢を支える武門の家臣となり、エドウィンの振るう力そのものとなり、王国の支配者層を構成することとなった。
戦士団の規模は四十人。未だ小さな勢力しか存在しないであろう現在のアロナ島において、傭兵上がりで実戦慣れした四十人の戦士は破格の戦力と言える。
実際、このアイヴァー川下流域においてはどの人里も太刀打ちできなかった五十人規模の盗賊団を、エドウィンたちは容易く討伐した。素人盗賊の群れなど敵ではないと言わんばかりに、一方的に駆逐した。
この戦士団があれば、当面は心配ない。戦士たちの威容を見せつけながら服従を強いれば逆らえる者はおらず、自分はリンダム王国の領土を広げていくことができるだろう。エドウィンはそう考えている。
そして同時に、彼らもいつまでも無類の強さを誇る戦力にはならないと理解している。
リンダム王国が何千何万の民を抱えるほど大きくなる頃には、アロナ島内に他にも大勢力が誕生しているはず。そうした大勢力と衝突するときには、戦いは百人単位の軍勢がぶつかり合う大規模なものとなり、そうなれば民から徴集した兵が数の上での主力となる。戦士団の精強さは、大きな武器にはなれども、それだけで必勝を約束されるほどの有利にはならないだろう。
なので、そのような時代の到来に今から備えたい。他の勢力よりも有利になるために、脆弱な民兵を、できるだけ「使える」戦力に変える手段が欲しい。
そのような考えのもと、エドウィンは支配下の職人に王命を下した。現在のリンダム王国領土内にいる木工職人の中で最も手先の器用な者に、ある武器の製造を命じた。
「こちらが完成品になります。ご確認ください」
王の館の裏手にある開けた土地。若い木工職人がそう言いながら差し出したのは、木製の細長い台座の先端に、弓を横向きに取りつけたような武器だった。
この木工職人はただ手先が器用なだけでなく、頭の回転が速く理解力があり、エドウィンの言うことをよく分かってくれる。歳もエドウィンとそう変わらないほど若いので、今後はさらに良い職人に育っていくと期待できる。
そのためエドウィンは彼をとても気に入っており、重用している。王の館の入り口に飾られている黒いウロボロスの像を手がけたのも、エドウィンの玉座を手がけたのも彼だった。
「……なるほど、よくできているね。さすがはトマスだ」
受け取った武器の仕上がりを確認したエドウィンは、微笑を浮かべて言った。
トマスという名の若い木工職人は、王の言葉を受けて喜びと安堵が入り混じったような表情を見せる。
エドウィンが彼に作らせたのはクロスボウと呼ばれる武器で、エドウィンは二年前、大陸で傭兵団を率いていた頃にこの武器の存在を知った。
エドウィンが拠点を置いていた都市の商人たちは、帝国北部と南部を結ぶ流通網の一端を担っていた。なのでエドウィンは、隊商を守りながら帝国南部のロドニア半島へ赴くことが多かった。
北部よりも遥かに繁栄していて人口も多く、しかし被征服民であるキラケス人への風当たりが強い南部には、良い思い出も悪い思い出も多々ある。その中でも特に印象深かったのが、帝都の商業区でこのクロスボウを見つけたことだった。
クロスボウを見せてくれた南部商人の話では、元々は帝国の南東部辺境で発明された武器だそうで、ロドニア半島に持ち込まれ始めたのはこの十年ほどのこと。辺境から伝わった新しい道具であるため、ロドニア人からは奇妙がられてあまり普及しておらず、一部の猟師が狩猟用に、あるいは物好きな富裕層が護身用に持つ程度だという。
そんなクロスボウに、しかしエドウィンは大きな可能性を見出した。
帝都でクロスボウの存在を知ったエドウィンは、即座に数挺を購入し、傭兵団の装備とした。自ら試射をくり返し、ときには盗賊や獣相手の実戦に投入しながら、その特性を掴んできた。
クロスボウの最大の利点は、使用方法を覚えれば、弓の訓練を積んでいない者でも簡単に遠距離攻撃を行えるようになること。弦を引いて台座の溝に引っかけ、矢を装填して引き金を引けば、誰でも矢を真っすぐに放ち、何十メートルも離れた位置にいる敵を攻撃することができる。
一方で、クロスボウには連射性の低さという欠点もある。
クロスボウに取りつけられた弓は一般的な弓よりも小さく、おまけにその構造上、一般的な弓よりも短く弦を引くことになる。そのような構造で一般的な弓と同等の威力を得るためには、弓を厚く、弦を太く作り、張力を高める必要がある。
そのように張力の高められた弓を、一般的な弓のように片手で引くことは難しい。弦を引く際には、クロスボウの先端を地面に置き、弓を足で押さえ、弦を両手で握り、背筋を使って引く必要がある。
一度弦を引いてしまえば以降は体力を使わずに射撃用意の状態を維持できるが、一連の動作には一般的な弓を片手で引くよりも多くの時間がかかる。熟練の弓兵は五、六秒に一射できると言われるが、クロスボウの連射には早くともその二倍ほどの時間がかかる。
また、同じく構造上の問題で、クロスボウの矢は一般的な弓から放たれる矢よりも短くなり、それによる威力低下を解消するために重く、すなわち太くなる。この短く太い矢は空気抵抗や風の影響を受けやすいようで、飛翔距離が長くなるほどに軌道がぶれやすくなり、威力も落ちる。そのため、有効射程の点では一般的な弓から放たれる矢に劣る。
そうした欠点を鑑みても、このクロスボウは極めて有用だとエドウィンは考えている。
本来は脆弱で頼りない民兵も、このクロスボウを装備させれば頼もしい戦力になる。敵味方の双方が民兵を主力として戦う場合、自軍の民兵たちに遠距離から敵を攻撃する手段があれば、敵側の民兵が自陣へ接近してくる前に一方的に損害を与えることが可能。いずれ臨む戦いの規模が大きくなっても、このクロスボウがあればリンダム王国は他勢力に対して当面は有利を保てる。エドウィンはそう見込んでいる。
クロスボウやその矢を量産するには時間を要する。将来的に数を揃えたいのであれば、今のうちから製造を進める必要がある。なのでエドウィンは、玉座を完成させたトマスに、次はクロスボウ製造に臨むよう命じていた。
「性能面でも申し分ない仕上がりになっているかと思います。自分の手で何度か試射をしてみましたが、参考用に貸していただいたクロスボウと比べても遜色ない威力がありました」
「そうか。では早速、試し撃ちをしてみよう」
エドウィンはそう言って、クロスボウの弦を引き、矢を装填する。
試射の的にするのは、先の盗賊団との戦いで破損し、今は訓練用に使われている円盾のひとつ。
適当な木材に縛りつけられて立てられた円盾へと狙いを定め、エドウィンはクロスボウの引き金を引く。鋭い音を響かせながら飛翔した矢は、狙い違わず円盾に命中。鉄製の鏃が木製の盾を僅かに貫通したところで止まった。
「……うん、確かに十分な威力だ」
「クロスボウ自体の強度も問題なさそうですね」
命中したのが盾ではなく人体であれば、戦闘不能とするのに十分な傷を負わせたことだろう。そう考えながらエドウィンは薄く笑む。その傍らに立つジェラルドが、エドウィンの手元、矢を放っても壊れたり部品が緩んだりする様子もないクロスボウを見ながら言った。
「クレア、君も撃ってみるかい?」
「えっ? で、でも、私にできるでしょうか。私、弓を扱ったことなんてありません……」
手の空いている戦士たちと共に試射の様子を見物していたクレアは、エドウィンの言葉に戸惑った表情を見せる。
「大丈夫。クロスボウなら君も簡単に扱えるよ。さあ、こっちにおいで」
エドウィンはクレアを手招きして傍に立たせると、再び弦を引いたクロスボウを彼女の手に持たせる。彼女の背中側から自身の手を回し、構え方を指導する。
「左手でここを持って、右手はここへ。そう、それでいい。後はここに矢を置いて、ほら、あの的をしっかりと見て、この引き金を右手でぐっと握り込むんだ」
言われるがままにクロスボウを構えたクレアが、クロスボウの引き金を引くと――発射された矢は、見事に円盾に命中した。
「わっ! あ、当たりました!」
「はははっ! 凄いよクレア! 大当たりだ! あれが敵だったら死んでいるよ!」
興奮するクレアに、見物していた戦士たちから歓声と拍手が飛ぶ。エドウィンも拍手を送りながら言い、満更でもなさそうな彼女からクロスボウを預かると、トマスの方を向く。
「トマス、よくやってくれた。たったの二週間ほどでクロスボウの製造に成功するとは、やはり君は腕が良い……この完成度で問題ない。ひとまず今年のうちに十挺、いや、十五挺を揃えてくれ。完成度が変わらないのであれば、他の木工職人に作業の一部を任せても構わない」
「分かりました」
素直に承知して頭を下げるトマスの肩に、エドウィンは親しげに手を置く。
「君のことは今後も厚遇しよう。できるだけ早いうちに、王の館の近くに家と工房を用意する。そこへ移り住み、我が庇護のもとで御用職人として務めるといい。立派な工房で多くの弟子を抱えて働き、戦士たちと同格の扱いを受け、民の尊敬を集め、裕福になって良い暮らしを送るんだ。悪くない話だろう?」
「は、はい。とてもありがたいお話です」
栄達を望む気持ちは人並みにあるらしく、トマスはエドウィンの提案に表情を明るくする。
「……いつかこのクロスボウが、我がリンダム王国に偉大な勝利をもたらすだろう。そして誰もが思い知る。世界に先駆けてこの武器の価値に気づき、勝利を掴む切り札として活用したエドウィン王の賢明さを」
リンダム王国で作られた最初のクロスボウ。その様をあらためて眺めながら、エドウィンは自信に満ちた表情で言った。
現状、クロスボウは帝国南部においてさえほとんど広まっていない。エドウィンにクロスボウを教えてくれた帝都の商人によると、帝国軍もまったくと言っていいほどこの武器に注目していないという。
新しい道具というのは、そう簡単には社会から受け入れられないもの。帝国軍に関しても、弱体化したとはいえ万単位の兵力を抱え、職業軍人による専任の弓兵部隊を持つ巨大組織が、政治的に多くのしがらみがある中で辺境の珍妙な武器をわざわざ採用しないのも当然と言えば当然。
今の帝国社会においてはそのような扱いのクロスボウに、しかしエドウィンは注目した。クロスボウの存在を知ったとき、自分がこの先成り上がりを果たすために、これは有用な武器になるかもしれないと考えた。
そして今、己の考えは正しかったと確信している。大規模な常備軍が存在しないであろう今のアロナ島において、脆弱な民兵を強力な遠距離攻撃部隊に変え得るクロスボウは、使い方によっては切り札になると信じている。




