第十八話 王妃を讃えよ
建国と即位の儀式が行われた後は、国と王の誕生を祝う盛大な宴が開かれた。
山ほどの料理と、たっぷりの酒が、エドウィン王の名のもとに振る舞われた。エドウィンの配下たちも、領土内の各地から来訪している者たちも、農場の住民たちも、盛大に食べ、酒を飲み、楽しんだ。
そして翌日。エドウィンが王として最初に行ったのが――妃を迎えることだった。各人里の代表者や各地に散在する職人たちが一堂に会しているこの機を利用し、エドウィンは早々に伴侶を迎えることにした。個人的に一刻も早くクレアを王妃にしてやりたいという気持ちもあった。
「――神々の子エドウィンよ。お前はクレアを生涯の伴侶とし、生涯愛することを誓うか」
「神々に、その中でも愛の神エメレットに誓う」
王の館の広間。昨日と同じ顔触れが並ぶ中で、神々に仕える祭司としての言葉使いでフィオナが問う。それに、昨日と同じく着飾ったエドウィンは微笑をたたえて答える。
「神々の子クレアよ。お前はエドウィンを生涯の伴侶とし、生涯愛することを誓うか」
「神々に、その中でも愛の神エメレットに誓います」
続いてフィオナが問うと、エドウィンの隣に並ぶクレアは満面の笑みを浮かべながら、夢心地の様子で答える。この婚姻の儀式をもって王妃となる彼女も、昨日と同じように化粧や銀製の装飾品で身を飾っている。
「この二人の誓いを、神々は聞き届けた。愛の神エメレットが二人に祝福を授けることだろう……国王陛下、そして王妃殿下。これよりお二人は夫婦です。心よりお慶び申し上げます」
その言葉を受けて、エドウィンはクレアの方を向く。クレアもエドウィンを向き、二人は互いに笑みを、そして口づけを交わす。
・・・・・・
婚姻の儀式の後は、料理と酒を並べ、新たな夫婦の誕生を盛大に祝うのが一般的。館の前の広場では、昨日と同じくらいに派手な宴が開かれる。
「皆、今日も好きなだけ食べて好きなだけ飲むんだ! 肉も酒もいくらでもある! これだけ豪華な宴が二日も続けて行われることなんてそうそうないのだから、楽しまなければ損だ!」
エドウィンが高らかに呼びかけると、皆は歓声で応える。
広場には豚の丸焼きがいくつも並び、切り分けられた肉が配られる。焼きたてのパンが山ほど用意され、皆が好きなだけ手に取る。大鍋に何杯も作られたスープには、肉や野菜がごろごろと入っている。森で採集された木の実やベリー類なども並び、宴の場を彩る。
そして、大樽にいくつものエール。木製の杯になみなみと、いっそ溢れるほど注がれ、皆の喉を潤す。庶民にとっては贅沢品である蜂蜜酒も、量は少ないが幾らか振る舞われる。
王と王妃が手にする銀製の杯には、エールや蜂蜜酒だけでなく、今のアロナ島では極めて貴重な輸入品であるワインも注がれる。館に保管されていた最後の一本だった。
料理と酒を手に皆が祝い、語らい、陽気に歌う者や、一芸を披露する者などもいる。ぶつかられただの足を踏まれただのといった理由で始まる喧嘩騒ぎさえも余興として楽しまれ、どちらが勝つか賭けを始める者までいる。二日続けての宴を、誰もが大いに楽しむ。
しばらく賑やかな騒動が続いた後、雰囲気が少し落ち着いた頃合いを見計らってエドウィンは再び皆に呼びかける。
「さて諸君! ここで少し、王妃の話に耳を傾けてほしい! 彼女の農場でこれまで働いてきた小作農の諸君は、特にしっかりと聞いてくれ!」
王の言葉を受け、皆がクレアに注目する。クレアは二百近い視線を集めながら、しかし結婚の高揚と酔いもあってか緊張した様子もなく、上機嫌で口を開く。
「私は王妃として、ここに宣言します。国王陛下の御許しの下で、この農場の農地を分割して、これまで一生懸命働いてきた小作農の皆さんに与えます。皆さんは地主のために農地を耕す小作農ではなく、自分の土地を持つ自作農になるのです!」
クレアの宣言を受け、小作農たちはざわめく。驚きの表情で互いに顔を見合わせる。
そんな小作農たちに向けて、今度はエドウィンが語りかける。
「クレアは君たちのこれまでの貢献に報いたいと私に言った。私は彼女の慈悲深さに感動し、彼女の願いを受け入れ、諸君に農地を与えることを提案した……ここは今日より、農場ではなく村となる。王の館を戴き、王の統治を支える膝元として、これから発展を遂げていくことだろう。そうなれば、古参の住民である諸君は多くの利益を享受し、より裕福になっていくことだろう。その最初のきっかけを諸君に与えたのは、他ならぬ彼女だ。皆、王妃クレアを讃えよう!」
エドウィンが高らかに言うと、これから自作農となる農民たちは歓声で応える。彼女にとっては子供の頃から見知った顔ぶれである農民たちに讃えられ、クレアは照れ笑いを浮かべる。
エドウィンの言葉は事実だった。クレアは確かに、彼ら小作農のこれまでの貢献に報いたいと語っていた。そこでエドウィンは、彼らを自作農にすることにした。
こうすれば、彼らのエドウィンとクレアに対する好感度はこれ以上ないほどに高まる。王家の膝元に暮らす住民たちが、王家に完璧に忠実な民となる。
クレアと、その伴侶となったエドウィンは広大な農地を手放したことになるが、自作農となる農民たちは今後は所有する農地面積に応じて税を納めるので、エドウィンたちがこの地から得られる収入がなくなるわけではない。今後さらに拡大していくであろう領土全体から得られる税収を考えれば、農場ひとつ分の土地を手放すことで減る収入など誤差に過ぎない。
それよりも、王家の膝元で暮らす彼らを忠実な民にすることの方が重要だとエドウィンは考えている。彼らが王家に恩を感じて忠誠心を抱き、その上で村の発展に伴って裕福になっていけば、将来的に王の都の中核を成す富裕層を、王家に忠実な者たちで占めさせることができる。エドウィンにとってこれは、王の寛大さと王妃の慈悲深さを民に示しつつ、長く安定した統治に向けて布石を打つための一手だった。
そんな王の内心を知るはずもなく、およそ八十人の農民たちは今まで以上にはしゃぎながら飲み食いする。彼らの明るい空気に引っ張られて他の者たちもますます盛り上がり、宴の場はより一層賑やかになっていく。
その様子をやや離れた場所から眺めながら、使用人ドーラは一人、微妙な表情を浮かべていた。
「……ハリス、ケリー、これでいいのかしら」
クレアは相変わらず、幸せな夢を見ているかのような表情でエドウィンに寄り添っている。農民たちから感謝を伝えられ、王妃様と讃えられ、笑顔で応えている。
そんな彼女を見ていると、やはり不安を覚えてしまう。彼女が幼い頃から、彼女の母親代わりとなって傍で見守ってきたからこそ。
ドーラの父は、この農場で小作農の顔役の一人を務めていた。ドーラは父の伝手で農場主の館の使用人として働くようになり、当時の農場主――クレアの祖父から聡明さを認められ、読み書きを教わって農場運営の手伝いもするようになった。
ドーラはいつしか、農場主の息子ハリスに好意を抱いた。しかし、彼は既に、北の方で農場を経営する地主家の娘ケリーと結婚していた。ケリーは使用人であるドーラにも優しく、歳が近かったこともあり、ドーラは彼女と立場の違いを越えた友人関係を築いた。友人を裏切ることはできず、なのでドーラは自身の思いを胸に秘めた。父親の跡を継いで新たに農場主となったハリスを密かに想いながら、その感情を押し隠し、ケリーの良き友人であろうと努めた。
しかし、ケリーはクレアを産んだ数年後に、流行り病で世を去った。ドーラは幼くして母を亡くしたクレアの世話をし、妻を失ったハリスを支え、次第に、自然と、彼との距離は縮まった。男女として愛を交わすようにもなったが、二人とも亡きケリーに引け目を感じ、再婚することはなく私的な関係に留まった。
ドーラはそれで満足だった。ハリスと愛を交わした日々は、生涯心に残り続ける幸せな記憶となった。彼を失った悲しみはまだ癒えないが、心の慰めとなる美しい思い出はある。
今自分が最優先で考えるべきは、クレアのこと。大切な友人も愛した殿方も世を去った今、二人の忘れ形見であるクレアを幸せにするために全力を尽くすのは自分の義務であり、生きる意味である。そう考えているからこそ、ドーラは今のクレアが心配だった。
もちろん、頭では理解している。今のクレアの置かれた状況は、これまでと比べれば決して悪いものではないと。
エドウィンはどうやら、本気でクレアに夢を見せ続けるつもりでいるらしい。盗賊が跋扈し無法がまかり通る今のアロナ島では、彼のような強き権力者の寵愛を受けるというのは、むしろ喜ぶべきこと。現実的に考えれば、このままエドウィンの隣にいることが、クレアにとって最も幸せであり続けられる可能性の高い生き方だと言える。
だから、本当は喜ぶべきなのだろう。それでも、どうしても心配を抱いてしまう。本当にこのまま上手くいくものだろうかと疑ってしまう。危うさを抱えながらエドウィンと共に歩み始めたクレアに、このまま付き従っているだけでいいのだろうかと考えてしまう。
あの日からずっと考えているが、答えは出ない。いっそ自分も、彼女や農民たちのように、未来は良くなっていくのだと心の底から信じきることができればいいのに。もう何も心配ないと楽観していられたらいいのに。そう思いながら、ドーラは誰にも気づかれないよう小さく嘆息する。




