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我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第一章 我は王である

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第十四話 背中の傷

話の区切りの関係で、今回は少し短めです。

 情熱的な、同時に甘く優しいひとときを過ごし、そのまま同じベッドで眠りにつき、翌朝。扉の向こうからドーラの遠慮がちな呼びかけを受けて目を覚ましたエドウィンとクレアは、照れ笑いを交わし、起き上がる。


「……エドウィン様。その傷は、戦いで負ったものですか?」


 クレアは驚き交じりの声でそう尋ねた。

 彼女が見たのは、服を着ようとしていたエドウィンの背中、右肩から腰の上まで続く傷跡。

 昨晩は燭台の明かりしかなかったために室内が薄暗く、彼女の背中を見下ろすことはあっても自分が彼女に背中を向けることはなかったので、気づかれなかったのだろう。そう考えながら、エドウィンは微苦笑する。


「一応、戦傷になるのかな。相手は人間じゃないよ。熊と戦ったときに負ったんだ。確か、十二歳のときだったかな」


 その言葉を聞いたクレアは、ますます驚いて目を丸くする。


「十二歳で、熊と戦って、生き残られたのですか……」

「時間稼ぎに終始して、最後は駆けつけたジェラルドに助けてもらっただけさ」


 再び苦笑を零し、エドウィンは当時のことを語る。


 今より十年ほども昔。その頃のエドウィンは、冬以外の季節の大半は、父の率いる傭兵団と共に隊商の護衛として旅をする生活を送っていた。七歳のときに流行り病で母を失ったが、父と傭兵団の皆を家族としながら育ったので、寂しい子供時代ではなかった。

 当時、季節は春だった。傭兵団は冬明け最初の護衛任務として、隊商に随行して帝国南部の帝都へと向かっており、一行は街道の脇、大きな森の傍で野営をしていた。

 商人たちも傭兵団も、家族を伴っている者が少なくなかった。十歳に満たない小さな子供たちも野営準備の重要な労働力で、皆で森に――と言ってもごく浅い辺縁部に入り、薪を拾っていた。


 そこで小さな事件が起こった。まだ四歳で、年上の子供たちに面倒を見られながら小枝を拾っていた、ジェラルドの娘アンナがいなくなった。泣きながら帰ってきた子供たちの報告を受け、当時は二十数人いた傭兵のうち半数ほどが彼女を捜しに森に入った。商人たちの一部も加勢に入ってくれた。エドウィンも当然に手伝い、捜索の一団の右端のあたりを担った。

 エドウィンが母を失った流行り病で、ジェラルドの次男、すなわちレオフリックの弟も世を去っており、その翌年に生まれたのがアンナだった。ジェラルドたち一家は彼女をとても可愛がっており、だからこそ必ず見つけなければとエドウィンは意気込んでいた。

 お転婆で知られているとはいえ、たった四歳の子供が、短時間でそう遠くへ行くはずがない。そんな予想通り、森に入ってそれほど進まないうちに、エドウィンは彼女の悲鳴を聞いた。左にいる傭兵たちに大声で報告すると、悲鳴の聞こえた右の方へと走った。


 間もなくアンナは見つかったが、その前には熊がいた。冬眠明けで気が立っているらしいその熊は、明らかに彼女を獲物と見なしており、エドウィンは咄嗟に腰の短剣を抜き、彼女と熊の間に割って入った。

 同年代の子供たちと比べるとやや小柄な体躯を懸命に大きく見せ、まだ声変わりもしていない高い声で必死に熊を威嚇した。しかし熊は逃げず、それどころか勢いよく迫り、鋭い爪による攻撃を放ってきた。

 エドウィンは後ずさりながら一撃目を躱し、反撃しようと短剣を投げつけたが、熊の目を狙ったその刃は頭ひとつ分だけ狙いを外れ、熊の後方へ飛んでいった。

 傍らを見ると、アンナは逃げるどころか、恐怖のあまり気を失ったようで倒れて動かない。抱えて逃げるしかない。そう考えたエドウィンは、彼女を抱き上げた。しかし熊は恐ろしい速さで飛びかかってきて、エドウィンは己の身を盾にするように熊に背を向け、横に飛んで攻撃を避けようとしたが、ほんの一瞬だけ熊の方が速かった。


 背中に強い衝撃を受け、次いで焼けるような熱い感覚。片手で背中に触れ、激痛を覚えてその手を引っ込めると、手のひらにはべったりと血がついていた。

 意識が遠のきそうになりながらも、今ここで気絶すれば二人とも死んでしまうと思ってなんとかこらえ、振り返った。抱えていたアンナを下ろして背中側に隠すように置き、立ち上がれずに座り込んだまま、こちらを睨みつける熊に対して地面から拾い上げた木の棒を構え――そこへ、槍が投擲された。

 鋭く投げ放たれた槍――エドウィンの父のものである槍は熊の目の前に突き立ってその進撃を止め、直後に飛び込んできたジェラルドが熊の脳天に戦斧を叩き込んだ。その一撃で熊は沈黙し、さらに駆けつけてきた傭兵たちを見て、安堵したエドウィンは今度こそ意識を手放した。


「それで、次に目が覚めたら、僕は野営地の天幕で寝かされていたんだ。傷は大きかったし、血もたくさん出たけど、深さはそれほどでもなかった。父さんが貴重で高価な傷薬を使ってくれたおかげで、その後は順調に回復したよ。しばらくうつ伏せで寝る羽目になったけどね」

「……では、その一件もあって、ジェラルドさんとあれほど強い信頼関係を築かれたのですね」


 軽い調子で語られた壮絶な経験談を、神妙な表情で聞き終え、クレアは言う。

 それに、エドウィンは頷く。


「いずれお前が傭兵団を継いだら、俺はお前の親父さんに尽くすようにお前に尽くす。ジェラルドからそう言われたよ。そうしてジェラルドからも皆からも一目置かれるようになって、その期待に応えようと僕もそれなりに頑張って、いつの間にかついたあだ名が『若様』だ」


 そう言ってエドウィンが小さく笑うと、神妙そうにしていたクレアもようやく笑みを零す。


「そして、僕はもうすぐ『国王陛下』という新たな呼称を得る。君は『王妃殿下』と呼ばれ、二人で国を治めるんだ」

「……とても、とても楽しみですね」


 満ち足りた笑顔を浮かべ、クレアは答えた。

本作の世界設定のモデルにした中世初期ヨーロッパについて、具体的にどういう時代だったのか、一般的にイメージされる「中世ヨーロッパ的な世界」とは何が違うのか……というのをざっくり解説した短編エッセイを投稿しました。


『中世初期ヨーロッパの社会 ~城がない騎士もいない中世の景色~』というタイトルです。さくっと読める長さなので、よければ本作と併せてご覧ください。

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