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我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第一章 我は王である

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第十五話 信用と心配

 数日後の午後。エドウィンは館の裏手の開けた場所で、配下たちとの戦闘訓練に励んでいた。

 配下の半数にあたる二十人ほどを集め、素早く陣形を組んだり少人数に分かれての模擬戦を行ったりと、一通りの訓練をこなした後の休憩時間。配下たちは雑談に興じ、エドウィンもその輪に加わる。特に自身の配下となって年月が浅い新参者たちと、少しでも交流を深めるために。


「それじゃあ、若様が建国を宣言して王様になったら、俺たちは若様のことを『国王陛下』って呼べばいいんですかい?」

「ああ、そういうことだよ。王になったからといって、途端に僕の見た目が変わるわけでもないからね。自ら王らしく振る舞い、周囲の者たちからも王らしく扱ってもらうことで、僕は名実共に王になっていくんだ……ただ呼び方を変えるだけじゃない。僕の前に立つときは姿勢を正し、僕と話すときはできる限り丁寧な口調を心がけるんだ。つまり、僕を主人として敬うことを忘れず、その敬意を言動で示せばいい」


 新参の配下の一人が発した問いに、エドウィンは頷きながらそう答える。


「君たちは頭領に従う傭兵じゃなく、一国の支配者にお仕えする家臣になるんだからね。帝国軍の偉ぶった士官たちのように堅苦しく上品になれとは言わないけど、単なる荒くれ者と思われない程度には行儀良く振る舞えるようになってくれ……最初は難しくとも、僕を王として敬うという心がけを忘れなければ、年月を経るほどに皆が自然と王に仕える家臣らしくなっていくだろうさ」

「心がけか。それくらいなら俺たちでも問題なくできそうだな」

「ああ。若様は偉い偉い王様なんだってことをいつも忘れなきゃいいだけだ」


 そうしてエドウィンたちが語らっていると、配下の一人が感慨深げに息を吐く。


「それにしても、一介の傭兵上がりだった俺たちが、王様に仕える家臣になるとは。我ながら大したもんだ」

「馬鹿言え、凄いのは若様だろ。俺たちは言われた通りにしてたら、若様が偉くなるのに釣られて一緒に偉くなるってだけだ」

「そうだぞ、図々しい」


 一斉に突っ込まれて今度は気まずそうな表情になったその配下を見て、エドウィンは可笑しそうに笑う。


「はははっ、確かに建国までの計画を立てたのは僕だけど、それを上手く実現できているのは君たちが力を振るってくれているおかげさ。この調子で今後も、僕の下で活躍してくれよ。そうして僕に仕え続ければ、君たちの人生は今よりももっと良いものになっていく。家を持ち、家族を持ち、より裕福になり、民から敬われ、そうした地位や財産は君たちの子孫にも受け継がれていくんだ……さて、僕は折れた木剣の替えを持ってくるよ。戻ったら訓練を再開しよう」


 立ち上がったエドウィンは、そう言い残して場を立ち去る。その後、残された配下たちは顔を見合わせる。


「……王様かぁ。正直まだよく分からねえ部分もあるが、若様が偉くなれば俺たちも得をするってのは間違いねえ」

「ああ。若様がここまで上手くやってくれてるおかげで、俺たちも食うに困らない暮らしができてるんだからな」

「変わったお人だが、頭の良さと立ち回りの上手さは本物だ。これからも皆で若様に付き従ってればいい。それは確かだろうよ」


 新参の配下たちのそのような会話が聞こえながら、微妙な表情を浮かべるのはエドウィンの若き側近レオフリックだった。


「……仕方ないと分かってはいるが、まだまだ完全には信用ならない連中だな。所詮は利益目当てで若様に付き従っているだけだ」

「ははは、そりゃあな。俺たちとあいつらじゃあ、若様との付き合いの長さが違い過ぎる」


 エドウィンに付き従う上で、自分と同じだけの忠誠心を彼らが持っていないことが気に食わない様子のレオフリックに、こちらもエドウィンの若き側近であるオズワルドが苦笑交じりに返す。

 その隣に立つオズワルドの父サベルトも、よく似た笑みを浮かべながら口を開く。


「連中が単なる利益目当てじゃなく、若様を心の底から慕って忠誠心を持つようになるまでには、どうしてもある程度の時間は要る。そのことは若様だって承知の上だろうさ。だからこそ俺たちみたいな側近や古参の連中で若様を守るんだ……俺とジェラルドだけじゃあ、側近として動こうにも手が足りねえ。お前たち二人の働きにはこれからますます期待してるぞ」

「おう任せろ。俺は優秀だからな。親父の倍は仕事してやるさ」

「……分かりました。しっかりやります」


 オズワルドがおどけた調子で言う一方で、レオフリックはいつも通り生真面目な表情で頷いた。

 二人の表情を見比べて、サベルトはため息交じりに笑う。


「つくづくジェラルドが羨ましいぜ。俺の息子もお前くらい利口で真面目ならなぁ」

「そりゃあ無理だぜ親父。何せほら、血を分けた父親がこれじゃあ――」


 息子が軽口を言いきる前にサベルトは彼の頭を引っぱたき、その様を見てレオフリックもさすがに苦笑を零した。


・・・・・・


 エドウィンが館に入ると、広間にいるのは使用人ドーラだけだった。

 彼女は広間の隅にある炉の前に座っていて、夕食の準備をしているようだった。広間は生活のあらゆる場面における中心であり、炉は室内を明るくしたり暖をとったりするための設備であると同時に、煮炊きのための設備でもある。


「……クレアもいないのか」


 静かな広間を見回し、エドウィンは呟くように言う。

 この館で共に暮らしている側近たちは、エドウィンの配下としてそれぞれ仕事を抱えているので昼間は不在のことが多い。側近たちの家族も、ドーラと共に館の家事などを担っているのでいつも屋内にいるわけではない。普段多くの時間を館の中で過ごしているクレアも、家事の手伝いや気晴らしの散歩などで外に出ることもある。

 その結果、こうして館の中にほとんど人がいない時間というのも偶には生まれる。


「はい。夕食の支度のお手伝いを申し出てくださり、つい先ほど井戸へ水を汲みに出られました」

「そうか、それなら丁度いい。ドーラ、君とも話しておきたかったんだ。クレアのいない場で」


 その言葉を受け、ドーラは鍋を火にかけてスープを作っていた手を止めると、エドウィンの方を向く。


「……私にお話ですか?」

「そうだ。というより、君の方が僕に言いたいことがあるんじゃないか? クレアのことで」


 指摘を受け、ドーラは顔を強張らせる。そんな彼女に、エドウィンは優しく笑いかける。


「君はクレアが生まれたときから彼女の世話をして、幼い頃に母親を亡くした彼女を傍で支えてきたと聞いている。そんな君が彼女のことで何かを言いたいなら、僕はそれを聞くべきだ。何を言われても絶対に怒らないし罰しないと約束するから、好きなように話すといい」

「……それでは、失礼ながら申し上げます」


 ドーラは覚悟を決めた表情で、そう切り出した。


「私はお嬢様が心配です。お嬢様は、命の危機から救ってくださったエドウィン様のことを強く信頼しておられます。身も心もエドウィン様に委ねるほどに。そのこと自体は自然な成り行きなのかもしれませんが……あまりにも度が過ぎているように、私には思えるのです。お嬢様はエドウィン様を妄信しておられます。エドウィン様のお傍にいて、エドウィン様に従っていれば、全てが上手くいくと信じておられます……あのような考え方が良いものだとはとても思えません。このままでは、エドウィン様に対する妄信のためにお嬢様がいつか不幸になられるのではないかと思えて、とても心配なのです」

「……盗賊に襲われ、恐怖と絶望に包まれて極限状態になっていたところを救われたために、クレアは僕という存在を心の拠りどころとするようになった。彼女の僕に対する想いは、異常な状況の中で生まれた歪で不健全なもの。そんな想いに身を委ねて生きていたら、彼女は辛い目に遭うかもしれない。君はそう考えていて、だからこそ心配なんだね?」


 ドーラは何と答えるべきか少し迷った様子で、しかし結局は「そうです」と言いながら頷く。


「今のお嬢様は、夢を見ておられるように見えるのです。神々の遣わした救世主が自分を幸せにしてくれるという、楽しい物語の中に入り込んでいるような、そんな心地で生きておられるように見えるのです」

「では、ずっと夢を見続ければいい。生涯ずっと楽しい物語を生き続ければいい」


 エドウィンは事もなげに言った。その言葉を受けて、ドーラは驚きに目を見開く。


「僕が彼女の信頼に応え続ければ、彼女の夢が覚めることはない。僕が彼女にとって幸せをもたらす救世主であり続ければ、彼女の物語が終わることはない。そうなれば、心配するようなことは何もないはずだ。そうだろう?」

「……果たしてそう上手くいくのでしょうか?」


 訝しげに尋ねるドーラに、エドウィンは自信に満ちた表情で頷く。


「僕は王になる人間だ。庇護下の者に幸せをもたらすのは王の義務だ。これから己の庇護下に入る多くの者を幸せにしようという人間が、隣に寄り添う最愛の一人を幸せにできないはずがない」


 当然のことを語るように、己の言葉を信じて疑わない態度で、エドウィンは言った。

 それに対し、ドーラは何かを言いかけて、しかし何も声を発さなかった。その顔は諦めているようにも、呆れているようにも見えた。


「だから、君は何も心配する必要はない。クレアが僕の隣で幸せに生きていく様を、憂いなく見守り続けるといい」


 エドウィンは一方的に語ると、彼女の反応を気にすることもなく、訓練用の木剣の予備を持って館を出た。

 後に残されたドーラは思案の表情を浮かべながら鍋に視線を戻し、広間は再び静かになる。

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