第百六話 償いと見せしめ②
そして始まった盗賊たちの処刑は、後ろ手に縛られた数十人が親衛隊戦士たちの手でなぶり殺しにされていくという、凄惨を極めたものとなった。神殿さえ襲うことを厭わず、掠奪や破壊のみならず民の虐殺や拉致をもはたらいたノルデン人盗賊に対する見せしめの罰として、エドウィンあえて彼らを残酷に殺すことにした。
ただ殺すのであれば、喉を斬るのが最も簡単。殺す側は短剣を一閃するだけでよく、殺される側も、大量の出血によってすぐに意識を失うため、痛みに苦しむのは僅かな時間で済む。
しかし、それでは見せしめの罰として弱く、生きて帰される者たちに与える衝撃も不足。そのように考えたエドウィンによってあらかじめ指示を受けていた親衛隊戦士たちは、戦斧や、わざわざこのために用意した棍棒を使い、盗賊たちが絶命するまで何度も殴る。あえて急所を外し、すぐには死なないように。
戦士たちに目をつけられた不運な者から順に、盗賊たちは皮膚が破れ肉が裂けて血にまみれ、想像を絶する痛みに泣き叫び、やがて物言わぬ死体になり果てる。最後まで命乞いを続ける者もいれば、諦めて目を閉じ、彼らの信じる神への祈りを呟く者もいる。
なかには逃げようとする者もいる。戦士たちの不意を突こうといきなり立ち上がり、後ろ手に縛られた不安定な体勢のまま付近の森へ駆け込もうとするが、それで逃げられるはずもない。見張り役を担う戦士たちの投げた戦斧や槍を背中に受けて倒れ、抵抗も虚しく引きずられて連れ戻され、予定よりも早く処刑の順番が回ってくるだけだった。
一方で、反撃を試みる者もいる。が、当然こちらも上手くはいかない。手が使えないので体当たりや頭突きや蹴りをくり出すが、鍛えた身体に鎖帷子を纏った戦士たちがそのような破れかぶれの攻撃で倒れるはずもなく、すぐに制圧される。
エドウィンがクレアと共に見守る中で、今まさに一人の盗賊が反撃に失敗する。自分に背中を向けている戦士に突進し、立ち上がって逃げようとするが、少しよろけただけの戦士から即座に戦斧の一撃を返され、刃を口元に食らう。下顎を斬り飛ばされ、口の中がむき出しになった無惨な姿で今度は命乞いの仕草を始めるが、許されるはずもなく死ぬまで何度も戦斧を振るわれる。
「恐ろしい罪を犯さなければ、こんなに苦しい末路を辿らずに済んだでしょうに……とても気の毒な人たちですね、陛下」
「そうだね、我が愛しの妃よ。まったく哀れな連中だ。伴う代償を想像もしないまま悪事に手を染めるとは」
口元を押さえ、憐れむような表情を浮かべながらクレアが言い、エドウィンは彼女の手を握りながら優しい微笑を向ける。
リンダム王家の直轄領へと襲来し、掠奪だけでは飽き足らず民への乱暴狼藉にも及ぶノルデン人盗賊に、クレアは強い嫌悪感を抱いていた。かつて自分も盗賊によって恐怖と絶望を味わわされたことが影響しているのか、盗賊襲来の報せが届くたびに、彼女にしては珍しいほどはっきりと嫌悪の情を顔に表していた。
だからこそ彼女は、エドウィンの誘いに乗り、こうして処刑の光景を共に見ている。盗賊たちへの憐みの情を見せるあたり、元々彼女が盗賊に抱いていた嫌悪や憎悪を考えれば十分すぎるほど慈悲深いと言える。
「しかし、何だか既視感のある光景だな。昔にもこんなことをやった気がするが……」
「タイウェル・ドゥムノスとガレスの手勢を倒したときでしょう。あのときも、捕らえられて命乞いする連中を皆殺しにしました」
小首を傾げて言ったエドウィンは、傍らのジェラルドの言葉で合点がいった表情になる。
「そうだった、タイウェルとガレスだ……久々に存在を思い出したが、何とも懐かしい連中だな」
「同感です。奴らとの戦いで死んだサベルトは、今でもよく頭の中に現れるというのに」
ジェラルドが口の端を上げながら言うと、エドウィンも笑みを零した。
アロナ島に渡って十年。それだけの時間が経てば記憶は懐かしむべき思い出となり、かつての大敵や先に逝った戦友たちは、その思い出の登場人物へと変わる。
「まあ、こいつらと比べてはタイウェルとガレスに失礼か。あいつらは曲がりなりにも自力で己の支配域を確立し、手段が卑劣だったとはいえ私を打倒しようと真っ向から挑戦したのだから」
エドウィンには好き好んで残虐に振る舞う趣味はない。これまで理由もなく家臣や民を虐めたことはなく、敵に対しても、相手の態度に合わせて対応を為してきた。
こちらの王権を奪おうと正々堂々挑んできた敵には自身も正々堂々と対抗し、その敵が実力や根性を見せれば敬意と誠意を示した。無辜の民を襲うという卑劣な攻勢を為したタイウェルとガレスに対しても、こちらも相応に下品な態度を返したが、それでも正当な敵として扱った。ガレスは自ら殺して首を家族のもとへ送り、タイウェルには公開処刑という最後の晴れ舞台を用意した上できちんと埋葬してやり、簡潔なものだが葬儀も行った。
しかし、この盗賊たちに関しては話が別。彼らは王に戦いを挑むのではなく、その財産を盗み取ろうとしたに過ぎない。そこに誇りはなく、決意や覚悟もない。
故に、エドウィンは彼らを正当な敵ではなく、己の領土に入り込んだ害獣と見なす。彼らの命も尊厳も踏み躙り、さらなる害獣が入ることを防ぐための道具として扱う。
「アア……オルディ、レネト、オルディ……」
盗賊の指導者たちの一人、先ほどから泣いてばかりの男が、何やら呟きながら顔を伏せた。エドウィンは片眉を上げながら彼を見やり、立ち上がって歩み寄ると、その髪を掴んで顔を無理やり引き上げる。
「駄目だ、しっかりとその目で見るんだ。オレアク、オレアクだ。さあ顔を上げて目を開け」
泣いている男の傍らにしゃがみ込み、エドウィンは冷徹な視線を彼の横顔に向けながら語る。彼の目を、次いで処刑されている盗賊たちの方を指差し、なおも処刑の光景から顔を背けようとした彼の後頭部を引っぱたいてまた正面を向かせる。
泣き虫男の隣に座る盗賊――例の、気丈に振る舞おうとしている若者が、泣き虫男を含む左右の六人に何かを語る。そしてエドウィンに視線を向けると、緊張した面持ちでまた言葉を発する。
「我々、見る。伝える、仲間。あなた、怖い……」
故郷で学んだのか、西方語の単語を発した若者を前に、エドウィンは目を見開く。そして楽しげに笑いながら、彼の肩を叩く。
「はははっ! そうだその通りだ! この地でノルデン人盗賊がどうなるかを見て、そして仲間に伝えるんだ! 私が怖い王だということを! 君は賢いな、気に入ったぞ!」
若者は笑顔を返すことはなく、緊張した面持ちのまま正面に向き直る。その他の六人も、泣き虫男を含めて、顔を背けることなく目の前の凄惨な光景と向き合う。
生還させられる皆がしっかりと処刑を目撃していることに満足したエドウィンは、再び椅子にふんぞり返り、正面に視線を向ける。
地面が血に染まり、死体が散らばる中で、処刑される最後の一人を数人の戦士が取り囲み、得物を振りかざす。
・・・・・・
大虐殺と呼ぶべき処刑が完了した後は、エドウィンの計画に則り、盗賊たちの死体を曝す準備が始まる。
この数日の戦いと今日の処刑でエドウィンが手に入れた盗賊の死体は、合計で六十五体。王家直轄領の沿岸部の各地と、主要な河川の河口に曝すには十分な数が集まった。
曝し方はあらかじめ決められている。丸太杭で死体の尻から口までを串刺しにした上で、腹を裂いて臓物を垂らし、その串刺し死体を海岸や河口に立てることになっている。まずは都からほど近いアイヴァー川の河口、その東岸と西岸にそれぞれ二体ずつが曝されることとなり、串刺し死体の出来を見るためにエドウィンは作業現場へと自ら足を運んだ。
「串刺しにすること自体は簡単ですが、そのまま立てると死体が地面までずり落ちてしまうようです。腰と首の辺りで死体を杭に縛りつけた方がいいかと」
愛馬ノックスに乗り、供の者たちを引き連れて河口まで足を運んだエドウィンは、死体や必要な道具を船に積んで先に河口へ下り、作業を始めていたレオフリックからそう報告される。彼の後ろでは、数人の戦士たちが既に一体目の串刺し死体を作り終え、今は二体目に杭を打っているところだった。
「なるほど、やはり実際にやってみないと見えてこない問題点もあるものだな……そのやり方で問題ない。残りの死体も杭に縛りつけてくれ」
「承知しました」
レオフリックは頷くと、串刺し作業の指揮に戻る。一方のエドウィンは、河口の西岸に、海の方を向くように一体目の串刺し死体が立てられる様を眺め、その出来に満足して微笑を浮かべる。
「うわあ、凄いですねぇ父上」
エドウィンの隣で感心したように言ったのは、嫡男エゼルウルフだった。今年十歳の彼は、残虐な処刑を見学するには幼すぎるとエドウィンから判断されたものの、これから直轄領内の各地に曝される死体はどうせ目にすることになるだろうからと、こうして串刺し作業の視察に同行することを許された。
おませな嫡男もこのような死体を見ればさすがに怖がるのではないかとエドウィンは思っていたが、エゼルウルフは凄惨な串刺し死体を前にしても怯えを見せない。むしろ、珍しい有様となった人体を興味深そうに観察している。
「はははっ、凄いだろう。これからはこの死体たちが、我が王家直轄領に侵入したノルデン人盗賊の末路を見た者に知らしめてくれるんだ……相手が盗賊とはいえ、何十人もの人間を虐殺して、その死体をこんな風に破壊して曝すというのは行儀が良いことじゃない。それでも、我が領と民を守るために必要となれば、こういうこともしなければならないんだ」
「それじゃあ、将来は僕も、場合によってはこういうことをする日が来るかもしれないんですね」
「ああ。まだ何十年か先のことだろうが、我が王位を継いだ後は、権力と合わせても義務も全て君のものになる……焦る必要はない。これから父の隣で、少しずつゆっくりと学んでいけばいい。我が息子よ」
そう言って、エドウィンは愛する嫡男の頭を撫でてやった。
「分かりました、頑張って学びます……それにしても、臭いですねぇ」
「これは騎兵たちが三日前に襲い殺した方の死体だからな。そろそろ秋とはいえ、昼間はまだまだ暖かいから腐敗も早い……これから直轄領の各地に死体を運んで曝す戦士たちは苦労するだろう。仕事が終わったら労ってやらなければ」
不快そうに顔をしかめるエゼルウルフの横で、エドウィンは平然と語る。幾度も戦場に立ってきたことで、死体の臭いは嗅ぎ慣れている。




