第百四話 盗賊対策②
盗賊たちをできるだけ多く殺し、あるいは捕らえて処刑し、その死体を国内の沿岸部や河川の河口に曝す。同時に、捕らえた盗賊のうち少数を、仲間たちが凄惨に処刑される場に立ち合わせた上でノルデン半島へ生還させ、この地に襲来した者がどれほど惨い目に遭うかを語らせる生き証人とする。それらをもって、盗賊に以降のこの地への襲撃を忌避させる抑止力とする。それがエドウィンの計画だった。
できるだけ早期にまとまった数の盗賊を殺し、あるいは捕らえるために、エドウィンが考えた作戦は二つ。一つは騎兵部隊による奇襲。そしてもう一つは、リンダム王家が所有する輸送船を餌として使うことだった。
リンダム王国への盗賊襲来が始まった四一九年のうちに、二つの作戦のうちどちらか一方が成功すれば僥倖とエドウィンは考えていたが、奇しくも騎兵部隊による奇襲成功の報せが王の館に届けられた翌日、輸送船を餌とする作戦を実行する機会も訪れた。
この作戦の内容も至極単純で、王家の輸送船がアイヴァー川の河口から海に出て、一帯をゆっくりと航行し、盗賊に狙い目の獲物と思わせておびき寄せる……というもの。船乗りたちの手が空いていて天候や風の条件が良い日に海に出ては、漁などしながら一帯を動き回り、しかしいざ盗賊に見つかりたいと思うと意外と出くわさす、晩夏になってようやく盗賊たちの乗った船との遭遇が起こった。
「……やっと来たか。盗賊と会えてこんなに嬉しくなるとはね」
周囲を見張っていた船員から盗賊の接近を告げられ、王家に仕える筆頭船乗りのギルベルタは皮肉な笑みを浮かべながら、高速で接近してくる二隻の船を見やった。
「もう少し引きつけな。慌てるふりをしながら移動の準備をしてみせるんだ。その後はアイヴァー川に誘い込むよ」
ノルデン人は確かに操船技術に長けているようだが、自分と部下たちも決して負けていないとギルベルタは自負している。彼女の指示通り、あえて大仰に動きながら移動の準備を終えた船員たちは、アイヴァー川の河口へ進む。
盗賊たちを振り切ることはなく、じわじわと距離を縮められながら、しかし追いつかれることもない。そのような絶妙な速度で、ギルベルタたちはアイヴァー川に入り、そのまま遡上する。盗賊たちを乗せた二隻の船は、何の疑いもなく後を追って川に入ってくる。この先に多くの兵力を擁する都があることを、盗賊たちは知らない。
数十メートルの幅を持つアイヴァー川の下流を、三隻の船は進んでいく。ギルベルタが後方を振り返ると、盗賊たちの船は、彼らの声が聞こえるほどの距離まで迫っている。彼らはこれ見よがしに武器を掲げ、勝ち誇ったように叫んでいる。
「……そろそろだね」
盗賊たちの行動を前に微塵も動じることなく、ギルベルタは呟いた。
それから間もなく。逃げる一隻と追う二隻の左右に、軍勢が姿を現す。あらかじめ河口付近に隠れていた見張りの騎兵から盗賊接近の報せを受け、王の都から急行した総勢六十人ほどの戦士と民兵が、アイヴァー川の両岸に半数ずつ並ぶ。
エドウィンは自らこの軍勢を率い、西岸に立って指揮をとる。予想外の事態を受けて驚愕の表情を浮かべている盗賊たちを睥睨し、不敵に笑んでみせる。
「ノルデン人諸君、ようこそ我が国へ」
言いながら、エドウィンは片手を掲げる。その動きに合わせ、周囲を囲む護衛の親衛隊戦士たちが、そして東岸の戦士と民兵を統率するレオフリックが、敵にクロスボウや弓の狙いを定めるよう命じる。今回は陸と水上で距離のある戦いということで、戦士も含めて全員がクロスボウを、弓の心得のある者は弓を構えている。
大半のノルデン人はクロスボウを見たことがないはずだが、この状況で弓と共に向けられているものが武器であることは理解しているはず。自分たちが危機にあると気づき、顔を青くする彼らの様を滑稽に思いながら、エドウィンはレオフリックと視線を合わせ、頷き合う。
そして、掲げていた手を下ろす。同時にレオフリックたちが「放て!」と命令し、合わせて戦士と民兵たちが一斉に矢を放つ。
六十の矢が二隻の船を襲い、少なからぬ数の盗賊が倒れる。矢に当たらなかった者たちは、それぞれの船の指揮役らしき者たちの指示を受け、川から脱出しようと櫂をこれまでとは逆方向に漕ぎ始める。
両岸に並ぶ軍勢から矢の乱れ撃ちを受けながら、盗賊たちは懸命に櫂を漕ぎ、二隻はゆっくりと河口へ向けて進み出す。しかし、その後退は間もなく阻まれる。川を横切るように張られた長い鎖によって。
敵が海からアイヴァー川を遡上して王の都に攻め込もうとした場合に備え、エドウィンは今より五年ほど前に、川に防衛設備を築いた。川の両岸に柱を立てて鎖で繋ぎ、普段は川底に沈めている鎖を必要な場合は巻き上げて水上に張り、船の通行を妨害する……という単純な設備を置き、見張りの戦士を常に二人ほど配置していた。
今回は船の遡上を妨害するためではなく、逃走を防ぐために鎖が張られ、二隻のうち後方にいた一隻がまずは後退を阻まれる。鉄製の鎖も地中深く埋め込まれた柱も動くことはなく、しっかりと船を受け止める。
そこへもう一隻がぶつかり、急激に傾いたためか転覆する。船に乗っていた積み荷も盗賊たちも川に投げ出される。
大混乱に陥る盗賊たちに、リンダム王国の討伐部隊は勢いを減じることなく矢を浴びせる。鎖に受け止められて川の流れと垂直の方向を向いてしまった船の上では、盗賊たちが積み荷や仲間の死体を盾にして必死に身を守ろうとしているが、あらゆる方向から飛来する矢を防ぐことは到底できない。一方で川に投げ出された盗賊たちは、完全に無防備な状態で攻撃を受けるしかない。どう見ても勝ち目のない状況で、反撃に転じる者は皆無だった。
「はははっ! これほど滑稽な見世物は滅多に見られないぞ! 面白いだろうウォーレス!」
「はい、おもしれえです。ざまあみろってんだ」
これまで散々にアロナ島を荒らし回り、無辜の民の生命や生活を傷つけてきたノルデン人盗賊たちが、みっともなく泣き叫ぶ。そんな無様な光景を眺めながらエドウィンが言うと、直衛として隣に控えている戦士ウォーレスが意地の悪い笑みを浮かべながら同意を示す。
盗賊の一人が川を泳いで西岸まで辿り着き、ちょうどエドウィンの目の前に上がろうとするが、ウォーレスがそれを許さず蹴り飛ばす。盗賊は間抜けな悲鳴を上げながら数メートルも吹き飛ばされ、川の只中に落ちる。
その様を見てもうひと笑いしたエドウィンは、ある程度気が晴れて満足し、西岸にいる戦士と民兵たちに呼びかける。
「諸君! 名残惜しいことだが、楽しい狩りの時間はそろそろ終わるとしよう! まだ生き残っている盗賊は全員捕らえ、死体は回収してくれ!」
王の命令を受け、西岸の一同は攻撃の手を止める。対岸のレオフリックたちも、エドウィンが手振りで合図すると、同じく攻撃を終える。
「ギルベルタ、それに他の皆も、囮役ご苦労だった。危険な務めをよくぞやり遂げてくれた」
「なぁに、そう危ないこともありませんでしたよ。こいつら確かに操船はそこそこ上手いみたいですが、あたしと部下たちの方がまだ上です」
囮の役目を終えた輸送船の乗員たちにエドウィンが労いの言葉をかけると、船長であるギルベルタが代表して答えた。得意げな笑みを見せる彼女に、エドウィンも「頼もしいことだ」と返しつつ微笑を返す。
そして、戦闘の事後処理が始まる。川に投げ出されていた盗賊たちは岸に上がったところを捕らえられ、鎖に退路を阻まれた船にいた者たちは、クロスボウや弓を向けられながら岸まで船を移動させ、上陸したところでやはり捕らえられる。矢を受けている者には簡単な手当ても施される。盗賊たちは皆、捕らえられたことへの不安や恐怖よりも、ひとまず今この場で死なずに済んだことへの安堵を覚えているようで、自分を川から引き上げて拘束する戦士に頭を下げる者さえいた。
そうして生け捕りが進む一方で、死体の回収も行われる。都から手伝いの人手が集められ、捕らえられた盗賊たちと死体の山が都へ運ばれる。盗賊たちの乗っていた二隻の船も、大きな損傷もなく無事な状態だったため、戦利品として船着き場まで運ばれる。
「盗賊は全部で四十四人、うち生きているのは二十三人です。重傷者もいるので、もう何人か死ぬと思います」
あらかた事後処理が終わったところで、指揮を担っていたレオフリックがエドウィンのもとへ歩み寄って報告する。それを受けて、エドウィンは満足げに頷く。
「半分生きているのなら十分だ。何なら、処刑の手間を省くためにもう少し皆に狩りをさせてもよかったな……ウォルフガングたちが手に入れた獲物と合わせると七十人以上か。大猟だな」
これで、策を次の段階に進めることができる。エドウィンは薄ら笑いを浮かべながら、都への撤収を命じた。




