第百三話 盗賊対策①
冬になり、航海に臨むには危険なほど海上の気温が低下すると、アロナ島に対するノルデン人盗賊による襲撃は一時的に止んだ。そして年が明けた統一暦四一九年、春の訪れに合わせ、彼らは再び沿岸部と川沿いの人家や神殿に襲来するようになった。
アロナ島東部から南部へと広がっていた襲撃範囲は、エドウィンの予想通り、この年から南西部のリンダム王国領土にまで及び始めた。盗賊に対抗するために、エドウィンが考案した策の有効性が試されるときが来た。
エドウィンの考案した策のうち、襲撃による被害をできる限り抑えるためのものに関しては、盗賊が襲撃しやすそうな位置に暮らしている者たちに、あらかじめ警戒を呼びかけておく……という至極単純な内容が中核を成した。
冬のうちに付近の森など避難場所を定め、そこに小屋を建てて春以降に消費する食料をできるだけ移しておくように。装飾品や貨幣など持ち運べる財産は普段から身につけ、盗賊が現れた際はすぐさま避難場所へ逃げ込むように。エドウィンは王の名の下に、民に向けてそのような指示を出しておいた。
言葉で説明してしまうと大したことはないが、結局はこのような、多少の手間をかければ誰でもできる地道な対策が最も効果を発揮する。その対策を実現できるか否かは、支配者が領内各地に己の指示を行き渡らせるだけの統治体制を整えられているか、支配者の指示を素直に聞こうと民が思うほどの信頼を得られているかに左右される。
幸いエドウィンは、十分に整った統治体制と民からの信頼を持っている。沿岸部や川沿いにある人里、神殿、職人の住居などでこうした備えが為された結果、住民たちは盗賊の襲来を受けた際に迅速な避難を為し、その結果として被害は大幅に抑えられた。春から夏にかけ、王家直轄領では六件の襲撃が起こったが、逃げ遅れによる人的被害は合計で十数人に留まった。
このような備えを満遍なく行えたのは、ノルデン人たちの襲撃の手口について、先に襲われたアロナ島東部から昨年のうちに詳細な情報を得ることができ、なおかつ冬という十分な準備期間を得られたことも影響している。またもや己の支配域の立地が功を奏したことについて、エドウィンは神々に感謝した。
この基本的な対策に加えて、王家直轄領の各地に置かれている数十人規模の部隊が、盗賊襲来の報せを受けると急ぎ迎撃に赴くことで、盗賊を迅速に追い払って被害を抑える……という対策も併用された。
昨年襲撃を受けた諸国の支配者のうち、イゾルデ・ガレア女王をはじめ常備兵力に余裕のある一部の者たちは、このように部隊を分散配置することで迅速な迎撃を為し、盗賊の襲撃を防ぐことはできずとも十分な掠奪の時間を与えずに追い払ったり、運が良ければ幾らか仕留めたりすることができたという。
一年前は敵であったイゾルデの対応を参考にしたこの策は、リンダム王家の直轄領においても一定の効果を発揮した。元より領内の北東部と南東部に置かれている部隊に加え、かつてタイウェル・ドゥムノスやガレスの支配域があった北西部にも部隊が置かれ、王の都がある南西部も含めて各地に即応のための兵力が揃い、それぞれ活躍を見せた。
こうして盗賊に対抗するために多くの労力が費やされ、労力に見合った効果が表れ、しかしそれでも少なからぬ損害が発生した。
十数人とはいえ民が失われたことは間違いなく、それに加えて物的な損失も出た。日常的に全てを持ち歩くことが困難だった金目のもの――例えば家畜や家具、服や布などは、失うことと引き換えに命が助かるのであればましだと、初めから諦めざるを得なかった。麦なども、全ての備蓄を森に隠すことは難しく、奪われるものもあった。
掠奪だけでなく、単純な破壊による損害もあった。民に対策をされたことで掠奪の利益があまり出なかった盗賊たちが、腹いせとして持ち去りきれない家畜を皆殺しにしたり、麦の備蓄や収穫前の農地、さらには家屋まで焼き払ったりと、好き勝手な振る舞いを見せることがあった。
戦士たちが急ぎ駆けつけたことで、盗賊たちは掠奪や破壊を完遂する前に逃げ去った。しかしそれでも、住民たちの生活には甚大な損害が及ぶこととなった。
「やるせないもんですね。必死に駆けずり回っても、盗賊どもを追い払って逃げ帰らせるのが精一杯だなんて」
「まったくだ。俺たちは民を守る頼もしい戦士様のはずなのに、なんとも情けない有様だよ」
王家直轄領における六件目の襲撃発生時。直轄領北西部の農村に現れた盗賊を迎撃するために赴いた戦士の一隊が、無事にその盗賊を追い払った後。若い戦士が悔しげな表情で言う隣で、壮年の戦士がため息交じりに頷いた。
彼らの視線の先では、村の家屋の半分を焼き払われた上に、収穫間近の麦の大半を焼失した住民たちが嘆き悲しんでいる。逃げ遅れて殺された数人の住民の家族が泣き叫び、その痛々しい声が辺りに響いている。
「多少の損害は仕方ねえ……なんて言って片付けるのは俺も嫌だが、いくら王家の戦士団でも、広い直轄領の全部を盗賊から守りきるのは無理だ。盗賊の襲撃を完璧に防げる軍勢なんて、今のアロナ島のどこにもいねえだろうよ」
そう語ったのは、この部隊の指揮を王から任されている戦士オズワルドだった。
「今のところ、俺たちは十分よくやってるよ。俺たちが頑張らなきゃあ、この何倍も被害が出てたはずだ……それに、お前らも聞いてるだろう。盗賊対策の本命は俺たちじゃねえ。国王陛下の御考え通りの結果が出るのは時間の問題だ。朗報が届くのを楽しみにしてようぜ」
主君エドウィンが考えた、盗賊の襲撃自体を抑止するための策。その実行は決して容易なことではないが、それでも必ず成果が出ると信じながら、オズワルドは不敵に笑んでみせた。
・・・・・・
リンダム王家が誇る騎兵部隊は、これまでの戦いと同様、ノルデン人盗賊の討伐においても切り札と位置づけられた。
彼らに課された役割は、盗賊による襲撃自体を抑止するための策の、重要な第一段階。ただ盗賊を追い払うことではなく、生死を問わずまとまった人数の身柄を確保すること。この目的を達成するために、総勢四十騎のうち二十五騎が投入されることとなった。
作戦は単純。待ち伏せと、騎兵の機動力を最大限に活かした奇襲。
まず、騎兵たちは適当な一か所――付近に盗賊が上陸しやすそうな広く平坦な砂浜があり、周辺に幾つかの人里や神殿や職人の住居がある地点に隠れた。冬の内に、身を潜められる森の中の拠点を築き、そこでひたすら待った。王の都の防衛、あるいは分散配置された部隊の指揮役や伝令役を担っている残りの十五騎と定期的に人員を入れ替えながら、数か月にわたって待ち続けた。
練度維持のための訓練などをして暇を潰しながら、ただ待つだけで春と夏が過ぎていった。そして晩夏のある日、彼らが待ちに待った報せ――拠点周辺にある人里のひとつに、盗賊が襲来したという急報がもたらされた。
狙われたのは、人口六十人ほどの小さな農村。二十五騎は盗賊襲来の報を伴って逃げてきた住民たちと入れ替わりで出撃し、盗賊たちが掠奪をくり広げているであろう農村へと急行した。
世間一般の印象とは裏腹に、馬はそれほど持久力がなく、連続して駆け続けられる時間は意外にも短い。そのため騎兵は、もちろん徒歩の兵とは比べものにならない機動力を持つが、それでも戦闘のための余力を残しつつ高速で到達できる範囲はそう広くない。
だからこそ二十五騎の騎兵たちは、これまで一地点に待機し続け、すぐ近くに盗賊が現れたことで初めて奇襲に動いた。主君エドウィンの命令に応えるために。
「村が見えたら速度をさらに上げるぞ! 一人も逃がすなよ!」
「「「応っ!」」」
疾走する騎兵の群れの先頭で声を張ったのは、つい先週に指揮役をレオフリックと交代した戦士ウォルフガングだった。騎兵部隊の副隊長でもある彼の命令に、残る二十四騎から力強い応答が為される。
民が苦しみ、仲間の戦士たちが少しでも盗賊による被害を軽減するために奔走していることを知らされながら、根気強く待機を続ける。そのような日々は、騎兵たちにとって決して小さくない焦燥と苦痛を伴うものだった。
だからこそ、ウォルフガングたちは勇んで駆ける。持久戦を考慮しない疾走によって瞬く間に農村へと迫った騎兵たちは、そのまま盗賊たちに容赦なく襲いかかる。
徒歩の軍勢による迎撃とは速度がまったく違う攻勢を受け、盗賊たちは為す術がない。騎兵の接近に気づいたときには既に手遅れで、船の置かれた海岸まで逃げる猶予はなく、かといって練度の高い二十五騎もの騎兵を打ち破るほどの力は、大半が民兵と同程度の装備しか持たない盗賊集団にはない。
まずは、二十騎弱の包囲役が三方から農村に侵入し、村内で掠奪を行っていた盗賊たちが戦闘態勢をとる暇も与えずに蹴散らす。ウォルフガングがざっと数えて三十人ほどの盗賊は、その大半がただ逃げ惑うばかりだった。
体格の良い軍馬に重装備の戦士が騎乗した様は、ただそこにあるだけで見る者に凄まじい威圧感を与える。リンダム王家に仕える騎兵たちは、揃って鎖帷子のカーテンが付いた兜で顔を隠しているため、人相が見えないその姿の物々しさと得体の知れなさがさらに威圧感を増大させる。
騎兵部隊は突破力や破壊力だけでなく、この威容をも武器とする。人馬が一体となった巨体で迫ってきて、表情の読めない顔でこちらを見下ろし、頭上から凶器を振り下ろしてくる。そのような敵を恐ろしいと感じない人間はいない。強さではなく迅速な襲撃と撤退によって一方的に利益を得てきたノルデン人盗賊たちは、自分たちよりもさらに迅速で遥かに精強な騎兵を前にすると、狩られるばかりの雑魚でしかない。
ある者は逃げようとして瞬く間に追いつかれ、振り下ろされた武器に頭を割られる。ある者は混乱して立ち尽くしていたところを、突進してきた馬体に突き飛ばされる。なかには無謀な抵抗を試みる者もいるが、成功するはずもなく、踏み潰されて肉塊と化す。
包囲の間隙を縫って船まで逃げようとする盗賊たちには、追撃役として控えていた騎兵たちが迫る。正面に回り込んで逃走を諦めさせ、あるいは体当たりで動きを止め、それでも逃げようとする者は容赦なく殺す。
戦闘とも呼べない戦闘は、軍馬たちの体力が十分に残っているうちに終結する。急襲を為した騎兵たちは一騎も欠けることはなく、そして盗賊たちは一人も逃げることができなかった。三十人ほどいた盗賊のうち、半数以上が惨殺され、残りは負傷あるいは降伏して捕らえられた。
「お前らよくやった! 国王陛下もこの大戦果を御喜びくださるはずだ……死体になった連中も、生け捕りにした連中も、等しく貴重な戦利品だ。今は丁重に扱ってやれ」
兜を脱いだウォルフガングが捕虜となった盗賊たちを見やり、敵意に満ちた笑みを浮かべると、騎兵たちもそれに倣った。元より怯えている様子だった盗賊たちは、ますます恐怖しているようだった。
ざまあみろ。これまで好き勝手に暴れた報いだ。ウォルフガングはそう考えながら、部下たちに撤収を命じる。これはあくまでも、主君エドウィンが講じた策の第一段階。本番は、盗賊たちの身柄を確保した今から始まる。




