第百二話 盗賊問題②
ノルデン人盗賊によるアロナ島東部への襲撃は、その後も止むことはなく、むしろ数を増していった。島外からの度重なる襲撃に、東部に領土を持つ諸国の支配者たちは翻弄された。
一つひとつの襲撃の規模は、それほど大きいわけではない。敵は一隻から数隻の船に乗った、多くとも五十人程度の集団で、装備の質もたかが知れている。中にはまともな武具を持っている者もいるが、多くは適当な得物と、良くて円盾を持っている程度で、おそらく練度も高くない。各人里から見れば脅威だが、国の存続や社会の維持を脅かすほどの強敵にはならない。
厄介なのは盗賊たちの強さではなく、彼らが神出鬼没である点だった。
ノルデン人は日常的に船を多用しているらしく、優秀な船乗りが多いと言われている。彼らはその操船能力を活かし、海の向こうから突然現れて島へ迅速に接近すると、海岸から上陸し、あるいは河川を遡上して内陸部へ侵入し、周辺の人里や神殿、職人の住居などを襲う。そして戦利品を船に積み込むと、素早く去っていく。
このような襲撃者に対応するのは、アロナ人支配者層にとって容易なことではない。
まず、襲撃自体を未然に防ぐことは現実的ではない。ノルデン人たちの乗る船は、アロナ島で主流の輸送船と同程度に喫水が浅く小回りが利くため、整備された港がなくとも適当な砂浜に上陸でき、大河だけでなく中規模の河川も遡上できる。そのような砂浜も河川もアロナ島には数多くあるため、それらのうちどこに盗賊が現れるかなど予想しようがない。かといって、上陸や遡上が可能な全ての地点を同時に守れるほどの大兵力は、どの支配者も有してはいない。
その結果、各国の支配者たちが為せるのは、盗賊が襲来した後に迎撃のための軍勢を出す……という後手に回った対応のみ。
とはいえ、迎撃を間に合わせることは難しい。民より盗賊襲来の報せを受け、数十人規模の盗賊に勝てる兵力を揃えて出撃させても、その軍勢を盗賊の退散前に襲撃地点に辿り着かせることは容易ではない。十分な数の常備兵力が即応したとしても、行軍にはどうしても多少の時間を要する。手元の常備兵力だけでは即応できない弱小貴族家は、兵力不足を補うために民兵を召集する時間を要するため、ますます迎撃が遅くなる。
できるだけ急ぎ、地理的な幸運も相まって盗賊の退散前に襲撃地点へ辿り着いたとしても、迎撃の軍勢が接近してきたことに気づいた時点で盗賊たちはすぐさま海岸や川辺に撤退し、そのまま船で逃げ帰ってしまう。
そのため、各国の王家や貴族家が迎撃のための兵力を出しても、盗賊を追い払うことで立て続けの掠奪を阻止し、被害拡大を防ぐことが精一杯。盗賊を殲滅したり、掠奪された品々を取り戻したりすることはほぼ不可能。
このように各国とも国力の問題で有効な対策を打てないまま、季節が晩秋へと移ったある日。エドウィンは王の館の広間で、家族と側近たち、そしてつい先ほど都へと帰り着いたばかりのロイドと夕食を共にしていた。
側近たちが館の敷地内に並ぶ家屋でそれぞれ生活するようになってからも、エドウィンは彼らとの絆を維持するために、頻繁に皆で食卓を囲んでいる。この日もそうして宴のように賑やかなひとときを過ごそうとしていたところ、ロイドが情報収集を兼ねた交易から帰還したため、彼も食卓に招いている。
「――秋頃からは、ランヴェール王国の南部やユーゼリア王国沿岸部でも盗賊の襲撃が起こっているそうです。つい先週には、ルマノ王国にも初めて盗賊が襲来したという話でした」
「やはり、段々と襲撃の範囲が広がっているか……この調子だと、冬には奴らも襲撃を止めるとしても、来年の春以降は我が国の領土に踏み入ってきそうだな」
忠実な御用商人の報告を受け、エドウィンはため息交じりに言いつつワインの杯をあおる。
「各国の損害の程度は? 一つひとつの襲撃の規模は限られていても、数が重なれば無視できないものになっているのでは?」
エドウィンの傍らに座るジェラルドが尋ねると、ロイドは頷く。
「まさしく仰る通りにございます。人的・物的な損害は、各国の社会にとって致命的ではないようですが、長い目で見れば軍備増強や経済的発展に悪影響を及ぼすことは必至かと存じます。併せて申し上げると、各国とも君主や貴族の常備兵力を盗賊対策に割いているようなので、現状が続く限り、国同士の本格的な戦争が起こる可能性は低いでしょう」
「ということは、ガレアの再侵攻はしばらく考えなくて大丈夫か……脅威がひとつ去っても、入れ替わりで別の脅威が迫ってきてはあまり喜べないな」
果たして、イゾルデ・ガレアの野心とノルデン人盗賊のどちらが厄介だろうか。エドウィンはそう考えながら顔をしかめる。
「こうなったらいっそのこと、ノルデン人どもが大勢でまとまって攻めてきてくれればいいんですがね。そうすれば、俺たち戦士団がまとめて殲滅してやれる」
パンをちぎって口に放り込みながらオズワルドが言うと、エドウィンは楽しげに笑う。
「はははっ、それはいいな。ちまちまと盗賊どもの尻を追いかけ回すよりも、その方がよほど手っ取り早い」
「父上、ご飯のときにお下品な言葉遣いは駄目ですよ」
嗜めるように言ったのは、エドウィンの隣に座る嫡男エゼルウルフだった。エドウィンはわざとらしく口元を押さえながら「おっと、すまない我が息子よ」と返し、そのやりとりに一同から小さな笑いが起こる。
「とはいえ、ノルデン人たちが大挙して攻めてくる可能性は低いだろうな。連中が有利を保っているのは、奪うだけ奪ってすぐに逃げ出すからこそだ。正面切った戦いになれば奴らの方が弱い。遠方からでは送り込める戦力に限りがあるだろうし、そもそもノルデン人の総数がアロナ人よりも圧倒的に少ないはずだ……そのことは奴らも分かっているだろうから、分かりやすい侵攻には臨まないだろう」
「そりゃあ残念ですね。なかなか楽はできないか」
主君の説明を受けたオズワルドは、そう言って肩を竦めてみせた。
これまであまり交流のなかったノルデン人に関する情報はアロナ島には少ないが、大陸北部に属するノルデン半島は大陸西部の北側に位置するアロナ島よりも寒冷で、面積こそ広いものの峻険な山岳が広がっており、土地が痩せているという話は聞こえている。ノルデン人たちはそのような厳しい半島の沿岸部や山々の間隙に張りつくようにして暮らしており、その人口はせいぜいアロナ人の半数ほどと見られている。
そのため、ノルデン人が掠奪ではなく土地の占領や現地勢力の打倒を目指し、本格的にアロナ島へ侵攻しようとしても、送り込める兵力は限られる。たとえどこかの土地を力ずくで手に入れたとしても、長くは維持できない。土地を横取りされた当事国やその近隣諸国から反撃を受け、壊滅するのが目に見えている。
おそらくはノルデン人たちも、そのことを理解している。数十人程度の規模で襲来し、迎撃の軍勢が迫ればすぐに逃げ出すところを見ても、彼らは本格的に徒党を組んで命懸けで戦争を仕掛けるようなことは考えていない。狩りのような感覚で、楽な稼ぎとして盗賊行為に及んでいるものと思われる。だからこそ、大勢で押し寄せてきたところを一網打尽、ということは叶わない。
また、アロナ人の方がノルデン人たちの本拠地であるノルデン半島に攻め入る……というのも非現実的。船不足のために、攻め込む側となればこちらが数的不利を強いられることは目に見えている。それに加え、アロナ人の航海技術では遠く東のノルデン半島まで集団で向かうのは難しく、そもそもアロナ島の諸国が皆で仲良く海を越えて外征に臨むなど、政治的にも実現は困難。
「ああ。神々は試練を楽には乗り越えさせてくれないらしい……だからこそ、計画通りに対策を講じるとしよう。まずはこの冬のうちに備えを進めることが重要だ」
言いながら、エドウィンは共に食卓を囲む一同を見回す。
盗賊の襲撃による損害を抑えるための策と、盗賊の襲撃自体を抑止するための策を、エドウィンはそれぞれ考えている。それらの策の内容は、この場にいる者たちには既に共有されている。
「戦士たちの運用はこれまでよりも複雑になる。全体を統括するジェラルドも、各部隊を指揮する皆も今まで以上に忙しくなるだろうが、よろしく頼む」
「お任せを」
「しっかりやりますよ。期待しててください」
視線を向けられたジェラルドは厳かに、一方のオズワルドは快活に答える。他に側近格として同席を許されている戦士たち――ジュリアンをはじめ、部隊長を任されるような最古参の者たちも、それぞれ力強く応える。
「そして要になるのは騎兵部隊だ。策が成功するか否かは君たちにかかっている」
「神々に誓って、必ず務めを果たします」
次いでエドウィンが見やると、騎兵部隊長であるレオフリックが父親に似た厳かな声と表情で言い、その隣に座るウォルフガングも同じ覚悟を示すように頷いた。
戦士たちの頼もしい反応に満足しつつ、エドウィンは文官たちにも視線を向ける。
「王家直轄領を挙げて盗賊の脅威に立ち向かうとなれば、徴税作業をはじめ国家運営の実務にも影響が出るだろう。君たちにも苦労をかけるが……できるだけ平時の社会を維持できるよう、力を振るってもらいたい」
「はい、王家の御為に微力を尽くします」
「僕も精一杯努めます」
「野蛮で卑劣な盗賊なんかに敗けず、陛下の御統治を支えてみせますぅ」
家令のドーラやその部下であるウィトレッドも真剣な表情で応えたが、二人にも増して意気込んでみせたのは祭司長フィオナだった。
ノルデン人盗賊たちは、創天教信者にとっては禁忌とされる神殿の襲撃にも躊躇がない。また、やはり禁忌とされる「商品としての人間の売り買い」にも及んでいるようで、彼らは金目のものだけでなく人間まで攫っている。より正確に言えば、彼らにとっては人間もまた「金目のもの」に含まれる。連れ去られた人々はノルデン半島で労働力として使われるか、さらに別の地域へ売り払われているものと思われる。
俗世に理解のあるしたたかな性格とはいえ、大前提として敬虔な聖職者であるフィオナは、創天教社会から見れば大敵と言うべき盗賊たちに一際強烈な憤りを覚えているようだった。
「……リンダム王家は恵まれているな。これほど忠実で、おまけに極めて優秀な家臣たちに囲まれているのだから」
「これも陛下の偉大さがあってこそですわ。皆さんの尽力と陛下の御導きがあれば、この危機も必ず乗り越えられます」
エドウィンは傍らのクレアと視線を合わせ、笑みを交わした。




