第百一話 盗賊問題①
ガレア王国による侵攻軍との戦いから数か月が経ち、傷や疲れもすっかり癒えた夏。リンダム王国は平穏な日々を謳歌していた。
夏の前半には主要作物であるライ麦や小麦が収穫され、その後には王家の家臣団による一度目の徴税作業が行われる。文官として王家に仕える祭司たちの監督のもとで戦士たちが各人里から定められた量の麦や家畜を集め、それらが王の都に届けられると、家令のドーラによって内容の確認と記録がなされる。
ある日の午後には、王家直轄領の北東部――かつてはファーマス王国の支配域だった一帯からの税が、その一帯に駐留する戦士たちの手で王の館に運び込まれた。
「届けられた税の内容に問題はございませんでした。いずれの人里からも、新しく定められた課税内容に沿って納められ、総量も合っています。質の面でも良好です。麦には混ぜものなどもなく、家畜もどれも健康でよく肥えています」
この日の午前中は戦士たちとの訓練に打ち込み、午後は広間で読書などしながらくつろいでいたエドウィンのもとへやってきたドーラは、姿勢よく立ちながら淡々と報告を語る。
その報告を聞きながら、エドウィンは手渡された税の目録をざっと確認すると、満足げな表情で頷く。
「量も質も問題ないなら何よりだ。確認ご苦労だった……それにしても、北東部の税だけでこれだけの量になるか。課税内容を修正した効果が実感できるな」
エドウィンの統治下で農業生産力が高まり、基本的には平和が続くことで戦乱による死者もあまり発生せず、大陸からのキラケス人移民も定期的にやってくる王家直轄領では、順調に人口が増えている。そのため、エドウィンは建国以来五年ごとに各人里の人口規模を確認し、増加した人口に併せて課税内容を修正している。
この統一暦四一八年はちょうど再課税が行われる年で、春の戦争終結の後には、やはり文官と戦士たちが直轄領内を巡り、全ての人里を確認して回った。その結果、計算上の徴税内容は五年前と比べて若干増加した。
「では、いつも通り麦は倉庫へ収め、家畜は柵に入れて管理いたします」
「ああ、それで頼む……税収に比例して、財務を担う君の仕事も増えるだろう。苦労をかけるね」
「いえ、王家の御為に務めを果たすことが私の喜びですので」
いかにも彼女らしい生真面目な表情で言ったドーラに、エドウィンは微笑を返す。
その後、ドーラは税の収容について家臣たちに指示を出すため、一礼を残してエドウィンの前から立ち去る。
このように王家へ物納された税は、日々の糧として家臣たちに配られ、余剰分は備蓄としてそのまま蓄えられるか、あるいは必要な物品や労働力に代えられる。麦はともかく家畜の方は潰したり売ったりするまで世話が必要となるため、納税は直轄領を四分割した各地域ごとに時期を多少ずらして行われる。
「国王陛下」
ドーラと入れ替わりでエドウィンのもとに歩み寄ってきたのは、側近オズワルドの弟で、若き文官として務めているウィトレッドだった。
子供の頃の事故で足に障害が残り、日常生活を送る分には問題ないが戦いに従事することが難しい彼は、武芸の代わりに読み書き計算の技術を身につけ、今は主にドーラの補佐やエドウィンの従者を務めている。真面目で能力も高く、家柄的にも王家に近しい文官として、将来は子供のいないドーラの後を継いで家令となることが見込まれている。
エドウィンにとっては子供の頃から見知っている弟のような存在であるウィトレッドは、上司であるドーラを思わせる丁寧な一礼の後、あらためて口を開く。
「報告します。御用商人のロイドさんが北部諸国での交易から帰還し、館に参られました……アロナ島の情勢について、気になる情報を入手したので、急ぎ陛下にお伝えしたいそうです。広間にお通ししてよろしいでしょうか?」
情勢についての気になる情報。そう聞かされたエドウィンは小さく片眉を上げ、次いで微苦笑を零す。
「気になる情報か。おそらくまた朗報ではないんだろうが、そういう報せの運び手をいつも担わされるロイドも損な役回りだな……ウィトレッド、報告ご苦労。通してやってくれ」
「かしこまりました」
主君の指示を受け、ウィトレッドは広間の正面扉を開くと、廊下で待っていたらしいロイドを中へ迎え入れる。恭しく頭を下げて挨拶を述べ、王への敬意を示したロイドは、エドウィンから労いの言葉をかけられると、促されてテーブルにつく。
「それで、ロイド。気になる情報を手に入れたという話だったが、早速聞かせてくれ。ガレア王国が何か動きでも見せたか?」
館で働く使用人がロイドの前にお茶を置く中で、エドウィンは尋ねる。
「いえ、ガレア王国に関しては特に問題ございません。その他のアロナ島の諸国に関しても、争乱の予兆などは聞こえておりません……急ぎお伝えしようと思っておりましたのは、島外からの襲撃の情報でございます。アロナ島東部において、船で襲来したノルデン人の盗賊による被害が立て続けに発生しているそうです」
「……なるほど、ノルデン人か」
エドウィンは眉根を寄せながら、呟くように言った。
ノルデン人は、アロナ島から見て東の方向、大陸北部から西へと突き出した半島とその周辺の島嶼に住んでいるという民族。大陸の旧帝国北部を完全崩壊に追い込んだゴドロワ人と同じく、ロドニア帝国の支配下にはなかった者たちで、僻地に住んでいる上に人口も少ない彼らとの交流はアロナ島において極めて少なく、偶に交易のための船が海を越えて来訪する程度だという。
これまでアロナ人とはほとんど関わりのなかった彼らが、非友好的な存在となって頻繁に襲来しているというのは、意外かつ不愉快な話だった。
「最初の襲撃は春の半ば、ダルダレア王国沿岸部の神殿で起こったそうです。その神殿はアロナ島北部における創天教信仰の聖地とされており、十人以上の祭司が務めていたらしいのですが、二隻の船に乗った四十人ほどのノルデン人による攻撃を受け、祭具や書物など金目のものを尽く奪われたのだとか。祭司たちは容赦ない暴行の末に殺されたようですが、一人だけ床下に隠れて助かった者がいたことで、事が明るみになったそうです」
ダルダレア王国は、面積は広いが人口密度の薄いアロナ島北部を占める国。リンダム王国の二、三倍ほどもある山がちな領土内に、リンダム王国と同程度の人口が分散し、民は貧しく痩せた土地で質素に暮らしているという。そのような土地柄もあって複数の小勢力の連合のようなかたちで国が作られており、ダルダレア王家に関しても、あくまで各勢力の支配者たちの盟主のような立場だと言われている。
政治的に大規模な外征などを為すのは難しいが、地形的に防衛しやすい上に征服する利益の薄い領土を持つため、隣り合うガレア王国からも今のところ目をつけられていないらしく、今のアロナ島の勢力図においてはあまり目立たない脇役と見なされてきた。
「よりによって聖地の神殿を襲撃とは、何と質の悪い……祭司の殺傷にも躊躇しないあたり、さすがは異教徒と言うべきか」
「はい。まったく嘆かわしいことです」
語るエドウィンの顔には嫌悪の情が浮かび、一方のロイドは沈痛な面持ちで答える。
ノルデン人たちの信仰についてエドウィンはよく知らないが、帝国の文化圏の外にいたこともあり、彼らが創天教を信じていないことは聞いている。
だからこその所業だろうとエドウィンは考える。創天教の信者であれば、たとえ戦争相手の領土内だろうと神殿を襲ったり聖職者を殺戮したりはしない。そんなことをすれば、神々にたてつくことさえ厭わない野蛮人だと思われてしまう。
「この神殿襲撃を端緒に、国を問わずアロナ島東部において、ノルデン人が人家や神殿を襲う事態が相次いでいるとのことです。沿岸部はもちろん、河川を遡上して内陸部で襲撃を行う例もあったそうで……これまでもノルデン人が掠奪などをはたらく例がなかったわけではありませんが、ここまで頻繁に襲撃が起こるのは初めてのことなので、おそらく今だけでは終わらないであろう脅威として、東部諸国の間では警戒感が高まっているそうです」
ロイドの言葉を受け、エドウィンは腕を組みながら嘆息する。
「アロナ島全体が小康状態に入って、ようやく平穏が帰ってきた矢先にこれか……」
エドウィンから見れば、これは必ずしも悪いばかりの話ではない。ノルデン人盗賊の襲来が今後も続けば、東部諸国はその対応に追われることとなる。ガレア王国も、南東部への警戒に加えて盗賊への対応も為さなければならないとなれば、西部へ侵攻する余裕はないはず。不戦が誓われた二年に留まらず、その後も当面は大人しくなることが期待される。
同時に懸念もある。今のところ、盗賊たちはノルデン半島から攻め込みやすいアロナ島東部を襲撃の舞台としているようだが、いつこの西部まで襲来するようになるか分からない。
「……ノルデン人どもの襲撃範囲がこちらへ広がってくるようであれば、対処が必要になる。ロイド、引き続きこの件についての情報を集めてほしい」
エドウィンがそのように指示を出すと、ロイドは丁寧に一礼しながら「承知いたしました」と答え、退室していった。




