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【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第三章 諸国群立の時代

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第百話 決着と懸念

 会談にて講和が成立した後は、双方が速やかに義務を果たした。


 イゾルデは定められた賠償――金細工や貨幣、家畜や麦をガレア王家の財産から支払い、連合軍の捕虜となっていた少数の戦士たちの身代金についても誓約通りに差し出した。

 連合軍が捕らえた捕虜の中には、戦場で負傷した、あるいは逃げ遅れた民兵も五十人以上がいたが、彼らもイゾルデが多少の身代金を支払った上で引き取った。帰国後、彼らはイゾルデの立て替えた身代金に「手間賃」を上乗せした費用を請求され、支払えなかった場合は代わりに強制労働などを行うことになる。

 賠償と身代金の支払いを受けて、連合軍は捕虜を返還。その後、四人の君主がそれぞれの家臣と貴族たちの前で、軍勢を後方へ撤退させた後に解散すること、以後二年間は互いを攻撃しないことを神々に誓い合った。


 互いに斥候を送り合い、相手が本当に撤退するかを確認しながら軍を退いた後。ガレア王家の館へと帰還したイゾルデは、軍勢の世話を重臣たちに任せると、自身は広間のテーブルについて大きく息を吐く。


「苦労ばかりさせられて、得るものがない侵攻だったわね……」

「お嬢様、考えようによってはそうとも限りません」


 テーブルの最上座で自身専用の椅子に深々ともたれるイゾルデは、向かい側の椅子に腰を下ろした戦士長カドワロンの言葉を受け、彼の方を見やる。


「今回の戦いで、アクルード王国はともかく、ベルノニア王国とリンダム王国はかなりの強敵だということが分かりました。ブレドリック王とエドウィン王の才覚、そして彼らの抱える精強な常備兵力は相当に厄介です。彼らに勝利するには、かなりの軍備強化と念入りな計画が必要となりましょう……その事実が、民兵の損害のみを代償として分かったことは僥倖でした」

「……まあ、確かにその通りね。さすがは我が戦士長、いい考え方だわ」


 思案の表情を浮かべた後にイゾルデが言うと、カドワロンは「恐縮です」と軽く頭を下げる。


「西に並ぶ獲物たちのしぶとさを知るための対価だと思えば、今回の傷も受け入れられるわ。幸い我が戦士たちはほとんどが無事で、民兵の損害も思ったほどにはならないみたいだし。私の女王としての権勢も維持できているし」


 民兵の死傷者は、王国南部、旧ルテラン王国領土から動員した者を中心におよそ五百人。それ以外に五百人以上が戦場から敗走したが、その多くは真っすぐ東に逃げ、ガレア王国の領土内へ無事に帰還した。散り散りで迷子になってはいるが、かき集めて帰郷させればまた労働力となる。


 イゾルデの威信は多少傷ついたが、この傷に関しても致命的ではない。

 ガレア王家に仕える戦士団の女王に対する忠誠は、一度の敗北で失われるほど薄くない。そして彼らが王家の強力な常備兵力として維持されている限り、今回の戦いで消耗を強いられた民が反抗的な態度を示しても容易に押さえることができる。

 貴族たちに関しても、イゾルデが彼らの身内を人質として預かっていることもあり、そう簡単には謀反など起こさない。あまりにも過度に酷使すれば、家の存続のために身内を犠牲にしてでも結託して反逆してくるだろうが、今回の動員では彼らをそこまで追い詰めてはいない。


 実害も、そして政治的な損害も、十分に回復できる範囲内。だからこそ、イゾルデも勉強代として割り切れる。


「西に関しては二年間の不戦が決まったことだし、ここはじっくり準備を進めましょう。次に領土拡大の機会が来たら、逃さないようにしないと……ご先祖様もアロナ島統一には何十年もかかったというし、やっぱり私も相応の苦労を覚悟しないといけないみたいね」


 再び嘆息したイゾルデは、自身にとって第二の父親のような存在でもあるカドワロンに微苦笑を向ける。


「願わくばあなたが生きているうちに、私の名の下に統一されたアロナ島を見せたいものだわ。お父様の代わりに、私こそが」

「……ありがたい御心遣いですが、どうか無理はなさらないでください。たとえ時間がかかったとしても、最終的にガレア王家が栄光を取り戻すことが、俺にとってもお嬢様にとっても何より大切なことですから」


 我が子に向けるような優しい笑みで応えた戦士長に、イゾルデは微苦笑のまま頷いた。


・・・・・・


 連合軍がアクルード王家の居館まで撤退した後。解散の前に、戦勝を祝う宴が開かれることとなった。


 よく戦ったアクルード王家の軍勢、そして王国貴族たちとその手勢への労いとして。かつ、自国の安寧を守るためとはいえアクルード王国への多大な加勢を為したベルノニア王国軍とリンダム王国軍への礼として。アクルード王家の奢りで大量の料理と酒が用意され、野営地では各王家と貴族家の家臣や動員された民兵たちが、そして王家の館では三人の王と各国の貴族、その重臣たちが、熾烈な戦いを勝利で終えたことを祝い合う。


「政治の面で見れば、此度の勝利で得たものは大きい。イゾルデ女王も二年の不戦はおそらく守るであろうし、こちらの三国はいざとなれば連携してガレアの脅威に立ち向かう意思があると明確に示すこともできた。加えて言えば、イゾルデ女王の飽くなき野心が明るみになったことで、南東部諸国や北のダルダレア王国もかの国を警戒するであろうから、彼女も今後はそう簡単にひとつの隣国への侵攻に全力を向けることができないだろう……我が国だけでは決して手に入れられなかった成果だ。貴殿らにはあらためて礼を言わなければ」

「礼には及ばない。それらの成果は我々も共有するところだからな」

「ブレドリック王の言う通りだ。我ら三人は誰かが誰かを一方的に助ける関係ではなく、協力し合って利益を共有する盟友同士。そう思ってくれ」


 もう何度目かの感謝を伝えてきたファーガスに対して、エドウィンはブレドリックと共に微笑をたたえながら答える。感謝してくれるというのであれば、これからもガレア王国に対する防壁として大いに機能してくれ。微笑の裏ではそのようなことを思いながら、おそらくは帝国かぶれの隣人も同じような本音を抱えているのだろうと考える。


 二人の言葉を受けてもなお感謝の言葉を重ねたファーガスが、自国の貴族たちと語らうために離れていった後。エドウィンとブレドリックは同時に息を吐き、互いを見やると、奇妙な一体感と少しの気まずさを共有しながら微苦笑を交わす。


「これまで散々に共存共栄を掲げ合ってきたが、平時だけでなく戦時となっても、案外上手く有言実行できるものだと分かったな」

「ああ。これで両国の貴族たちにも、周辺諸国にも、リンダム王家とベルノニア王家の連携の強さを示すことができた。アロナ島南西部に確固たる友好で結ばれた二国ありと、誰もが理解するところとなるだろう」


 決して楽勝とは言えず、死ぬには割に合わない戦いを、無事に生きて勝ち抜いたことに心から安堵している様子でブレドリックは言った。エドウィンも同じ安堵を覚えながら返した。


 宴の場の高揚した雰囲気と、大仕事を終えた解放感が影響して、互いの纏う空気はいつもより柔和なものだった。今はとにかく上機嫌に語らいたい気分なので、相手はこいつでいいだろうとエドウィンは、そしておそらくブレドリックも思っていた。

 なので、二人は社交用の笑みを顔に貼りつけて世辞を言い合う普段よりも、数段くだけた雰囲気で歓談する。広間の最上座に置かれたテーブルの前に並び、各国の要人たちで賑わう宴の光景を眺めながら、いつものような政治的駆け引きではなく、他愛もない個人的な会話を交わす。


 アロナ島南西部を分け合う友邦の君主同士の和やかな歓談は、しばらく続き――そして次第に、互いの顔は良い意味でも悪い意味でも感情を露わにしていく。


「――だからこそ、あの物語は単に戦記譚として傑作であるだけでなく、ロドニア帝国文学の歴史において重要な意味を持っていると言うべきなのだ」

「なるほど、よく分かった。ところで戦記譚と言えば、私が建国を成して王となる上で参考にしたキラケス文学の――」

「まあ待て、この話にはまだ続きがある。貴殿も書物の愛好家ならば知っているだろうが、あの物語の作者は、帝国文化の盛期の中核を担う偉人の一人として有名な――」


 政体としてのロドニア帝国を嫌悪しながらも、偉大な歴史と文化を持っていたかつての超大国としての帝国を偏愛するブレドリックが語り続ける中で、エドウィンは遠慮なくため息を零す。

 一方のブレドリックは、自分の熱い語りに対するエドウィンの反応が鈍く、隙あらば自分の自慢話を会話にねじ込もうとすることにどこか不満げな様子。


 エドウィンもブレドリックも我が強く、そのような気質を持つ者の常として、相手の話を聞くよりも自分の話をしたがる。これまでの交流では個人的な感情は隠すようにしていたが、戦友同士として酒を酌み交わす今は心理的な距離が近くなったために、互いに会話への物足りなさが、そして相手の気に食わない気質がより露わになっていることへの不愉快さが、取り繕いきれずに表情へ漏れ出てくる。


 それから間もなく、二人は歓談に飽き飽きする。せっかくの宴なので他の者たちとも交流しなければ、と言い訳じみた意見を一致させると、同時に立ち上がって互いに離れる。


「まったく、今まで散々クソだと貶しておきながら、一体どこまで帝国好きをこじらせていることやら……奴が戦時の仲間として心強いことは認めるが、やはり平時の友人とするにはいけ好かないにもほどがあるな。この楽しい歓談でそれがよく分かった」


 ブレドリックの方も同じような文句を言っていると知る由もなく、呆れ交じりのしかめ面でぶつぶつと呟いて蜂蜜酒をあおるエドウィンに付き従いながら、ジェラルドはふと後ろを振り返る。

 すると、ブレドリックに付き従っているヒューバートと目が合う。二人は肩を竦め合い、そして手にしている杯を軽く掲げ合う。おそらくは互いに同じような立場として、同じような苦労をしていることを察しながら、双方の苦労を無言で労う。


 賑やかな宴は夜更けまで続き、翌日は全員が一日中怠惰に過ごして戦いと行軍と泥酔の疲れを癒し、そして翌々日に連合軍は解散。リンダム王国軍とベルノニア王国軍は、それぞれ自国への帰路についた。


・・・・・・


 王の都へと無事に帰還し、家族との再会を喜び合った後。エドウィンは館の広間でテーブルの最上座につき、居心地の良い空気に浸りながら一息つく。その左隣には王妃クレアが、右隣には嫡男エゼルウルフと長女アリスが並んで座り、次女セレンはエドウィンの膝の上に乗る。


「父上、ガレア王国の女王は強かったですか?」

「ああ、大層な強敵だったよ。これまで戦った中で最強と言って差し支えないだろう」


 興味津々のエゼルウルフから問われ、エドウィンは深く頷きながら言った。戦いの詳細な展開を語ってやると、エゼルウルフも、その隣に座っているアリスも興味津々の様子で耳を傾け、一方でセレンは荒事にあまり興味がないようで、上機嫌に鼻歌など歌いながら久しぶりに会った父親の膝の上でくつろいでいる。


「僕たち連合軍が勝ち、イゾルデ女王の率いるガレア王国軍が敗けた。それは間違いない。だからといって、彼女が弱いとはとても言えない。彼女は敵ながら強大な支配者だ。それは認めてやらなければ」

「……とても強くて、同時にとても恐ろしい人ですね。大勢の民を容赦なく使い潰すなんて」


 イゾルデの凄まじい戦い方を聞いて、エゼルウルフとアリスが驚嘆する一方で、クレアが不安げな表情で言った。そんな彼女にエドウィンは優しく微笑みかけ、彼女の頭を撫でる。


「そうだね。僕としても、彼女の戦い方を好ましく思うことはとてもできない……強く賢く、なおかつ相容れない点の多い敵となれば、今後も警戒し続ける必要がある。人生とはままならないものだね。ただ安寧を求めることがこれほどまでに難しいなんて」


 そう言って、エドウィンはため息を零した。

 イゾルデ・ガレアはこのリンダム王国を、延いてはアロナ島全体を、長く脅かし続けるかもしれない。まだ若く、順当にいけばこの先何十年もガレアの女王として君臨し続けるであろう彼女は、自分の治世における宿敵となるかもしれない。そのような懸念を、エドウィンは抱かざるを得なかった。




 その後、自身の抱いた懸念が別の懸念によって打ち消されることになると、エドウィンは知る由もない。

祝・100話到達です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。引き続きお読みいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
ガレアを空き巣したか何かで伸びた勢力でも出たかな? 目まぐるしく情勢が変わって面白いね、
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