第九十九話 女王との会談
会談の場は、双方が伏兵などを隠しようのない開けた平原。そこへ天幕や椅子が用意され、エドウィンたち連合軍の王と、イゾルデ・ガレアがそれぞれ少数の護衛を伴った上で対面した。
「ファーガス王以外とは初めて直接話すわね。私が古のガレア王家の末裔にして、再興された偉大なるガレア王国の初代君主、イゾルデ・ガレアよ。以後よろしく」
会談を提案した立場として場を整えたイゾルデは、正午になって来訪した連合軍の王たちを前にすると、舐められてたまるかと言わんばかりの堂々たる態度で名乗った。
「ベルノニア王国の初代国王であり、ティリス川以北における帝国の後継者、ブレドリック・ベルノニアだ」
「リンダム王国の絶対なる支配者にして、全ての王国民の庇護者、エドウィン・リンダムだ……同じ傭兵上がりである貴殿とは、個人的に会ってみたいと前々から思っていた。こうして会談の機会を得たこと、誠に喜ばしい」
無表情を貫きながらブレドリックが名乗りを返した一方で、エドウィンは微笑をたたえながら語った。イゾルデは見定めるような視線をエドウィンに向けると、微笑を返す。
「私も同感よ。個人的に、あなたには少し親近感を抱いていたの……だけど、私は傭兵上がりである前に、偉大な王族の末裔、選ばれし血統の持ち主よ。そこは弁えてもらいたいものね」
そう言い放ったイゾルデに、エドウィンは「これは手厳しい」と苦笑を返した。
四人の君主は用意された椅子に座り、用意された四つのワインの杯をエドウィンたち三人が先に選ぶかたちで受け取り、そして会談が始まる。
「それで、ガレア王家は降伏を申し出るという話だったか?」
「講和よ! 適当なことを言わないで頂戴」
エドウィンの言葉を、イゾルデが噛みつくような勢いで訂正してくる。
「おや、そうだったのか。どうやら心得違いをしていたらしい」
彼女の攻撃的な反応をエドウィンは意に介さず、わざとらしく驚いた表情を浮かべてみせる。半ば挑発するようなその態度を受け、イゾルデの口から舌打ちが零れる。
「そのくらいにしておけ、エドウィン王。喧嘩をするために来たわけではないだろう」
「……それもそうだな」
ブレドリックから窘められたエドウィンは、彼の言葉に頷きつつ、あらためてイゾルデに視線を向ける。
「イゾルデ女王、気分を害したのであれば謝ろう。これでも私は、貴殿を心から尊敬しているつもりだ……先の戦いにおけるガレア王国軍の立ち回りも、貴国の戦士たちの精強さも見事なものだった。貴殿は間違いなく、私が今まで戦った中で最大の強敵だ。心からそう思っている」
「……それは光栄なことね」
言葉通り紛れもない本心であったので、エドウィンは大真面目な顔で語った。それに対してイゾルデは、どうやら留飲を下げてくれたようで、満更でもなさそうな顔になる。
「それで、イゾルデ女王。そちらが望む講和の内容について、早速聞かせてもらえるか」
そう切り出したのは、この戦いにおいてイゾルデと並ぶ最大の当事者であるファーガスだった。
「我が軍と連合軍の双方が、それぞれガレア王国領土とアクルード王国領土の奥まで下がり、解散する。そうして終戦した上で、我が国とそちらの三国が二年間の不戦を誓い合う。以上が、ガレア王国の女王として私が求める講和内容よ……ああそれと、そちらが戦場で捕らえた我が国の戦士たちは、身代金を払うから返して頂戴」
イゾルデの要求を受け、エドウィンたち三人の王は顔を見合わせる。
やはりこちらの予想通り、ガレア王国には侵攻を継続する余裕がなく、イゾルデは速やかな戦争終結と国力を回復するための猶予を欲しているらしい。言葉には出さずにそう確認し合った上で、代表してファーガスが返答を為す。
「我々としては、その内容では承諾しかねる。終戦と二年間の不戦についてはこちらも望むところだが、それだけでは足りない……この戦争は、ガレア王家が我がアクルード王家に一方的な要求を突きつけ、私が当然にそれを拒絶すると、やはり一方的に攻め込んできたが故に起こった。そして我々が勝利した。である以上、何も得ることなく戦いを終えることなどできない。それではそちらに都合が良過ぎるだろう」
対するイゾルデは、不機嫌そうに眉根を寄せてみせる。
「何も得ることなく? 捕虜の身代金は払うと言ったでしょう。それに、向こう二年間の平穏を確約されることは、あなたにとってもお仲間の二人にとっても十分な得になるはずよ」
「身代金は当然のことだ。そして、その利益と不戦の誓約だけでは不足だ……ガレア王家には、難癖をつけて我が国へ攻め込んだことへの賠償をしてもらう。その上で、貴殿が領有を主張した係争地については、引き続き両国の地元民が放牧地として共同利用することを認め、不当な主張をしたことを貴殿の名において公式に謝罪してもらう」
鋭い視線を向けられながらも、ファーガスははっきりと主張する。彫刻のような美貌と成人男性にも引けを取らない長身、そして自信に満ちた態度で、ただならぬ迫力を見せるイゾルデ。さすがは元帝国軍士官と言うべき威厳を放ち、装束も帝国軍時代のままという、今のアロナ島においては異質な雰囲気を感じさせるブレドリック。そして、尊大な気質を隠そうともせず椅子にふんぞり返るエドウィン。それぞれ癖の強い三人に囲まれた状況では今ひとつ存在感に欠けるが、それでもこの戦争の最大の当事者かつ被害者として、アクルードの王は堂々とした態度を崩さない。
「……ふざけた要求ね。もし私が拒否したらどうするの? 逆侵攻でも仕掛けてくるつもり?」
「おや、仕掛けていいのか? 迎え撃つ余裕が今のガレア王国にあるのか?」
イゾルデの問いに対して、エドウィンが不遜な笑みを浮かべながら問いを返す。
現状のガレア王国が被った損害は、あくまでも「短期間のうちに再侵攻に臨むのは非現実的」という程度のもの。軍事行動の負担は、国外へ大軍を動かす侵攻よりも、国内で戦う防衛戦の方が軽い。主力となる職業軍人の大半が健在で、無理をすれば民兵の再徴集を行うことも不可能ではない敵側は、領土防衛に関しては国力に相応の軍事力を未だ有しているはず。
そのため、ガレア王国が再侵攻に出るのが難しいように、連合軍の側も逆侵攻などに踏みきることは容易ではない。踏みきる場合は、相当の抵抗を受け、敗北すれば今回のガレア王国軍と同等かそれ以上の手痛い損害を被り、自国の国力が大きく損なわれることを覚悟する必要がある。あくまでもアクルード王国への加勢のために参戦したエドウィンとしては、ガレアの侵攻軍を退けるという当初の目的を達成した現状で、そこまで危険な賭けに臨みたくはない。
それは他の二人の王も同じ。現状では、逆侵攻などという大きすぎる賭けに出るよりも、ガレア王国軍を撃退して当面の平穏を得た上で三国の連携を強化し、場合によってはガレア王国の北や南に位置する国々とも連携し、イゾルデがさらなる領土拡大に踏み出せないよう封じ込めるという、より確実で安全な対応策をとりたい。イゾルデという脅威を永遠に排除するために、この三国や南北の国々で連携して侵攻に臨む日がいつか来るとしても、それは今ではない。そのような認識を、エドウィンたちはあらかじめ共有している。
そのため、イゾルデに対するエドウィンの態度は、ただのはったりに過ぎない。
一方でイゾルデの態度にも、虚勢の意味合いが多分に含まれているものと思われる。損害の大半が民兵とはいえ、ガレア王国軍が大損害を被ったことは間違いなく、現状でさらなる徴兵を為せばガレア王国の社会が混乱に陥ることは必至。連合軍の侵攻を受けた場合、無理をすれば領土防衛を成せる勝算が十分にあるとしても、その後に態勢を立て直すには相当な苦労が伴うであろうから、イゾルデとしては無理はしたくないはず。
すなわち、エドウィンたち連合軍側も、そしておそらくガレア王国側も、これ以上の戦いは避けたい。早く軍勢を退かせ、解散させ、平時に戻りたい。だからこそイゾルデは講和を提案し、エドウィンたちは「謝罪と賠償をしなければ逆侵攻を仕掛けるぞ」という決定的な宣言まではせずにいる。
かといって、あまり弱腰に見られればそれはそれで不利益を被るため、エドウィンははったりをかまし、イゾルデは意地を張っている状況。
それに加え、エドウィンとしては、自分と似たような経歴を持つイゾルデに舐められたくないという個人的な感情も多少ある。おそらくイゾルデの方も、程度の差はあれど似た心境か。
「エドウィン王もイゾルデ女王も、そう頑なになる必要はない。これは講和のための会談だ。先にブレドリック王が言ったように、喧嘩をするための集いではない」
表向きは余裕ぶって、しかし内心では緊張を抱きながら視線をぶつけ合うエドウィンとイゾルデに、そう語ったのはファーガスだった。ブレドリックも同意するように頷きながら、イゾルデの方を向き、しばらく閉じていた口を開く。
「イゾルデ女王。我々は貴殿への報復として、例えば国境地帯のガレア王国側で掠奪や破壊をくり広げるような真似もできる。貴殿が再び軍勢を揃えて迎撃に出てくるまでの猶予を利用してな。だが、そのためには東へ進軍し、不慣れな地域で軍事行動を行う必要があるので、手間も時間もかかる。兵力の動員が長引くので、各国の社会の負担も増す。貴殿の残存兵力によって思わぬ反撃を食らい、逆に損をする可能性もある……一方で貴殿としても、この上でさらに軍事行動を続けるのは自国の社会への負担が大きすぎるであろうし、単に隣国への侵攻を断念するだけでなく自国の領土内を踏み荒らされるような事態になれば、大いに威信を傷つけられることだろう。なので、ここは両者にとってより良い結末を選ぼう」
先ほどの逆侵攻云々の話題にはあえて触れず、ブレドリックは淡々と語る。これ見よがしに不遜に振る舞うエドウィンとは違い、あくまで穏便な態度を保つ彼を前に、イゾルデも特に口を挟まず耳を傾ける。
「我々が求めるのは確かな勝利の証――すなわち貴殿が謝り、賠償を払ったという事実だ。なので貴殿には、領土内を荒らされることで被る損害よりはましな程度の賠償の品を用立ててもらえればそれでいい。それ以上の要求はしない。謝罪を為すことによる傷も、領土内を荒らされて面目が潰れるよりはましだろう。そう思わないか?」
イゾルデが連合軍側の要求を受け入れやすいよう、ブレドリックが説得を並べると、彼女はしばらく黙り込んだ後に三人の王に視線を巡らせ、嘆息する。
「賠償は払うわ。捕虜の身代金とは別でね。だけど謝罪はしない。その代わり、係争地に対する領有権の主張を撤回して、アクルード王国の言い分が正しかったと認める。それでどう?」
エドウィンとブレドリックは、事の当事者であるファーガスの方を見やる。ファーガスは短い思案の後、頷く。
「いいだろう。貴殿が義務を果たした後、双方とも軍を退いた上で解散し、二年後までは互いに争うことはしない……約束は必ず守ってもらうぞ」
それから、ガレア王家が差し出す賠償の委細や、終戦と不戦の誓約方法――双方の家臣や貴族を集めた場にて、四人の君主が揃って神々に誓うことで、ある程度の信用を担保すると話がまとまった――などが速やかに決められ、一同は握手で会談を終える。
ファーガスとブレドリックに続き、エドウィンもイゾルデと握手を交わしながら、互いに不敵な笑みをぶつけ合う。
「イゾルデ女王。私と貴殿は経歴だけでなく、気質も案外似ているかもしれないな」
「遺憾ながら、私も同じように思っていたところよ」
彼女とも、良くも悪くも長い付き合いになりそうだ。そう考えながら、エドウィンは尊大で不遜な隣人との握手を終えた。




