第十話 穏便な話し合い②
広間のテーブルに座った彼らは、エドウィンと、その隣に座るクレアと共にパンとスープの昼食を囲む。エドウィンが場の空気を温めて彼らの緊張を和らげるために、自身の身の上話やクレアとの関係などを語ると、それまで見るからに緊張していた彼らも多少は表情を和らげる。エドウィンがアロナ人のクレアと結婚するつもりであるという話が、彼らの警戒を解く上で特に大きな効果を発揮したようだった。
彼らの話によると、今回話し合いに応じてくれた三つの村のうち、二つはこの農場のすぐ近くにあり、農産物の物々交換などでクレアの父と多少の交流もあったという。残る一つの村は、この農場から最も遠い位置にある人里で、農場との交流は皆無に近かったが話し合いに応じるのが賢明と考えて代表者を寄越したとのことだった。
「ところで、他の三つの人里が僕の求めに応じてくれなかったことについては、何か知っているかい? 代表者を寄越さなかった理由を聞いたりは?」
エドウィンが尋ねると、代表者たちの顔が再び強張る。エドウィンの表情を窺い、特に怒っている様子ではないことを確認した彼らのうち、一人が気まずそうな顔で口を開く。
「あの、私はこの話し合いの件について、ここに代表者を寄越さなかった隣村の村長と事前に話したのですが……彼らは、島の外から来た見ず知らずの不気味な男に、従わされたり何かを強いられたりするのは御免だ、と言っていました。私は話し合いに来た方がいいと何度も言ったのですが」
その話を聞いたエドウィンは、代表者たちを安心させるために、穏やかな微笑を作る。
「そうか、そういうことならば仕方がない。アロナ人たちから見れば余所者である僕が、いきなり話し合いに応じろと不躾に呼びつけたのだからね。中には不快感や薄気味悪さを覚える者もいるだろう……君たちは僕の要請に応じてくれて感謝するよ」
それから間もなく食事は終わり、ドーラの淹れた食後のお茶が振る舞われる。
昼食の時間を経て代表者たちが随分と落ち着いた様子になったのを確認し、エドウィンはいよいよ本題を切り出す。
「さて、諸君。そろそろ話し合いを始めようか……僕が送った使者から既に聞いていると思うが、僕はこの地に自分の国を建て、王になるつもりだ。隣に座る愛しのクレアを我が王妃とし、この館を王の館とし、この農場を発展させて王の都とするつもりだ。そこで、この地を故郷とする君たちに提案したい。どうか、我が国の民になってほしい」
エドウィンがこのような要求をすることを当然に予想していたらしく、三つの村の代表者たちは特に驚いた様子はなかった。彼らは互いに顔を見合わせ、最年長らしき一人が口を開く。
「あの、失礼ながら……民になるとは、具体的にどのようなことをすればいいのでしょうか?」
「ああ、すまない。それを説明されなければ返答のしようもないか」
エドウィンは苦笑を零し、そして要求の具体的な内容を語り始める。
「君たちに求めることは単純明快だ。この僕をこの地の王と認め、讃え、服従すること。その証として、僕が課す税を納めること。それだけだ。とはいえ、そう厳しい税を課すつもりはない。少なくとも、これまで帝国がアロナ人に課していた税よりは大幅に軽いはずだ」
そう言ってエドウィンが代表者たちに提示した税は、食料を中心とした物資の貢納。年に一定の日数、一定の人数を土木作業などの労働力として提供すること。それに加えて、戦時やそれに備えた訓練時に、各村の人口に応じて一定数の成人男性を兵力として提供すること。
自分が王としての実力を維持するためには、配下の戦士たちとその家族を養う食料やその他の物資が何を置いても必要。また、これから戦士たちの家を建て、いずれは新たな王の館を建て、その他にも必要に応じて様々な建物や設備を作る上で、働き手を確保しなければならない。そして他の勢力との戦争が起これば、主力となる配下たちは精強だが人数が限られるため、規模の面で軍勢を支える民兵が欲しい。そのような考えのもと、エドウィンはひとまずの税の内容を決めた。
昨年までアロナ島を支配していた帝国は、どちらかと言えば「帝国は世界の果てまでを支配している」と国内外に誇示するという政治的な理由からこの島を占領維持していた。それでも、少しでも大陸の帝国本土に実利をもたらしたいと考えていたのか、アロナ人に対して地税を中心になかなか重い税を課していたという。
エドウィンが彼ら代表者たちに提示した税は、帝国が課していた税とは内容が多少異なるので単純な比較をすることは難しいが、負担の度合いで言えばおそらく半分にも届かない。エドウィンの言葉通り、大幅に軽いものだった。
「もちろん、王とはただ民に要求するだけの存在じゃない。王とは支配者であると同時に庇護者でもある。僕は王として、僕の領土に暮らし、税を納める民を守ろう。これから君たちの穏やかな生活を脅かす者がいれば、配下たちを率いて戦い、撃滅してみせよう。先日までこの辺り一帯を脅かしていた盗賊団を討伐したようにね……混乱を極めている今のアロナ島において、精強な戦士たちを配下とする僕に守られるというのは、君たちにとって大きな得のある話だと思う」
自信たっぷりに語ったエドウィンは、仰々しく手を広げる。
「さあ、僕を王と讃え、僕の国の民になるか。それとも僕を拒絶するか。どちらを選ぶも君たちの自由だ。決断してくれ」
エドウィンの言葉に対し、代表者たちは何とも言えない表情を浮かべ、また顔を見合わせる。
選ぶも何もあるものか。彼らがそう考えていることは顔を見れば分かった。実際エドウィンも、事ここに至って彼らが自身の提案を拒絶するとは微塵も思っていない。
彼らの暮らす村の人口は、それぞれ百人に満たない。戦士と呼べるような人間はおらず、まともな武器もなく、戦い方など誰も知らない。エドウィンと四十人の配下が本気で襲いかかれば、三つの村が束になっても歯が立たない。
エドウィンは己の力を誇示するように、この話し合いの場に側近たちを並べている。エドウィンが親しみやすそうな人間として振舞う代わりに、その後ろで側近たちが威圧感を放ち、これが決して対等な立場での話し合いではないことを代表者たちに示している。この状況でエドウィンの提案を断る度胸など、彼らにあるはずがない。
それでいて、エドウィンの示した要求は、彼らにとってそう過酷なものではない。むしろ、無理なく応えられる優しいものであるはず。対価としての庇護も、アロナ島の現状に不安を抱える彼らにとっては、実際ありがたいはず。
エドウィンがこのように優しい要求をした背景には、今は亡き父より受け継いだ信条がある。
エドウィンの父は己の傭兵団を維持するにあたり、恐怖ではなく利益や安心感を主として用いることが、結局は最も効率が良いと考えていた。人は「こいつに逆らうと損をする」という感情よりも「こいつに従っておけば得だ」という感情を抱いたときこそ最も従順になると考えていた。だからこそ、配下たちに十分な報酬を与えて手懐け、恐れられるだけでなく敬われ慕われる頭領として団を強く支配していた。
そんな父の信条を、エドウィンも受け継いでいる。この信条は傭兵団という小さな組織だけでなく、もっと大きな集団――己の作る国に対してもあてはまると考えている。己の国を建て、強く大きく育て、末永く存続させるためには、民が恐怖ではなく敬愛をもって服従する王になることが最善であるはずだと固く信じている。
己の持つ力を誇示して威圧し、自分は彼ら民が逆らう余地のない強き支配者であることを見せつける。それと同時に、その力を民の庇護のために使い、民に平穏で余裕のある暮らしを与える意思があると示す。そんなエドウィンの振る舞いに対して、三つの村の代表者たちは――そう悩む素振りも見せず、揃って頭を下げた。
「私ども一同、喜んであなた様の民になります。あなた様に服従し、あなた様の庇護を乞いたく存じます」
その反応を受け、エドウィンは満足げな表情で頷く。
「君たちが賢明な選択をしてくれて嬉しく思うよ。僕は王として、君たちは民として、これから互いに良い関係を築いていこう」




