39.真実は突然に判明するものだ
どういうわけか美咲さんが驚いていた。
ここに自分と綾瀬さんがいることに、だ。
美咲さんが約束を忘れるとも思えない。ということは時間か待ち合わせ場所を間違えたということになる。
「沙希さんから、こちらに集合と伝えられたのですが違いましたか?」
言いたいことを綾瀬さんが口にしてくれた。
「お祭りに行くってことですか」
確認するような美咲さんは口調だった。
「もちろん、そうですが」
同じくというように、綾瀬さんの隣でコクコクと頷いておく。
「えーと……深山君は誘ってたけど、綾瀬さんはいつ」
どうやら綾瀬さんがお祭りに来ることを、美咲さんは知らなかったらしい。それで面識のないはずの2人が、一緒にカウンター席に座っているのを見て驚いたのか。
「一昨日のレッスンが終わった後です」
かなり急なのだが、芳澤さんのことだから昨日どころか今日の午前中に声を掛けたというのも普通にありえそうなので、一昨日というのは普通に感じてしまった。
「他のメンバーも誘っていましたが、『行きたいけど急だから』と断っていました」
やっぱり夏休み最後の日曜日、アイドルを目指すような人達は予定があって当然だよな。綾瀬さんなど、塾や習い事でスケジュールが埋まってそうだし。今日、来てくれたということは芳澤さんとはかなり仲が良いのかな。
いや、確か「恐い」とか言っていたから、それはないか。
「私も急でしたから行くと即答はできず、予定が合えばと伝えました。それで、参加できるなら、こちらの清華さんのおじさまがやられている喫茶店に来てほしいと」
丁寧な説明に美咲さんは少し考える。
「予定が合ったから来たと」
「はい。帰宅して確認しましたら、家族からも行った方がと勧められまして。その、家族以外と外出することもあまりありませんでしたから、いい機会かなとも思いましたし」
庶民のお祭りになんて行くことを認めなさそうな家庭なイメージがあったが、そんなことはないみたいだった。
アイドルバンドを組むことを許しているんだから、お堅い家庭でないに決まっているか。
「深山君も?」
いきなり美咲さんから振られ、どのような連絡があったのかを聞きたいのかと「昨日、芳澤さんから、時間と集合場所が送られてきて」と返答する。
「沙希が無理に誘ったってこと」
無理にといえば、そういうことになるのか。
だけど行きたくないと渋るのを問答無用にというのとは違う。
「強引にとかじゃなくて、予定がなかったらお祭りに行くって約束はしてたから。それで用事はなくて、芳澤さんから連絡もあったから来たというか……」
険しい表情になっていく美咲さんに、もしかして怒られているのかと声が小さくなる。
「お2人さん」
カウンターの向こうから、美咲さんのおじさんが口を挟む。
「予定が合ったらみたいな、行けたら行く的な言い方は、行かないっていう断りの意味だからな。一般的には、ですけど」
綾瀬さんに気をつかっているのか、おかしな敬語の使い方は継続していた。
「行けなければ、行けないと言いますが」
おじさんの発言に同意というように頷いた美咲さんに、承服しかねるというように綾瀬さんは反論する。
「はっきりと行けないと断るのが苦手な人もいるから」
それは分かるが、行けたらとか予定がなかったら行くと伝えたなら、その通りの状態になったのであれば実行すべきなのではないか。
いや、待て。
予定がなかったら行くというのが、断りの定型文だとすれば今までもそう思われていたってことになるのでは。
「み、美咲さん」
「どうかしたの」
声が震えていたからか、美咲さんは心配するような顔になっていた。
「その、つまり、僕は今まで北沢君から誘われていたのを断っていたって思われてたわけなの」
去年、打ち上げなどの学外でのクラスの集まりを、リーダーの北沢健成君はいつも誘ってくれていた。クラスで1人だけガラケーだからと、わざわざメッセージを送ってくれ、時には電話までかけてくれた。
誘いに対して毎回、「予定がなかったら行く」と答えていた。
行ってもよかったが、あまり話したことのない人達――クラスメート相手に使うのはどうかと思うが事実なので仕方がない――と一緒の場というのに気後れしたため消極的な返事になった。
もう一押し誘ってくれるか、集合時間などを教えてもらえれば参加していた。
だけど北沢君は「無理しないで大丈夫」と、しつこく誘ってくるようなことはしなかった。本当は残念だったが、だからといって「予定が空いて行けるようになった」などと言うのも恥ずかしく、そのまま欠席を受け入れた。
今年、クラスの男子のまとめ役を務める相良君も誘ってくれはしたが、「予定が」と言うと「分かった」とそれっきりになった。
これは、つまり彼らは誘いを断られたと判断したということになるのか。美咲さんのおじさんの言が正しいとすれば。
「……細かいやり取りは分からないけど、誘いを断ったと受け止めるのが普通じゃないかな」
祭りと関係ない話をいきなり振られたのに、真面目に美咲さんは応じてくれる。
その答えは思った通りだったが、望んでいたものではなかったが。
クラスメートから誘われないではなく、誘われたのを断っていただった。そんなことを続けていれば、ぼっちになって当然だ。
「そんなに落ち込まなくても」
どう慰めればいいのか美咲さんは分からず戸惑っていた。
「け――北沢君は気にしないよ」
気にしないどころか、北沢君なら「ちゃんと誘わなくてごめんな」と謝ってくれすらするだろう。だからこそ尚更、申し訳ないとなってしまう。
「そうだね。これからは気をつけるよ」
何にどう気をつけるのかは定かではなかったが。
「あ、そうだ、ちょっと連絡しないとだから」
スマホを取り出して美咲さんは操作を始める。
「間違ってないですよ」
いきなりの綾瀬さんの言葉は、その意味するところがつかめなかった。
「深山さんが気になさる必要はありませんよ。きちんと最後まで意思を確認せず、来ないと決めつける方が悪いんです」
どうやら綾瀬さんは、行けたら行くが断りの言葉だということを認めていないようだ。
悪くないと言ってくれるのはありがたい。だが、皆が断りの意味で使用しているのであれば、それは違うと言っても仕方がない。
「沙希さんは今日の予定を連絡してくれましたし」
皆が行かないと判断するわけではない、と芳澤さんの名前を出してきた。
「綾瀬さんが行けると伝えたから教えてくれたんじゃないの」
「いえ、私が家族に話す前に今日の予定がトークで送られてきましたが」
そういえば芳澤さんには、「予定がなかったら行く」的なことしか言っていないが、今日の予定を連絡してきた。ということは、確かに誰もが「行けたら行く」で来ないと判断するわけではないということになる。
ただ、反証の根拠が芳澤さんというのは信憑性をかなり欠いていた。
出会って1カ月に満たないが、芳澤さんが場の空気を読まずに行動するのを幾度となく見てきた。今回も単に、こちらの事情を勘案することなく来ると決めつけて連絡をしてきたのではないか。
「とにかく深山さんが負い目に感じるようなことは何もありませんよ」
堂々と綾瀬さんに断言され心が少し楽になる。
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはしていませんが、元気になられたのであれば良かったです」
ふっとほほ笑む姿は、クールな外見と相まってすごいかわいかった。
あまりにも俗な感想を抱き、その恥ずかしさで顔を伏せる。
「どうかしたの?」
連絡を終えスマホから顔をあげた美咲さんが、怪訝そうな表情になった理由は思い当たらなかった。
「深山さんに何も落ち度はないと伝えていただけです」
綾瀬さんの言葉に、美咲さんの表情はさらに怪訝そうになる。
「2人は昔からの知り合いだったりするの?」
「初対面ですが」
過去を振り返っても、綾瀬さんとの接点などは記憶のどこにもないので、頷いて同意を示す。
同学年とは信じられないぐらいの存在感のあるオーラを放ち、人生で2番目に美人――1番目は椎名さんだった――の綾瀬さんと、これまでの人生でどこかで出会っていれば忘れられないはずだった。
「親しそうに話しているから、前から知っていたのかなって」
「そうですか。普通だと思いますが」
ですよね、というように綾瀬さんから視線を送られる。
学校でぼっちな人間にとって、綾瀬さんみたいな人と会話することが普通ではない。なので普通のことというのに首肯するのはためらわれた。
「うん、まぁ、大したことは話してないかな」
というわけで、どこかズレた返事をしてごまかすことにした。
「険悪な感じよりはいいか」
自分に言い聞かせるように美咲さんは結論を出した。
「他のみんなは確認したけど来ないってことだから、このまま行こっか」
「芳澤さんは待たないの」
言い出した張本人が到着しないのに出発するのはまずいんじゃないだろうか。
「これから沙希の家に行くんだよ。聞いてないのか」
今日の予定について知っているのは、芳澤さんの地元のお祭りに行くことだけだ。何なれば、芳澤さんの地元がどこかということすら知らない。
伝えない芳澤さんと同じぐらい、聞かない方にも問題はあった。
「自宅の場所を説明するよりも、清華さんに連れて来てもらった方が間違いがないとのことでしたよ」
そんなに家は分かりづらい場所なのか。住所をスマホに打ち込めば、案内してくれると思うが。
「誰もいないと思ってたんだけどね。一応、確認に来てよかったよ」
待ちぼうけにならなくてよかった。
「えーと、じゃあ参加するのは4人だけってこと」
「琴音に連絡したら、今から準備して沙希の家で合流するって。後は環が後から来るから、全部で6人だね」
休日の午前中は睡眠時間の高森さんは、まだ準備もしていないらしい。
「環は同い年のダンスグループの子。沙希と性格は似てるから、すぐに仲良くなれるよ」
知らない名前を出したことに気づいたのか、美咲さんは簡単に教えてくれる。芳澤さんに似ているということは、にぎやかな人なんだろう。
「うん」
ガラケーが振動したことに気づいてポケットから取り出す。
確認すると高森さんからショートメールが届いていた。文面は『裏切者』のみであり、そこに込められた意味はつかめなかった。
かろうじて怒っているということだけは伝わってきたので、何を謝っているのか分からなかったが『ごめん』と返事をした。
すぐに返信があり、『特別に許してあげる』とあったので正解することができたようだった。
少し考えて『ありがとう』と送り返しておいた。




