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40.友達それも女子の自宅に来たのなど何年ぶりだろうか

 芳澤さんの自宅まではバスで移動することになった。

 徒歩で行けるような距離ではないし、自転車や車を持ってもいない。タクシーを呼ぶという手段はあったが、料金と時間を考えればバスの方が勝った。


「それなら帰さなければよかったですね」


 本物のお金持ちのお嬢様と高森さんが言うだけあって、綾瀬さんの移動は家で雇う専属運転手による高級車での送迎が主なのだという。今日も喫茶店までは送ってもらったとのことだ。

 ここから芳澤さん達と行動すると思ったため、その高級車は家に帰してしまっていた。予定をきちんと芳澤さんが伝えていれば、高級車に乗れたのかなと少し惜しい気がした。


「バスとか乗っても大丈夫なんですか」


 公共交通機関を利用したら怒られるのでは、と思い綾瀬さんに聞いていた。


「特に問題はありませんが。学園に行く際には乗っていますし。自家用車での送迎が禁止されているからですけど」

「レッスンに来る時は、いつもすごい車だから学校もそうだと思ってたけど、違うんですね」


 あまり交流がないからなのか、美咲さんの言葉づかいは芳澤さん達にするものと比べてやけに丁寧だった。


「親が心配するものですから」


 バンド活動を認め友達と遊びに行くことを勧める辺りから、お嬢様女子校に通わせながらも自由を認めているように見えたが、過保護な所もあるみたいだった。


 もっとも、バスに乗れば親が自家用車での送迎をしたがる理由は分かった。

 普通に座っているだけで注目を集めてしまうのだ。


 圧倒的な美少女が神秘的なオーラをまとって座っていて、視線を向けないというのは難しい。不躾な視線を向けるだけで、声を掛けるどころか近くに座る勇気すらないので、気にしなければ問題はなくはあったが。

 少なくとも綾瀬さん本人は、もう慣れてしまっているのか周囲の視線を意に介してはいなかった。

 傍にいることで、自分に向けられてはいないとはいえ視線にさらされる同行者の方が居心地は悪くなる。


 注目されることの多い美咲さんは耐性があるだろうが、ぼっちであり存在感を消して日々を過ごしている人間にとっては辛い。

 あんな冴えないのが、どうして傍にいるんだと思われているに決まっている。


 いや、視界に入っても認識されていないか。

 そんな陰キャぼっちなのに綾瀬さんと一応は会話できたのは、もっと神秘的なオーラをまとった美少女――黙っている椎名さんを知っていたからだった。

 自身の卑小さを再確認している内に目的のバス停に到着した。


「降りるよ」


 後部座席から美咲さんに声を掛けられバスを後にする。


「こっちだよ」


 目的地である芳澤さんの自宅を知っているのは美咲さんだけなので、綾瀬さんと一緒に後をついていく。

 商店街から少し中に入った住宅街の中に芳澤さんの家はあった。

 我が家とほとんど変わらない大きさの2階建ての邸宅だった。外観から建てられてそれなりの年月は経過しているのは分かったが、きちんと手入れされているため古さはあまり感じなかった。


 住所的には自宅からそんなに離れていない。学区は、小学校は別だが、中学校は一緒になると思う。私立中に合格せず、公立中に進んでいれば同じ学校――芳澤さんが通っているのならばだが――ということになっていたはずだ。

 インターホンを鳴らして美咲さんが到着を告げる。


「こんにちはー」


 玄関のドアを勢いよく開けて芳澤さんは満面の笑みであいさつする。


「入ってー」


 当たり前のように芳澤さんは言う。

 そして当たり前のように美咲さんは玄関内に入り、綾瀬さんも続く。


「どうかされましたか」


 立ち止まっていることに綾瀬さんが気づく。


「あっと、すぐに出るんじゃないんだ」

「準備するから待ってて」


 声が聞こえたのか芳澤さんが奥から答えてくれる。

 このまま外で待つという選択肢はない。

 緊張しながら玄関をくぐる。


 陰キャぼっちにとって、友達――芳澤さんとの関係はおそらく友人だ――の家に入るというのは一大イベントなのだ。しかも女子のとなれば、小学校低学年の時以来の大事件になる。

 もっとも美咲さんも綾瀬さんも、出迎えた芳澤さんも、この場でイベントや事件が起きているなどとは思いもしていない。

 促されるまま靴を脱ぎ、リビングに案内される。


「あら、男の子もいるのね」


 ようやく女子の集まりに男子がいることを指摘してくれる人が現れた。


「沙希の彼氏じゃないよね。ということは清華ちゃんの彼氏?」


 芳澤さんのお母さんであろう女性は、実に母親らしい質問をしてきた。

 娘の彼氏であるのを即否定したのは、そうならばすぐに紹介するという親子関係だからだろう。


「違うよ。真白君はぁ、えーっと、何だろう?」


 聞かれたって困る。


「……友達じゃないの」


 考えても他に表現できそうな関係はなかった。

 この場にいる誰かの彼氏ではない。美咲さんとはクラスメートでもいいが、芳澤さんと綾瀬さんもいるのだから友達というのが一番、正確な表現じゃなかろうか。

 今日が初対面の綾瀬さんと、友達であるかは微妙ではあるけど。


「うん、そう友達」


 同意してくれるが、芳澤さんならこっちが言う前に口にしそうな気がした。友達という言葉が出てこなかったのは、本当はそう思っていないからじゃないのかと不安になる。


「男の子の友達を連れて来るなんて久しぶりねぇ。中学生になってからは智樹君とか、めっきり来なくなったし」

「そうだね。それよりも着替え手伝ってよ」

「はいはい。飲み物を出してからね」


 他人の親子の会話は、どういった顔で聞けばいいのか。

 遊びに何度か来て顔見知りだからか、美咲さんは「お手伝いします」と打ち解けた様子で会話に混ざっていった。

 手伝った方がいいだろうかと思うが、一応は客人なのだから余計なことをせずに座っているのが正しいという気もする。


「堂々と座っていればいいんですよ」


 迷いを読み取ったのか、綾瀬さんはアドバイスしてくれる。

 ただ、それは座っているだけで絵になる綾瀬さんだからできるのであって、凡以下の身では難しい。

 しかし小心者の陰キャは、自分から手伝いを申し出ることはできず、結果として堂々と座っていることになる。


「沙希が、こんな頭のいい子達と仲良くなれるなんて。アイドルとか最初は大丈夫かって心配になったけど、よかったわ」


 返事に困るようなことを、麦茶の入ったコップを置きながら芳澤さんのお母さんはうれしそうに言う。


「私の両親も沙希さんのような元気の人と友達になってと喜んでくれると思います」


 対抗するかのように相槌に困る受け答えを綾瀬さんはする。


「そんなほめないでよ結奈ちゃん」


 皮肉とか慇懃無礼などとは受け取らず、でへへっと芳澤さんは照れる。お母さんも、「すぐに調子に乗らないの」と明るくたしなめている。

 陽キャとかネアカな人の反応の何と素直なことか。

 見習わなければいけないけど、そのポジティブさを身に着けられないから陰キャなのだ。


「ほら、あんまり待たせたらダメでしょ」


 出掛ける準備が頭から抜け落ちている娘を急かす。


「そっか。じゃあ着替えて来るね」

「ゆっくりでいいよ。琴音が来るのを待たなきゃだから」


 そういえば高森さんと合流するんだった。


「高森さんは、芳澤さんの家は知ってるの」

「来たことはないけど、住所は送ったから迷ったら連絡がくるよ」


 麦茶に口をつけ、スマホを操作しながら美咲さんは答えてくれる。


「送迎の時に家の前までは来たことあったかな。けど中に入ったことはないよ。いつも忙しいって帰ってたから」


 忙しいというのが、ゲームしたいからとかそんな理由なのは分かった。

 違うのは、もう一押し誘われたら自分なら寄ってしまうが、高森さんは絶対に拒否するだろうところだ。


「だから今日も来ないと思ったんだけどな」


 お祭り楽しみ、というような感じで高森さんがないのは確かだ。


「よほどお祭りが好きなのですね」


 見え方は人それぞれだと思うが、綾瀬さんの見解には全く同意できそうになかった。


「うーん、お祭りは分からないけど、人がたくさんいる所は好きじゃないかな」

「途中で合流してでも来るのですから、好きに違いないと思いますが」


 やんわりと美咲さんは否定するが、綾瀬さんには全く伝わっていなさそうだった。自身の見解を疑わないという点で、綾瀬さんと芳澤さんは似た者同士なのかもしれない。

 そういえば高森さんは、お祭りに誘われた時に「行けたら行く」と言っていた。婉曲的な断りの文句として、高森さんは正しく使っていたのではないのか。


 でも、来るわけだから、どういうことなんだ。

 というか美咲さんが確認したから、高森さんが来ることになったわけで。あぁ、行けたら行くで来る人がいることを知ったから一応で美咲さんは確認したのか。それで来たってことは高森さんは元から来たかったのか。ということは、どうなるんだ。


 考えても、よく分からないことが分かるだけだった。


「高森さんが来ると思ったから誘ったんだよね」


 もう美咲さんに聞く方が早い。そうしないと、美咲さんと綾瀬さんの平行線の会話がいつまでも続きそうだったし。


「それは琴音が……」


 言っていいものかと美咲さんは言葉をつまらせる。別に隠すほどのことではないとなったのか口を開く。


「沙希が行こうってあんまりにも誘うから、『深山君か綾瀬さんかが行くなら行ってもいい』って答えたから。それで沙希は引いたから」


 芳澤さんの中では、2人とも予定がなかったら来ると言っていたのだから、高森さんの参加は決定したも同然となってあっさりと引いたに違いない。


「2人とも、こうして来ているんだから琴音に伝えないわけにはいかないでしょ」


 おそらく高森さんは、絶対に参加しないと思っていた2人の名前をあげたのだ。それなのに2人とも来ている。おかげで祭りに行かないと言えなくなったと。

 だから「裏切者」なのか。

 怒りの理由は分かったような気がした。


「琴音、そろそろ着くって」

「できたよ~。お待たせっ」


 高森さんの到着と、芳澤さんが紫陽花柄の浴衣を着て現れたのはほぼ同時だった。


「どう真白君、似合う」


 こういう場合はほめるものだってことは知っている。


「似合ってるよ。その、えと、どうほめていいか分かんないけど」

「それ、ほめてるの」


 語彙の少なさか感情のこもってなさにかは分からないが、あきれたように美咲さんは言う。だけど芳澤さんは、「でへへっ、ほめられちゃった」と喜んでいるのでいいのだ。


「まぁ、沙希が喜んでいるならいいけど。それと琴音が着くみたいだから行こ」


 玄関から外に出ると、真夏の暑さで少しクラリとする。


 タクシーが到着し、中から高森さんが姿を現す。あまり機嫌がいいように見えないが、そんなことを芳澤さんは気にすることなく、「琴音ちゃん、今日もかわいいね」とどこかズレたあいさつをしている。

 こちらに気づき、高森さんは頬をぶくぅと膨らませる。かわいらしいだけだが、おそらく裏切りに対する怒りの表現だ。特別に許してくれたんじゃないかったのか。


「琴音さん、ごきげんよう」


 膨れっ面は綾瀬さんのあいさつで消し飛び、高森さんは慌てて「ごきげんようです」と辞儀を正した。

 もしかして2人の間には、すごい上下関係があるんだろうか。高森さんも綾瀬さんも、あんまり気にしなさそうなのに。


「じゃあ、とりあえずそろったからカラオケ行こー」

「予約しといたわよ。お祭りの日なんだから、いきなり行っても空いてないかもなんだから」


 芳澤さんの言葉に戸惑う。だって、今日はお祭りに行くんじゃなかったのか。


「お祭りは……」

「お祭りに行かれるのではないのですか」

「祭りに行くんじゃなかったの」


 だから僕と高森さん、綾瀬さん、3人のほぼ同じ内容の疑問が発せられた。


「お祭りには行くよ。その前にカラオケに行くっておかしいかな、清華ちゃん?」

「普通だと思うけど」


 陽キャでリア充は、お祭りに行く前にカラオケに行くのだと。お祭りに誘われたら、お祭りに行けばいいとか考えるようではダメなのだと。

 すばらしい気づきだ。

 そして高森さんと綾瀬さんも同じ気づきをしたみたいだった。

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