35.お土産は手渡しするものらしい
美咲さんのおじさんが店主を務める喫茶店に向かうのは2週間ぶりになる。
訪れたのは夏休み前日が初めてだった。その後、呼び出されたというのもあるが頻繁に利用していた。
その足が遠のいたのは、ケンカなどのトラブルがあったからではない。ただ単に、お盆で両親の実家に帰省していただけだ。ついでに喫茶店も1週間ほどのお盆休みだったので、行きたくとも行けない状態でもあった。
そして今、喫茶店へと向かっているのはお盆が終わり、久し振りに顔を出そうとなったからではない。
美咲さん達の最後にあった日――バーベキューの後の夕食の席で、お盆に田舎に行くと伝えたら当然のようにお土産を求められた。旅行に出掛ける人がいたらお土産を頼むというのは、リア充とか女子にとっての常識なんだろうか。
というわけで都合6人分にもなるお土産を持って、炎天下の中を歩いていた。
正確には、籠に荷物を載せた自転車を押して歩いていたになる。途中までは自転車を漕いでいたのだが、太陽が中天に達し35度を超える暑さに耐えられず降りてしまった。
再び漕ぎ出す気力はわかず、息も絶え絶えになりながら目的地へと歩を進めていた。この2週間ろくに外に出ず、冷房の効いた室内でだらけ切った生活を過ごしてきたツケが回ってきていた。
本当なら今日のこの時間にお土産を持っていく気はなかった。もう少し涼しい時間帯に喫茶店へと行き、全員分のお土産を美咲さんのおじさんに預ければいいと思っていた。
都合のいい時に喫茶店で美咲さんに受け取ってもらい、芳澤さん達に渡してもらえば済む。
という考えで美咲さんにショートメールを送ったら、ものすごく怒られた。
結局、美咲さんが他の人達に連絡をとり、全員――現役アイドルで忙しい上野さん以外だが――の予定があった今日、集まることになった。
それは、つまり女子の中に男子が1人ということだ。アイドル級の美少女達に囲まれたハーレム状態と、世の男子はうらやむこと間違いなしの状態ではある。マンガやラノベを読んで憧れたこともある。
だけど現実で我が身に訪れると、陰キャぼっちには手に負えないと実感した。
主人公体質の陽キャなコミュ強でなければ、美少女ハーレムの中心に君臨することはできない。自分みたいな陰キャなコミュ障は、その場にいても女子達の会話を隅で聞いているのが限界だった。
とはいえ、美咲さん達と同じ場の空気を吸えるだけで楽しいのも事実だ。彼女達は優しくて、何かひどいことをされるという心配もない。近くで将来のアイドルの美少女達を無料で見られるのだから、文句を言えば罰が当たる。
楽しみであり憂鬱という正反対の2つの感情が渦巻く状態で、目的地の喫茶店にどうにか到着した。
無事にたどり着けたことに安堵して、荷物であるお土産を手にしてカランコロンと音を鳴らしながら店内に入る。
「いらっしゃい。て、お前か」
店主である美咲さんのおじさんは、顔を見るなり露骨にやる気を失った。しばらく会っていないから懐かしいなどとは思いもしないようだった。
そんな態度だから、いつも客がいないのではないか。ただ、一度も支払いをしたことのない人間は、そもそも客なのかという気もしたが。今日も、美咲さん――正確には美咲さんのお父さんだけど――の奢りになるのだろうし。
「もう来てるぞ」
親指をくいっとやった先に視線を向けると、高森さんが座っていた。こちらをチラリと見もしないでゲーム機を操作している。
椎名さんと一緒にいるイメージが強いので、1人というのが珍しいように感じた。会うのは今日が2回目なのに、そんな風な決めつけをするのもよくないと思い直す。
「あ、これ、お土産です」
先におじさんに渡しておかないと忘れそうだったので差し出す。
「俺にもあんのか」
「いつもお世話になってますし」
女子組に比べればあつかいは雑だが、よくはしてもらっている。
「いや、悪いな。もっと気が利かないかと思ってたよ」
もらえると思っていなかったのか、おじさんは喜ぶよりも驚いていた。ついでに、ひどい評価をされていたことも判明した。
まぁ、気が利かないというのは間違いではないからいいのだが。おじさんのお土産も、自分で選んで購入していればなかったと思う。
「お盆の前半と後半で両親の実家に行ったんで、2カ所分あるんですよ」
どちらの祖父母も、友達にお土産を買っていかないとと伝えると、地元の銘菓をお勧めというか調達してきてくれた。そのため、予定の人数分以上のお土産の量となり、中学生が喜ぶのかという中身になった。
「それで、やたらに量があるのか」
カウンターに積まれたお土産のお菓子の量におじさんは納得する。
「清華達が来るまで、そこに置いとけばいい。
お客が来ない前提の言葉だった。けっこうな回数、来ているが店内で一般のお客を見たことはない。こんなんで経営は大丈夫なのかと、心配というよりも不思議になる。
しかも持って行くのが面倒くさい、とカウンターで水と注文したアイスティーを渡される。
受け取ったものの、このまま高森さんの座る席に移動するのはためらわれた。
ゲームを楽しんでいる高森さんと同席して、無言のまま美咲さん達を待つのは精神的に疲れそうだった。
とはいえカウンターでおじさんと雑談をしながら待っていれば、美咲さんから高森さんを放置したと怒られるような気がする。
そういうわけで仕方なしに高森さんがゲームをするテーブルに移動した。
「こんにちは」
あいさつするが、「うん」と顔も上げずに高森さんはゲームを続ける。
「座んないの」
会話が続かず同席していいのか分からず所在なく立っていると、高森さんは不思議そうに聞いてきた。
「あ、うん」
慌てて席に着くが、こちらを見ようともしない高森さんに話し掛けることはできない。芳澤さんみたいに一方的に話してくれる人なら、あまり考えずに相槌を打っていればいいから気は楽なのだが。
「ゲーム、今日の方が必要だったな」
呟きは思ったよりも大きく高森さんに聞こえたのか、ようやく顔をあげてこちらを見た。
「えと、美咲さんからバーベキューの時に、高森さんと遊ぶようにゲーム機を持ってきて言われて。やってる時間はなかったけど。それで、今あったら、よかったなって」
高森さんの目が説明を促しているように感じられて、ペラペラ――という程に流暢ではないが――と答えていた。
「何で持って来なかったの?」
素でゲーム機を持ち歩かないことを疑問に思っているように見えた。
「家でしかしないから」
携帯ゲーム機としても使ったことはほとんどなかった。この前も美咲さんに頼まれたから持ち出しただけで、基本的に部屋のテレビにつなげっ放しになっている。
「1人でやるゲームしか持ってないし」
自分の中でゲームは、誰かと協力してやるものではなく1人で楽しむものだった。弟妹達はみんなで遊べるソフトをプレイしているので借りればあったが。
「高森さんはソシャゲはやらないの」
クラスメート達は、家庭用ゲーム機ではなくスマホでのソシャゲに興じていた。少なくとも休み時間などに漏れ聞こえてくるゲームの話は、ソシャゲに関わるものだった。
しかし、高森さんがスマホでゲームをしている姿を見たことはなかった。
「付き合いでやってるのだけ」
答えは予想とは違っていた。
人付き合いなど気にせず、我が道を行くイメージが高森さんにはあっただけに少しの驚きもあった。
「清華や沙希とゲームするのは楽しいけど、やっぱり1人でやる方が面白い」
感情を表に出しすぎて恥ずかしいとなったのか、高森さんは視線を再びゲーム画面へと戻した。
そして高森さんの言うゲームは1人でやる方が面白いのは、一緒にゲームをする相手がいる上でのことだ。弟妹にすら「下手すぎる」と拒否され、一緒に遊んでくれる人がいないから結果として1人で楽しむものとなっているのとは違う。
「今日は美咲さん達と一緒じゃないんだ」
せっかく成立した会話を終わらせたくなかった。
共通の話題であるゲームの話を広げるというのが無難なのだろうが、実際のところそんなに詳しくないので意見を求められても困る。
そのため、とりあえず頭に浮かんだ内容を口にする。わずかでも時間を置けば、話し掛けるタイミングをうかがっている間ずっと無言になってしまうから。
「3人はレッスン」
「高森さんは休みなんだ」
「……昨日、帰ってきたから」
操作をミスしたのか、わずかばかり高森さんは顔をしかめた。
「旅行から帰ってきたばかりなのか。なら、わざわざ今日の集合じゃなくてもよかったのに」
おそらく全員の予定があった一番早い日に集まることにしたのだろう。
「あー、でも、芳澤さんが早くお土産欲しいとか言ってそうだな」
駄々をこねる姿は容易に想像できた。それにお土産に買ってくるのは食べ物なんだから、早めに会って分けた方がいいというのもあるか。
「どうかしたの」
ジッと見られていることに気づいた。
「別に」
何か変なことを言ったのか。
言ったから見られているに決まっている。
じゃあ何を言ったのかとなるが、全く分からず黙るしかなかった。
「レッスン、今日もあった」
幸いにというか高森さんは言葉を発してくれた。
「私は休んだ」
頷くが、さっき聞いたことをどうして繰り返すんだ。
「どう思う」
質問の意図を何一つくみ取れなかった。国語のテストで「この時、高森さんは何を考えていたでしょうか」と出題されたら、解答欄を埋めることはできそうにない。
「う、うーん、旅行から帰ってきたばかりで疲れてるのかな……ぐらいしか」
どうやら、お気に召す回答ではなかったようで、高森さんの視線に優しさは含まれていなかった。
「ご、ごめん。何を聞きたいのか、よく分かんなくて」
こういう時、分かった風な言動をとると大抵ろくなことにならない。だから情けなくはあったが、お手上げだと伝える。
「いい」
肯定なのか、呆れ返ったのか、どちらか不明な言葉だった。視線から、後者であるのは確定な気はするが。
「それで、いい」
納得したように高森さんは頷き、ゲームを再開した。
怒ってはいないみたいではあった。なら余計なことを聞かずに、このままにしておくべきだ。
結局、美咲さん達が来るまで無言の時を過ごさねばならないようだった。




