34.ふれたらいけない話はけっこうある
キャンプ場を歩き回り、よほど疲れていたのか車に乗って目を閉じるとすぐに眠っていた。気づいた時には、もう美咲さんのおじさんの喫茶店近くだった。
「起きた。ぐっすりだったよ。私もだけど」
隣に座る美咲さんに寝顔を見られたかと思うと、かなり恥ずかしかった。
行きと違い助手席には、高森さんから「陽菜は何もしてないから」と言われて椎名さんが座っていた。
「沙希と葵もずっと寝てる。琴音も少し眠ってたみたいだし。やっぱり疲れたよね」
みんな疲れているらしい。何だかんだで朝から活動しているんだから当然か。
太陽が完全に没する前に、出発地点に戻ることができた。後は荷降ろしをすれば、今日のミッションは終了する。
崩壊寸前のグループをどうにかするという、上野さんから与えられた任務は全く達成できた気はしなかったが。
「ほら沙希、着いたよ起きて。それともお家まで送ってもらう?」
最後尾の座席で八坂さんと眠っていた芳澤さんは、「降りるー」と目をこすりながら起きる。
「私も降りる」
いきなり高森さんが下車を宣言する。
「迎えに来てもらうから大丈夫。陽菜も降りるなら送ってあげる」
「じゃあお願いしようかな」
予定変更を佐伯さんが「ダメだ」と拒否するかと思ったが、実にあっさりと了承した。八坂さんは眠気が勝っているのか、「ばいばーい」と目をつむりながら手を振っていた。
「お帰り、楽しかったか」
現地での一騒動など知らない美咲さんのおじさんは、笑顔で頷く姪に満足そうにして荷物を降ろしていった。
「おじさーん、お腹すいたよ」
お昼のバーベキューに加えてお菓子もたくさん食べていたのに、もうお腹がすいたのか芳澤さんは夕食をねだっていた。
「みんなで食べようよ」
いいことを閃いたと提案するが、当然ながら料理を作るおじさんの苦労などは全く考えていない。営業時間外とはいえ、お店なのだから料金だって発生すると思うのだが。
「私は、どうせ食べるからいいけど、みんなは用事とかあるんじゃないの」
許可が出るのは前提の上で予定を確認する辺り、美咲さんはおじさんが頼めば断らないと確信しているのだろう。
「迎えが来るまで時間がかかるからかまわない」
「お家に連絡すれば別に」
高森さんと椎名さんは、ご飯を食べていくことに問題はないと返事をする。
「深山君も大丈夫?」
問われて、みんなの中に自分もふくまれているのだと知った。
「ま、まぁ」
椎名さんと同じく家に連絡をしておけば問題ない。両親もぼっちの息子に友達ができたと喜ぶ。
それに断っても、芳澤さんにうるさくされて食べることになるのだから、最初から頷いておいた方が面倒くさいやりとりをしなくていい。
「おじさん、お願いね」
「いいけど、さすがに5人分だとちょっと時間かかるぞ」
予想通りというか、おじさんはご飯を作ることはあっさりと了承する。準備はしていないのか、すぐにできるとはいかないみたいだったが。
「そういえば葵ちゃんは?」
八坂さんがいないことに、今更だが芳澤さんは気づいたみたいだった。
「家まで佐伯さんが送っていったじゃない」
覚えてないのと美咲さんはあきれるが、芳澤さんは記憶にないという顔をする。
「誘えばよかったなぁ」
1人だけ誘わないと仲間外れみたいになるとかではなく、純粋に友達ともっと長くいたいとしか芳澤さんは考えていないのだろう。だけど八坂さんが来たら多分、高森さんは帰っている。
「佐伯……さんが反対するのに」
その高森さんは、ぼやくように呟いた。
「そうなんですか」
「早く帰りたいから。八坂さんは家に送り届けるように言われてる。私と陽菜の家は逆方向だから、ここで降ろすのを認めた」
やたらに佐伯さんについて厳しいし、情報も高森さんは持っていた。親が事務所のスポンサーで、佐伯さんと昔からの知り合いらしいが、そんなことまで娘に話すものなんだろうか。
こちらの疑問など気にしていないというように、高森さんは喫茶店に入って行く。
「どうかしたの?」
動かずに考えていたからか、美咲さんに声を掛けられる。
「あっ、えと、もう夜なのに暑いなって」
高森さんの家庭環境について聞くわけにもいかず、当たり障りのないことを口にしていた。
「そうだね。向こうは涼しかったんだなって感じる」
同意して、「行こ」と店内に促される。
入り口のドアを開けると、いつもと変わらぬカランコロンと音を立てる。
「2人は初めてだっけ、お店」
「送迎で外まで来たことはあるけど、中に入るのは初めてかな」
興味深そうに椎名さんは、店内をキョロキョロと見回している。対照的に高森さんは、さっさとイスに座っていた。
「喫茶店て感じだね」
その感想に店主である美咲さんのおじさんは、絶世の美少女にほめられてうれしそうな顔になる。
「おじさん、デレデレしないで。お世辞に決まってるでしょ。余計な説明しなくていいからね」
釘を刺され、おじさんは「分かってるよ」と肩を落とす。かわいそうだけど、店内のあれこれについて説明を始められても困るので仕方がない。
「そうだ深山君、飲み物はペットボトルのが残ってるから持ってきて」
「あぁ、はい」
指示されて、傷心のおじさんから氷の入ったコップとバーベキューで残った飲み物を受け取る。
お盆に載せて運ぶと、美咲さんと芳澤さん、高森さんと椎名さんに別れて座っている。こうなると、どっちに座っていいのか分からずに困る。
「ありがと。ほら座って」
陰キャ相手の気づかいの仕方も知っているのか、美咲さんはすっと動いて座る場所を作ってくれる。
「烏龍茶でいい?」
どうせ遠慮して自分じゃつがないだろう、とでも思ったのか美咲さんは聞いてくる。「いや、自分で――」つぐと答える前に手元のコップに注がれる。
「そういえば沙希ちゃんは、葵ちゃんとどこに行ってたの?」
行方不明騒動に関して蚊帳の外に近い場所にいた椎名さんは、結局どういうことだったのか知りたそうにしていた。
「えーっとね……」
「事務所の関係者がいて、八坂さんが遊びに行ってたって感じだよ」
大学生の男の人達と、芳澤さんが口にする前に説明する。本当のことを話して問題はないはずだけど、隠してしまうのが陰キャというものなのだ。
「そうだったんだ」
どうも美咲さんも事情は知らなかったらしい。
「聞いてないの」
「だって、そういう空気じゃなかったじゃない。車に乗ったら、私もだけど、すぐにみんなして寝ちゃって」
確かに聞くタイミングはなかった気がする。
「事務所の関係者って、誰?」
興味なさそうと思っていた高森さんが、関心を示してきた。
「えーと、ゆき……、幸雄とか幸人みたいな……」
二度と会うことのない相手の名前なんて、探偵でもないので正確に覚えているわけがない。
自己紹介されたであろう芳澤さんを見るが、「うーん、そんな感じだったと思うよ」と記憶には残っていないとの答えが返ってくる。
「どうしても知りたいなら八坂さんに聞くのがいいと思うけど」
「覚えていないって言うに決まってる」
連絡先を調べてもらえば分かるが、面倒くさいとやってくれるとは思えなかった。同じ面倒くさがり屋として、その気持ちは分かる。
「事務所の人だったから、葵ちゃんにあんまり怒ってなかったんだぁ」
怒られていなかった理由は、椎名さんが納得しているものとはおそらく違う。
「そ、そうだ。八坂さんから美咲さん以外にも同じ学校の人がいるって」
余計なことを言う前に話題を変えたくて口にしたが、気になってはいたことだった。
「絵麻さんだったかな」
「……海部絵麻さんだよ」
いつもと美咲さんの反応は違っていた。もしかして、ふれたらいけない人だったのか。
「デビュー目指すグループにいて、あんまり交流はないんだ」
同じ学校というだけで、美咲さんは仲良くしそうだけど。もちろん誰とでも友達になるということはできないのだから、交流がなくとも不思議ではないのだが。
「学校では知られたくないから秘密にしてって頼まれてて。深山君は、誰にも話さないとは思うけど、やっぱり学校の人だから」
黙っていたということらしい。
「アイドルでデビューするなら、みんなに知ってもらった方がいいんじゃ」
クラスとかで騒がれたり、特別扱いされたりするのが嫌だというのは分かるが、応援してくれる人を増やすためには積極的にアピールしていくべきではないのか。
「勘違いしてる」
そうなのかと、何を勘違いしてるのかの答えを待つ。しかし、高森さんはふいっと目をそらし、「清華」と説明役をバトンタッチする。
「えっ、えと……ごめん琴音、分かんない」
いきなり振られた美咲さんは、申し訳なさそうにバトンを高森さんに返す。
「デビューを目指すだけで、デビューが決まってるわけじゃない」
「へぇー、そうなんだ。アイドルになるんだと思ってたけど違うんだね」
どうやら芳澤さんも勘違いしてたらしい。
「私も知らなかったです」
中途加入だからか椎名さんも、勘違い組に属していた。
「デビューできなかったら恥ずかしいから黙ってるってことか」
行動は理解できたが、それは陰キャ的な思考だ。アイドルとはかけ離れた考え方のような気がする。
「確かにアイドルとしてデビューはできるかは分からないけど、オーディションとかなしで研修生にはなれるから」
業界に疎い自分が首を傾げるのは当然だけど、芳澤さんと椎名さんも分からないという顔をしている。理解度が門外漢と同レベルというのはまずいんじゃないのか。
「研修生っていうのは、柳生さんとかのことだよ」
柳生さんを知っている2人は、あぁと理解する。知らない身としては取り残されるが、だいたいの見当はつく。
「アイドル目指してレッスンを受けてるって人達ってことでいいんだよね」
「そうだね。アイドルオーディションに合格っていうのは、ほぼ全てが研修生になるってこと。だから研修生になれるのが確定してるってだけで、かなりすごいんだ」
研修生を飛び越えて即デビューした上野さんとか、スカウトされている八坂さんは、とんでもない逸材ってことなのか。
「美咲さんは、アイドルを目指してるのにデビュー目指すグループにしなかったの」
最低でも研修生になれるのに、美咲さんはデビューを目指していないグループに所属していた。アイドルになりたいなら、その選択は正しいとは思えない。
「私達のグループに清華がいなかったら、どうなると思う」
「どうなるとって、空中分解」
正解という表情を高森さんはする。
「だから清華は私達の方に入れられた」
それでいいのか。4人の面倒を見たら、研修生になれるという取引でもしてないと割に合わないんじゃないのか。
「みんなといる方が楽しいからいいんだよ」
微笑みは弱々しく感じられた。
本当だけどウソそういうことなんだろう。それを指摘したらいけないことぐらいは分かった。




