32.知らない所に人のつながりはある
戻るとはっきりと伝えたからか、八坂さんの行動は早かった。
「というわけで、これでお別れだよ」
残念そうに八坂さんが言うと、大学生の皆さんも「俺達も嫌だよ~」と情けない合唱をしていた。その姿に悪い人達ではないという気がするが、大学生ってこんななのかと首を傾げたくなった。
「連絡先、交換したからまた会えるよ~」
八坂さんが手を振って応えると、「うぉー」と歓声をあげる。中には「沙希ちゃんも会おうね~」との声もあった。行ったことはないが、アイドルのコンサートというのはこんな感じなんだろう。
「ほら、沙希も」
「う、うん」
促されて芳澤さんも手を振る。
ファンに対する手の振り方も教えてもらっているのか、すごく上手なように思えた。笑顔は少しぎこちなかったけど。
「いやぁ、みんな喜んでだね~」
満足そうにする八坂さんからは、勝手に大学生達の所に遊びに行ったことに対する反省は微塵も感じられなかった。やはりアイドルになるためには、そのぐらい他者を顧みない行動力が求められるんだろうか。
まぁ、八坂さんはスカウトをされてはいるけど、アイドルをやっているというわけじゃないのだが。
「沙希も人気でさ」
「そうかなぁ」
分かんないやという風な顔を芳澤さんから向けられる。
「すごかったと思うけど。アイドルって感じで」
「だよね~。沙希もアイドルになった方がいいって。私も沙希と一緒ならやってもいいかなって思うし」
素直な感想を口にすると、どういうわけか八坂さんか食いついてきた。
「うーん、本物のアイドルになるってあんまり興味ないんだよねぇ。歌とかダンスは楽しいからやってみたいのはあるけど」
意外と芳澤さんは、アイドルデビューには乗り気じゃないみたいだった。デビューを目指さないチームにいるんだから当然なのか。
「真白君はどう思う?」
いきなり振られても、どういう回答をすれば喜ぶのか分からないし困る。
「その、デビューしたら応援するよ」
「……そう、ありがと」
望んでいた答えではなかったからなのか素っ気なかった。
「そ、そうだスマホ」
深刻になりそうな空気を変えようと、返すタイミングを見失っていたスマホを芳澤さんに手渡す。
「あっ、そっか。私、真白君の携帯を持ちっ放しだったんだ」
ガラケーを返してもらいポケットに入れる。
「助かったよ」
感謝されるが、何のことかさっぱりと分からない。
「さっきねー、一緒のトークグループ作ろうようって誘われてたんだよ。沙希はガラケーだからって断ってたけどね~」
八坂さんが代わりに教えてくれる。
「うん。ピンクのペンギンのストラップもついてたから信じてくれたみたいで」
美咲さん達と一緒に水族館で買ったペンギンが役に立ったみたいで何よりだった。
「あー、ついてたね。何、清華ちゃんとおそろい。付き合ってんの?」
恋愛絡みの話と思ったのか、八坂さんはノリノリで聞いてくる。
「ペンギンなんて清華ちゃんつけてたっけ。最近クラゲをつけ始めた気はするけど」
大雑把そうな性格にみえて、案外と芳澤さんは観察眼があった。
「付き合ってないよ。どう見たって釣り合わないでしょ」
ペンギンとクラゲが同一シリーズとまで看破する観察眼を持っていそうな八坂さんがいるので、きちんと否定しておく。
「そうかな~。ギリギリOKじゃない。付き合ってるって言われれば、こういうのがタイプなんだぁってなりはする、かな?」
なぜか最後は疑問形になり、芳澤さんは「そうだね」と応じる。
ほめられているのか微妙だったが、けなされていないから良しとした。意味の方は理解しきれなかったが。
「頭よさそうだし」
芳澤さんの感想も、どう解釈すればいいのか陰キャには難しい。
それこそ悪口ではないのは芳澤さんだから確かなので「それはどうも」と、とりあえず喜んでおく。
ただ成績はそんなによくない。元々中学受験にまぐれで受かったようなものであり、それを証明するように成績は下の上から中の下の辺りをフラフラとしていた。だから頭がよいではなく、よさそうというのは正しい。
分かって言っているのであれば、芳澤さんに高い観察力が備わっていることになるのだけど、きっと違うよなぁとどこからともなく取り出したお菓子をバリボリと食べる姿に感じてしまう。
「ねぇ」
いつの間にか近くに来ていた八坂さんから顔を覗き込まれる。
「君ってさ、清華ちゃんと同じクラスなんだよね」
「う、うん。去年から」
なぜか恐いと思ってしまう。明るくフレンドリーな声なのに。
「じゃあさ、相良君も同じクラスだよね。知ってる?」
「そりゃクラスメートだから知ってるよ」
相良御武君はクラスの男子のリーダーとしてがんばっている。交流はほぼないが、それでもクラス活動で声を掛けてくれたことはある。数少ない会話したことのあるクラスメートの1人だ。
「むしろ八坂さんが何で知ってるの」
小学校が一緒だとか、部活関連でつながりがあるとか、2人が知り合いであっても不思議はないが。
「私は色んな所に友達がいるんだよ~」
さすが陽キャでコミュ強の上に自己肯定感が高いだけある。
「すごいね。僕とは大違いだよ」
「清華ちゃんや沙希と仲がいいじゃん。梨瀬さんともお友達なんでしょ。現役アイドルと友達なんて学校にもあんまりいないんじゃないのかな」
友達ということでいいのか。連絡先を知っていて、遊んだこともあるのだからそれは友達か。
「言われてみればそうなのか」
「あははっ、普通はもっと自慢するものだよ。しなくても優越感に浸るとかさ」
それは自慢できる相手がいれば、現役アイドルと遊んだと優越感に浸ることもできるけど、ぼっちではどうしようもない。
「だから、ここにいるんだろうけどさ」
何かを納得していた。
「絵麻ちゃんは知ってる?」
新しい人名に心当たりはなく首を横に振る。
「同級生だよ。清華ちゃんからは聞いてないの」
「初めて聞いたけど。その名前の人はクラスにいないし」
クラスメートの名前ぐらいは全員分を憶えている。
「学年が同じってこと。苗字は――覚えてないや」
同学年となると200人近くになるので、知らない生徒の方が多くなる。
「デビュー目指す組でがんばってるよ」
「えっ」
仲間ということなのか。同学年で美咲さんの他に、アイドルを目指してがんばっている人がいるとか聞いたことはない。ぼっちが聞いたことがないというのは、それはそうだろというだけの話かもしれないが。
「仲良くしてること知られないように気をつけた方がいいかもよ」
「どういう……」
何を忠告してくれているんだろうか。
「目立つの嫌いでしょ」
頷くしかできなかった。
「清華ちゃんとバーベキューに行ったとか知られたら、絶対に面倒になると思うけど。梨瀬さんと仲がいいことがバレたら、サインとか頼まれるだろうしね」
あることないこと言われて、平穏な学校生活とはさよならをすることになる。心優しいクラスメート達は孤独を守ってくれるかもしれないが、他のクラスの生徒はそうはいかないに決まっている。
「ありがと。考えてもなかったよ」
相手にされていないと思っていたけど、どうやら勘違いしていたみたいだった。わざわざ教えてくれるぐらいに気にしてくれていたのだ。人を見た目とか、ちょっとした態度で決めるというのはやっぱりよくない。
「美咲さんに噂にならないように頼まないと」
「自分で言わないの」
八坂さんみたいな人からしたら不思議に思うのかもしれないが、別クラスの話したこともないアイドルになるかもしれないレベルの女子に、陰キャぼっちが声を掛けられるわけがない。
「顔も名前も分からないし。夏休み中じゃ探しようもないよ」
精神的な問題はあったが、現実的に美咲さんに頼むのがてっとり早いのは確かだ。
「だけど美咲さんの他にも部活でいいんだっけ、やっている人がいるのは知らなかったな」
知らないのは同学年では自分だけという可能性はそれなりにあったが。
「自分から言って回るタイプじゃないからね~。清華ちゃんと違って、学校の友達あんまりいないみたいだし」
「そうなんだ」
だったら言いふらすということはないのか。
少し安心した。




