31.見つけたからといって解決ではない
幸いなことに高森さんは、芳澤さんのスマホで電話をかけていることなどを簡単な説明ですぐに理解してくれた。
『見つかったってことね』
「うん。芳澤さんは、それで走って行って。今、追ってるとこ」
サッカーをやっていただけあって、芳澤さんの足は速かった。
「電話はしたんだけど話し中で」
大きなため息を高森さんはついた。
『ずっと佐伯と話してる』
「それって電話を切ってからってこと」
佐伯さんに連絡すべきだと伝え、その必要性を美咲さんも認めた。性格的に後回しにしないだろうから、すぐに電話をかけたはずだ。
となると、ずっとというのは、そこからということなのか。30分以上も何を話しているというんだ。
『想像した通り。内容はない。自分は悪くない、お前が悪いっていうのを繰り返してるだけ。清華は謝ってる』
「なら早く、見つかったって伝えないと」
問題が解決すれば、とりあえず怒る理由はなくなり美咲さんは解放される。
『2人の声を聞かせれば終わると思うけど、そうじゃないと多分よく分からないことを言い続ける』
高森さんの見立てを信じるなら、佐伯さんの精神状態はまともじゃない。相手をさせられている美咲さんは大丈夫なのか。
「もう電話を切ったらいいんじゃ」
『1回やった。そしたら、すぐに掛け直してきた。出ないわけにも、着拒もできない。それで、こうなってる』
現状に至った過程を説明されると、佐伯さんの行動は最近ニュースなどで耳にするモラハラとかいうやつではないかという気がした。モラハラに対しては、難癖をつけるぐらいの理解しかなく、正しい使い方かどうかの自信はなかったが。
『そういうわけだから、すぐ沙希に追いついて』
「分かったよ」
解決する方法が難しくないというのが幸いだった。探すべき2人――八坂さんと芳澤さんは既に見つかっているのだから。
『一旦、切る』
慌てて「待って」と高森さんを止める。
『何』
「いや、このスマホ、芳澤さん借りてて」
『聞いた』
「その掛け直し方が分かんないから。つなげたままの方がいいと思う」
芳澤さんにやってもらえばいいだけのことではあるが、合流した後だと手間取りそうな予感があった。
『仕方ない。このままでいい』
察してくれたのか高森さんは、かけたままでいることを認めてくれた。
『誰と話してるの?』
『深山……さん』
電話の向こう側で、椎名さんに事情を話しているようだった。その間に、芳澤さんを見つけないといけない。
追いつくから、見失ったので探すにやることが変わっていた。
走って行った方向は分かっていて、目印のテントもあるのだから探すというほどのことでもなかった。
そういえばガラケーは今、芳澤さんの手元にあるんだな。渡したまま返してもらっていなかったことに気づいた。
ガラケーに最初から入っているウォーキングアプリを使用しており、歩数を確認するのが日課になっていた。普段であれば、家と学校の間がカウントの中心であるため、あまり歩数を稼げなかった。
だからキャンプ場をうろうろとしている今日は、過去最高記録が出るんじゃないかと期待していた。なので今、手元になくカウントを稼げないのが少し残念だった。
歩数を記録し消費カロリーとかが出る程度のアプリのため、どれだけ歩いたからといって特典は何もないのだが。
やらなけれいけないことなどがあると、ついどうでもいいことを考えてしまう。どうしようもない癖と分かっているが止められない。
「あっ、いた」
遠目でテント近くに芳澤さんの姿を認める。
「八坂さんもいる」
『よかった』
電話の向こうで高森さんも安堵する。
「芳澤さん、やっと追い――」
ついた、と最後まで言えなかった。数人の大学生――事前の話からすれば――と一緒にいる八坂さんを見て固まってしまったからだ。
大学生の皆さんが何かしているというわけではない。ただ、八坂さんの隣に立っているというだけだ。それだけなのに、知らない人――それも体格のいい大人――がいるということに緊張してしまう。
「あ、真白君」
振り向いた芳澤さんの顔には、困ったと書かれていた。
「もう来ちゃったの~」
対して八坂さんは、つまんなさそうな顔をする。
「見つけたとか言っちゃったんだ」
スマホに視線を向けながら、残念そうに八坂さんはする。
「それは、まぁ」
「だよね~」
微妙な空気を感じ取ったのか、高森さんは『どうかしたの?』と聞いてくるが答えようがなかった。
「その人達は?」
高森さんを無視することになったが、とりあえず八坂さんに聞いておかないとだった。
「バーベキューの前に会ったの。大学生でねー、何と幸雄君は事務所の関係者なんだよ。ね~」
大学生のリーダーぽい身長180センチほどで、体格のいいスポーツマンな感じの人が「おぉ」と返事した。
「つっても親父がだけどな」
明るく父親が偉いだけと言うあたり、悪い人ではないのかもしれない。しかし、中学2年生――しかも陰キャぼっち――にとって大学生というのは、存在だけで恐いのだ。
「それで、みんなで遊ぼーって。清華ちゃんとか陽菜ちゃんとかも呼んでさー。沙希も、そう思うよね」
人懐っこい笑みを浮かべて芳澤さんにふる。
「あっ、ど、どうだろう。楽しそうではあるけど」
さすがに今は遊んでいる場合ではない、と芳澤さんもなっているようだった。本当は遊びたいのか、八坂さんに気をつかっているのか分からないが、はっきりとダメだと言わなかった。
「大丈夫だって。君も思うよね」
遊ばずに戻らないと、と伝えないとなのは分かっている。
だけど自分の意見をはっきりと口にするというのは、陰キャぼっちの苦手とすることなのだ。八坂さんみたいな押しの強いタイプを相手にすると、まずいと分かっていても黙って頷く機械になってしまう。
反射的に、「そうだね」と頷かなかったのはすごいことなのだ。
しかし一呼吸を置いたことで、今度は言葉を発することができなくなる。自分の思う正しいであろことと、この場で求められている答えが違う時に、よく起きることだった。
視界が狭まり、とにかく何かを言わないとで頭の中がしめられる。
耳元で高森さんが何かを言っているが、内容はうまく聞き取れない。
あぁ、ダメだ。
脳が肯定の返事をするように指令を発しようとしている。
時間を稼ごうとポケットに手を入れた。何か行動すれば、ほんのわずかでも言葉を発するのを遅らせることができるから。
ポケットは空のはずなのに違った。
そうだハンカチを入れたんだ。返そうと思って。
美咲さんから借りたハンカチ。布に指が触れると頭が落ち着いた。
今、この瞬間も美咲さんは小言を食らい続けている。助けるためには、八坂さんを連れて行くしかないのだ。
じゃあ、どうする。
『どうしたの。ねぇ、何かあったの。聞こえてる?』
高森さんの言葉を理解できるだけの状態には戻れた。
八坂さんの説得を高森さんに頼むというアイデアが浮かんだが、おそらく無理だろう。自分と同じところがある高森さんは、八坂さんにまくし立てられると黙ってしまい、どーでもいいとシャットダウンしかねない。
『やばいなら黙ってないでちゃんと説明して』
声を荒げることはないが怒っている。
説明はしたいけど、どうすれば現状を伝えられるというのだ。見てもらえれば。あぁ、そうか。
「た、高森さん」
『やっと答えた。どう――』
「そっちの声を聞こえるように。美咲さんと佐伯さんの様子を」
会話をしている余裕はないので、一方的に要望を口にする。
『様子ってどういう。清華もそろそろ限界なんだけど』
意味不明な返答に高森さんはイラ立っていた。
「ごめん。お願い。とにかく声を……」
順序だてて説明できない自分が嫌になる。
「どうかしたのかな。琴音ちゃんが何か言ってんの。私が話そうか?」
ずいっと顔を八坂さんはのぞき込んで、スマホを受け取ろうと手を出す。
「いや、大丈夫だよ。その、向こう側も大変みたいで」
その電話の向こうで、こちらの意図を理解してくれたのか高森さんが『清華、スピーカーにして』と言っていた。
『これでいいの。聞こえる?』
佐伯さんの声が耳に入ってくる。
「うん。ありがと」
後は、こっちのスマホをみんなに聞こえるようにすれば。
そこで固まる。やり方が分からない。
「どしたの」
いつの間にか芳澤さんが傍にきていた。
「その声を出したくて」
「……スピーカーにしたいってこと。貸して」
少し考えて芳澤さんはスマホを受け取り、ワンタッチでスピーカーだかを起動した。
『ねぇ、ちゃんと聞いてんの』
『は、はい。聞いてます』
『いいえ、聞いてなかったわ。そういう風だから葵も沙希もどっかに行くのよ。あなたがちゃんと見ていれば、こんなことにはなってないの。分かってないから、今も話を聞かないで別のことをして――』
佐伯さんの叱責の言葉が怒涛のようにスマホから流れる。合間に美咲さんの疲れ切った口調での「すいません」や「気をつけます」が挟まれる。
「やっぺぇな滝センかよ」
「お前の元カノと同じじゃね」
「思い出せんなよ」
大学生の皆さんは、その内容にドン引いていた。
「こ、こんな感じで。美咲さんが大変なんで、遊ぶよりも戻らないと」
やっとの思いで、戻ることを主張する。
「そ、そうなんだよ。清華ちゃんがやばいの。だから今日は戻ろ、葵」
芳澤さんも加勢してくれた。
「いやー、葵ちゃん。これは戻った方がいいって。怒られてる子がかわいそうだもん」
幸雄さんとかいう大学生も、八坂さんに戻るように言ってくれた。
「実感こもってんね」
「うっせぇよ」
フンと幸雄さんは鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「あーぁ、仕方ないっか」
ここまでか、というような八坂さんの声だった。
「貸りるよ」
サッとスマホを取る。
「琴音ちゃん、葵だよ~。今から志保ちゃんのスマホに電話するからさ。すぐに切るように言ってよ。お願いね」
一方的に告げて通話を切った。
「はい、終わり」
ホイとスマホを投げてくる。落とさないように必死に受け止める。というか芳澤さんのなんだから、こっちに返さなくてもいいのに。
「あー、電話か。面倒くさいなぁ」
自分のスマホで佐伯さんに電話をかけ始める。
「もしもし、志保ちゃん。今から戻るからよろしく~」
5秒ほどで通話は終わった。
「よし、オッケー」
どうにか問題は解決したみいだった。気が抜けて、へたりこみそうになるのを必死にこらえないといけなかった。




