30.急に真面目な話をされると困る
頭の中で、爆音で鳴り響く警報を芳澤さんにも聞かせてあげたかった。
もっとも芳澤さんだと警報音でテンションをあげて、より過激なことをやりかねなかったが。
「うーん、どこいるんだろ」
勢いよく走り出した割には、八坂さんの向かった先は分かっていなかったらしい。
この後先を考えない行動力の高さは、芳澤さんの長所であり陰キャぼっちにはまぶしく見える。
「すいませーん。この辺りで大学生の人達がキャンプしてるの知りませんか」
キャンプを設営する家族連れに、ためらうことなく芳澤さんは声を掛けていた。成果は芳しくなかったが。
「八坂さんのことも聞いたら……」
「おー、いいアイデアだね」
スマホで写真を出して見せると、「あぁ、その子なら」となった。
八坂さんみたいな目立つ人が単独で行動していれば、目撃さえしていれば覚えているものだ。
「ありがとうごさいました」
大きく明るい声で感謝する芳澤さんの横で、せめてもと頭を下げる。
「あっちの方だって。いい人達でよかったね~」
再び手を引っ張られて、八坂さんが向かったという方に歩き始めた。
「あ、あの、手、大丈夫だから放しても……」
女子と触れ合うとことが、陰キャぼっちに与える精神的負担は大きいのだ。
「えっ、あ、ごめん。つい、やっちゃうんだ」
パッと手を放される。
「よく怒られるんだけどね」
髪の毛をいじりながら、「はは」と芳澤さんらしくない笑い方をする。
「アイドルは手を握るのが仕事だから、しょうがないよ」
気にしないで、と言いたかったのだが、芳澤さんの顔を見る限りでは伝わっていないようだった。
「よく分かんなけど、ありがと。励ましてくれて」
かろうじて元気づけようとしたことは通じていてホッとした。
「中学になってからはさ、何かこう、上手くいかないことが多くて」
うつむいて弱音をもらす姿は、いつもの元気あふれる芳澤さんとはかけ離れて見えた。
「そう、なの……」
「男子とさ、話すのはあんまり良くないよって学校の友達に言われたり。勘違いさせるんだってさ。小学校の時は、そんなことなかったのに」
並の男子なら芳澤さんのスキンシップに、自分のことを好きなんじゃないかと思ってしまうに決まっている。そんなことはないと否定しても、もしかしたらなどと男子であればなってしまうのだ。
「告白されて断って、その後に色々と言われて。こうなるから教えてくれたんだって、やっと気づけた」
そのままだと大変なことになるといくら注意されても、実際に体験しないことには分からない。そしてもっと面倒になる前に、自分の言動がもたらすであろう事態に気づけたなら幸いだ。
「学校の友達とも、好きな男子をとったとか何かそんな話にもなって、あんまりしっくりとはいってないんだ。2年になってからは、空気を読めなくて迷惑かけるの嫌だから黙ってることも増えたっていうか」
真面目な話なのと、芳澤さんが人間関係で悩んでいるということの驚きに、どう返せばいいのか分からず黙るしかできなかった。
「急にこんな話して、ごめんね」
困惑を察したのか芳澤さんは笑顔を作って謝る。
「別に、その、学校だとそんなでも、美咲さん達とは仲がいいわけだし」
学校の友人との仲が微妙だって、別の居場所があれぱ問題はない。美咲さんといる時の笑顔は本物だと思うし。
「うん。清華ちゃんとか葵ちゃんと一緒で毎日すごい楽しい。陽菜ちゃんに琴音ちゃんもいるし。他にも、たくさん仲がいい人ができて。入れて本当によかった」
美咲さんも学校にいる時と違う。多分、椎名さんや高森さんも。スクールカースト上位の苦労から逃れられる場になっているのかもしれない。
「あ、それに真白君とも仲良くなれたしね~」
「そういうのが良くないんじゃ」
男子が勘違いするような言動をとるのがダメってことなのに。
「真白君て仲良かった男子に似てるから、つい」
過去形なのは、告白されてギクシャクしてしまったということなのだろうか。
「似てるって言っても。外見とかじゃなくて雰囲気がだよ。サッカー一緒にやってて、真白君はスポーツとかやらない感じでしょ」
感じは必要ない。
「家もけっこう近くて、サッカー以外でもよく遊んだりしたんだ」
「幼馴染ってやつ」
いつの間にか疎遠になり、中学が別になってからは顔を見ることもなくなった幼馴染達を思い出す。
「そう幼馴染。中学も同じなんだけど、今はあんまり話さないんだ」
どうしてとか、何かあったのなどと聞くと、返事に困る答えをされそうなので黙っておく。
「ケンカしたとかじゃないんだよ。ただ、中学になってから、態度とか視線が変わったっていうか。何て言えばいいのかな」
聞かなくても話してくれた。
その幼馴染の視線が変わったのは、小学生の時は意識していなかったのに中学生になったら付き合えるかもみたいなことを思い始めたからではないか。芳澤さんのかわいさに、中学に入って今更ながらに気づいたもありそうだった。
「女子と話すのは恥ずかしいっていう年頃なんだよ」
無難にまとめる。実際、小学校時代の感覚で女子と接してからかわれるのは嫌だというのはあるだろうし。
「普通に話してるよ。夏休み前には彼女ができたって」
せっかくセンシティブな話題を終わらせようとしたのに、台無しにしてくれた顔も名前も知らない芳澤さんの幼馴染のリア充さに怒りを覚える。
「まぁ彼女ができたなら元に戻るんじゃないの」
「サヤちゃんからは、絶対に話し掛けちゃダメって言われてるんだけど」
芳澤さんと仲良く話してるとこを見られたら、彼女の機嫌は間違いなく悪くなりそうだよな。
「確かに話さない方がいいかもね」
「やっぱり、そうなの」
ダメと言われたから、そっかとなってるだけで納得してはいないという感じだった。
「ほら、付き合ってるのに別の女の人と話すとヤキモチ焼くから。マンガとかでも、よくあるでしょ」
「あるね。そういうこと」
例えでマンガを出したら、あっさりと分かってくれた。
「でも正直、話すことないから心配しなくてもいいのにさ」
言っておかないと、無邪気に行動をしてやらかしそうだからだと思う。
「今年に入ってからは、学校の男子とはあいさつぐらいしかしてないんだ。話したってアイドル紹介してよとか、そんなんばっかりで」
「それは、まぁ、一応は聞いてみるよね」
男子お得意のもしかしたらというやつだ。仮に紹介してもらったところで、相手にもされないというのに。
「真白君は聞かないけど」
「本物のアイドルと知り合いだから」
上野さんの顔を思い浮かべる。携帯番号を知っているのだから間違いではない。
「そっか梨瀬さんと仲良しだもんね~。事務所で子分だからこき使っていいよって言ってたし」
いつの間にか子分あつかいされている。
「どこで仲良くなったの。学校は清華ちゃんと一緒だから違うし」
「美咲さんに連れてかれて、その荷物持ち的な感じで」
ちゃんと説明すると、上野さんが付き合っていたことに触れる必要があるので、適当にごまかす。
「ふーん。清華ちゃんてそこら辺すごいうるさいのに、真白君には甘いんだよなぁ。私は怒られてばっかりなのに、何かずるい」
そこら辺て、どこら辺なんだ。アイドルの先輩を人に紹介するなみたいなことなんだろうけど。それに、ずるいと言われても困る。
「美咲さんは基本、甘いと思うけど」
「そうかなー。私とか葵ちゃんはよく怒られるよ」
怒られるようなことをしているからではないだろうか。
「すぐ許してくれるでしょ」
本気で厳しいなどとは思っていないのか、芳澤さんは「まぁね~」とあっさりと認める。
「清華ちゃんが怒ってくれないと、勢いで止まれなくなっちゃいそうな時もあるんだよね。特に葵ちゃんと一緒だと」
「今も、そうなんじゃ。誰にも言わないで捜しに出て」
痛いところをつかれたのか、ふいっと顔をそらす。
「あっ、いた」
芳澤さんの見ている方に視線をやるが、どこにいるのかさっぱりと分からない。テントが立っているので、人がいるならその辺りだろうが。
「どこ?」
本当にいるのか、目を細めて探しても見つからない。
「私、視力いいんだ。両目とも2.0以上あるよ」
以上って、どれだけいいんだ。こっちは、メガネをかけないでギリギリすむというレベルなのに。
「じゃあ美咲さんに連絡しないと」
見つけたという言葉を信じることにした。
「ここまで来たら、葵ちゃんと一緒の方がよくない。声も伝えられるし」
ガラケーを返してくれながら、芳澤さんに言われる。
「それだと僕が怒られるよ。テントサイトに着いたら電話することになってたんだから。芳澤さんには先に、八坂さんの所に行ってもらった方がいいのかな」
設定的にはその方がよさそうだったが、細かいことはいいかと面倒くさがりが発動して、美咲さんの番号にかけた。
「通話中?」
この状況で電話をしているとしたら佐伯さんか。
というよりも、どうして美咲さんから電話がなかったんだ。テントサイトに向かうと電話を切ってから、1時間近くが経とうとしている。芳澤さんと合流してからも、けっこうな時間になる。その間、着信がなかったのは。
まさか、ずっと佐伯さんと電話をしていたなんてことはないよな。
「つながんないの」
「あ、うん、電話してるみたい。どうしよ、他の人の番号は知らないんだよね」
リダイヤルして、ガラケーを芳澤さんに手渡す。
「本当だ。だったら、私がかけるよ」
耳からガラケーを放し、自分のスマホを取り出す。連絡がつかないのだから、芳澤さんに頼るしかない。
「陽菜ちゃんでいいよね」
「いや、高森さんの方が」
椎名さんだと双方の事情を察して、うまく取り繕うということをしてくれなさそうだったので、高森さんを指名する。
「琴音ちゃんに電話はあんまりかけないんだよね~。ゲームしてるかもだからって」
実は仲が良くないとかいう理由じゃなくてよかった。
「はい」
スマホを手渡される。
「これでかかってるから。後は話して。私、葵ちゃんのとこ行ってるね」
言うが早いか駆け出していた。もしかしたら、先に行った方がというのを実践しているのかもしれなかった。
「待って、一緒に――」
『もしもし、沙希やっと』
追いかける前に電話がつながった。
「あ、ごめん、芳澤さんじゃなくて……」
芳澤さんがかけてくれないと、高森さんが混乱して説明が面倒なのに。事情を話しながら、芳澤さんを見失わないように追って行った。




