29.陰キャぼっちは電話が苦手
バーベキューでキャンプ場に来たら八坂さんに続いて、芳澤さんまでいなくなった。
ミステリーやホラー展開としては申し分ない。後は急速に天候が悪化するなどして、閉じ込められれば完璧だ。
物語の主人公なら、ここでリーダーシップをとり華麗に事態の打開を図り、一緒にいる女子達から恋されることになる。自分だって、同じような事態に巻き込まれれば、などと妄想したことはある。
そして、実際に非日常な展開に遭遇することになった。
結果は何もできていない。
己の無力さに自嘲し、電波の向こうにいる美咲さんを思い浮かべガラケーを握る手の力が強くなる。
「深山君?」
「き、聞こえてる」
電話慣れしていないので、つい黙ってしまう。目の前にいないのだから、声を発しなければ何かあったのかもと思われるに決まっているのに。
「少し驚いて。芳澤さんまでいなくなって……。それで佐伯さんは何て」
芳澤さんまで見当たらなくなったら、既にいっぱいっぱいの佐伯さんが、どんなおかしな行動をとるのか分かったものではなかった。
「えーと、佐伯さんには、その、まだ言ってなくて……。沙希は、ちょっといなくなっただけで、探せばすぐに見つかるかもだし」
あの状態の佐伯さんに伝えたくないというのは、まぁそうだよなではある。
それでも、僕に電話を掛けてくるぐらいなら佐伯さんに連絡をするべきだ。
「気持ち分かるけど。芳澤さんに何かあったかもしれないし。八坂さんがいなくなっているわけだから、早めに動いた方が」
頼りになりそうになくとも佐伯さんは、唯一の大人であり責任をとる立場にいるのだから、きちんと状況は伝えておいた方がいい。何より美咲さんのためにも。
思い込みはよくないと高森さんの人物評価を鵜呑みにはしていなかったが、八坂さんがいなくなった辺りからそんなにも間違っていないのではないかという気がしている。
とすると、佐伯さんは今の状況の責任を美咲さんに押し付けようとすることになる。ならできる限り、美咲さんのせいにされそうなことは減らしておいた方がいい。
「そうだね。言わないとだよね」
言いたくないというのが、電話越しだというのにひしひしと伝わってくる。
「考えたけど、芳澤さんはそんなに心配いらないと思うんだ。八坂さんを探してるんじゃないのかなって」
少しでも安心させたかったのが一番だが、芳澤さんの身に何かが起きたのではなく、一人で八坂さんを探しに出たというのは正しい気がしていた。友達がいなくなって、黙って見つかるのを待つというのは芳澤さんらしくない。
「やっぱり、そう思う」
美咲さんも同じ考えだったらしい。
とはいっても単独で行動して何かが起きたらまずいというのは確かだ。
「えっ、ちょっと待ってて」
電話の向こう側で、何やら話しているようだった。2人が見つかったという報せであれば最高だけど。
「沙希の位置は分かるって、琴音が」
朗報ではある。今の場所が分かるなら行方不明ではない。しかし、位置情報を確認しないで電話をしてきたということは、それだけ美咲さんも慌てていたってことなのか。
「陽菜の電話には出ないんだけど」
「探すのに夢中になってるんじゃ」
電話に出れば怒られるのは分かっているのだから、見つかるまでは無視するというのはありうる。八坂さんを発見しさえすれば怒られない、とか芳澤さんなら考えそうだし。
「場所は、キャンプ場の方」
キャンプ場にいるんだけど。
「深山君のいる方が近いね」
「そうなの」
手元に地図がないので、近いと言われても位置関係が全く分からない。
「今どの辺りにいるの」
「あーと、そう、だね」
どの辺りも自然あふれる場所としか言えない。
「バンガローとか見える?」
それ何?と聞けないのが悲しい。
「木の家みたいなのはある」
「番号とか書いてあるでしょ」
合ってたみたいだ。で、番号。遠くてよく見えない。
「あ、あるD-17でいいのかな」
電話の向こうで「D―17だって」や「なら、ここだから」と、現在の場所を検討する声がもれ聞こえてくる。
「だいたい分かった。そのまま真っ直ぐ進むと、キャンプ場に行く道がある。その先に沙希がいる」
平穏な時だったら、それダジャレになってると笑い合うところだが、今が指摘するタイミングでないことぐらい分かる。それよりも聞かないといけないことがあったし。
「キャンプ場って、ここがそうなんじゃ」
「テントサイトってことだよ。高台にあるの」
いちいち揚げ足をとるなと怒られた気もしたが、一応きちんと教えてくれるところが美咲さんだった。
そして言われてみれば、宿泊できる建物とかはあるが、キャンプ場なのにテントは張られていなかった。見晴らしのいい高台にテントを張る場所があって、キャンプ場で想像する風景はそちら広がっているのか。
「八坂さんもテントのとこにいるってこと」
「沙希はいると思ったから行ったんでしょうけど、期待しすぎない方がいいと思う」
とりあえず芳澤さんと合流できれば問題は一つ解決する。それぐらいの期待で向かうのがいいのかもしれない。
「どうして、『いる』って判断したのかの理由も分かんないし」
「テントを見たいとか言っていたのを思い出したとか」
その程度の曖昧な根拠だったから、一人で向かうことにしたというのはありそうな気がする。
「葵がテントを見たがるかなぁ。キャンプに興味なさそうだったし、高台まで登るとか面倒とかになりそうだけど」
納得はしてもらえなかった。
「理由は沙希から聞けばいいよ。とりあえず電話は切るから、テントサイトに近づいたらかけて。こっちからも何かあったら連絡するから、すぐに出られるようにしといてね」
「了解」
通話を終えると大きく息を吐く。
他人と会話するだけで緊張するというのに、まして相手は美咲さんだ。変なことを言わないようにしないと、となってしまう。
とにかく今は、高台にあるというテントサイトに向かうのが最優先だ。芳澤さんと合流して、バーベキューハウスまで連れて行く。うまく達成できても、八坂さんがいなくなったという大問題は残るのだが。
芳澤さんの勘が当たっていて、八坂さんもいてくれれば万事解決となるので最高なんだけど、そんな都合がいいことはないものだ。
歩いている道が、正しいルートなのか自信はなかった。途中で「テントサイト→」という看板があり、その指示に従ったため間違ってはいないはずだ。何だけど、次の曲がる看板を見落としたのではないかとか不安になってしまう。
「よかった」
立てられたテントが目に入ってきて安堵する。
いや、安心するのは芳澤さんを見つけてからだ。
「て、広いな」
見渡しただけで分かるという感じではなかった。いくつかテントが立っているため、視界も遮られ人を探すというのは簡単ではなさそうだった。
陽キャであれば、近くのテントにいる人に「この子を見なかったか」とスマホの写真を見せて情報を得たり、一緒に探してもらったりするのだろう。
もちろん陰キャぼっちに、そんなことはできない。とりあえず1人で一通りの確認をする。そして誰か声を掛けてくれないかな、と思いながら2周目に突入するのだ。
「そうだ、電話しないと」
近づいたらと言われていたのに、もう到着してしまった。
ガラケーを取り出して、美咲さんの番号を履歴から呼び出す。後はボタンを押せばかかるのだが、そこで指が止まってしまう。かけない方がまずいのだが、大丈夫かなと思ってしまう。
陰キャぼっちムーブで数秒の時を無駄にしたため、「何やってんの真白君」と芳澤さんに声を掛けるチャンスを与えてしまった。
「電話を――て、芳澤さん」
「そんな驚かなくても」
探していた人から声を掛けられて驚かないのは無理がある。
「どうして1人でここに」
すっと顔をそらし、「葵ちゃんを探してに決まってるじゃん」と口にする。
「あっ、清華ちゃんに電話しちゃダメだからね」
こちらを向いて念押ししてくる。
「できないよ。見つけたって教えなきゃ。すごい心配してたし」
こればっかりは承知できない。
「お願いだって。葵ちゃんを見つけるまで待ってよ。そうしたらさ、怒られないし、みんな喜ぶしで最高だと思わない」
手を握られて、うるうるな瞳でお願いされると耐性も免疫もない身としては抵抗は難しい。
「で、でも、美咲さんに……」
「私が言えば大丈夫だって」
任せてという顔をするが、一緒に怒られる未来しか想像できない。
「そうだ、今度デートしてあげるからさ」
突然の提案に「はぁ」と声をもらす。それを、なぜか承諾したと判断した芳澤さんは、「決まりね」と言ってガラケーを閉じさせる。
「本当に大丈夫。葵ちゃんはすぐに見つかるって」
よほどの根拠があるのか、えらく自信満々だ。
「お肉を食べる前にさ、河原の辺りで遊んだんだよ」
椎名さんと高森さんと車から食材などを運んでいる間のことか。
「その時さ、葵ちゃん大学生のキャンプに来てる人達と仲良くなったみたいで。時間があったら遊びにおいでとか誘われたんだって。だから、その人達の所に行ってると思うんだ」
爆弾発言もいいとこだ。
「……それって美咲さんは知ってるの」
テントの方に芳澤さんが探しに行った理由も分かっていなかったのだから、知っているわけはなさそうだが。
「言ってないでしょ。怒られるし」
遊びに行くと言ったら難色を示すだろうけど、他のグループと少し話したぐらいで怒りはしないと思う。
「男の人達のとこに遊びに行ったのがバレたら葵ちゃんもまずいかもだし」
「えっ」
途端に不安を通り過ぎて不穏となった。それどころか、やばくない要素がどこにあるのか教えてほしいレベルだった。
能天気に大丈夫とか言っている芳澤さんの危機感のなさは早急に、どうにかした方がいい。そうしないと、いずれ取り返しのつかない大事件に巻き込まれる。
「ダメ、絶対にダメ。佐伯さん、呼ばないと」
これはデートできなくなってもいいから、美咲さんに連絡をするべきだ。
「いいって」
ガラケーを奪われ、「付いて来て」と手をつかまれ芳澤さんは走り出す。
やばいとなっているのに、足は止まらず芳澤さんに付いて行っていた。




