28.問題はなぜか連鎖する
恐れていたことが現実になった、と思考が固まった。高森さんから警告されていたというのに。
「スマホの位置情報」
落ち着いた声で高森さんが告げる。
「そ、そっか。共有してるから」
スマホを所有していれば、どこにいるのか分かるという機能がそういえばあるらしかった。そのことを高森さんは思い出させる。
おそらく高森さん以外は焦って思考が鈍ってる。
「出ない。どうして」
美咲さんは困惑して、「沙希もやってみて」と芳澤さんに頼む。
「あ、うん、ダメだ。私のも」
「私も」
芳澤さんに続いて、椎名さんからも位置は分からないと伝えられる。
「とにかく佐伯さんに報告しよう。沙希と陽菜は、一緒に来て。最後に見たのは2人だから」
幸せそうにデッキチェアで眠る佐伯さんは、ひどい寝起きをすることになりそうだった。
「……迷子」
椎名さんはそう言ったが、改めて口にしてみると八坂さんが迷子になるなどありえるかなと思ってしまう。
会うのは今日で二度目だし、ろくに話したこともない。
だから、実は八坂さんがすごい方向音痴ということはある。けれど、しょっちゅう迷子になっているようなら、美咲さんたちは「いつものことか」みたいな緩い感じになるのではないか。
携帯がつながらないのは事故に遭って動けないからなら、位置が分からないということはない気がする。
となると誘拐。
一人で行動して忽然と姿を消し連絡がとれなくなったとなれば、その可能性は排除できない。何といっても八坂さんは美少女だし。万が一を考えれば、すぐに通報して対策をとるべきだろう。
ただ、高森さんの八坂さんが問題を起こすという発言。
あれは、わざと姿を隠して皆が右往左往するのを楽しむということなのか。少なくとも高森さんは、八坂さんはそういうことをしてもおかしくない人間だと思っていそうだった。
チラリと高森さんを見ると、さすがにゲームはしていないが、いなくなったことを心配しているという風でもない。感情をあまり表面に出さないタイプかもしれないので、決めつけるのはよくないが。
いや落ち着け。どうも高森さんの言葉で変な先入観を八坂さんに持ち、それに思考が引っ張られている。
単に、そこら辺をふらふらしてるとか、キャンプ場内の面白そうな施設――あるかどうか知らないが――に寄り道している可能性の方が高いじゃないか。スマホに出ないのは気づいていないからというだけで。
「呼んでる」
ちょいちょいと肩を高森さんにつつかれる。
「あ、あぁ、ごめん」
考え込んでいる間に、佐伯さんへの報告がされたらしい。
その佐伯さんの作り出す雰囲気とてもよくない。
怒りと焦慮がない混ぜになった表情と態度の大人は、子供をものすごく不安にさせる。
小学校の時に、1学年下のクラスでイジメがあり問題になっていた。結局どうなったのかは、学校からの説明は当然なく、教えてくれる友達もいなかったので分からない。ただ、その問題の最中に見た当該クラスの担任が、今の佐伯さんと同じ表情をしていた。
ぼんやりと昔のことを思い出したのは、佐伯さんの声を聞きたくなかったからだと思う。
「何でちゃんと見てなかったの」
時間の無駄としか言いようのない同じことを繰り返すだけの説教だったが、ここで反論するとどうなるか知っているだけに全員が押し黙る。
「あ、あの、いなくなったって連絡した方が……」
話の切れ間にようやくというように美咲さんが、建設的というほどでもないが事態の打開に関する提案をする。
「そんなことを……」
肯定と否定のどちらを佐伯さんが口にしようとしたのかは、直後に固まってしまったため分からなかった。
おそらく、しかるべき所に連絡しないといけないことに思い至り、、それが自分の失態につながることにも気づいてしまったのだ。
このまま八坂さんが姿を現さず行方不明が確定すれば、引率している佐伯さんの人生は終わる。初動で何もしなかったとなれば擁護のしようもない。手をこまねいている場合でないことぐらいは、佐伯さんだって分かっている。
だけど、どこかに連絡する前に八坂が戻って来れば、ちょっとしたハプニングですむ。その期待を捨てきれないに違いなかった。
「とりあえず、辺りを見て回ったら」
自分から何かを提案するというのは嫌だったが、美咲さんの意見は変な理屈をつけて却下しそうなので仕方なく言うしかなかった。
「スマホ出なくて、位置情報オフにしてるんだよ」
明らかに普通の状態にない、と美咲さんは指摘する。
周辺を探して回るなどという無駄なことをしている時間があったら、通報なりをすべきだと言いたそうだった。
「いえ、葵のことだから、どっかで遊んでいる可能性の方が高いわ。まずは手分けして探しましょう」
美咲さんが探すことに乗り気ではないのを見て取ったからか、佐伯さんが決定だというように告げる。
「私があっち、君はそっちを探す、いい」
なぜか一人だけ命令される。
男だし、何かあっても事務所とは関係がないからという理由だろうけど。
ここで待っているよりは動いていた方が気もまぎれるだろうし、佐伯さんの気分を害して事態の進展が停滞するよりはマシと素直にうなずいておく。
それでも佐伯さんは責任感からか、土産物屋があるキャンプ場の外に向かっての八坂さんが移動する可能性が高い場所は自分で探すということにしていた。
「待ってください。佐伯さんと深山君だけですか。探すなら皆でした方が……」
「戻って来た時のために、ここに人が残っていないといけないでしょ。下手に動いて、いなくなった人が増えたら元も子もないし」
そんなことも分からないのかというように、佐伯さんは告げると、子供の意見など聞く気はないというように「さぁ行くわよ」と命じた。
「分かりました。じゃあ、あっちを見てきます」
ため息の一つでもつきたかったが、反抗的な態度ととられてもめるたら面倒くさいので我慢する。
「深山君、気をつけて。何かあったら携帯に連絡するから」
「うん。美咲さんも、みんなを見ていて」
珍しく深刻そうな顔をしている芳澤さん、不安があふれそうな椎名さんな2人は、誰かが近くにいないとまずそうだった。自分達が先に返したのだから、この事態に責任を感じるのは当然に決まっていた。
責任というのなら、美咲さんだって強く感じているに違いない。片付けを手伝うためにその場を離れるなどせず一緒にいればよかった、と思わないわけがなかった。
「八坂さんは迷子とかになるより、どっかで時間を忘れて遊んでいる人でしょ」
そんなに心配しないでも大丈夫と、高森さん以外の3人を元気づけようと、わざと明るくふるまう。
「私達は大丈夫だよ」
配慮をありがとうという美咲さんの口調に、慣れないことはするもんじゃないとがっくりくる。
「そうだよね。葵が……」
いつもと違う――といえるほど知っているわけでもないが――芳澤さんの反応に、嫌な感じを抱く。
不安はあったが、さっさと探しに出発しないと佐伯さんに怒鳴られそうだったので、芳澤さんに声を掛けることはしなかった。美咲さんが付いていれば、滅多なことは起きることもないだろうし。
探すといっても、実際は見て歩くことぐらいしかできない。捜索というよりも、ただの散歩ではないかという気すらした。
割り当てられた方角は、土産物屋があるキャンプ場のゲートの反対方向になる。バーベキューハウス近くまで戻って来て通り過ぎないと、たどり着けない位置だ。
迷子や行方不明になった時、捜索者の予想外の場所に――特に子供は――いるという話は聞くから、探すのが無駄ではないだろうが。
大事にしたくないという佐伯さんの気持ちは分かるが、やはりキャンプ場に戻ったかどうかの確認はしておくべきじゃないのか。八坂さんがいなくなったのが、キャンプ場の内か外かだけで対応は全く変わるのに。
キャンプ場の人達だって、大事になるのは避けたいに決まっているのだから、いくらでも協力はできるはずだ。
中学生には分からない大人の理屈とルールがあるのかもしれないが、もっと上手いやりようはある気がする。
余計なことばかりを考えて八坂さんを探すことに全く集中できていなかった。これでは、目の前にいても見過ごしかねないと、首を横に振り深呼吸をしてみる。
新鮮な空気を肺に取り入れ少しは落ち着いた気がする。
気合を入れ直して歩き出そうとすると携帯が振動した。ショートメールではなく電話だった。
「美咲さん」
取り出して発信者を確認し、八坂さんが見つかったのかと安堵した。
「もしもし、見つかったんですか」
「違う、沙希が……」
電話越しですら声が震えているのが分かる。
「落ち着いて。芳澤さんがどうかしたんですか」
思ってもいなかった展開になってきた。
「いなくなって」
頭が真っ白になり、何を言うべきなのか分からなくなる。
「それは、どういう……」
「分かんないよ。気づいたらいなくて、トイレにでも行ったのかなって。葵がいなくなってるし、それで連絡したけど既読もつかないし、電話にも出てくれなくて。もしかして、沙希までいなくなっちゃったんじゃないかって」
慌てて混乱しているのは明らかだった。
話の内容もごちゃごちゃしていて、まとまりに欠けている。
それでも美咲さん達の目の前から、芳澤さんがいなくなったということだけは伝わった。
「どうしたらいい」
助けを求める美咲さんに、何かをしてあげたい。
しかし掛ける言葉すら思いつかない。自分の言語力のなさを、こんなにも恨めしいと思ったのは初めてだった。




