27.洗い物は意外と楽しい
八坂さんが何かやらかすと聞いても、「はい、そうですか」と単純に信じられるものでもない。
事前に八坂さんと高森さんの仲が微妙だというのを聞いていたから尚更だ。
だいたい仲が良かろうが悪かろうが、他人を評価する段階で何かしらのバイアスはかかっている。結局は、自分がどう思っているかだ。
では、八坂さんはどうかといえば、トラブルメーカーなのは間違いない。
だから、何かしらのトラブルが発生する可能性はそれなり以上にある。芳澤さんという、もう一人のトラブルメーカーもいるのだから確率はさらに高まる。
しかし、何かが起きたからといって高森さんの予言というか予想が当たったことにはならない。
高森さんは、八坂さんが意図的に問題を起こすと言っている。そして、その起きた事件の責任を佐伯さんが、自分は悪くないとするために美咲さんに押し付けるから気をつけろと忠告してくれているのだ。
全面的に高森さんを信じるだけの情報はない。
同時に八坂さんは、そんな人じゃないと断言するだけの材料も持ち合わせていない。
どれだけ考えたところで、分からないことが分かるだけだ。
採るべき手は、八坂さんをそれとなく監視する、美咲さんに相談する、何も起きないことを天に願うぐらいしか思いつかない。
陰キャぼっちが、こういう時にどうするか。
自分に言い訳できる程度に八坂さんを監視しながら、予言が外れることを願うという、何とも微妙な行動だ。
美咲さんに相談したところで、「葵はそんなことしない」とか「琴音もまた困ったことを」とか言うぐらいで真剣に受け取りはしない。余計な心配もかけたくないので黙っておくことにする。
「琴音ちゃん、そろそろデザートだって」
椎名さんに呼ばれて、高森さんはデザートは食べたいのか元の場所に戻る。
バーベキューが終わりに近づき、再び写真を撮るべく高森さんから押し付けられた肉を残さず腹におさめる。
「マシュマロも焼くの」
「けっこうコツがいるんだよ」
くしに刺したマシュマロを火にあてながらクルクルと回す佐伯さんと、できあがりを今かと待つ八坂さんの様子は、これから問題を起こすとは思えなかった。
「どうかしたの?」
2人の姿を見ていたのを不審に思ってか、美咲さんが声を掛けてくる。
「あっと、佐伯さんは食べないのかなと思って」
咄嗟にごまかすが、佐伯さんが食材を焼く作業に没頭し何も食べていないのも本当だった。
「後で自分のだけ焼くって。一緒に食べればって誘ったけど、焼くのに集中したいとか言われちゃった」
引率している子供達のためではなく、もう自分がやりたいからやっているだけにしか見えない。
別にバーベキューが好きなわけじゃないとは、高森さんの言だが楽しんでいないは無理がある。ただ、焼くという自分の仕事の邪魔をされたくないという感じは確かにあった。
「1人1個あるから」
はい、と杏仁豆腐を手渡される。
「ありがと」
「フルーツ載せるとおいしいよ」
タッパーに入ったカットフルーツを美咲さんは指差す。
「清華ちゃーん、マシュマロおいしいよ~」
焼けたマシュマロを頬張る芳澤さんに、美咲さんは「さっきから食べすぎでしょ」と頭を抱える。
「後でお腹が痛くなるよ」
お母さんみたいな注意する美咲さんを横目に、杏仁豆腐をスプーンですくい口に運ぶ。肉の油でべたついていた口内がすっきりする。人生で初めて、杏仁豆腐をおいしいと思ったかもしれなかった。
フルーツをつまんでいると気づけば食事は終わっていた。
「食べた、食べた」
おっさんみたいなことを言いながら、芳澤さんは満足そうにテーブルに突っ伏す。
「沙希、すごい食べてたよねー」
笑いながら八坂さんは、イスに座ったまま伸びながら「これから、どうすんの」と聞く。
「あー、自由時間。ここにいるでも、辺りを散歩とかしてきてもいいよ。危ないことしないで、時間までに戻って来てくれればキャンプ場の外に出てもOK」
ようやく自分の肉を焼き始めた佐伯さんは、迷惑をかけなければ自由という学校の教師であれば言わなさそうな指示を出した。
「片付けはこっちでやっとくから、みんなで遊んできな」
こっちというのに、雑用係として呼ばれた人間が入っているのは間違いない。
「私は――」
片付けを手伝うと美咲さんが言いそうになったので、「大丈夫だよ」と制止する。
「そういう雑用をするために来たんだし。それに、芳澤さんと八坂さんを2人で遊びに行かせたら時間に戻って来ないよ」
「陽菜じゃ、ダメか」
後半の意見に反論するのは難しいと美咲さんもなったようだった。
「気にしないで遊んできてよ」
申し訳なさそうにするが、片付けをしている方が一緒に遊ぶよりも気楽なのでありがたかった。
「でも、この辺りって遊ぶとこってあるの」
アウトドアをした経験がほとんどないため、キャンプ場で遊ぶというのが何をするのか分からなかった。散策をして森林浴を楽しむとかはあると思うが、芳澤さんや八坂さんはすぎに飽きそうだし。
「先輩とかに聞いたらキャンプ場の近くに温泉とか釣り場があるって言ってた」
予想外の答えが返ってきた。
「釣りは私達はしないから、温泉に行ってこようかなって。足湯が気持ちいいんだって」
足湯なら手軽に楽しめるしね。
「お土産物屋さんにも寄りたいし」
「上野さんは買って帰らないと機嫌を悪くするかぁ」
お盆に帰省する際にお土産を要求されていることを思い出してしまう。
「だね。深山君も一緒に選んだってことにしておくよ」
「それは助かる」
笑い合うと、美咲さんは「じゃ片付けがんばって」と言って芳澤さん達を誘いに行った。
しばらくして、高森さん以外の4人は足湯に入って、お土産を買ってくるとバーベキューハウスを出て行った。
「こっちのは洗っていいぞ」
使用を終えたコンロの取り外した網などを佐伯さんは指し示す。
「下準備はしといてやったから」
「ありがとうございます」
気が利くというか、高森さんが言うような悪い人という気はしない。
「何も知らないで、バーベキューの油落とすのはマジで大変だからな」
「そうなんですか」
「あぁ、ただでさえ面倒だってのに、水場が人でいっぱいのこともあるし。準備は手伝っても、片付けはやっておいてって奴も多いんだよ。それで終わる間際にやってきて、最初から手伝ってますみたいな顔するんだ」
いつの間にか毒づいているのは、学生時代にやらされていたという高森さんの情報の正しさを表すかのようだった。一瞬、ゲームをする高森さんに怒りの視線を向けたように感じられた。
「お前も気をつけた方がいいぞ。お人好しを便利扱いする奴てのが社会にはあふれてるからな」
アドバイスと愚痴が一体となった言葉は実感をともなっていた。
洗うべき網や鉄板、調理器具を一まとめに持ち、肉を食べながら「あービールが欲しい」とのたまう佐伯さんを置いて水場に移動する。
「がんばってー」
一応というように、高森さんはゲームを続けながら応援のセリフは送ってくれた。
洗い物作業は楽しいものではなかったが、苦痛というほどでもなかった。ただ無心で時間を経つのも忘れ汚れを落とした。
水場は日陰になっていて、川からくる風が心地よかったというのもある。これが街中のような環境であれば、倒れる一歩手前になっていたに違いない。
一段落すると、美咲さん達のことが少し心配になった。
さすがに4人でいれば、八坂さんが何かをしでかすということもないと思うが。
「お疲れさま」
顔をあげると美咲さんが、残りの洗い物を持って来ていた。
「ど、どうして」
遊びに行ったはずなのに。
「手伝いに来たんだよ。誘ったのは私みたいなものだし、やっぱり全部やってもらうのも気がとがめるっていうか」
言いながら、網に水をかけ始める。
「2人でやった方が早いでしょ」
「そうだけど、足湯は」
3人を残して来たというのか。
「気持ちよかったよ。あんまり混んでなくてすんなり入れたし」
それは良かった、じゃない。
「必要なお土産だけ選んで、会計は陽菜に任せてこっちに来ちゃった。沙希が悩んでいて、決まるのに時間がかかりそうで」
問題は起きないよなと不安になってくる。
「お土産を買ったら時間になるから、そのまま戻って来てって伝えてあるから大丈夫だよ。何かあったらスマホに連絡してって言ってもあるし」
気にしすぎというのは分かっていた。何事もなく、お土産を買った芳澤さん達と合流できるに決まっている。
「はは、そうだよね」
不安を隠したいからか、再び洗い物に集中した。洗っている間は、外の情報をシャットアウトして余計なことを考えずにすむから。
そのかいあってか、2人ということも合わさって洗い物は思っていたよりも早く終わった。
「忘れ物はない」
「大丈夫です」
確認して洗い終わった調理器具などを持ち戻る。
バーベキューハウスでは、佐伯さんがデッキチェアで午睡を楽しんでいた。それ以外は、ゲームをする高森さんの姿しかない。
「まだ戻ってないの」
ずっとゲームをしていたぽい高森さんは、こちらを見てうなずく。そういえば結局、ゲームは持ってきたはいいがやっていなかった。
「そう、遅いな」
移動時間なども考えると、美咲さんが3人とお土産物屋で別れてから1時間以上は経っている。
「見て来ようか」
提案すると、小さく笑って美咲さんはスマホをふった。
「文明の利器があるよ」
バーベキュー前に椎名さんとも、似たようなやり取りをしていた。
「戻って来た」
高森さんの視線の先には、両手にお土産物が入っているだろう袋を持つ芳澤さんと椎名さんがいた。
ものすごく嫌な予感がする。
「あれー、葵ちゃんはいないの?」
おかしいなぁというように芳澤さんが首を傾げる。
「先に戻ってるって言ってたのに」
発言者は深刻さを全く感じていなかった。隣にいる椎名さんも、特に慌てている様子はない。
「葵は、2人より先にお土産物屋さんを出たの」
美咲さんが確認する。
「うん、そうだよ」
落ち着けというように、美咲さんはスマホの操作を始める。
「既読、付かない」
焦りとイラ立ちが混ざり合ったような表情になり、八坂さんのスマホに電話をかける。発信音は鳴るが出ない。
「もしかして迷子になったんですか」
恐るおそる椎名さんは、迷子と口にする。
否定する材料はない。
高森さんの言う通り問題は発生した。




