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26.楽しいままで帰りたい

 焼ける肉のおいしそうな香りに包まれる中で、食べることをせずに写真撮影にいそしんだ。

 このバーベキューは、夏の思い出作りでもあり、活動の成果をまとめるにあたって、写真を撮るというのは最初から聞いていた。その撮影係を買い出しの時に引き続いて、やることになるとは思ってもいなかったが。


 こういう撮影は、引率でもある事務所の人である佐伯さんがやるものだと思っていた。

 そしたら肉を焼くのに忙しいと、佐伯さんからさわったこともなかった一眼レフのカメラで撮影するように命じられた。


「素人が撮ってる感じを出したいからいいんだよ。写真に男子が入るわけにもいかないから、撮影係やってれば絶対に写りこまないでしょ」


 自信がないと断っても、そう押し切られた。簡単に使い方を教わり、「とにかく色んな方向から撮れ」とか「全員を平等に写せ」といった指示の通りにシャッターを切っていく。

 ファインダー越しだと、美咲さん達を直視しても平気だった。だからか、思いのほか写真係は楽しかった。会話しながらバーベキューを食べて、夏休みの1日を満喫する姿を、無心で撮っていく。


「少しは食べたら。写真は、もう十分じゃない」


 焼けた肉と野菜が盛り付けられた紙皿を、美咲さんはテーブルの上に置いてくれる。


「おいしいよ」

「ありがとう。でも……」


 写真を撮らずに食べていたら、佐伯さんに怒られるのではという気がしてならなかった。


「佐伯さんなら大丈夫」


 バーベキューコンロの方に視線を美咲さんはやって、「もうお肉を焼くことしか頭にない感じだもん」と、あきれとも感心ともとれるように言う。


 2台のコンロを使い、佐伯さんは肉と同時に野菜や魚介なども焼いていた。食材ごとの焼き上がるまでの時間を考慮しながら網の上に並べ、できあがったものを紙皿の上に取り上げていく。

 できあがった肉などを、芳澤さんと八坂さんはおいしそうに口へと運んでいた。


「楽だからいいのは確かだけど、バーベキューって焼くのを楽しむとこもあると思わない」


 友人とバーベキューをやった経験がないので分からないが、わいわいとみんなで肉を焼くというイメージはあった。そして、そういう写真は1枚も撮れていない。


「まぁ、でも、ほら楽しんでるみたいだし」


 八坂さんは自分で焼くとなったら「めんどー」とか言ってやりたがらなさそうだ。椎名さんと高森さんも焼くことにこだわりはなさそうだし、芳澤さん食べるだけの現状に満足している。


「……そうだけど」


 口を尖らせる。どうやら美咲さんは焼きたかったらしい。


「おいしい」


 普段、食べる焼肉とは味が全く違っている。炭火で焼いた効果なのか、いい肉をきちんと下ごしらえしたからか、自然の中で食べるというのが感じさせているのか、その全てかもしれない。


「絶妙な焼き加減だよね。野菜とかもちゃんと焼けてるし」


 自分達が焼くよりは、おいしくできているというのは美咲さんも認めざるをえないようだった。


「佐伯さんに、バーベキューの趣味があるって知らなかったけど」


 あまりにも真剣な表情で焼く姿は、趣味で片付けていいレベルではない気もする。


「今日が初対面じゃなかったんだ。椎名さんは、そう言ってたけど」


 連絡係とか食材の準備を美咲さんが担当しているのだから、面識があっても当然かと言ってから気づく。


「あー、陽菜はそっか初対面か。佐伯さん、去年は私達の活動の担当で、よく面倒をみてもらったの」


 予想していたのとは違った答えに戸惑う。


「あぁ言ってなかったっけ。陽菜は今年の春に転校してきて」


 分からないという顔をしていたからか、改めて美咲さんが教えてくれる。


「転校、そうなんだ」

「うん、親の都合で。どこからって言ってたかな。日本海の方、北陸のどっかじゃなかったっけ」


 通っているのが私立の中高一貫校のため、よほどの家庭の事情がなければ、せっかく合格したのだからと転校はしない。転入の方も、かなり学力で優れていないと受け入れないらしい。そういうわけで、あまり転校というものに縁がなかった。


「こっちだと友達とか知り合いもいないから、学校で孤立しても大丈夫なように、親が入るのを勧めたんだって」


 孤立とかするのかな。椎名さんは、そこにいるだけでスクールカーストの最上位になりそうだけど。それとも、かわいすぎて女子の間でイジメられるとかあるのかな。


「途中からは入れないんだけどね、本当は」


 実際に椎名さんは入っているのは、特別ってことなのか。


「事務所の社長とお父さんが昔からの知り合いで。そうじゃなくったって、陽菜を見たら入れたに決まってるよね」


 自分の発した愚痴とも失言ともつかない言葉に、美咲さんは自己嫌悪に陥ったようだった。


「ごめん」


 その謝罪が誰に対してのものかは定かじゃなかった。


「椎名さんが面接に来て、落とすような人は芸能事務所にはいないよ」


 フォローになっているとも思えなかったが、とにかく何かを言わないとで口にしていた。実際、椎名さんを見てスカウトしない芸能関係者はいないだろうし。


「本人はアイドルになる気ないのに」


 言われてデビューを目指さないグループにいるんだから、椎名さんがアイドルになろうと思っていないことに今更ながら気づいた。


「誘われているの?」


 小さく美咲さんはうなずく。


「芸能活動をする気はないって断ってる。でも、デビューの方向に何かと話を持っていこうとはしてるよ。この前は映画のエキストラが足りなくて、とか誘ってたし」


 ちょっと、あからさますぎないか。


「発表会で引退するまでスカウト厳禁のルールはどこにいったって感じでしょ」


 とはいえ相手が椎名さんだと、ルールを無視してでも勧誘したくなるのは分かる。


「葵は器用だから事務所の人にもうまいこと対応してるし、アイドルになってもこなしていけそうだからいいけど。陽菜は、アイドルに無理になっても、ね」

「向いてないの」


 美咲さんにしては珍しすぎる物言いだった。「がんばれば大丈夫」とか励ましそうなのに。


「人前に出るの本当に苦手なんだよ、陽菜。それは本人がやりたいって言うなら、いくらだって応援はするよ。でも、事務所の人にどうやって断ったら角が立たないか悩んでるの見たら」


 応援はできない、と続けはしなかったが、そういうことに違いなかった。


「変な話になっちゃったね」


 息を吐き出して、力なくほほ笑む。

 物語の主人公やコミュ強は、こういう時にどんな返しをするのだろうか。陰キャぼっちは黙って、焼けた肉を口に運ぶぐらいしかできない。


「琴音、どうしたの?」


 音もたてずに高森さんがテーブルの前に座る。


「いっぱい入れてくるの」


 紙皿には大量の肉が盛られていた。


「こんなに食べられないって言っても、沙希は『おいしいから大丈夫だよ』って」


 はぁとため息をついて、美咲さんは「あっち見てくるね」と立ち上がる。

 微妙になった空気から逃げるように、というのがいいのかもしれない。そんな美咲さんの姿に何もできない自分が恨めしかった。


「あげる」

「えっ」


 いつの間にか紙皿を持っていた高森さんは、自分のところにあった肉の9割をおすそ分けしてくれる。


「たくさん食べて。ほら飲み物も」


 紙コップにジュースまで注いでくれた。


「あ、ありがと」


 食べられない量ではないので、ありがたくもらっておく。


「そうだ高森さん」


 ちょうど聞きたいと思っていたことがあった。


「さっきの、佐伯さんの何に気をつけたらいいの。その、ただのバーベキュー好きにしか見えないけど」


 こちらを高森さんは見てくれなかった。


「バーベキュー好きじゃない」


 だけど答えてはくれるみたいだった。


「あんなに熱心に焼いてるのに?」


 焼くのを代わらない姿からも、バーベキュー好きにしか見えない。


「あれはバーベキューが好きだからじゃなくて、焼く係をやらされて覚えさせられたから自分の仕事だと思ってるだけ。接待もしないとでやってる。お父さんが言ってた」

「お父さん?」


 どうして、いきなり父親の名前が出てくるんだ。


「事務所のスポンサーっていうの?そういうのやってる。今日、佐伯がバーベキューについてくるって言ったら、学生時代から焼き係で使ってきたって」


 これまた反応に困る答えが返ってきた。


「正式に事務所に所属させてデビューさせたいから、あの3人にはすごく気をつかってる。私はスポンサーの娘だから逆らえない。だから清華にストレスをぶつける。露骨にやると私達の反感を買うから、分かんないようにやってる」


 気をつけろというのは、美咲さんに陰で嫌がらせをするということだったのか。


「美咲さんは嫌がらせを受けてるって感じじゃないけど」


 去年から面倒をみてくれているとかで、佐伯さんのことはそれなりに慕っていた。


「お人好しだから気づいてないだけ」


 嫌がらせを認識していないというのは、すごくありそうだった。


「私達の前じゃ大した嫌がらせはできないから別にいい。気をつけないといけないのは問題が起きた時」

「何かあるの」


 本当に分からないの、というように見つめられる。

 基本的に全員が美少女で、さらに椎名さんで感覚がマヒさせられているが、高森さんも学校で1番にかわいいレベルであり、視線を合わせられると照れて何も考えられなくなる。


「自分は悪くないって、清華のせいにしようとする。佐伯は、そういう人間」


 そういうと言われても、佐伯さんのことを知らなさすぎて忠告は受け取っても素直にうなずけない。


「問題起きなければいいんでしょ」


 バーベキューは無事に終わりそうだし、後は片付けて、少し休んで帰るだけだ。


「起きる」


 断言して、八坂さんをにらむように見る。


「絶対に起こす」


 あまりにも真剣な眼差しに掛ける言葉が分からなかった。予言が外れ、何事もなく帰りの車に乗れることを願うしかできなかった。


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