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23.出発前は気分が重い

 部活動などとは無縁の中学生の夏休みの起床時間は、お昼に近くなるというのは当たり前のことだった。

 それが普段、学校に行くのより少し遅いぐらいの時間に起きていた。

 ラジオ体操のスタンプ欲しさに朝も早くから活動を開始している弟妹から見れば、ようやく起きたのかという時間ではあったが。


 カーテンを開けるまでもなく、願いは空しく快晴なのは分かった。

 つまり今日のビッグイベントは予定通りに実施されるということだ。うれしくはあるが、厄介なことに巻き込まれるのも確定している。


 何とも複雑な感情を抱きながら支度をする。

 バーベキューっぽい服装ということで、家着のTシャツから人前に出ても大丈夫そうなものを選ぶ。暑かったら脱げばいいと薄手のジャケットを持ち、言われたものを詰めたバッグも手にして集合時刻に間に合うように自宅を出る。


 待ち合わせ場所は、いつもと同じく美咲さんのおじさんの喫茶店だった。

 おじさんが下準備して用意してくれた食材などを車に積み込む作業があったし、自宅に迎えに来てもらうと家族に説明が面倒なので止めてもらった。


 家族には、部活の懇親会のバーベキューの人出が足りないので協力を頼まれたということにしてある。学校の活動と勘違いしていたが、それを訂正する気はなかった。

 きちんと説明すればいいと、家族仲がフレンドリーな人達は思うだろうが、陰キャぼっちは異性と遊ぶなどということを家族には言わないものなのだ。

 別に家族仲がひどく悪いなどということはない。これといって会話をすることはないが、生活全般の面倒はきちんとみてくれている。お小遣いだってくれる。虐待などはないと断言できる。


 だったら、どうして話さないのだが、これはもう本当に陰キャぼっちとはそういうものなんだと理解していただくしかない。

 もちろん家族にそういう意味不明な隠し事はしない陰キャぼっちもいる。

 人それぞれと同じで、陰キャぼっちもそれぞれなのだ。


 現実逃避するかのように、とっ散らかった意味のない思考をしていると喫茶店に到着した。

 ここに来る時の道中は、美咲さんに会うための緊張を紛らわすために、いつもどうでもいいことばかり考えてしまう。


 オープン前の店内に入ると、カウンターで美咲さんとなぜか芳澤さんが待っていた。


「おはよう」

「おっはよー」


 ほぼ同時に美咲さんと芳澤さんはあいさつをしてくれる。


「……おはよう」


 目の前の光景の現実感のなさに、あいさつを返すのが少し遅れた。

 これから眼前の2人とさらに3人、合計で5人ものアイドルと同じレベルの美少女とバーベキュー――雑用係としての参加だが――するというのが、どうにも信じられなかった。


「どうして芳澤さんがいるの?」


 食材などを用意する関係で美咲さんが、おじさんの喫茶店で乗る以外は、それぞれの自宅に迎えに行くことになっていたはずなのに。


「楽しみで早く起きたから来たんだ」


 陰キャぼっちにはない、すばらしい行動力だ。


「来るのはいいけど、事務所の人達に連絡してからにしてよね」


 細かい連絡は美咲さんが全てしたようだった。学校生活でも、このノリで行動しているならクラスメート達は、かなり振り回されているに違いない。


「家は近いの?」


 美咲さんとの仲の良さから、もしかして小学校が一緒なのかもしれない。

 それなら、この近所に家がと思ったが、喫茶店は美咲さんのおじさんがやっているので、自宅がどこにあるのかは知らなかった。だいたい、この辺りに住んでいるのなら小学校は一緒になるが違うし。美咲さんなら、小学校から私立という可能性もあったが。


「1時間ぐらいかな」


 どの交通機関を使っての話だろうか。芳澤さんだと徒歩で、というのも十分にありえるし。


「もっと近いとレッスンの前とか後にも来れるんだけどなぁ」


 残念そうに芳澤さんはする。


「レッスンのない日に来ればいいじゃない」


 むしろ来てないのか。昨日の感じからして、暇な時はしょっちゅう来ていそうだったのに。


「学校の友達とかと遊ぶ予定があるし。清華ちゃんもレッスンない日は勉強で忙しいとか言うじゃん」

「勉強はここでしている時もあるから一緒にすれば」


 大きく首を横に振り、「それは大丈夫」と拒否する。


「清華ちゃん、宿題見せてくれないもん」

「学校が違うんだから仕方ないじゃない。やり方は教えてあげるから」


 同じ学校と教師だったとしても、「自分でちゃんと解かないと」と宿題を丸写しさせてあげるなどはしなさそうではある。

 そうこうしていると美咲さんのスマホに、事務所の人から到着するとの連絡があった。


「おじさん、もう着くって」

「おぅ、じゃあ冷蔵庫から出すわ」


 カウンターの奥から顔を出して、食材や飲み物を冷蔵庫からクーラーボックスに移していく。


「すいませーん。音羽事務所の者です」


 きれいというよりも格好いいというのが正しい女性が入店してきた。


「佐伯志保といいます」


 さっと名刺を取り出して、おじさんに渡している。


「清華のおじです。今日はよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ色々と用意していただいて。後で領収書の方をいただければ精算いたしますので」


 大人の事務と儀礼の合わさった会話をするおじさんは、普段の適当な様子から知らないため別人に見えた。


「志保さん。今日、手伝ってくれる深山君」


 美咲さんが紹介してくれ、「深山真白です」と頭を下げる。


「あぁ、君が。よろしく」


 顔を軽く見て、すぐに車に荷物を積み込む準備を始めた。


「葵ちゃんは」

「車で寝てます。昨日、寝るのが遅かったって」


 半分以下の年齢の中学生に丁寧に佐伯さんは答えていた。

 八坂さんの方は友達とカラオケに行くとか言っていたから、そのまま遅くまで遊んでいたということなんだろう。


「じゃあ起こしてくる」


 迷惑きわまりないことを言いながら、芳澤さんは店を飛び出して佐伯さんの乗ってきたミニバンの後部ドアを開ける。


「葵ちゃん、おっはよー」


 少しすると、無理矢理に起こされた八坂さんが頬を膨らませて車から降りてきた。


「もっと寝かせてよ」

「せっかく遊ぶんだから、寝てたらもったいないよ~」


 車内でも芳澤さんのテンションが落ちるとも思えず、八坂さんが安眠するのは難しそうだった。


「おはよ」


 八坂さんの後ろから美少女が出てきた。

 それは、びっくりするぐらいの美少女だった。これから先、「美少女とは」と質問されたら、この人を真っ先に思い浮かべることになるぐらいに。自分の中の美少女の定義が書き換わってしまった。


「陽菜ちゃん、おはよー。琴音ちゃんは?」


 誰に対しても態度が変わらないのは、芳澤さんの最大の美点な気がした。


「いるよ」


 車の中から、顔をひょこっと背の小さい少女が出していた。


「午前中なのに琴音ちゃんが起きてる」


 驚いているけど、芳澤さんが八坂さんを起こした時に目を覚ましたのではという気がする。


「えーと、椎名陽菜子と車に乗っている方が高森琴音」


 いつの間にか横に立っていた美咲さんが教えてくれる。名前は幾度か聞いており、この2人がと改めてよく見る。


「2人共、おはよう。今日、一緒にバーベキューをする深山君」


 慌てて「よろしくお願いします」と言う。気を抜くと、椎名さんの顔に見とれてしまう。


「……どうも」


 視線に気づいていたのか椎名さんは、小声で短く応じると車内に戻った。高森さんにいたっては、目すら合わせてくれなかった。


「積むの手伝いします」


 トランクにクーラーボックスを入れているおじさんに駆け寄る。そのような雑務をやるために今日は呼ばれているのだ。


「こっちはやっとく。お前は向こうに着いてからがんばってくれ」

「でも」


 何もせずに車で待っているわけにもいかない。

 役割を果たしたいというのもあったが、一番の理由は女子の中に男子が一人なのが気まずいからだった。


「陽菜は人見知りで初対面だとあんな感じで、琴音はあれがいつもだから、その深山君が嫌われているとかじゃないよ」


 そっと美咲さんが耳打ちをしてくれる。


「慣れれば、ちゃんと話してくれるよ」


 2人の態度に落ち込んでいると思ったのか、なぐさめに似た気づかいをしてくれる。ただ今日が終わるまでに、2人が慣れてくれるとは思えなかった。


「もう寝るってばぁ。清華ちゃん、沙希の相手をお願い」


 眠るのを邪魔されることに、これ以上は耐えられないと八坂さんが助けを求めてくる。苦笑しながら、美咲さんは「ほら沙希」と引き離している。


「君は助手席ね」


 荷物の確認を終えた佐伯さんに告げられる。

 八坂さん、椎名さん、高森さんと、自分のことを快く思っていない女子の傍にいるよりは、大人の佐伯さんの隣の方がよかった。

 まぁ、佐伯さんも興味はほとんどないみたいだったが。


 佐伯さんが運転席に乗り込むと、おじさんに見送られて出発した。

 助手席から見上げると透き抜ける青い空が広がっているはずなのに、この先には暗雲が立ち込めている気がしてならなかった。


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