22.ここだけの話で全員に声は掛けるよね
喫茶店へとたどり着いた時には息も絶えだえになっていた。
炎天下の中で中身の入った2リットルのペットボトル10本も持って歩けば、よほどきたえていなければ誰だって似たような状態になると思う。
「荷物はそこでいいから。とにかく座って」
店内に入ると、ねぎらいの言葉の前に美咲さんから身体を休めるようにと指示を受けた。
カウンターにペットボトルの入った袋をドンと置き、定位置ともいうべき座席に着くと同時にテーブルに突っ伏す。
熱中症になってはいないが、なりかけぐらいの状態ではありそうだった。
症状としては暑いよりも、重たい物を持ったことで腕が痛いの方が強かったが。
「ほら水だよ」
氷のあまり入っていない水を芳澤さんから渡される。
受け取ると、ごくごくと一気に飲み干す。どうやら、のどはものすごく乾いていたらしい。
「おぉ、いい飲みっぷり」
「お疲れさまだけど、無理はしたらダメだよ。具合が悪いとかはない?」
どこかおっさんじみた褒め方をする芳澤さんに、心配しなさいよという視線を送りながら美咲さんは体調を聞いてくれる。
「少し休めば大丈夫だよ」
涼しい場所で水分をとれば回復する感じであり、そこまでひどい状態にはない。
「思ってたより、ずっと重くて」
「だから半分、持つって言ったのに」
バスから降りた直後はいける気がしたのだ。そして持つと口にした以上は途中で、やっぱり無理と言うこともできなかった。
「本番前に体調を崩したらしょうがないじゃない」
ごもっともだけど、男子というのは女子の前ではかっこつけたくなってしまうもので、このような無理をするのは仕方がないと理解してほしい。
「明日は、そんなに荷物を持って歩くこともないだろうけど」
「それはよかった」
バーベキューをするキャンプ場が、どのような造りになっているのかは定かではないが駐車スペースとあまり離れていないことを願うだけだった。
「服も風通しのいいのにした方がいいんじゃないかな。紫外線対策はしないとだろうけど」
雑用係ということを考えれば、今日のような服装では何をしにきたとなりかねない。
問題があるとすれば、人前に着ていける動きやすく汚れてもいいような服を所持していないことだった。
「みんなで騒げるような服がいいよ」
芳澤さんがアドバイスをくれるがよく分からない。陽キャなパリピみたいなということであれば、それと正反対な服しか持っていない。
「あーと、つまり体操着で行けばいいのか」
人前で着ても問題がなく、動きやすく汚れてもよく、みんなで騒げるの全てを満たしている。
「ナイスアイデアだね。私もそうしようかな」
やけで言ってみたのだが、意外と名案だったようだ。
「……あのさ2人共、冗談で言ってるんだよね」
美咲さんの指摘にそうに決まっているでしょ、という顔をした。「えー、ダメなの」と、本気で残念がる芳澤さんの間違いをごまかさない素直さに感心する。
「学校の行事じゃないんだから。百歩譲って深山君が体操着なのはいいよ。でも沙希は写真とか撮るんだから、それなりの服装をしないと」
アイドル仲間というよりも、マネージャーみたいな口ぶりだった。
「だったら、みんな体操着にすればいいじゃん。他の学校の体操着とか、あんまり見ないから新鮮だし」
そこまで体操着にこだわらなくても、と提案しておきながら思う。一体、何が芳澤さんの琴線に触れたのだろうか。
「まぁ、みんななら、そういうコンセプトになるからいいのかな」
真面目な人は下手でも理屈がつくと、そういう考え方もあるのかと考えてしまう。
「みんなに聞いてみようか」
そして、どうなんだと思った案を気づけば採用するのだった。
「八坂さんは嫌だって言うと思うけど」
おっさんな服装とか言ってくるほどにファッションのことを考えている人が、休みに仲間とバーベキューで学校の体操着など着て来るのを了承しないだろう。
「……そうね。葵が体操着とかないわね」
現実に美咲さんが戻ってきてくれた。
「そんなことないよ。頼めば着てくれるって」
可能性はゼロではないが、わざわざ頼んでまでみんなで体操着になる必要もない。
「普通の服よ。いい沙希、絶対に体操着で来たらダメだから」
ぶーたれた表情になりながらも、芳澤さんは「分かったよぅ」とうなずいた。
「ダンスの練習をする時とかは体操着じゃないの」
レッスンの時は着替えるから、他の学校の体操着も見れるんじゃないのか。
「部活用のおそろいのウェアを着てる。普通にレッスンを受けている人達とは違うって、見た目で分かるように」
美咲さんの説明に、部活であるから他とは違うときちんと区別しとかないとまずいんだろうなと納得する。
「学年ごとに色が違うんだよ。私達は赤色なの。今度、見せてあげるよ」
そんな機会があるか疑問だったが、芳澤さんが見せてくれるというのだから楽しみに待っていることにする。
「パフェって沙希ちゃんだけでいいんだよな」
いつの間にか芳澤さんはパフェを注文していたらしい。
おじさんはパフェを芳澤さんの前に置きながら確認する。
「えぇ、私はいらないかな。深山君は食べたかったらかまわずにどうぞ」
食欲はあまりないので、首を横に振って答えにする。
「食べればいいのに。おいしいよ」
それは上野さんに奢ってもらったから知っている。
「前はもっと豪華だった気が」
「あれは特別盛りだっての」
定価よりもずっと多いお金を渡されたから、と言っていたのを思い出す。これが本来のパフェだとしたら、どれだけの額を渡しんだ。
「何それー」
当然かもしれないが、芳澤さんが反応する。
「特別メニューがあるの。ずるいー、私も食べたいー」
パフェを食べながら要求している。
「あ、あぁ、今度な」
余計なことを言うなよ、という目を向けられる。
「約束だよ、絶対だからね」
それ以上のリクエストを受けないように、「分かったって」と言い残しておじさんはそそくさと立ち去った。
「ねぇ、特別パフェはすごかったの」
芳澤さんの矛先がこちらに向いた。
「う、うん、フルーツがいっぱい載ってて」
「写真ないの」
食べる前に料理の写真を撮るという習慣はない。もしかしたらと思い美咲さんを見る。
「私も撮ってないな」
「もぉ、ちゃんと撮っておいてよ」
怒るよりもパフェを食べる方が忙しいようだった。
「そうだ、深山君」
改まった口調に美咲さんがなり、何事かと身構える。
「さっきは葵がごめんね。深山君に失礼なことばっかり言ったり、したりして」
美咲さんが謝罪するような失礼なことはなかったと思うけど。
「悪気はないんだ。基本、あんな感じで」
「周りが大変そうだ」
一緒になってはしゃげる芳澤さんはいいけど、周囲の空気を重視する美咲さんはフォローで疲れてそうだなとは感じていた。
「事務所の人達も気をつかっててね」
「体罰とかはまずいもんね」
所属しているアイドルではなく、あくまでも部活だから簡単には怒れなさそうだった。
「それもあるけど、葵は特別にスカウトされててさ」
9月の発表会が終わるまで勧誘は厳禁だったんじゃなかったっけ。
「禁止ではあるけど、その、ここだけの話みたいなやつ」
「私もされてるよ」
パフェをほおばりながら、芳澤さんが少し自慢気に口を挟んできた。
「後、陽菜ちゃんもされたって」
バーベキューに来る5人の内の1人だったと思う。
「沙希、それ誰にも言っちゃダメって」
「あっ、そうだった。て、だいたいみんな知ってるじゃん」
勧誘は厳禁なんだから、ここだけの話ってことになっているんだろうけど、なぜかみんなが知っているというパターンみたいだった。
「まぁ、そりゃあ勧誘するに決まってるよね」
考えてみれば、部活の選考なんてオーディションとほぼ同じわけで、受かった者を中学3年間だけ教えて「はい、さようなら」するには惜しすぎる。
少なくとも水準以上のレベルにはいるんだから、とりあえずは「アイドルにならない」と声は掛けておくのは当然に決まっている。
「そうなの」
「おそらく全員に言うだけは言ってると思うよ」
「なーんだ。じゃあ清華ちゃんもされてるんだ」
いきなり振られて、美咲さんは他言無用とかいうのを律儀に守ろうとしているのか「えっ、それは」と言い淀む。
「あーっと、葵のはそういうのはちょっと違って。事務所も本気なの。絶対によそには渡さないでデビューさせるって感じで」
「そんなにすごいの」
余程の逸材なのか、美咲さんは真剣な表情で首肯する。
「動画あるよ、練習のだけど」
スマホを操作して、芳澤さんは3人でダンスをする動画を出した。
「真ん中が葵ちゃんで、左が私、右が清華ちゃん」
言われずとも、それぐらいはさすがに見れば分かる。動画が再生されると、素人目でも真ん中の動きのキレとかが普通じゃないのははっきりとしている。
ボキャブラリーが貧困なのもあるが、そのダンスは圧倒されるすごさだった。すごさは見れば分かるとしか言えない。
「これでアイドルになる気はないんだ。縛られるのは嫌だって」
デビューすれば、上野さんみたいに気軽に友達と外で遊べなくなる。八坂さんが、そういうのを嫌がるタイプなのは明らかだ。
「きついことを言って逃げられたくないから、今の練習も緩いプロ志望じゃないグループに入れて、我がままも色々と聞いてるっていう感じなんだよ」
グループ崩壊寸前に追い込む原因として申し分ない。
「直接の注意って清華ちゃんぐらいしかしないもんね。私はけっこう怒られるのに」
「最初の頃はしてた人はいたけど、今はもうね」
特別扱いで孤立しているってことなのか。そういうのを気にしない美咲さんと芳澤さんとしか遊ばないで、さらに周囲から孤立していくという負のループもありそうだった。
「他の2人との仲はどうなの?」
本当に予定があっただけかもしれないが、今日も来なかったのだから仲はよさそうではないが。
「陽菜ちゃんとは仲いい方じゃないかな。葵ちゃんの方から話し掛けることあるし。琴音ちゃんとは、まぁあれだけど」
芳澤さんが、あれと言葉を濁すぐらいだからどうしようもないレベルでやばいに違いなかった。
どうやら明日のバーベキューも、2週間ほど前のデートと同じく面倒極まりないことになるのは確定した。
大雨で中止にならないかなと、雲もろくにない空に祈りたくなった。




