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20.友達のことはちゃんと知ってほしい

「暑いよ~」


 店外に出て10歩も進まない内に芳澤さんは弱音をはく。熱風を肌に受ければ、誰だって冷房の効いた空間に戻りたくなる。


「もっと涼しくなってから行こうよ、清華ちゃん」


 同感だった。


「ダメだってば、ほら」

「それならアイス買おうよ」


 せめてというように芳澤さんは求める。


「コンビニ遠いし。スーパーに行ったら買ってあげるから」


 なだめながら、どうにかバス停まで移動する。

 バス停には日よけが備えられていたが、直面している暑さの前には焼け石に水であった。


「美咲さんは暑くないんですか」


 ベンチに座ってへたっている2人――自分と芳澤さん――と違い、美咲さんは暑さなど感じていないかのようにスマホで何かを確認している。


「暑いに決まってるじゃない」


 当たり前でしょというように答えは返ってきた。


「だけど暑いって言ったって涼しくなるわけじゃないし」


 それはそうだが、精神力で暑さを切り抜けるというのにも限界はある。


「どっちかと言えば深山君の方が暑くないのって感じだけど」


 これだけ暑そうな態度をとっているのに。一体どこが、暑くなさそうだというのか。


「長袖で、帽子とかもかぶっていないし」


 羽織っているジャケットは薄手とはいえ確かに長袖だった。中のワイシャツも半袖ではない。七分袖のワンピースの美咲さんと、ブラウスにスカートの芳澤さんと比べるまでもなく、夏らしい服装ではない。


「肌弱くて。紫外線除けで」


 日焼けすると肌が赤くなる体質で、体育の授業以外で半袖を着るということはほとんどなかった。


「クーラーが直撃する席に座ると寒い時もあるし」


 長袖なのは面倒くさいではない、ちゃんとした理由があるのだ。


「あー、それ寒いよね。この前ファミレスに行ったら、そんな席でさ、冷たいのもたくさん食べたから大変なことになっちゃったよ」


 その姿は容易に想像できた。


「だから冷たいものの食べ過ぎはよくないって言ってるじゃない」


 あきれたように美咲さんは言う。


「深山君もごめんね。肌弱いって知らなくて」


 謝るようなことでもないのに、さすが美咲さんは律儀だった。


「明日も暑いけどバーベキューとか行って大丈夫?」


 気温は今日と同じくらいとの予報が出ている。


「キャンプ場のホームページとか見たけど、バーベキューをする所は屋根があって日は当たらない感じだったから問題はないと思うよ。それに山の方だから、こっちに比べたら涼しいだろうし」


 時間があったこともあり、珍しくも事前に行く場所の確認をしていた。わざわざ調べてみたというのは、思っている以上に楽しみにしているということかもしれなかった。


「楽しみだよね~。みんなとバーベキューするなんて、すごい久しぶり。昔はよくやったのになぁ」


 心の底から芳澤さんは楽しみにしているようだった。

 この姿を見ると、本当にグループが崩壊寸前なのかと首を傾げたくなる。


「感染禍でバーベキューとかできなかったからね。去年辺りから気にしなくてよくなり始めたけど、親の仕事によってはダメっていうのもあったみたいだし」


 今も小学校高学年の頃からみれば自由になっているが、感染禍前と同じとはいえなかった。


「小学校の頃はサッカーやってたけど、途中から練習も試合もできなくなっちゃってつまんなかったよ」


 感染禍でクラブ活動は全面的に中止になり、くやしがっていたクラスメートはけっこういた。


「サッカーうまかったの」

「もちろん。続けてたら日本代表も夢じゃなかったよぉ」


 あまりにも自信満々な口ぶりにそうかもと思ってしまう。


「それはサッカー界にとって大きな損失だ」

「ちゃんと試合とかあったらスカウトされてたと思うんだけどね。でも、そうなったてたら清華ちゃん達に会えないからなぁ」


 むむっと本気で悩みだす辺り、美咲さんとは別の意味で真面目だった。


「アイドルをやることにしたのは昔からの夢だったとか?」


 少し気になって聞いてみる。


「中学に女子サッカー部もなかったし、クラブチームのセレクション受けてまでやりたいっていうんでもなくてねぇ。できなかったサッカーより、別なことをしたいって感じかな」


 できなかったから中学校では精一杯やろうとはならなかったらしい。


「そしたらアイドル部員募集中っていうの学校で見て、応募しよーってなったの。やっぱりアイドルってなってみたいじゃん。夢っていうほどものじゃないけど、なってみたいなぁとは思ったことあるし」


 小学生のなりたい職業ランキングで、40年以上に渡り女子の不動の1位がアイドルなのだから、なりたいと思ったことがあるのに不思議はない。

 とはいえ男子のトップ3にも常に入っているアイドルになりたいと思ったことはなかったが。


「応募したら入れるんだって思ってたら試験があったんだよぉ」


 定員オーバーするのが常態で、それも倍率も高いため部活動などと言いながら、実際はただのオーディションになっているとインターネットではけっこう批判されていた。

 ほかの部分でも、美咲さんの言っていた通りにけっこうどころか相当の批判があった。芸能事務所が非営利の部活動をやることそのものが無理みたいな論調も強いし、上野さんのようにデビューした実例を知っていると尚更そうだと感じてしまう。


「沙希ったら本当に驚いてたもんね」

「あの時、清華ちゃんに会ってなかったら、私なんかが来ていい所じゃなかったって帰ってたよ」


 助かったぁと能天気に笑うが、いくら何でも調べなさすぎるというものだ。


「というか2人は試験の時に知り合ったの」

「そう。会場の入り口のとこで固まってた沙希に声を掛けたの。体調が悪いのか思って。そしたら『試験会場って間違えて来ちゃったみたい』って言われて」


 当時を思い出して美咲さんはほほ笑む。


「話をよく聞いたら、沙希が試験あること知らなかったことに気づいてね。当然、歌とかダンスの練習なんてしてなくて。試験までの間にダンスの振りとかを教えたの」

「それで、よく受かったね」


 おそらく芳澤さん以外の人達は、記念受験もふくめても、きちんと努力して試験に臨んでいる。そういった人達を、当日にダンスの振りを初めて見るレベルで抑えて受かったというのは単純にすごい。


「もうびっくりだったよ。これはダメだぁって帰る時にはなってたし」

「そうなの。あんまりショックを受けてる感じには見えなかったけど」

「落ちたけど清華ちゃんと友達になれたからいいかぁってなってたからねぇ」


 陰キャぼっちには絶対できないポジティブシンキングだ。


「これはサッカーをやれってことなのかなって、なってたとこに合格の連絡があったんだよ。それで、すぐに清華ちゃんのおかげだよ~って連絡して」

「私が受かったって言ってないのに、一緒に行こうって誘ってきたよね」


 なーんの対策もしていなかった自分が受かったんだから、きちんと準備をしていた美咲さんが落ちるわけがないと芳澤さんは考えたんだろう。何も考えずに無邪気に、受かった喜びを伝えただけの気もするけど。


 2人とも受かっていたから喜び合ういい話になっている。

 だけど、美咲さんが落ちて、芳澤さんが受かっていたら、どうなっていたことか。

 美咲さんのように人間性が高ければ、努力が足りなかったと反省し、芳澤さんが受かったことを祝福するのかもしれない。


 しかし、そこまで徳を積んでいない大抵の人は、受かったことに「よかったね。がんばって」などと返しても、はらわたが煮えくり返っているものだ。助けなきゃよかった、と善行を後悔することもありえる。


 芳澤さんが無邪気さで人を傷つけて恨みを買っていないのか不安になる。いや、買っているに決まっていた。


「清華ちゃんが受からないわけないよ。歌もダンスも教え方すごい上手だったもん」

「沙希と会ってなかったら落ちてた気がするんだ」


 思ってもいなかった言葉なのか、芳澤さんは「ふぇっ」ともらす。


「あの時、私すごい緊張してた。沙希と話して、振りとか教えてたら、いつの間にか緊張が解けてて。自然体っていうのかな。そういう感じで試験に挑めて、普段以上の動きができた気がするの。だから沙希のおかげ」


 さすが徳の高い人は、凡人以下の思い描くような発想にはいたらない。


「そんなほめないでよ~」


 謙遜をすることなく「でへへ」と、うれしそうな表情になっている芳澤さんも、凡人には到達できない境地にいるのかもしれなかった。


「いつも、ほめてくれないのに。どうしたの今日は。あ、真白君がいるから?」


 どうして僕がいると、芳澤さんをほめることになるんだ。


「そうだね」

「そうなの、どうして?」


 普通に疑問だ。


「深山君に、沙希のいいとこを知ってほしいからかな」


 友達のいない人間には考えもつかない理由だった。


「じゃあ、もっと言ってよ」


 次はどうほめられるのかと期待した顔になる。


「えっほかには、うーんと、笑顔がすごくかわいいとか」


 けっこう雑なほめ方だけど、芳澤さんは満足そうにする。


「どう真白君、伝わってる」


 正直、いいとこはあんまり伝わっていない。


「あー、うん、芳澤さんが明るくて元気な人だっていうのは、よく分かったよ」


 裏表がなくて単純そうというのは言わないでおいた。


「うんうん。2人からほめられると気分がいいねー。買い出しは全部、任せていいよ」

「あんまり調子にのらないの」


 手遅れだと思う。

 チラリと美咲さんを見ると、教室でクラスメートと会話している時とは違う表情をしていた。上野さんと一緒の時ともどこか違う。明るいとか屈託がないというのか。


「あっ、バス来た」


 こちらに向かってくるバスを見つけ、芳澤さんは威勢よく立ち上がる。先程まで、暑さに負けていたのがウソのようだった。


「危ないよ」


 横に置いていたバッグが落ちそうになるのを美咲さんは押さえる。


「あーっと、ありがとう」

「元気なのはいいけど、ちゃんと周りも見て」

「いつもの感じに戻ってきたよ」


 ほめられタイムはあっさりと終了した。


「でも、楽しいね」


 あまりにも楽しそうに言うものだから、「そうだね」と美咲さんと一緒に応じていた。


アイドル冬の時代がなかった世界線です

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