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19.準備から思い出作りは始まる

 2~3日前の最高気温が37度という数字からみれば、今日は35度の猛暑日とならないので少しは涼しいかと思ってしまうぐらいに暑さに対する感覚がマヒしていた。

 実際に外を歩けば、35度以下だから昨日より涼しいやなどと感じるわけがない。35度にならないというのも、百葉箱での測定の話だ。道路に出て温度を測れば、アスファルトの照り返しなどもあり35度など簡単に超えてくれる。


 アイスティーの氷をストローでつつきながら、今日も他にお客のいない喫茶店のカウンター席から窓の外を見て、あの中をよく歩いてきたものだと思う。

 美咲さんの部活仲間達とのバーベキュー交流会に、荷物持ちや撮影などの雑用係と一応の護衛として参加するのは明日だ。


 なのに前日に美咲さんのおじさんの喫茶店に来ているのは、食材などの買い出しがあるためだった。

 てっきり事務所が必要なものを全て用意するんだと思っていた。食器など事務所にあるものは使えるが、その他のバーベキューをするキャンプ場で貸し出してくれる物以外の調達は参加メンバーでするのだそうだ。

 部活なのだから、仲間で買い出しも楽しい思い出になるとの考えかららしい。


 というわけで荷物持ちの出番は前日からとなった。

 買い出しに付き合うのはかまわない。だが、それに伴い重大な問題が発生することに、家を出る前の着替えの最中に気づいた。


 そう着ていく服がないのだ。

 陰キャぼっちというのは基本的に外出をしない。そして服を買うお金があれば趣味の物に費やす。つまり服を趣味としている陰キャぼっちでもなければ、着ていく場所も機会も少ないため私服は必要最低限しか所有していないことになる。


 ワイシャツ5枚、ジャケット2着、スラックス3本――外出時は、これをローテーションすることになる。1カ月の間に同じ人と2回も学校以外で会うことなどなかったため、特に問題はなかった。

 それが美咲さんとは、この2週間で3回は会っている。今日は4回目、明日は5回目だ。かろうじてワイシャツは1度も同じになっていない。しかし、ジャケットは2周半することになる。

 まずいかなと思う。


 だったらバーベキューに参加することを承知して、今日まで1週間はあったのだから服を買いに行けばよかった。

 気づいたのが今日だとしても、明日の朝までに買うという手だってある。

 最悪、弟の服を借りるというのもあった。兄と違いスポーツマンの弟は、2歳年下でありながら体格はほとんど一緒だった。


 もっとも服が同じだと気づく可能性があるのは美咲さんだけだ。そして美咲さんは、服が同じだと――内心ではどう思うかは分からないが――指摘はしてことないだろう。そもそも着ている服に興味などない気もする。

 このままで大丈夫、に違いない。


 結論が出たころに、カランコロンと来店を告げる音がする。

 少し遅いが時間的に美咲さんだろうと思ったら、その通りだった。


「待ったかな」

「それほどは」


 待ち合わせに遅れたといっても15分ぐらいなものだ。


「今日はアイスティーなの」


 いつものと勝手に注文する美咲さんがいないため、一番安い飲み物を頼んでいた。


「暑いから」


 事実よりも無難な答えをすることを選んだ。暑いというのも本当だったし。


「確かに。私も冷たいのにしようかな」

「ちょっと清華ちゃん、私を忘れてない」


 美咲さんの後ろからひょこっと、茶色の髪の毛をサイドで結んだ美少女が顔を出す。


「おじさーん、久しぶり~」


 顔見知りなのか元気よく、店主であるおじさんにあいさつする。陰キャぼっちの男子相手には見せないにこやかな笑顔で、おじさんは「沙希ちゃん、久しぶりだね」と対応している。清々しいまでの露骨な態度の差に憤りはわかず感心した。


「あ、真白君だね。清華ちゃん聞いてるよ。何か色々と手伝ってくれるんだって」


 陰キャぼっちには絶対にできない初対面の態度だ。


「私は芳澤沙希だよ。よろしくね」


 さっと手を出してくるのは、アイドルのためのレッスンをしているからだろうか。にぎっていいものか迷ったが、無視するわけにもいかず、「よろしく」とおずおずと手を出す。


「うん、仲良くしようね」


 ためらうことなく手をつかみ、ブンブンと音が出そうな勢いでふる。


「ちょっと沙希……」


 困ってるでしょというように美咲さんが止めてくれる。


「ごめ~ん。清華ちゃんから、話すのとかあんまり好きじゃないって聞いてたのに」

「そんなことは……」


 ないと言えないのは悲しい。


「だけど大丈夫だよ。無口な子には慣れてるからね。心配とかしなくていいよ」


 どういう意味で大丈夫なんだろうか。無口な友達がいるのか。その子は芳澤さんの、このテンションにちゃんとついていっているか疑問だけど。


「ほら、沙希。席はあっちね」


 定位置のカウンターから見えづらい場所を指差す。


「おじさん、私パフェね、パフェ。真白君ここのパフェおいしいんだよ。一緒に食べようよ。そういうわけで3人分お願いしまーす」


 確認をとりもせずに美咲さんの分まで注文をする。


「だから沙希。今から買い出しに行くんだってば」

「パフェ食べてからでいいじゃん。こんな暑い中に行かなくてもさー」


 もう少し涼しくなってからというのは、荷物運びをする身としてはありがたい申し出ではある。芳澤さんは、ただ単にパフェを食べたくて言っただけな気はするが。


「葵とは現地で待ち合わせでしょ。先に着いてないとどっか行っちゃうから」


 名前を出されると芳澤さんは、待たせるのは悪いと思ったのか渋々というように「パフェは戻って来てからにするよ」とあきらめた。


「そういうわけで、おじさんパフェは戻ってからね。あー、それで私は深山君と同じアイスティーで、沙希は何にするの」


 カウンターに置いてあるドリンクメニューを一瞥して、芳澤さんは「アップルジュース」と注文する。


「ほら、深山君もこっち」


 打ち合わせは2人でやってもらった方がいいんじゃないかな、と言うのをこらえてアイスティーと水の入ったコップを手に移動する。


「真白君、隣に座る?」


 どうして芳澤さんは、美咲さんの隣ではなくて正面に座っているのだ。これだと、どちらかを選ばないといけないじゃないか。


「だーめ。深山君はこっちね」


 イスをぽんぽんと叩いて、座るように促す。


「ちょっかいをかけて話を聞かないに決まってるんだから」


 そんなことだろうとは思ったけど。


「バーベキューに行くのは5人じゃなかったの」


 もしかしてと想像したことが恥ずかしくて、とにかく何でもいいからと話をふる。

 事前にバーベキューに参加するのは、美咲さんが所属しているプロを目指さないアイドル組の5人と聞いていた。他に引率者・兼・運転手として事務所の人が1人ついてくるという。


「5人だよ。でも買い出しは全員てわけじゃなくて」

「そうなんだよ。陽菜ちゃんも琴音ちゃんもさぁ、用事があって来れないんだってさ。残念だよね」


 後を引き取って芳澤さんが説明してくれる。名前を言われても、誰のことだかさっぱりと分からないんだけども。


「もう1人の葵は、その、現地の方が家から近いからって」


 待たせたらどっかに行くと言っていた子か。


「あっ、今から連絡しないとだ」


 スマホを取り出して、美咲さんは連絡を送る。


「葵はねぇ、遅刻魔なんだよ。私よりもひどい子って初めてでびっくりしたんだ」


 どう反応すればいいんだろうか。


「最初に遊ぼってなって、私が寝坊して1時間遅れて行ったらいなくて。怒って帰っちゃったのかと思って連絡したら、『今、向かってるよ~』って私より30分も遅刻して来たの。すごいでしょ」


 全体的にすごいエピソードすぎて言葉がない。

 残る2人がどんな人かまだ分からないけど、これはグループが崩壊寸前になるよなと実感する。


「既読付かないなぁ」


 スマホをテーブルに置いて美咲さんはため息をつく。


「買い出しは、私と沙希ですればいいんだけど」


 どうしたものかと悩んでいるところに、おじさんがアイスティーとアップルジュースを持ってきた。


「ありがとー、おじさん」


 受け取ると芳澤さんは、よほど喉が渇いていたのかストローを使わず、グラスにそのまま口をつけて一気に三分の一あまりを飲む。


「そうだ清華ちゃん」

「何」


 シロップをアイスティーに入れながら、美咲さんは返事をする。


「買い出しは真白君もいるから、葵ちゃんが来なくても私達2人だけじゃないよ」


 もう、というように言い間違いを指摘する。


「……うん、そうだね。深山君もいるから3人だ」


 虚を突かれた美咲さんは、だから沙希とは友達なんだという顔をする。


「忘れちゃダメだよ~」


 笑いながら芳澤さんは言うと、「私も連絡してみるね」とスマホをいじり始める。


「その、葵さんって、買い出しには乗り気じゃないの?」


 遅刻の常習犯なのは、やる気がないからなのかどうかが気になった。


「葵は、動き出すまでに時間がかかるんだよ。買い出しとか面倒くさいとか言うけど来たら、これもあれも欲しいって買い物かごに放り込むタイプかな」


 道理で来ないなら来ないでいい、みたいな感じなわけだ。

 確実に買い物時間は伸び、いらない物まで購入することになるのだから。


「あっ、既読付いたよ」

「本当?」

「トークグループの方ね」


 数度の振動で、やり取りがあることが伝わってくる。

 スマホ画面をのぞき込むわけにもいかず、手持無沙汰な時間を過ごす。


「もう少ししたら出るっていうから、私達も行こうか」

「はーい」


 買い出しが楽しみというような芳澤さんの反応に、炎天下で荷物を持つことが待っているということを忘れそうになった。


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