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18.人間関係がすごく複雑そうで不安になる

 上野さんのスマホが振動したのは、バーベキューへの参加を受け入れたのと店主の美咲さんのおじさんがアールグレイを運んできたのとほぼ同時だった。


「迎えが来たわ」


 スマホを確認すると、ブランドものっぽい財布を取り出す。


「3人分はこれで足りる?」

「お金は私が……」


 慌てて美咲さんが申し出るが、上野さんは首を横にふる。


「私が呼び出しておいて、しかも中学生の後輩に奢らせるわけにはいかないよ。ちゃんとお給料だってもらってるしね」


 お給料という単語に社会人なんだと、年齢差以上の立ち位置の違いを痛感させられた。


「この前だって服、買ってもらったですし」

「大丈夫だって。清華ちゃんに大切な後輩ができたら同じことをしてあげて、それでいいから」


 面倒見のいい先輩といった感じで優しく上野さんは言う。よくある言い回しのはずなのに、かっこいいなと思ってしまった。

 美咲さんも同じように感じたのかあっさりと引いた。


「お釣り持ってくるから」


 話がまとまると、おじさんは会計のためにレジに向かおうとする。


「いいですよ」


 釣りはいらないというのを現実で初めて見た。


「いや、けっこうお釣り出るんだけど」

「その分で真白君においしいのを食べさせてあげてください」


 二コリとほほ笑みかけられる。かわいいというのは半分で、残りは嫌な予感――上野さんの呼び出しからずっと感じていたけど――だった。


「遠慮しなくていいからね。これぐらい奢ってもらって当然だって思うことになるからさ」


 どれだけ大変なことを頼まれたのだろうか。


「というわけで行くね。あんまり待たせると本当に怒られちゃうから」

「見送りますよ」


 立ち上がる美咲さんにならう。


「真白君は来なくていいよ。マネージャーに見つかると面倒だし」


 そういうものかと「じゃあ、ここで。レッスンがんばってください」と、別れを告げる。コンサートツアーに備えてレッスンが忙しくなれば、ステージ上以外で次に会えるのはいつになるか分からない。


「期待して待ってなさい」


 何をというのが顔に出ていたのか、「公演に決まってるでしょ」と上野さんは相変わらず察しが悪いというように教えてくれる。


「チケット渡すから、清華ちゃんと一緒に来るんだよ」

「それは……ありがとうございます」


 断ってはいけないやつだと思い直して感謝を伝える。


「よろしい」


 求める答えが返ってきたことにうなずいて上野さんは、満足そうに店を後にする。

 見送りに行った美咲さんが戻って来るまで、アールグレイと一緒に持ってきてくれたケーキを味わう。


 それにしても、忙しい中でわざわざここまでするということは、美咲さんが抱えている問題はかなり切羽詰まっているか深刻なんだろう。

 グループ崩壊というのだから、人間関係が大変なことになっているのだと思うが、美咲さんがいてそんな事態になるのか。気配りのできるコミュ強の美咲さんでも、どうにもならないことになっているなら自分みたいな陰キャぼっちに出る幕などないのに。


「お待たせ」


 戻って来た美咲さんは、先ほどまで上野さんが座っていた場所に腰を下ろす。


「これ、梨瀬さんから」

「飴」


 コンビニなどでよく売っているもので、所属しているグループのシャインドロップにかけたグッズというわけではなかった。


「特に意味はないと思うよ。私ももらったし」


 自分のもらった飴を見せてくれる。


「お菓子、配るの好きな人だから」


 その割には、この前のデートというか遊んだ時には配っていなかったと思うが。


「レッスンの休憩とか終わった後とかに、いつもくれたし」

「そうなんだ」


 同性には配るというタイプなのかもしれない。


「えーと、それでね」


 指をくるくる回しながら、どう切り出そうかと悩んでいる。


「バーベキューのこと?」


 ほかに話題もない。


「まぁ、そう。深山君も来るってことになったけど、やっぱり無理なら断ってもいいんだよ。梨瀬さんには、私からうまいこと言っておくし」


 どんな表情で美咲さんが口にしたのか分からない。顔を見れなかったから。


「行かない方がいいのかな」


 気をつかってくれているのか、本心では来てほしくないのか。後者であるなら、受け入れなければいけない。


「そんなことはないよ」


 ゲームだったら選択肢がでるし、最適な答えを求めて総当たりもできる。だけど、現実は自分で考えて言葉をつむいでいく。

 もしくは全てが終わるまで黙っているかだ。


「ただ、来ても楽しくはないと思うから」


 女子の中に男子が1人という状態で孤立しているというのは、簡単に想像できる。


 その状態は、美咲さんのようなクラスカースト上位にとっては楽しくないかもしれないが、陰キャぼっちにとっては日常でしかない。美咲さん達が楽しそうにしている姿を、雑用しながら眺めているだけで充実した1日となるのだ。

 楽しくない状態というのは、孤立しているのをかわいそうにと女子達が話し掛けてくれて、場の空気を壊さないように必死になっている時のことをいう。


 普通のバーベキューに誘われたのであれば、そういう陰キャぼっちの習性を伝えればいい。

 だけど今回のケースは違う。


「グループが崩壊寸前だから」


 顔をあげて美咲さんを見ると目をそらされる。


「同学年の事務所のアイドル活動に参加してる女子は16人」


 単純計算すれば3学年で50人近くが所属していることになるから、けっこうな人数にはなる。


「1年生の時は発声とかダンスの基礎みたいな練習が主なの。感染禍の影響もあったから、みんなで活動っていっても制限もあったけどね」


 今年のGWぐらいまでは、何だかんだで色々と制限はされていた。夏休みまでクラスメートの半分ぐらいはマスク着用したままだったし。


「2年生になったら、それぞれのやりたいことに合わせてグループを組むんだ。アイドルっていっても、ダンス中心とかバンドみたいなのがいいとかあるから」


 シャインドロップ内のグループも、色んなコンセプトで分かれていた。


「私達の代だと、歌とダンスのいわゆるアイドルとダンス、バンドの3グループがあるの。それでアイドルグループが、プロデビュー目指す組と、そうじゃなくて楽しんでやる――エンジョイ勢っていうのかなに分かれてる」

「みんながプロデビューを目指しているってわけじゃないんだ」


 上野さんがそうだったからか、参加者はあわよくばみたいな考えだとばかり思っていた。


「ボイストレーニングとかをきちんと受けられるって、アイドルにそこまで興味ないって子もいるよ。部活動だから、お金もそんなにかけずにプロのレッスンを受けられるし。後は友達がほしいとかさ」


 色んな理由があるものなんだと感心する。


「そのグループで大会とか発表会に参加するんだ」


 大会は開かれていないけど、事務所の発表会は9月だったかにあるという話だったのを思い出しながら聞いた。


「うん。発表会は3年生が主役だけど、2年生のグループも出るんだ。今は、その練習をしてるとこ」

「それで練習の仕方とかでもめてるのか。やっぱりプロを目指してると違うんだね」


 マンガやドラマの部活でよくある展開だ。衝突した仲間が合宿とかで交流して絆を深めるというのも定番で、バーベキューはそのために企画されたのか。


「また勘違いしてる」


 勘違いしたらしい。


「私が入ってるのはプロ目指してる組じゃないよ」


 エンジョイ勢ってことなのか。アイドルになるのが夢じゃなかったのか。

 いや、だったらグループ崩壊などしないんじゃないか。楽しんでやろうというグループなんだから。


「目標がはっきりとしてあれば、そのためにみんな努力するの。それがプロっていう高いものだったら特にね」


 理解していないと見て取ったのか、美咲さんはきちんと説明してくれる。


「だけど楽しいを重視だと、メンバー1人ずつに意識の差っていうのが出るんだよ。やるからにはクオリティー高くきちんとやりたいっていうのから、練習はあんまりしたくないとか、そもそもアイドルになんか興味ないって人までいるし」


 さすがにアイドルに興味がなければ入らないんじゃないだろうか。

 まぁ美咲さんは当然ながら、真面目にきちんとやる側だから意見をまとめるのに苦労することになっていそうだ


「とにかく、そんな感じで、今日もメンバー全員での練習はなしになったの。こんなんじゃ間に合わないのに」


 最後の方のつぶやきは、メンバーに対するものに違いなかった。


「バーベキューで打ち解けて方向をつけようっていうの」

「それもあるけど、思い出作りのが一番だよ。写真とか動画をとって、来年の発表会とかで流すの。活動の宣伝みたいなもので、プロ目指してる子達はそういうのを撮ってる暇はないから私達がってこと」


 卒業アルバムの材料みたいな感じなのか。


「状況は一応は分かったと思うけど、そんなに険悪になるもんなの?」


 文化祭とかで熱心じゃないクラスメート達はいたが、崩壊寸前とまでいうほどに険悪な関係になるということはなかった。


「ちょっと色々あってね。それは説明すると長いし、あんまりしたくもない」


 そう言われれば追及はできなくなる。


「というわけでさ、楽しいバーベキューは期待しないで」


 どう返事をしていいのか困った。

 多分、状況を本当の意味で理解していないのだ。当日を迎えるまで、下手したらバーベキューが終わった後も、人間関係をつかむことはできない気がした。


「お待ちどぉー」


 暗い空気を吹き飛ばすようなテンションで、おじさんはテーブルにフルーツが山盛りになったパフェを置いた。


「何です、これ」


 注文もしていない品をドンと出され困惑する。


「おいしいものを出してって言われたからさ。お釣りも一番高いのより多くあったから、特別に盛り付けた」


 そんなことを上野さんは言っていたけど。


「いいなぁ」

「そう言うと思って清華の分も作ったから」


 任せておけというように、おじさんは親指を立てる。


「本当、さすがおじさん」


 沈鬱をたたえていた表情は満面の笑顔になっている。何となく演技というか、無理にしているのじゃないのかという気がしてならなかったけど。

 すでに、このパフェを奢ってもらっただけじゃ釣り合いは取れないよなぁと感じていた。


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