17.再びの面倒ごと
7月最後の日、日中のもっとも気温の高い時間帯に外を歩いているのは呼び出しを受けたからに他ならなかった。
昨日の夜、何の前触れもなくショートメールが届いた。
送り主の名前の上野梨瀬に封を開けるのをためらった。現役アイドルからの連絡など、絶対にろくな話ではない。
かといって無視できるわけもなく、開くと「明日午後1時に清華ちゃんの喫茶店に来るように」と素気ない文章が綴られていた。
肝心の用件は書いてなく、上野さんの性格からして聞いても教えてくれないことは自明だった。
知っていそうな人――美咲さんに聞くという手はあった。
清華ちゃんの(おじさんがやっている)喫茶店を指定したのは、互いが知っている場所でそれなりに安全だからに違いない。美咲さんと関係のない話であったとしても、場所を使うのだから一声掛けている可能性は高い。
少なくとも上野さんに関しての情報を、連絡先を知っている中で一番に持っているのは美咲さんだ。
心優しい美咲さんは、連絡すれば迷惑だと感じることなく回答をしてくれるだろう。何なら、上野さんに用件を確認してくれるかもしれない。
しかし連絡先として登録してある美咲清華の名前の画面を出すまではしたが、結局そのまま何もせずに携帯は閉じた。
コミュ強とかリア充であれば、ためらわずに連絡するのだろうが陰キャぼっちには無理な相談なのだ。いや、普通以下のコミュ力とか陰キャであっても、この状況なら連絡ぐらいはするか。
なぜしなかった?と聞かれれば、無理なものは無理としか言えない。あえて理由をあげるなら、迷惑と思われたらどうしようとか恥ずかしいみたいな感じとなる。
これは、もう陰キャぼっちだからという話ではない気がする。何か別の名称が必要だと思うが、調べたり、考えたりするのも面倒だし、まぁいいかの精神で放置しておく。
呼び出された喫茶「ルーアン」には、待ち合わせの5分前という完璧なタイミングで到着した。
その時点で頭の中は、早く冷房の効いた空間に行きたいしかなかった。
はっきり言って、今の外は人が10分も歩いていいような気温ではない。これから、まだ気温が上がるというのだから、地球温暖化による実害は明らかだった。
カランコロンと音を鳴らして店内に入ると、相も変わらず正規の客の姿はなかった。さすがに本気で、このお店の経営は大丈夫なのだろうかと心配になってくる。
「おー来たね。こっちこっち」
奥の席から上野さんの呼ぶ声がする。店の入り口からは見えづらい場所――だからこそ美咲さんが、いつも座る場所として選ぶのだろうが――のため姿は見えない。
「どうも」
カウンターの前を通る時に、これもまたいつも通りの光景といえるやる気なさそうな美咲さんのおじさんである店主に頭を下げる。10日ほどの間に4回も来店しており、ほんの少しだけ慣れたのもあったし。
「おじさーん、深山君にいつもの出して~」
どうやら美咲さんもいるらしかった。
「はいはい」
返事をするが、おじさんは立ち上がろうとせずにクロスワードパズルを続けていた。
「あー待て」
何かしでかしたかと、ビクッとしながら足を止める。
「水、持ってけ」
怠慢なのか、常連として遇しているのか微妙な所だった。常連だから怠慢になっているのかもしれない。
しかし、過去3回の来店時は全て美咲さんの奢り――「後でお父さんにまとめて請求がいくから気にしなくていい」とのことだから、正確には美咲さんのお父さんの奢りだが――であり、自分がまともな客として扱われないのも当然とはいえた。
大量の氷が入れられた水を手に、美咲さんと上野さんの元に向かう。
「こ、こんにちは」
美少女2人――1人は現役アイドル――の座る席は、何かしらオーラをまっているかのように輝いていた。テーブルの上にあるケーキと紅茶も、すごい豪華に見える。
「暑いとこごめんなー」
美咲さんの隣に座れというように上野さんは指差す。いいのかと思うが、他に座る場所は上野さんの隣なので、これはもう仕方がない。
席に着くと、とりあえず水を口にふくむ。
汗として失った水分の補給を身体は求めていたらしく、コップの半分の水がなくなった。
「美咲さんもいたんですね」
「う、うん。というか深山君が呼ばれてた方が驚きなんだけど。いつの間に上野さんと、そんなに仲良くなったの?」
来ることを美咲さんには伝えていなかったらしい。
「仲良くっていうか、昨日の夜に呼びつけられたんだけど」
決して仲良くはない。
上野さんからの連絡は、所属するアイドルグループのDVDをもらった日に、美咲さんの協力を得て送ったショートメールに対して、「連絡が遅い」という怒りの長文メッセージをいただいて以来だったし。
「そうだ。あの、DVD見ました。す、すごかったです」
感想を伝えておかいと、また怒られる。
「見たの、いつ?」
「もらった次の日にですけど」
部活もやっておらず、塾にも行っていない中学2年生の夏休みなど暇しかないのだ。
「3日も前じゃない。見終わったらすぐに感想を書いて送ってきなさいよ」
どうしてか怒られている。困って隣の美咲さんを見る。
「うーん、せめて見たよって送った方がいいかな」
助け舟は出なかった。
「上野さんも忙しいみたいだったし」
送ろうとは思いはした。だけど、やっぱり迷惑だよなが勝り止めておいた。
「そりゃ忙しいけど、メッセージを見るぐらいの時間はあるわよ」
「まぁ、深山君に悪気はないですから、そんなに怒らないでも」
「悪気ないから怒ってるの。常識ってやつを教えておかないと、後で苦労するのは真白君なんだよ。真白君が来るってことを知らなかったってことは、清華ちゃんとも連絡をとってないんでしょ」
怒りの矛先が、宥めようとした美咲さんに向き申し訳なくなる。
「そうですけど」
「忙しそうで、とか言ってるけど、どーせ面倒くさかったとかいうのが本当の理由だしね」
決めつけはよくない。
確かに文章を考えるのが面倒くさくて、見たと報告するのは明日でいいやとなり、そのまま今更というのになってしまったのも確かだけど。忙しくて迷惑かも、と思ったのだって本当だ。
「そうじゃないかなとは思いますけど」
まさかの美咲さんの同意だった。
「でも深山君が、こんな感じだから連絡先を教えたわけじゃないですか。きっちりと連絡してくるような人だったら、私はまだしも梨瀬さんは絶対に教えてないですよね」
その通りだというようにフンと鼻を鳴らして、上野さんはケーキをつつく。
「あ、あの、上野さんは公演準備で忙しいんですよね」
8月からコンサートツアーが始まると美咲さんからは聞いている。
「お盆明けから全国を回るからね。私とか新加入メンバーのお披露目もかねてね」
本当に現役のアイドルなんだなというのを感じる。
「その忙しい私が、どうしてここにいるのでしょうか?」
いきなりクイズが始まった。
どうしてと言われても、そんなの分かるわけがない。
「えっ、まぁ、後輩思いの上野さんのことですから、美咲さんのためですか」
他に考えつかない。
「正解っちゃ正解かな」
当たったことは面白くないが、後輩思いと褒められたのはうれしいのかにこやかにしている。
「私のためって……」
逆に美咲さんは不服そうだ。
「そうよ。あなた達のグループ崩壊寸前だっていうじゃない。昨日、野々原さんから聞いてびっくりしたんだから」
知らない所で大変なことが起きているらしい。
「別に、そこまで深刻ってわけじゃ」
問題があるというのは否定できないみたいだった。
「あの、どういう話で」
会話に取り残されるのはかまわないのだが、何も理解しないまま最後に「というわけでよろしく」と言われたらたまったものではない。
「説明している時間はないから、後で清華ちゃんに細かいことは聞いて」
すっと上野さんは立ち上がる。背筋が真っ直ぐ伸び、アイドルという自信にあふれた立ち姿に見とれた。
「清華ちゃんはお友達というか部活の仲間と一緒に来週、キャンプ場でバーベキューをするの」
「合宿ってことですか」
「日帰りだよ。合宿というか、親睦を深める交流会ていのうが正しいかな」
簡単に美咲さんが説明してくれる。
「参加するのはアイドルを目指すかわいい中学2年生の女の子ばかり。どう思う」
いきなりふられ、「楽しそうですね」と咄嗟に答えてしまった。
「そう、楽しいのだよ。しかし、女の子ばっかりでキャンプ場でバーベキューというのは色々と危険だ」
世界有数の治安のよさを誇る国だが、女子だけというのは危険かどうかでいえば安全とは言い切れないと思う。
「そこで、護衛と荷物持ちと雑用係がいるといいと思わないかい」
いた方がいいのは確かなのでうなずく。
「だよね。この素晴らしい役目を真白君に任せるというわけだ」
「嫌ですけど」
即答する。
余計なことを考える前であったので言葉がすんなりと出た。
「はぁ、何が嫌だっていうのよ。清華ちゃんはいるんだよ」
どうも上野さんは断られるとは思っていなかったようだ。
美咲さんと一緒というだけでもどうしていいか分からなくなるというのに、同じぐらいにかわいいとか美人な女子が何人もいるというのだ。そんな場に男子1人で放り込まれて、心が耐えられる気がしない。
「8月8日だったよね」
「あ、はい」
「予定とかないでしょ。お父さんの実家に行くとは言ってたけど、お盆だからもう少し先のはずだし」
おっしゃる通り予定はない。
「あっ、護衛ね。それはあんまりというか、全く期待してないから大丈夫。メンバーに男が1人でもいるってのが大事なのよ。とにかく、正当な理由がないなら不参加は認めません。いい」
早口で上野さんはまくしたてる。
予想はある程度は正解している。荷物持ちとか雑用はまだしも、護衛の役目は無理とは思ったから。
「ちょっと梨瀬さん、無理強いはよくないです」
美咲さんも立ち上がって、真面目な顔と口調で上野さんに意見する。
これではまるで僕が原因でケンカしているみたいじゃないか。あぁ、その通りの状構図ではあるのか。
「深山君は、はっきりと断ったんだし」
いつになく美咲さんが強く出ているのは、きちんと表明した意思は尊重すべきだという考えからきているみたいだった。
「むぐ。それは……まさか、あんなにはっきりと断るとは思わなかったけど」
断るにしても、行ってもいいけど面倒的なものを想像していたのだろう。
「ねぇ、本当に嫌なの?」
どうだろう。
そりゃ美咲さん――とアイドル候補?な仲間の人達――と一緒にバーベキューというのは、行きたいというのはある。
ただ、そんな集団の中に入れば間違いなく浮く。美咲さんが仲間の輪に入れようとしてくれればするほどに浮く。
しかも、崩壊寸前のグループとか不吉なことも口走っている。
あのデートの付き添いのように、ろくでもない空気に身をさらすことになりそうな予感が隠しきれていない。護衛とか雑用というのもあるかもだけど、一番はその空気をどうにかしろということなのではないか。
そんなことができると思っているのだとしたら、買いかぶりもいいところだ。
この前できたじゃないかと言われても、何がどうなってできたのか理屈は分かっていない。結果として成功しただけで再現性は皆無だ。
これは、もう断る一択だ。
「ダメかな」
目をウルウルさせて現役アイドルからお願いされるなど、普通の人生で起きることじゃあない。
そんなレア体験を今している。
「……分かりましたよ。行きますよ。美咲さんがいいならですけど」
わずかな沈黙の後に参加を告げると、上野さんは「だってさ清華ちゃん」と先程までの顔は何だったんだろうかという態度になった。
「ちゃんと、みんなの許可をとったらですよ」
僕が折れたからか美咲さんは矛を収めた。
「心配いらないって。野々原さんの許可は私がとっとくからさ」
任せておけというように上野さんがポーズをとると、「はぁ」とため息をついて美咲さんはイスに腰を下ろした。
「深山君」
少し怒ったような瞳を向けられる。
「断るのが面倒くさいってなって引き受けたでしょ」
大正解なので、「はい」と答えるしかない。
「だと思ったよ」
気のせいだと思うけど、美咲さんは少しうれしそうな横顔をしていた。
ものすごい面倒ごとを背負わされた気はしたけど、断らなくてよかったと安堵している自分がいた。




