一文のに
結婚式の翌朝、わたくしは「これでようやく静かな読書の日々が戻ってくるのではないかしら」と淡い期待を胸に抱きつつ、朝の紅茶とともに新刊の詩集を開こうとしたのでございますけれども、そこにローレンス卿が当然のように同じ席に腰を下ろし、しかも普段のビン底眼鏡ではなく、素顔の美貌を惜しげもなくさらしたまま「新婚の朝にひとりで読もうとするなんて、君は本当に本が好きなのだから」と穏やかに微笑んでくるものですから、思わず本を閉じようとしたその瞬間に「閉じないで、君の声を朝から聞ける幸せを僕に与えてほしい」と言われてしまい、結婚したというのはこういうことなのだと改めて動揺したものの、仕方なく朗読を始めましたら、彼はまるで祈りでも聞くかのように目を閉じて聞き入っておりまして「そんなに良いものでしょうかしら」と思わず言いますと「君の声で文字が生まれる瞬間が好きなんだ」と言われたので、どこからツッコめばよいのかもわからず困惑しておりましたところへ、突然、侍従が駆け込んできて「奥様、王宮から急ぎの文でございます」と差し出してきた羊皮紙を開きましたならば、そこには“明晩、王城にて祝宴あり、新公爵夫妻は必ず出席せよ”と記されておりまして、わたくしは「いやです、祝宴など行きたくありません、できれば屋敷の地下室で本を読みながら余生を過ごしたいのです」と本心を申し上げましたのに、ローレンス卿は「地下室でもどこでもいいよ、君が一緒ならばね」と言ってきて、そのあまりの強い包囲網に私は言葉を失い、逃げ場のなさを改めて痛感しておりましたら、彼はそっと眼鏡をかけ直し、図書館で出会ったあの静かな表情で「君がどこに行こうとも、私の隣の席はいつでも空けてある」と言い、わたくしはもう諦めて紅茶をひと口飲んでから「……本当にわたくしの人生は、この方に読まれてしまう本のようでして」と小さくつぶやきましたところ、彼は聞き逃さずに「ならば最後のページまで責任を持って読みますよ、君が閉じると言うその瞬間まで」と言って、わたくしの頬に指先を寄せたのですけれども、結局のところ、結婚しても読書三昧の静かな人生どころか、物語はますます加速して、まるで本のページが勝手にめくられていくように、次なる章が私たちを待っているのでございます。




