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一文のさん

王城に招かれた祝宴の夜、黄金と深紅の装飾に彩られた大広間は無数の燭台と魔導灯に照らされて昼のように明るく、天井には王家の紋章をかたどった星図が浮かび、楽師たちの柔らかな調べが満ちる中、わたくしは新公爵夫人としてローレンス卿の腕を取り入場したのでございますけれども、席に着くや否や王家の使者に呼び止められて皇王陛下と皇后陛下、そして凛とした佇まいの皇女殿下の御前へ進み、「学識と品位を兼ね備えた貴女に、ぜひ我が娘の教育係を任せたい」と直々に仰せつかり、その瞬間に広間にはざわめきが走って好奇と羨望と計算の入り混じった無数の視線が一斉に突き刺さり、内心では「目立たない人生を送りたかったのですけれど」と嘆きつつも辞退の許されぬ空気に恭しく拝命したところ、それを合図に各地の貴族諸侯が次々と押し寄せ、領地の話や学問談義、皇女殿下への影響力を期待した打算的な挨拶に加え、「公爵夫人は噂以上に知的でお美しい」などと言いながら指先に触れようとする男性貴族まで現れましたので、心底うんざりして曖昧に応じておりますと、いつの間にか背後に回っていたローレンス卿が穏やかな微笑のまま一歩前に出て「妻に触れる必要はありません、質問があるなら私が代わりにお答えしましょう」と静かに、しかし有無を言わせぬ声音で遮り、その場の空気を一瞬で凍らせて貴族たちを蜘蛛の子を散らすように退かせ、わたくしは祝宴という名の社交辞令と微笑の応酬を何とかやり過ごした末に心身ともに疲れ果て、「これ以上派手な物語が動くのは勘弁してほしい」と切実に願いながら屋敷へ戻ったのでございますが、その夜、寝室でようやく一人になれたと思った矢先、寝台脇の小机に見覚えのない分厚い書物が置かれていることに気づき、嫌な予感を覚えつつ表紙をめくりましたならば、そこには『黒薔薇の騎士姫・完全改訂版』と題された本が鎮座し、登場人物一覧の悪役令嬢ソフィア=ルクレールの項目には“公爵ローレンスの妻として、なお物語の中心に居座り続ける”などと書き換えられておりましたので思わず悲鳴をあげましたところ、背後から「それ、面白いだろう?」という聞き慣れた声がして振り向けばローレンス卿がいつの間にか立っており、「まさかとは思いますが、あなたが書いたのですか」と問い詰めますと彼は平然と「正確には“編纂”かな、君が選ばなかったルートを全部拾い集めただけだよ」と答え、わたくしは自分が転生者であることも原作知識を持っていることも一切話していないはずなのに、なぜここまで理解されているのかと戦慄しましたのですが、彼は動揺を弄ぶでもなく眼鏡の奥で静かに微笑みながら「君が物語から逃げようとするたび、物語は君を追いかけてくる、ならばいっそ書き手に回った方が楽だと思わないかい」と囁き、その瞬間、これは断罪エンドでも平穏エンドでもなく“共著エンド”という最も厄介なルートに突入してしまったのだと悟ったわたくしは観念して本を抱きしめ、「……では条件がありますわ、私は主人公にはなりません、ただ静かに文字の隅に座るだけです」と申し上げましたところ、ローレンス卿は満足そうに頷いて「いいだろう、君は行間に住めばいい、でも行間を読むのは私の特権だ」と宣言し、私を寝台に沈めましたのですが、こうしてわたくしのささやかな読書人生は、夫という名の最悪にして最高の読者を得て、今日もまた確実に一ページずつめくられていくのでございます。

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