揚介③
柏 揚介
17歳
男
高校生
開始前
2022年8月9日 千葉 午後7時34分
柏 揚介は静かに体に熱を溜めていた。
熱気が夜の街に滞留し、湿った空気が肌にまとわりつく。
柏駅近く、雑居ビルの地下深く。
換気扇の鈍い唸りと、心臓を直接叩くような重低音がコンクリートの壁を震わせていた。
「アングラ・パフォーマンス・サミット」。
無許可に近い形で開催されるその場には、地元で燻る者や、
あえて表舞台を避けて生きるストリートダンサーたちが集まる。
会場は汗と煙草の匂い、そして言いようのない熱気と高揚感で満ちていた。
「おい、次だ。揚介、準備いいか」
ドレッド頭の男、鉄平がいつもの軽薄な笑みを浮かべて肩を叩く。
揚介は返事の代わりに、真っ赤なパーカーのフードをさらに深く被り直した。
ステージ中央へと歩み出る揚介に対し、フロアの喧騒が一瞬だけ凪いだ。
彼はそこにいるだけで、独特の緊張感を漂わせる。
音楽が切り替わる。重厚なベースと鋭いハイハットが鳴り響く。
揚介のダンスは、純粋なまでの「衝動」だった。
音楽という波を肉体で正確に捉え、極限まで磨き上げられたアイソレーションで空間を切り裂く。
彼の動きは、一分の隙もなく、全身の筋肉が意志を持って連動しているかのようだった。
肩が入り、胸が弾き、流れるようなステップから急停止するコンビネーション。
その一挙手一投足に、観客の視線が釘付けになる。
「……すげぇな」
舞台袖で、鉄平が感嘆の声を漏らす。
続いて彼がステージへ飛び出し、即興でのチームパフォーマンスに移行する。
鉄平が繰り出す泥臭くも力強いストンプと、揚介の鋭利で冷徹な直線的な動きが、
絶妙なコントラストを描く。二人の呼吸は奇跡的なほどに噛み合っていた。
鉄平は観客を煽り、揚介はその熱狂を鋭いキレで掌握する。
二人の動きが完全に重なり、ユニゾンで床を叩く瞬間、会場の温度が数度上がったかのような錯覚を覚えた。
観客は圧倒されながらも理解していた。この男はただ踊っているのではない。
自分自身を音楽という器に流し込み、一切の迷いを削ぎ落とす作業に没頭しているのだと。
・・・その熱狂の渦から少し離れた、壁際の暗がり。
そこには、黒いパーカーのフードを目深に被り、拍手も歓声も上げずに揚介を見つめる男が一人。
男は微動だにせず、ただ静かに、その一切の無駄を排した究極的なまでの身体操作と、
音楽と一体化する揚介の姿に、純粋な憧憬と敬意の念を瞳に宿していた。
彼はただ、そこに「本物」を見たという事実に震えていた。
音楽が止まる。静寂。揚介は一礼もせず、息一つ乱さずにステージを降りた。
会場が遅れてやってきた爆発的な歓声に包まれる中、彼はただ出口だけを見つめて歩き出す。
「お疲れ、揚介。やっぱりお前と踊ると格が上がるわ。最高だったな」
鉄平が汗だくの肩を組もうとするが、揚介はそれを冷淡に肩を揺らしてかわす。
「不完全だ」
「はいはい、出たよ完璧主義。あんなに完璧なルーティン見せといて何が不満なんだよ」
「……あそこまで踏み込めるなら、もっと早く旋回できた。重心の移動に0.2秒のロスがある」
揚介は会場の出口で立ち止まり、ふと背後を振り返る。
暗がりに佇むフードの男と目が合ったが、揚介は何も言わず、そのまま雑踏の中へと消えていった。
その背中を、フードの男はただ黙って、尊敬の念だけを瞳に宿して見送っていた。
男は、揚介が踊り狂った舞台の残り香に触れるようにして、静かに会場を後にした。
翌日以降、揚介が何事もなかったかのように高校の補習とストリートの練習に戻る中、
あの場所で彼を見た者たちの記憶には、ダンスへの凄まじい執着と、純粋な情熱が
深く刻み込まれていた。
「あなたはこれから、その研ぎ澄まされた肉体と熱い情熱を、次のステージでどのように昇華させていくのでしょうか」
柏 揚介
17歳
男
高校生
開始前




