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神曲  作者: もてぃまー
26/30

揚介③

柏 揚介

17歳

高校生

開始前

2022年8月9日 千葉 午後7時34分


(かしわ) 揚介(ようすけ)は静かに体に熱を溜めていた。


熱気が夜の街に滞留し、湿った空気が肌にまとわりつく。

柏駅近く、雑居ビルの地下深く。

換気扇の鈍い唸りと、心臓を直接叩くような重低音がコンクリートの壁を震わせていた。


「アングラ・パフォーマンス・サミット」。

無許可に近い形で開催されるその場には、地元で燻る者や、

あえて表舞台を避けて生きるストリートダンサーたちが集まる。

会場は汗と煙草の匂い、そして言いようのない熱気と高揚感で満ちていた。


「おい、次だ。揚介、準備いいか」

ドレッド頭の男、鉄平がいつもの軽薄な笑みを浮かべて肩を叩く。

揚介は返事の代わりに、真っ赤なパーカーのフードをさらに深く被り直した。

ステージ中央へと歩み出る揚介に対し、フロアの喧騒が一瞬だけ凪いだ。

彼はそこにいるだけで、独特の緊張感を漂わせる。


音楽が切り替わる。重厚なベースと鋭いハイハットが鳴り響く。

揚介のダンスは、純粋なまでの「衝動」だった。

音楽という波を肉体で正確に捉え、極限まで磨き上げられたアイソレーションで空間を切り裂く。

彼の動きは、一分の隙もなく、全身の筋肉が意志を持って連動しているかのようだった。

肩が入り、胸が弾き、流れるようなステップから急停止するコンビネーション。

その一挙手一投足に、観客の視線が釘付けになる。


「……すげぇな」

舞台袖で、鉄平が感嘆の声を漏らす。

続いて彼がステージへ飛び出し、即興でのチームパフォーマンスに移行する。

鉄平が繰り出す泥臭くも力強いストンプと、揚介の鋭利で冷徹な直線的な動きが、

絶妙なコントラストを描く。二人の呼吸は奇跡的なほどに噛み合っていた。


鉄平は観客を煽り、揚介はその熱狂を鋭いキレで掌握する。

二人の動きが完全に重なり、ユニゾンで床を叩く瞬間、会場の温度が数度上がったかのような錯覚を覚えた。


観客は圧倒されながらも理解していた。この男はただ踊っているのではない。

自分自身を音楽という器に流し込み、一切の迷いを削ぎ落とす作業に没頭しているのだと。


・・・その熱狂の渦から少し離れた、壁際の暗がり。

そこには、黒いパーカーのフードを目深に被り、拍手も歓声も上げずに揚介を見つめる男が一人。

男は微動だにせず、ただ静かに、その一切の無駄を排した究極的なまでの身体操作と、

音楽と一体化する揚介の姿に、純粋な憧憬と敬意の念を瞳に宿していた。

彼はただ、そこに「本物」を見たという事実に震えていた。


音楽が止まる。静寂。揚介は一礼もせず、息一つ乱さずにステージを降りた。

会場が遅れてやってきた爆発的な歓声に包まれる中、彼はただ出口だけを見つめて歩き出す。


「お疲れ、揚介。やっぱりお前と踊ると格が上がるわ。最高だったな」

鉄平が汗だくの肩を組もうとするが、揚介はそれを冷淡に肩を揺らしてかわす。


「不完全だ」

「はいはい、出たよ完璧主義。あんなに完璧なルーティン見せといて何が不満なんだよ」

「……あそこまで踏み込めるなら、もっと早く旋回できた。重心の移動に0.2秒のロスがある」

揚介は会場の出口で立ち止まり、ふと背後を振り返る。

暗がりに佇むフードの男と目が合ったが、揚介は何も言わず、そのまま雑踏の中へと消えていった。


その背中を、フードの男はただ黙って、尊敬の念だけを瞳に宿して見送っていた。

男は、揚介が踊り狂った舞台の残り香に触れるようにして、静かに会場を後にした。


翌日以降、揚介が何事もなかったかのように高校の補習とストリートの練習に戻る中、

あの場所で彼を見た者たちの記憶には、ダンスへの凄まじい執着と、純粋な情熱が

深く刻み込まれていた。


「あなたはこれから、その研ぎ澄まされた肉体と熱い情熱を、次のステージでどのように昇華させていくのでしょうか」

柏 揚介

17歳

高校生

開始前

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