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神曲  作者: もてぃまー
25/30

淳也②

加治 淳也

20歳

大学生

会場未到着

2022年8月9日 神奈川 午前9時15分


加治(かじ) 淳也(じゅんや)は脳をフル回転させていた。


黒塗りの車が「一文字」の広大な工場敷地へと滑り込む。


車内は外の蒸し暑さを完全に遮断し、冷涼な空調が漂っていた。

淳也はタブレット端末の画面を指先でなぞり、一文字社の直近四半期における製造機械の稼働率と、

それに反比例する故障率のデータを精査している。

隣に座る父は、背筋を伸ばしたまま一言も発しない。

車内には、エンジン音と淳也がタブレットをなぞる小さな音だけが響いていた。


工場の搬入口に近づいたとき、進行を妨げるように停車していた一台のダンプカーが視界を遮った。

その横では、泥と油にまみれた巨大な坊主頭の男が、資材を放り投げては悪態をついていた。

男は手にした工具を地面に叩きつけ、吐き唾をしながら無造作に車道の中央へと歩み出る。

運転手が苛立ちを隠して控えめにクラクションを鳴らすと、鈍重な足取りで振り返った。


車窓越しに、淳也と男の視線が一瞬だけ交錯した。


男は、高級車の窓越しに自分を射抜くような淳也の無機質な眼差しを受け、

胸の奥でどす黒い衝動が逆巻くのを感じた。

身なりも整い、思考の深淵が読み取れない若造。

その端正な顔立ちを汚泥の中に叩き込みたいという欲望に支配される。


(……なんだよ、あの澄ましたツラは。気取りやがって。あっちの世界ならあんなガキ殴り殺してやるのによ。

そんでその辺のどぶ川にでもあのお坊ちゃんを沈めてやりたいね。

あんな綺麗な服が、真っ黒に染まるところを見てえよ)

薄汚れた爪で首筋を掻き、下卑た笑みを浮かべてその車を凝視した。

まるで獲物の喉元を狙う獣のような執着が、彼の濁った瞳に宿っていた。


淳也は、視界に入ったその「不潔な肉の塊」を、ただの労働力というカテゴリーですらなく、

工場の非効率性を象徴する動く障害物として認識した。


「父様、先方の搬入口は管理が甘いようです。構内作業員の行動規範が徹底されていないようですね。

後の打ち合わせで、物流動線の最適化と併せて管理体制についても指摘すべきかもしれません」

淳也は微塵の動揺も見せず、淡々と父にそう告げる。

そして、興味を失ったかのようにタブレットのデータへと視線を戻した。


車が工場棟の正面玄関に停車し、一文字社の役員たちが出迎える。

淳也は淀みない動作で車を降り、完璧な所作で挨拶を交わした。

会議室へと通された淳也は、先方の製造部長に対し事前準備してきた質問を次々と投げかけていった。


「今回の新製品において、サーボモーターの許容負荷に対する制御アルゴリズムの調整は、どのような基準で行われていますか? 先月の生産記録では、特定の回転数において熱歪みによる誤差が0.03ミリ発生していますが、この補正値は設計段階の許容範囲内と見なしているのでしょうか」


一文字社の技術者が答えに窮し、資料をめくって動揺を見せる中、淳也は追い打ちをかける。


「さらに言えば、販路拡大に伴う量産移行時、この熱歪み係数が歩留まりに与える影響をどの程度見積もっていますか。現状の生産ラインの冷却効率では、稼働率が85パーセントを超えた時点で、品質管理基準値を下回るリスクがあると推測しますが」


淳也の声には感情の起伏がない。

ただ論理を積み重ね、先方の甘い見通しを粉砕していく。

それは、彼が日々の過酷な知的労働の中で研ぎ澄ましてきた、いわば「情報の処刑」。

この2つの質問だけで相手の回答の嘘と隠蔽工作が全て白日の下に晒されるようだった。


会議室の空気が張り詰める中、淳也は眼鏡を指で押し上げ、冷徹なまでの冷静さを保ち続ける。

父は満足そうに口角をわずかに上げ、息子に全権を委ねるように深く背もたれに寄りかかった。


一方。

工場の外では、先ほどの男が愛も変わらず汚れた手でタバコをくゆらせ、車の去った方向を睨んでいた。

シャツの背には「乜」という、珍しい一文字がプリントされている。

加治 淳也

20歳

大学生

開始前

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