序曲最終章
一区切り
三那 功は、修道女から提示された情報を脳裏で反芻していた。
「・・・ワイルドハント」
帯電した全身からは火花が弾け、周囲にはギラギラと光を反射する粒子のようなものが渦を巻く。
その視線の先にいるのは、無機質な表情で佇む一人の少女だった。
「剣三つ目だな」
功に迷いはなかった。今はただ、弟を救い、この世界から今日も無事に帰るために。
「・・・」
何も発しない少女を見据え、功は再度警告を発する。
「お前が剣三つ目だな!違うならば3秒以内に返答しろ!」
功は声を張り上げるが、それでも少女は反応しない。
それを見た功は意を決し、人間の膂力ではありえない速度でもって間合いを詰める。
左手には小ぶりの、だが何の金属で出来ているかわからない刃物が握られている。
移動の速度をそのままに、殺意を乗せた一撃が少女の頸動脈へ向けて放たれる。
少女は構えることもなく、表情すら変えずに功を眺めていた。
だが、その刃が肌に触れるより早く、視界の端から鮮やかな色彩が割り込んできた。
「おっと!」
突如割り込んだ金色の長い髪の男が、軽やかなステップで功と少女の間に割って入る。
手に持つ丈の長い刀が、功の短剣を正確に受け止めた。
キンッ! と鼓膜を破らんばかりの衝撃音が迸る。
「!?邪魔だ!」
どのような手段をとったのか。功から突如発せられた磁場が乱入者の背後から鉄片を引き寄せる。
しかし、男は滑らかに体を捻り、その軌道を最小限の動きで見切って回避する。
「ハッハァ!」
捻った体の回転をそのまま刀に乗せ、男は続けざまに斬撃を繰り出してくる。
重く長い刀を振っているとは思えないその剣速は、一切止まることなく功を責め立てる。
「アッハッハハァ!!」
その斬撃は鋭く、速い。これまで功が戦ってきた誰よりも。
「ぐっ・・・!」
功の肺からは短く息が漏れ出し、そのまま乱入者の圧倒的な手数と速度に功は防戦一方となる。
更に圧を与えんと、男は刀を大上段に構えた。
「・・・シッ!」
その瞬間、功は手にしていた短剣を男に向かって投擲した。
いや、「射出された」といった方が正しい。
とてつもない速度で飛来する短剣だが、短剣は突如男をすり抜け、後方に飛び去った。
「なっ!?」
すり抜けたのではなく、避けられたのだ。最小限の、脚の指だけを使った移動によって。
一切体制を変えずに避けられたため、まるですり抜けたかのような感覚だった。
どう見ても西洋人である男の外見とは裏腹に、それは剣道におけるすり足の技術だった。
だが・・・。
「・・・ッ!!」
後方に突き刺さった短剣の元に向かって、とてつもない速さで功は移動する。
磁気を帯びさせた投擲物と逆の磁性を自身に纏って引き寄せることで、強制的かつ高速で功は移動する。
その直線上にいた男に、功はその超速度を乗せた蹴りを見舞う。
「うお!?」
これは見切れなかった男は、功の蹴りを脇腹付近でまともに受ける。
ガッ!と重い音がした後、功は止まらずそのまま投擲物の方へ飛び去る。
「い・・・ってぇ!!」
だが、刀を杖代わりにした男は倒れない。
「アンタ、何なんだ」
投擲した短剣のもとに辿り着いた功は男に問う。
「俺か?俺はサムライガールあやか様の一の弟子、レオン!レオン・ヴァルケンだ!」
まさか馬鹿正直に返答するとは思っていなかった功は一瞬呆気にとられる。
少女は相変わらず無機質な表情で両者を眺めている。
(レオン、そんでアイツがあやかって名前か)
思考の戻った功は、まずは現状把握を始める。
だが、どう考えても分が悪い。
というか無理だ。
レオンと名乗る男は自分より明らかに強い。
そして剣三つ目と修道女に呼ばれていた少女、あやかはその師匠だと言っていた。
となると、どう考えても自分に勝ち目などない。レオンを倒すことも難しい。
一方レオンはぶらぶらと、無造作に手足を動かしている。
へらへらと笑いながら、その瞳だけは決して功から外さない。
ここまでの功の筋肉の収縮、重心の移動、時折見せるダンスのような独特のクセを脳内でリフレインしながら。
手足をぶらぶらと動かしていく。
へらへらと笑いながら。
一呼吸ついた功は、壁に突き刺さった短剣を引き抜き、すぐさまレオンに向かって再度投擲する。
だが
「それはもう見たよ」
短く放ったレオンの横なぎによって短剣は叩き落される。
「それさ、投げる武器に電気の糸みたいなものをくっつけて、自分と繋いでいるんだろ?」
男はあくまで冷静に、功の攻撃の「理屈」を解析する。その発動の構造を慎重に見抜いていく。
「叩き落しちゃえば、さっきのは出来ないよね」
「・・・っ」
だが、功の攻撃はこれで終わりではなかった。更に2本、3本と短剣をホルダーから取り出し投げつける。
その短剣はレオンにも、そしてあやかの元にも飛来する。
自分に向かう短剣を剣捌きで撃ち落としていくレオン。
一方、あやかに向かって飛来した短剣は空中で突然真っ二つになって地に落ちた。
「師匠、すんません!」
そう言って振り返るレオンだったが、それを功は見逃さない。
「グッ・・・うううう!!」
磁力を既に最大まで蓄えていた功は、さらに磁力を発生させていく。
その肩には、紫色に暗く光る鉱物の様なものが浮き上がる。
バチバチと音を立てながら、功は一気に踏み込んだ。
次の瞬間、功はレオンの目の前、叩き落された短剣の上に立っていた。
そのまま左脚でもって前蹴りを放つ。
「うぉ・・・とぉ!?」
受ける瞬間に体制を大きく後ろに逸らして、レオンはそのダメージを最小限に抑えようとする。
だが、功の攻撃はこれでは終わらない。
今度は最初に投げた短剣の上に瞬間移動し、そのまま拾い上げた短剣を投擲。
レオンが剣を構える前に、功はもう移動している。
次は木に刺さった短剣の上。
次はレオンの横に落ちた短剣の上。
次は壁に刺さった短剣の上。
次は地面に刺さった短剣の上。
目にもとまらぬ速度で瞬間移動を繰り返しながら、功は時折拾い上げた短剣を投げ続ける。
「おっ!?おっ!?おっ!?っと!ぉ!」
レオンはその挙動に翻弄されつつ、飛来する短剣をはじき、避ける。
功の速度はどんどん上がっていく。レオンが対応しきれなくなったとき。
功はレオンの懐に飛び込んでいた。
「これで・・・!」
横から飛来する短剣を見ていたレオンの、首筋に向かって己の左手を突き出す。
その瞬間。
ぐりん。と音を立てたかのように首を捻り、レオンの目が功を捉えた。
「!?」
「俺に同じ動きを見せ過ぎたね」
その一言と同時に、男の刃が鋭く突き出された。
伸ばす功の左手よりも早く、一瞬で放たれた鋭い突きはその切っ先を心臓に向けている。
「ぐっ・・・!!」
功は反射的に右手で握った短剣を左胸、心臓の前に構える。
が。
突きのモーション中に関わらず下半身を”抜いた”レオンの刃が、インパクトの直前で切っ先を上に起こす。
狙いは心臓ではなく、功の左肩の関節。
「がああぁっ!?」
肩が激痛を発するとともに、収束していた磁場が暴発する。
ため込んだ過剰な電撃が、今度は功の体内を容赦なく焼き焦がした。
バチバチとショートした電子機器のような音を立てながら、なす術もなく功は膝をついた。
「ふぅ~。やっぱりソレが発生源か」
とんっ、と肩に刀をおいたレオンは表情を緩める。
へらへらと笑う。
「師匠~これでいいすか~」
気の抜けた声を発するレオンと入れ替わるように、少女が前に出る。
跪いた功の眼前で、何の感慨も抱くことなく少女は、ただ冷徹に。
すらりと淀みなく。
3本のうちの1本の刀を抜き。
次の瞬間には、功の世界は暗く、音もなくなった。
人供斬




