第70話 タレス領の霊騒動② —プランD—
レンソ迷宮の魔力濃度は高くない。
特に上層の第一層や第二層では、ほとんどDランク以下の魔物しか出ない。
しかし、一行は第二層でCランクの魔物に遭遇した。
豚のようなずんぐりした体型に、ゴリラのような太い手足——ピゴラだ。
「ベニート様」
「はい」
ベニートは点在転移陣の準備を始めた。
いくらソフィやトンマーソが優秀だとはいえ、霊相手にぶっつけ本番とはいかないので、実戦練習をするのだ。
霊が現れたのは、最下層の第六層という話だった。
第三層に行く前に一度は練習しておこうという取り決めだった。
Dランクの魔物が相手でも仕方がないと思っていたが、ここでCランクと遭遇したのは嬉しい誤算だ。
魔力消費の観点から、ポイントは四つのみ生成した。
地面の四箇所が水色に淡く光る。
そのうちの一つに乗ったトンマーソに、ピゴラが突進する。
ベニートは足元に描いた転移陣に魔力を流し込んだ。
トンマーソがピゴラから一番遠いポイントに転移する。
「おぉ、すげーな!」
「プギィ!」
興奮した様子のトンマーソに、ピゴラが再び突進をかける。
そこに【魔力弾】が放された。
ソフィの側面攻撃だ。
「プギィ⁉︎」
怒りの声をあげ、ピゴラがターゲットを切り替える。
今度はソフィをピゴラからもっとも離れたポイントまで転移させた。
「なるほど、これはすごいですね……霊との戦闘では、これより少し転移に時間がかかるんですよね?」
「はい。コンマ数秒ですが」
充分です、とソフィがうなずいた。
その後も何度か二人を転移させ、実戦練習は終了となった。
「こいつ、やっちゃいますね」
すっかり怒り狂ったピゴラを、トンマーソが【汎魔剣】で一刀両断する。
【汎魔剣】には耐久力に秀でた刀身の太いデュラビリティモードと切れ味に特化した刀身の細いシャープモードがあるが、トンマーソはもっぱらシャープモードを使うらしい。
特に強敵に出会うこともなく、一行は第二、第三、第四、第五層を突破した。
つまり、霊は第六層——最下層にいるのだ。
弾が主体だが防御もできるソフィを先頭に、剣に秀でた攻撃型オールラウンダーのトンマーソ、サポート役のベニートと続き、殿はベニートの護衛を務めるフェデリコだ。
マンチーニ家の騎士団長は、トンマーソとは真逆の守備寄りのオールラウンダーである。
第五層と第六層をつなぐ階段を下ると、ほどなくして霊と遭遇した。
三メートルはくだらない巨体から、これまた二メートルはあろうかという触手が何本も伸びている。
まるで風に踊らされるこいのぼりのように、あるものは斜め上に、あるものは真横に、あるものは足元にうねりながら伸びている。
霊は触手よりも本体を叩いたほうがダメージが入るが、そこにたどり着くまでにも骨が折れそうだ。
触手の本数や長さは、おおむねではあるが、その霊の強さに比例するというのが定説だ。
レオとサーナが倒したものほどかは不明だが、強敵であることに間違いはなかった。
事実、先手必勝とばかりにソフィが放った渾身の【魔力弾】でも重傷を与えることができなかった。
ベニートは少し広めに十二個のポイントを生成した。
十二箇所、地面が淡い水色に光る。
広範囲に多くのポイントを生成すればその分だけ魔力の消費も早くなるが、触手の攻撃範囲もまた広大なのだから仕方ない。
ソフィが弾で切り崩し、生まれた隙にトンマーソが斬り込む。
すばらしい連携だ。
トンマーソもブランクがあるとは思えないほどのキレがある。
しかし、現状では霊の防御力と再生力のほうが上回っていた。
加えて触手による反撃があるため、二人とも攻撃ばかりに専念できない。
走り回るトンマーソに、触手が次々と襲いかかる。
その一つがトンマーソの腕をかすめた。
「ちっ……ベニートさん!」
「了解」
ポイントの上に乗ったトンマーソを、霊の背中側にあるポイントに転移させる。
「感謝します!」
トンマーソの大声に、ベニートはうなずきで答えた。
彼が構える【汎魔剣】の刀身が水色に光り、太くなる。
霊の攻撃を受けることも考慮して、シャープモードからデュラビディモードに切り替えたのだろう。
攻撃対象を見失った霊に、ソフィの【魔力弾】や【薄円斬】が襲いかかる。
霊の意識がソフィに向かったところで、今度はトンマーソが背面から斬りかかった。
それでも深傷を負わせることはできない。
逆に懐に飛び込んできたトンマーソを捕らえようと、触手が檻を形成する。
完成前にその一部を斬り裂き、トンマーソは無事に脱出した。
「くそっ、かってぇな! ベニートさんの点在転移陣があるから攻撃は回避できるけど、とても削り切れる気がしねぇ」
「プランCでいきましょう。まずはコアの正確な位置を割り出す必要があります。よろしいですか? ベニートさん、フェデリコさん」
「はい」
「えぇ」
ソフィがわざわざフェデリコにも確認を取ったのは、プランCの肝が彼だからだ。
「フェデリコ。今ちょうどトンマーソが立っているポイントに霊を転移させる。次に俺が名前を呼んだら放て」
「承知しました」
フェデリコが【爆裂砲】の生成を始める。
緊急回避以外での転移陣の使用、そして霊を視認できないフェデリコの参戦。
どちらも極力取りたくない選択肢だったが、出し惜しみをして犠牲が出ては本末転倒だ。
ソフィとトンマーソが左右からの挟撃する。
狙いは足元。
触手のほとんど生えていない足元のみへの一点集中攻撃はさすがの霊も対処が難しかったようで、二人から遠ざかるように跳躍した。
すかさずソフィが【操縦弾】を放つ。
完璧に制限された弾により霊のバランスが崩れ、着地点が当初よりわずかにずれた。
——その足元は、水色に淡く光っていた。
「さすがです、ソフィさん——フェデリコ!」
ベニートが霊を転移させるのと同時に、フェデリコから【爆裂砲】が射出された。
霊に命中し、爆発する。
触手の破片が飛び散り、本体の中心部に、水色に光るひし形の物体が姿を現した。
「コアだ!」
トンマーソがコアに向かって突進する。
彼が繰り出した突きは、これ以上ないタイミングとスピードに思われたが——、
「トンマーソ、左!」
トンマーソの剣先がコアをとらえるより、霊の触手が彼の体に届くのが先だった。
お返しとばかりの、左右からの挟撃。
左はトンマーソ自身が、右からの攻撃はソフィが対処して事なきを得たが、その間に霊は再生をほとんど完了させていた。
「……速すぎません?」
トンマーソのつぶやきは、その場にいる全員の感想を代弁していただろう。
コアを露呈した後のトンマーソへの攻撃と再生のスピードは、それまでとは一線を画していた。
生存本能のなせる業だろう。
転移を織り交ぜた攻撃は有効だったし、コアの位置も特定できた。
一見すると一歩も二歩も前進したように思えるが、その場の雰囲気は決して明るいものではなかった。
あの驚異的な再生力と対応力。
そして、Bランク冒険者相当の攻撃性能を持つフェデリコの渾身の【爆裂砲】をくらってなお、コアが見え隠れする程度しかダメージを受けない防御力。
それらを前に、全員が悟ったのだ。
この相手は強力な一撃で削り切るしかない、と。
それができる者は、この場では一人しかいなかった。
「——プランDでいきます」
ソフィが迷いのない口調で告げた。
「リーダー、それはっ——」
「早く準備をしてください」
おそらくは反対の声を上げようとしたトンマーソに、ソフィが有無を言わさない口調で命じた。
「……はい」
トンマーソが霊から距離を取る。
ブランD。
それは、トンマーソの必殺系固有魔術【星突剣】で削り切るという、正真正銘最後の手段だ。
彼が反対しようとしたのは、【星突剣】の準備に時間がかかるからだ。
その間、霊の相手はソフィ一人でこなさなければならない。
もちろんベニートもサポートするが、リスクが大きいことに変わりはない。
その判断を一瞬で下す度胸と反論を許さないカリスマ性は、さすがは冒険者という名の自由人たちをまとめ上げる長といったところだ。
理想のリーダー像を問われれば、ベニートは迷いなくソフィの名を挙げるだろう。
すでに何本目になるかもわからない魔力回復薬を飲み干す。
「……相変わらず苦いな」
しかめっ面を浮かべながら、ベニートはソフィと霊の戦いに意識を集中させた。
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