第69話 タレス領の霊騒動① —出陣—
Aランク:ソフィ・パローロ。
「マジか……」
たった一行のみが表示されたパスコンの画面を見て、タレス領冒険者副ギルド長のリカルドは言葉を失っていた。
つい先程、タレス領内にあるレンソ迷宮で霊が出現した。
それに対処するための戦力をパスコンで検索したのだが、Cランク以上で霊が視認できる冒険者が、タレス領の冒険者ギルドの中ではソフィしかいなかったのだ。
しかし、不思議なことではなかった。
霊が視認できる実力者は、そのほとんどが国防軍に引き抜かれる。
Sランク冒険者が二人もいるロット領は、例外中の例外なのだ。
むしろ一人、それもAランクがいるだけでも稀なことである。
「私が行きます」
「ちょっと待て、リーダー。一人で行く気か?」
その場を離れようとするソフィの肩を慌ててつかむ。
「該当者が私だけなのですから仕方ないでしょう。Dランク以下や霊を視認できない人は足手まといにしかなりませんし」
「それは正論だ。だが、一人はリスクが高すぎる」
「大丈夫でしょう。霊が発生したレンソ迷宮は魔力濃度も高くない。これでも私はAランクですから。なんとかなります」
リカルドは思わずまじまじとソフィを見つめた。
冷静で頭脳明晰な彼女らしからぬ、あまりにも楽観的な——あるいは能天気と言い換えてもいい——発言だったからだ。
夜中にロット領から帰ってくるというハードスケジュールで疲れているのだろうか。
帰ってきた直後はさすがにぐったりしていたし、思考能力も落ちているのかもしれない。
「……ロット領で霊が発生したカーボ迷宮だって、魔力濃度は高くなかったって聞いたぜ? それなのにSランク冒険者の二人、レオとサーナ様が【第一の扉】を解放しなきゃ勝てなかったともな。それでも平気っていえるか?」
ソフィが表情をゆがめた。
リカルドは続けた。
「これはあんた個人への心配だけじゃねえ。今この状況でギルド長が死んだら、それこそタレス領がやべえだろ」
「……おっしゃる通りです」
タレス領のことを持ち出されて、ソフィは冷静になったようだ。
「すみません。少し焦っていたようです。これ以上被害が出る前に、と……」
「気持ちはわかるが、それは感情論だ。感情論の混じった議論は不毛——これはリーダーがいつも言ってることだし、俺も同意見だ。今はあくまでタレス領全体のことを考えるべきだろ」
「えぇ、そうですね……」
ソフィが顎に手を当てた。
リカルドも必死に考えを巡らせる。
元来、考える作業は得意ではない。
ソフィより妙案を出せたことなどほとんどないが、彼女を制止した手前、任せきりにするのは無責任が過ぎるというものだろう。
しかし、そうそう良いアイデアなど浮かんでくるものではない。
時間はかかるし色々と面倒だが、周囲の領地に協力を仰ぐしかないのではないか——。
そんなことまでリカルドが考え始めていたとき、ノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
一人の男が部屋に入ってくる。
「——えっ?」
ソフィとリカルドはしばしの間、固まった。
あまりにも予想外すぎる人物だったからだ。
「トンマーソ……⁉︎ お前、なんでここにっ?」
元タレス領の冒険者だ。
妻子持ちの彼は、家族と相談して命の危険が大きい冒険者は引退した。
珍しい話ではない。
事実、冒険者のほとんどは独身だ。
その中の一定数は、衰えるまで戦闘に身を捧げると決めた変態である。
「霊が現れたって聞いたからな。レオもいなくなったし、さすがにリーダーだけじゃきついだろ」
トンマーソがニッと笑った。
その笑みからは自信がうかがえる。
それもそうだろう。
彼は霊を視認できる、しかも固有魔術持ちの元Aランクなのだから。
「……よろしいのですか?」
「愚問です」
ソフィの確認に、トンマーソが笑みを浮かべたままうなずいた。
「——俺だって、タレス領の人間ですから」
話し合いの結果、周辺の領地に出動の要請をしつつ、ソフィとトンマーソで出陣することになった。
時間が経てば経つほど、霊は成長する可能性がある。
ソフィ一人ではなくなっただけ良しとするしかない。
「そうと決まれば早く行きましょう、リーダー」
「いえ、ベニート様を待ちます。先刻に使いの者を出したので、もうすぐ来られると思います」
「はっ?」
トンマーソが狐につままれたような顔になった。
「ベニート様? 彼は霊を視認することはできても、単騎での戦闘力は低いです。特に霊との戦闘では、足手まといになるのではないですか?」
トンマーソの言葉は正論だった。
「えぇ、その通りです。彼は今回の討伐に参加するわけではありません」
「……どういうことですか?」
トンマーソが眉をひそめた。
「トンマーソ。今から話すことには守秘義務が生じます。それを了解した上で聞いてください」
「は、はい」
トンマーソがゴクリと唾を呑み、うなずいた。
「ベニート様は、任意の場所に転移できる転移魔術を開発したのです」
「なっ……⁉︎」
トンマーソが目を見開いた。
ベニートが開発したその転移魔術はまだ世間には出ていない。
ギルド内でも、たった今まで知っているのはギルド長のソフィと副ギルド長のリカルドだけだったのだから、現役の冒険者でもないトンマーソは知らなくて当然だ。
「それを使い、レンソ迷宮まで飛びます」
「……」
トンマーソが衝撃から立ち直る前に、再びノックの音。
予想通り、顔を見せたのはベニートだった。
しかし、開口一番に彼が口にしたセリフは予想通りではなかった。
霊の討伐に参加したい——。
彼はそう申し出たのだ。
◇ ◇ ◇
俺も霊の討伐に参加させてください——。
開口一番にベニートはそう言った。
ソフィは、トンマーソのときとは別の理由で返答に窮した。
霊が視認できるという点では同じだが、トンマーソとベニートでは強みが違う。
ベニートはタレス革命——マンチーニ家に対するソフィたちの反乱のことだ——のときには大いに活躍した。
しかしそれは、彼抜きでも実力が拮抗していたこと、そして対人戦闘だったからこそだ。
今回の相手は霊。
対霊戦闘は対人、対魔物とは大きく異なる。
イレギュラーも発生しやすい。
トンマーソも言っていたが、単騎で戦えないコマは連れて行きたくないというのが、ソフィの偽らざる本音だった。
しかし、すぐに断りの返事はしなかった。
頭の切れるベニートは、己の実力も現状もわかっているだろう。
手ぶらで参戦しようとしているとは思えなかった。
——案の定、ベニートはひっさげていた。
新しい魔術という、そうそうお目にかかれるものではない手土産を。
「点在転移陣……?」
「はい。地面にいくつかのポイントを設定し、そのポイント同士であれば自由に転移させられます。転移させる距離が長いほど、また設置するポイントが多いほど、発動が若干遅くなりますが」
——画期的だ、とソフィは思った。
これを使いこなせれば、戦術の幅は一気に広まるだろう。
「つまり……俺たちは攻撃に専念したまま、一瞬で敵の背後に転移できるってことか⁉︎」
リカルドが興奮した声を上げた。
「はい。ただ、今回は練習している暇もないので、よほどの好機でなければ緊急回避のみに用途をしぼろうと思っています」
「それが良いですね」
ソフィはベニートに賛同した。
慣れないことをやろうとしても、リスクが高まるだけだ。
「まずいと判断したときにポイントの上に乗っていただければ、他のポイントに飛ばします。どこに飛ばすかは俺の独断になりますが……」
「それで構いません」
ベニートの固有魔術【魔眼】は、どんな魔術も一瞬でその構造を見抜く。
つまり、魔術戦においての現状把握能力に優れているのだ。
その上、彼は判断力に長けている。
転移先の決定において、彼ほどの適任者もいないだろう。
「ところでベニート様。彼はなぜここに?」
ソフィはベニートの後ろに直立不動で控える人物、マンチーニ家騎士団団長のフェデリコに目を向けた。
「彼は霊を視認できないでしょう?」
「えぇ、そうなんですが……」
ベニートがフェデリコに目を向けた。
「私の役目はベニート様の護衛ですから。お供するのは当然のことです。それに、ソフィさんとトンマーソさんが霊の討伐に専念するためには、どのみちベニート様の護衛は必要ではありませんか? 視えなくとも、戦闘の余波くらいなら防げるでしょう」
「……わかりました。では、ベニート様の護衛をお願いします」
少し迷ったが、ソフィは承諾した。
時間がない中で平行線の議論をしたくなかったというのもあるが、フェデリコの言い分にも一理あるからだ。
霊を視認できない者が増えたとしても、それでベニートのことを気にかけなくて良いのなら採算は取れている。
もし霊が強かった場合、勝敗を分けるのはきっとベニートの点在転移陣だ。
「それでは行きましょう」
「はい」
ベニートが魔方陣を描く。
リカルドがそれに触れた。
彼が発動させるからだ。
行き先は、レンソ迷宮の入り口。
ベニートが起動した方がより確実ではあるが、リカルドも優秀な魔術師だ。
万に一つも失敗はないだろう。
それに、ベニートには点在転移陣のためになるべく魔力は温存しておいてもらう必要がある。
一応魔力の回復薬は持ったが、転移魔術の魔力消費量は莫大なのだ。
リカルドの手、続いて魔方陣が水色に淡く光る。
「気をつけて」
リカルドの言葉にソフィがうなずいた瞬間、軽いめまいを覚える。
目を開けると、そこはレンソ迷宮の入り口だった。
顔を見合わせてうなずき合い、四人は迷宮に足を踏み入れた。




