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空のリシェル  作者: ブリキ
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永遠の繋がりと銀の配達人 ~⑤~

 姉と慕う少女と出会ったのは、とある浮遊島の軍事施設だった。


 周りには同世代と思われる子供の姿しか見られない。理由も知らされずに島へと連行され、そこで『教育』を施された。


 大人達は子供達に銃を握らせ、フォークでジャガイモを突き刺すような感覚で扱い方を教え始めた。

 後に大人から詳しい話を聞かされた。難解な用語や軍や組織の名うんぬん長々と説明されたが、簡単に纏めると、現在この浮遊島を含めた一体の空域権を持つ我が国が、外敵との戦争中だという。


 遥か遠い空の向こう側から、何千、何万もの侵略者が押し寄せ、祖国を守ろうと多くの大人達が戦地に向かい、そして戦場で華々しく散ったと男は涙ながらに語った。


 当然ながら人間の数は有限だ。戦場で兵士が死ねば、後方から増援が要請される。そして増援を送る軍人が減れば、次は新兵、軍学校の士官、元軍人と補充兵に充てられる。

 その繰り返し。そして、兵の損耗が激しくなった国は次に身寄りのない孤児――つまり自分のような、親の顔を知らない『消耗品』を兵士として教育するのがこの施設の役目なのだ。


 その施設で暮らす日々は、決して生易しいものではなかった。辛い訓練と肉体労働に毎晩筋肉痛に悩まされ、『外』に出れば大人達と共に鉛玉が飛び交う戦場へ駆り出された。


 見知った顔ぶれが時間の経過とともに、徐々に減っていた。


 中には極限の環境に置かれた過度のストレスによって、首を吊って自殺する者まで現れた。当然ながら、そんな世界で生きる子供は周囲に対して無関心となり、自ら『弧』を選ぶ。


 ――失って悲しむなら。

 ――最初からそんなものは捨てればいい。


 何度も遠征し、死地を切り抜けた少年兵は徐々に狂っていった。

 無理もない。内は地獄、外も地獄。見渡す限りに広がる『死』の世界を前に、正気でいろというのが無理な話だ。

 終わりのない両国の戦争。戦火という炎にくべられるのは、戦場で死に続ける兵士の命だ。


 そんな常に死と隣り合わせの生活で、自分が正気を保っていられたのは単に『彼女』の存在が理由だ。

 今でも鮮明に覚えている。初めて見た彼女はとても綺麗で。彼女の笑顔は、この地獄のような世界で唯一咲く花びらのように美しかった。


 一切の穢れがない銀無垢の髪、透き通るような白い肌に、息を呑むほどの整った容姿。初めて彼女と目を合わせた時、言葉を失うほどの衝撃を受けた。


 輝いていた。彼女の瞳は、一部の揺らぎも無い、澄んだ瞳をしていた。


 ――どうして陽気な笑顔でいられる?

 ――こんな地獄の世界で、何故、そんな表情でいられる?


 幾つも『何故』が頭の中に浮かんでは、頭の隅に消えていった。


 施設では少年兵は二人一組となって行動を共にするルールがあり、少女と一つ屋根の下で生活を強いられることとなった。生活する上で少女は自らを『姉』、こちらには『弟』と一方的に下の立場を与えられてしまった。


 血の繋がらない『自称姉』との奇妙な生活。最初は戸惑い気味だったが、生活を共にするうちに、徐々に少女への警戒心という壁が薄れていった。


 暮らしていくうちに、この生活が悪いものではないと考えるようになった。


 寝食を共にしてきたから、相手が異性だから、彼女が綺麗だったから。理由を挙げれば両手で数えきれないが、その中で最も納得する答えがあるとすれば――



 彼女は、自分を残して去って行かないから。



 少年兵となり、転々と戦場を駆け生き延びてきて数年。同じ時期に施設へ送られた子供達の姿は消え、残ったのはカイエンと姉だけだった。


 失うだけの人生で、初めて出会った失わない存在。

 それは生まれて初めて芽生えた、『喜び』の感情だった。

 彼女が笑うだけで自分も嬉しい。彼女が泣けば自分も悲しい。


 生きるのは怖く、何もかもが恐ろしく見えた。でも、貴女と一緒にいれば、世界はこんなにも色づいている。

 血は繋がらなくても。偽物だからこそ、本物以上に姉弟の間には深い絆が生まれていた。

 決して切れることはない、永遠の絆。


 でも。


 そんな姉と過ごす細やかな幸せすら、世界は残酷に奪い去っていった。




 戦局は徐々にカイエン達の祖国が押すようになった。

 各戦線で戦勝報告が相次ぎ、侵略した敵戦力の兵力を大いに削いだ。兵力差に十分な開きがることを見越した本部は、侵略国家への奇襲攻撃に移った。


 用いる武力の総力を結集した一大決戦に、弟と姉が所属する部隊も招集され、前線へと駆り出された。

 それはこれまでの小規模な小競り合いと比べ物にならない戦場だった。


 敵味方無数の屍が重なり、大地は血で染まり、空は撃ち落とされた星舟から吹き出す黒炎が彩った。

 両軍共に万を超える人間の殺し合いは、凄惨を極め、至る所から蛮声、絶叫、悲鳴、懇願。様々な感情の声が鳴り響く地獄絵図と化した。生と死、骨肉相食む戦場の中で、持てる力の全てを出し切って生に執着した。

 



 長銃の引き金を引き、敵兵の眉間を撃ち抜く。

 ――死にたくない。




 弾が尽きれば死体から武器を漁り、手当たり次第に敵を殺しまわった。

 ――死にたくない……。




 弾丸が敵兵の肺を貫き、喉元を剣で刺し貫く。誰の血かも分からない返り血で全身が真っ赤に濡れる。

 ――死ねない……。




 斬り殺し、撃ち殺し、殴殺する。命乞いをする相手も容赦なく屠る。戦場で一瞬でも『甘えた』者の末路は、嫌というほど見て体に染みついている。

 ――死にたくない!



 

 硝煙の匂いが纏わりつく。べっとりと付着する返り血が気持ち悪い。

 ――今の俺には帰る場所がある。



 

 首をはねる。相手の五体を切り刻む。殺して、殺して、殺して、殺し尽くした。

 敵兵の撃つ弾丸が脇腹を掠め、飛び交う鉛玉の一発が片腕を穿った。

 ――何もない、それでも帰りたい場所がある。




 最愛の貴女と。もう一度、故郷に。



 

 温かい思い出が沢山詰まった、あの一軒家に。



 

 二人で。姉弟仲良く。




 そして、俺の目の前で彼女は――……









 

 即死だった。

 頭に鉛玉が命中し、糸が切れた人形のように、呆気なく。

 人は簡単に死ぬ生き物だと。当たり前のことを目の前で思い知らされた。


 彼女の躯を抱きしめた。徐々に体温が抜け落ち、魂が朽ちていく過程を肌で感じた。どれだけ名を叫んでも、彼女の口からあの素敵な声は発せられることはなかった。彼女の体温が抜け落ちるその時まで、傍らに寄り添い続けた。




 戦争が終結した。

 俺達の祖国が勝利した。

 共に戦った仲間達は勝利を分かち合い、生還を果たしたことに涙を流した。


 でも、俺の心は勝利の余韻に浸ることができなかった。


 心にはぽっかりと大きな穴が空き、何もかもどうでもよくなった。

 生きた喜びは沸かない。敵国を討ち果たした喝采も遠く聞こえない。

 視界に映る世界は色が抜け落ちたような灰色に染まった。




「どうして……」


 ――どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……

 ――姉さんが死ななければいけなかったのか……。


 心の中で何度も何度も「どうして」という言葉が脳裏にこびり付いて離れない。

 決して褒められた生き方をしてきたわけではない。

 両親の顔は知らず、泥水を啜るような酷い人生の連続だった。人の悪意に翻弄されながら、それでも何とか今日まで生き永らえた。


 俺が今、こうして生き永らえているのは、全て姉が傍にいてくれたからに他ならない。


 支えてもらった。こんな糞みたいな人生の中で、彼女だけが光だった。

 生きる目的を与えてくれた。貴女が教えてくれた。

 幸せを。愛情を。喜びを。


 だから。だから、だから、だから、だから―――――……




『約束しよう。戦争が終わったら、私達二人で一緒に、必ずこの場所に帰ってくること、いいわね!』




「……帰らなくちゃ」


 たとえ約束を交わした相手が自分を置いて逝っても。

 その時、その一瞬。姉弟で誓った最後の約束だけは何としてでも果たさなければ。



 

 死ぬのは……その約束を果たした後でも遅くない。

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