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空のリシェル  作者: ブリキ
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永遠の繋がりと銀の配達人 ~④~

 背後から襲い掛かる『それ』を、ゴーグル越しに一瞥したリシェルは小さく舌打ちを漏らす。

 星舟が加速。空を切り裂く一線の流星が如く、ぐんぐんと機体の速度を上昇させる。


「超最悪。今日は厄日。一度に三体・・と相対するなんて滅多にない」


 直後、雲海を切り裂き、少女の乗る星舟を超える巨躯の生物が獰猛な唸り声を上げて飛び出した。


 八咫烏。

 黒光りする羽毛に覆われた巨体。猛禽類のような鋭利な嘴、獲物を掴み取る強靭な前脚に巨体を支える鍛え抜かれた両翼。正に空を統べる王たる姿の怪鳥が、真後ろを追随するその光景を前に。


「うぇく……!」


 カイエンの口から変な声が漏れた。


 ――おちつけおちつけおちつけおちつけ!


 脳から溢れるアドレナリンとドーパミンが思考を極限まで活性化させる。長旅からの疲れもこの瞬間だけは忘れ去り、迫り来る『死』に血が湧き立つのを感じる。


 喉から飛び出そうな叫び声を必死に抑え込む。


 リシェルは同乗者の不安を他所に、機体を大きく旋回させる。


 機体に内蔵された『錬星石』が大気中の星素を取り込み、心臓の鼓動音を響かせるように激しく脈動。さらに速度を速め、風を切るように青空を飛翔する。


『GAAAAAA!!』


 機体後方から徐々に距離を詰めてきた八咫烏が、鋭い眼光で獲物と定めた星舟を射抜く。


「流石は空の覇者。この程度の速度じゃ相手にならない」


 背後から迫り来る『死』を前に、それでもリシェルは普段と変わらない声音で呟く。

 獣と人。

 生まれ持って空に生きることを宿命付けられた者と、地に住むことを強制させられた者とでは、舞台上でのフィジカルの差が圧倒的にかけ離れている。


「なら、舞台を変えましょう」


 速力は八咫烏に分がある。生まれながらに空を生きる運命しか選べなかった彼らに、翼を持たぬ人間が勝てる道理はない。


 しかし、“戦術”と“風読み”において人間が劣る道理もない。


「第二ラウンド開幕」


 言うや否や、少女は機体を急降下させ、真下の雲海目掛けて一直線に降下した。


 ボフッ! と雲海に潜航・・し、視界が白一色に満たされる。


(こ、こいつ!)


 先程とは比較にならない圧力がカイエンを襲った。周囲の風景が瞬きの間にはるか後方へと過ぎ去る。前方十メートル先も目視で視認できないほどの悪環境で、だが少女は微塵の迷いもなく機体を操り、空を駆ける。


 しかし、空の領域において八咫烏に適うはずもなく、とうとう一体が星舟の真横に並ぶ。

 緋色の眼光が少女を鋭く射抜き、一気に幅を寄せ急接近。両者が激しく衝突――


「――残念だけど、」


 寸前。リシェルが機体を大きく減速させる。突如標的が速度を落としたため、八咫烏が追い越す形で星舟の前方に躍り出た。

 

 刹那。


「私の勝ち」

 

 機体前方に備え付けられた長銃が火を噴き、厚さ一センチの鉄板をも貫く破砕の弾丸が、八咫烏の無防備な背中に撃ち込まれた。


 悲鳴を上げる暇もなく八咫烏が絶命。着弾箇所から赤黒い血を流し、雲海の底へと堕ちていく。だがリシェルの操縦桿を握る力は微塵も揺るがない。 


 リシェルは空を振り仰ぐ。


「次」


 休む暇もなく、残りの二体が頭上から二人目掛けて襲い掛かってきた。

 嘴を大きく開け、口内から雷光が迸る。

 死角からの強襲。だが不規則な風の流れを察知していたリシェルは、焦ることもなく機体を大きく傾ける。星舟が大きな弧を描き、直後、強烈な風の抵抗が襲い掛かる。


「ッ!?」


 肺が圧迫され息が詰まる。依頼主の負担を度外視して機体を駆る操縦者は、その反動を逆に利用して、さらに雲海深くまで潜航する。


 だがそれは誰もが無謀と思う行為だ。雲海は深層に近づくほど気流の流れが不規則で、一歩間違えば機体を操ることができなくなりそのまま落下する危険な領域だ。


 だが――


 少女は乱れた気流――風の煽りを、まるで見えているかのように飛翔する。

 白一色で覆い隠された視界の中で。


『――合わせて・・・・


 操縦者から送られる不意の手信号ハンドシグナルを目で捉える。精髄反射の如くカイエンは左へそれ・・を構えた。

 直後。先程頭上から強襲してきた八咫烏と少女の『箱舟』が並行する。

 

 目が合った・・・・・

 

 標的の少女と目がかち合い、八咫烏の緋色の瞳が大きく見開かれる。


「驚愕? ううん、この結果は必然」


 単純な速力においては、星舟が八咫烏に勝てる道理はない。

 しかしリシェルはこの視界零の中、まるで八咫烏の位置が視えているかのようにピンポイントで探り当て、最短最速で近寄ったのだ。


 偶然ではない。大気中に渦巻く風の流れと、八咫烏の位置を完全に把握したリシェルの卓越した風読みだからこそ成せる業だ。


 矮小で脆弱な『人間』が、今も空の世界で生き延びてきた知恵の結集。幾千、幾万もの先人達が編み出し、空の王達へ抗うための技術を後世へ受け継がせてきた人間の『技』であり、空を生きるための『武器』が、今まさに空の王者の一角へ死を宣告する。


(これが、リシェル・E・スカイ)


 ここにきてようやく、カイエンは気づく。

 危険空域の依頼を何故、平然と彼女が請け負ったのか。

 配達人として優れているわけではない。

 ただ単純に。彼女は、リシェルは。


「――強い・・


 この圧倒的な大空の元で。空を生きることを宿命づけられた八咫烏よりも。

 彼女は空を知り尽くしていた。


 後部座席に予備兵装として無造作に置かれていた片手拳銃を握り、銃口を八咫烏へ照準。狙いは硬質な羽毛が唯一ない眼球。


「チェック・メイト」


 ほぼ同時、空を切り裂く撃鉄が鳴る。二の腕から肩へ反動が伝わる。その間に標的は絶命する。

 撃ち放たれた弾丸は寸分の狂いもなく八咫烏の眼球に命中、眼球を貫きそのまま頭部を貫通した。

 八咫烏の巨体から力が抜け、がくんっ、と糸が切れた人形が如く空から堕ちていった。


 絶命した八咫烏の断末魔はなく、空に無音の時が流れる。


 無言で銃をホルスターに収納し、少女は機体を上昇させる。

 潜航した雲海から蒼界へと帰還を遂げ、カイエンは大きく息を吐いた。


「はぁ……はぁ……はぁ……死ぬかと思った」


「及第点。よく私の指示を瞬時に理解した」


 一方、操縦者のリシェルは息一つ乱れていない。あれだけの高速機動で空を駆け回り、三匹の八咫烏を翻弄するほどの回避運動を披露した直後だというのに、本人は軽口を叩くほどの余裕が見て取れる。


「軍学校で散々頭に叩き込まれたからな。……いつから俺が軍人だと気付いていた?」


「出発前夜。危険空域に侵入するのだから、目的地の下調べくらい怠らないわ。あなたが向かう浮遊島は、元は島一つを軍事施設に転用した要塞跡地よ。今は廃れて無人の地と化しているけど、そんな場所に配達人を雇ってまで足を運ぶとなれば、あなたの正体は容易に想像がつく」


「恐れ入りました」


 リシェルの洞察力に、カイエンは苦笑で返す。


「……誰にも話さないと約束してくれるか?」


「守秘義務により、顧客の情報は一切外部に漏らさないと約束する」


 マニュアル通りの答えを返すリシェルに、カイエンは彼女の後ろ姿を見つめながら安心した。


 ――嗚呼、それなら問題ないな。


 彼女になら、話してもいいだろう。どうせ残り短い付き合いだ。何を話したって、彼女には関係ない男の身の上話だ。


「少し長い話になる」


 顔を上げる。視界の先。小石くらい小さな点がぽつんと宙に浮いている。

 今回の依頼の目的地である、目的地こきょうが姿を見せた。


「気づいていると思うが、俺があの島に行く理由はさ」


 太陽が西に沈みかけ、青と白の世界が夕焼け色に染まる。

 美しい。この死と隣り合わせの、空の世界には似つかわしないほど、天を焼き焦がすような夕映えの景色は、ただただ美しかった。




「――――死ぬためだよ」


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