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終焉の幼女エルルと死なずのライザ  作者: 囲味屋かこみ
【第三話 その想い。心から】
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12 世界は天秤。傾く命の皿⑥古の。強者どもの饗宴。

『主——様! しっ——かり——せい主様!』


 混濁していた意識を、ノイズ混じりのレーヴァの声が現実へと引き戻しました。


「大……丈夫です」


 ここで気を失うわけにはいきません。


 わたしを庇って、敵の拘束を受けたセラディスを助けなければ。


 そして、ライザと合流し、ナンナリッタさんの行方を探す。


 わたしには、まだやることがあります。


 体の上に重くのしかかるガーディアンの体を、踏ん張ってどかそうとしました。


「ひぎっぐぅぅっ……ぁぁぁあ」


 ちょっと乙女としてはあり得ない声が喉から出ています。力を込めるだけで、全身から悲鳴が上がりました。あまりの激痛に、一瞬で吐き気が込み上げてきます。


「おぇっ……ぁぁぁ……」


 窒息しないように、首だけ横に向けて吐瀉物を出します。


 胃液混じりの歯を食いしばり、焼けた喉を枯らし、なんとか金属のむくろをどかしました。息も絶え絶えに起き上がり——そして。


 わたしは、絶望を目の当たりにするのでした。


「そん——な」


 通路の奥、そして来た道からも。


 今、死ぬ思いで倒した強敵と同型のガーディアンが、群れをなして押し寄せてきていたのです。


 広い通路を埋め尽くす量。


 その歩みは、無機質で画一的。


 まるで意志もたぬ軍隊のように。


 着実に、こちらへ進軍してきます。

      

「……レーヴァ、わたしのエーテル残量は?」


 あるはずの彼女の声も、聞こえなくなっていました。あまりにもエーテルを消費し過ぎていて、レーヴァとの接続リンクもままならなくなっている様子。


 自分が置かれている限りなく絶望的な状況は、火を見るよりも明らかでした。


 体の機能はエーテルの補助無しには働かない程に低下、損傷。立っているだけでもいたずらにエーテルを消費し続けています。10分、いや数分後には、何もせずとも動けなくなるでしょう。


 あの大群を相手取るには、あまりにも無謀でした。だからといって、黙っていてもただやられるだけ。


 本当に——腹正しい程に、現実とはかくもままならぬもので。


 なんという無情。


 かといって、諦めるという選択肢はないのです。


 わたしは、自分に強く言い聞かせます。


 気力を振り絞れ。運命に抗えと。


 この窮地を脱する方法を、考え続けなければなりません。


 活路を見逃すな、突破口を見落とすな。


 思考を手放すな。考えれば考えるほど、絶望がより際立つとしても——。


「………………」


 ……頭では、わかっているのです。


 真に可能性が0になるのは、諦めたときなのだと。


 しかし——それでも。


 ほんの少し。


 ほんのちょっぴり。


 理不尽を体現したかのような光景に。


 情け容赦のない現実に。


 己の無力さに。



 心が——折れそうでした。



 わたしは、レーヴァを握り直します。


 切っ先は、水平より下に。いつもは包丁のような軽さしかない彼女も、今は鉛の塊よりも重く。


 周囲へ向ける視線は焦点が定まりません。動悸が止まらず、手足が震えていました。


 やがて、わたしを包囲したガーディアン達が、寸分違わぬ動作で攻撃動作に入ります。その一糸乱れぬ統率は、機械特有の冷たい不気味さをたたえており、心の底から恐怖しました。


 そして、一斉に、襲いくる死の脅威。


 鈍色のエーテル達が視界を覆い、


 打つ手なく、なす術もなく。


 死——


 それだけが頭を支配し、


 暗く黒く、塗り潰され、


 その中で、


 またたいた小さな、とても小さな光。


 すがるように。


 約束を。彼の名を。



 ライザ———


 ———助けて。



 その時、金色の光が煌めきました。


 無数のガーディアンが弾けたように宙を舞い、


 わたしの前には、見慣れた、大きな背中が。


 彼は、背中越しに振り返り、いつもの朴訥ぼくとつとした調子で言うのです。


「今度は間に合った」


 ——ライザが、そこにいました。


「間に合ってないですよ、ばかぁ……」


 涙が止まらないのは、きっと傷が痛むせいです。決して。ライザの顔を見たら安堵して緊張の糸が切れただなんて、そんな情け無い理由ではありません。


 ズタボロのわたしの様子を見るなり、ライザの顔が僅かに曇ります。


「遅れてすまない」


 その言葉に、嗚咽混じりにわたしは首を振りました。


「いえ、助けに来てくれてありがとうございます……」


 涙を拭いました。


 心強い援軍に、本当に安心している自分がいます。今はそれを人任せと責める気にもなりません。仲間がいるという暖かさが身も心も包み込んでいました。


「今傷を治す」


 ライザがしゃがみ込み、わたしの傷を確認し始めました。


 今にも死にそうなので、その申し出は大変ありがたいのですが、敵は以前こちらを包囲したまま。そんな悠長なことをしている余裕はないのではと、思わんこともないのです。   


 その証拠に、ガーディアンの一体がライザの背後から迫っていました。


「ライザ! 前!」


 ライザは振り向くことなく言います。


「大丈夫だ」


 力強い言葉に呼応するように、一条のエーテルが走りました。目に暖かな橙の光。ガーディアンが粉々に砕け、一つの影がわたし達の近くに着地します。


「いやあ、しくった。ラディさん一生の不覚。あの程度でここまで足止めされるなんて。この不始末は、オレの貞操をエルルちゃんに捧げることでしか償えないだろう。うん、きっとそうだ。そうに違いない」


 セラディスが、肩を鳴らしながらキメ顔で言います。


 得体の知れない乱入者が続き、ガーディアンの群れは完全に警戒状態へと移行した様子でした。不気味な頭部から注がれる視線達が、痛いくらいに突き刺さります。


 それでもわたしは、颯爽と降り立ったセラディスに動揺を隠せません。


「せ、セラディス! 大丈夫——なんですか?」


「大丈夫だよ。ごめんね、エルルちゃん。俺が不甲斐ないばかりに、こんなに傷ついて……。責任を取るよ、結婚しよう」


「お前は馬鹿か」

   

 セラディスの軽口を、ライザが背中越しに一刀両断。そのまま彼は、わたしのお腹へと手の平をあてがいます。


「あー、ライザさんやらしいんだー」


「黙れ」


 ライザの治癒魔法が、わたしの体を包み込みました。何度目かにはなりますが、本当に気持ちいい。


「んっ……く……ぁんん……」

 

 その上、どこかくすぐったさもあって、身をよじり思わず変な声が漏れ出てしまいます。


 ものの数秒ほどで、明らかに体が楽になるのが分かりました。破滅的な痛みが消え、乱れた息も安定してきます。


「取り敢えずは応急処置だ。残りは、あとでゆっくりと治す」


「あ、あの、ライザさん……?」


 頭にポンと手を置かれ、目を丸くするわたしです。


 どぎまぎするこちらの気を知らずか、ライザは立ち上がり、周囲を一瞥いちべつ。そして抑揚のない、けれど強い言葉で宣言するのです。


「こいつらをぶっ壊したあとでな」


 そこに込められた確かな怒気を、わたしは感じ取ります。普段のライザが見せない一面に、不思議と胸が高鳴りました。


「お前も手伝え、セラディス」


「えー、男からの頼みなんて聞きたくない——って言いたいところだけど、さすがのラディさんもちょっと責任を感じてるので、仰せのままに」

 

 そして、わたしの目の前で——両雄は並び立ちます。


 ぞくり、と背中が震えました。武者震いのような何か。歴史的な瞬間に立ち会っているかのような、高揚感。今からわたしは、おそらくこの世界でも屈指の実力者の戦いを、間近で目撃できるのです。

  

 今の自分では到底及ばない、遥か高みにあるステージ。


 わたしは、この戦いを目に焼き付けなければならない。


 ライザとセラディスが、背中合わせで、それぞれの得物を構えます。ライザはついの浮遊剣。セラディスは、両の中指に機械の指輪をはめ、そこから噴き出す橙のエーテルを拳に纏います。


「すっごい数だよねー、何体いるの? これ。ため息出ちゃう。だって、男の子だもん」


「知らん。だいたい何体いようが一緒だ」


「それもそっか。それにしても、こうしてると昔を思い出すよね」


「くだらない昔話に付き合っている暇はない——いくぞ。たかが人形、俺達の敵ではない」


 その言葉が合図でした。


 ライザとセラディスが、同時に動きます。


 対するガーディアンも、向かってくる標的を殲滅せんと一斉に稼働。


 激突する両陣営。


 そこからはもう、圧巻でした。


 踊り狂う浮遊剣、はしる徒手空拳。金色と橙のエーテルが乱れ咲き、次々とガーディアンが切り刻まれ、粉砕され、竜巻が吹き荒れるごとく撃破されていきます。


 決して相手が弱いわけではありません。それは、わたしがこの身をもって痛いほどに体感しています。また彼等がもつ情報共有機能により、複数体による連携も完璧であり完全でした。


 仮にわたしが全快の状態でも、対多数を相手取れば、10秒と命はないでしょう。


 敵の力量は十二分。


 ただ、二人が圧倒的に強過ぎるのです。


 ライザの剣戟けんげきも、セラディスの拳撃も。『視る』ことだけにエーテルを集中しても、その動きの全てを追うことができません。


 それでもわたしは己のまなこに全神経を注ぎ、その光景を焼き付けるのでした。


 わたしも——わたしだって、いつかはそこに——。


 そう、年頃の少女のように恋焦がれるのです。

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