11 世界は天秤。傾く命の皿⑤古の。止揚はそこに。
「召喚機能の機嫌はどうですか」
『すこぶる悪いのう。前回の使用で、必要なデータのいくつかは焼きついてしまった。使用できるかどうかは不明瞭。何より、主様の体のこともある。この短期間での連続使用となると、主様の体にどんな影響を及ぼすか、ワシにも想像がつかん』
「そうですか……」
わたしは、特段気落ちすることなく答えました。
元より、あてにはしていませんし、頼りにするものでもないのです。使用して初めてわかる、あの力の強大さ。あれは諸刃というにはあまりにもキレすぎる代物であり、人の身には過ぎた力です。今のわたしでは、一歩間違えれば自身のみならず、周囲を傷つけかねません。
なればこそ、わたし自身の力でこの場を切り抜けなければ。
『作戦は?』
「敵が、チャフと煙幕でこちらを見失っている今のうちに、エーテルを練り、奇襲を仕掛けます。狙うは脚部、機動力を奪えばこちらにも勝機があるはず」
『最良じゃな』
「懸念点は?」
『敵の最大戦力。主様の全力が通用しない程の力量を持っていた場合じゃの。まあ、それは今心配したところで詮無きことじゃろうて。何故なら——』
「やるしかないからです」
『うむ。逃げるという選択肢はないじゃろう?』
「ありません。セラディスを抱えて逃げても、追い付かれる可能性が高いです。背後から追撃を受けるくらいならば、今この場で死力を尽くすべきです」
『同意じゃ。——ワシはエーテルのコントロールに専念する。主様、死ぬなよ?』
「もちろんです」
わたしは、力強く頷きます。
レーヴァとの実態のない交信の間も、彼女の中にはわたしのエーテルが注ぎ込まれ続けていました。
エーテル伝導率という壁を打ち破り、わたしの少ないエーテルを100%伝えられるレーヴァのサポート。
やがて、【終焉たる救世主】に形成される刃が、大きく、力強く、より銀色の輝きを増していきます。
わたしの身の丈の、ゆうに2倍ほどはある巨大さの刀身。これが、今のわたしにできる最大出力でした。
ゆっくりと、深呼吸。一度手のひらを見つめ、強く握りしめます。
わたし自身の力——いえ、わたしとレーヴァの力で。
勝利を掴み取る。
レーヴァを両手で構え、いざ。
わたしは、決死の覚悟で地を蹴りました。
視界が白煙に覆われる中でも、微かな駆動音、僅かな空気の擦れが、わたしに敵の位置を教えてくれます。
その場所への距離は、斬撃へ勢いを乗せる為の助走には十分でした。足を押し出す度に、加速。あっという間にわたしの体はトップスピードへ。
流石に、こちらの攻撃が届く程に近接すれば、感知されるでしょう。
ですが、足を止めた状態から稼働する相手と、既に最大速度へと到達しているわたし、そこに生まれる彼我の差を突き——敵の反撃がこちらへ到達する前に、切り伏せる——!
白煙をかき分け、標的の背後へと躍り出ます。
ガーディアンの無機質な頭部がこちらを捉えますが、既にわたしは必殺の間合いへとたどり着いていました。
敵が放った振り向きざまの拳を、沈み込むように上半身を傾け、置き去りに。
装甲の隙間、関節めがけて。
体を反転、回転力すらも刃に乗せ、
すれ違い様に、レーヴァを振り抜きます。
走る刃。煌めく剣閃。
確かな手応えを感じました。
切断されたガーディアンの両足。
残心の思いで体勢を立て直し、離脱を試みながらも反撃に備えます。
例え相手が機械であろうと、人体を模した構造を持っている以上、下半身を失った体から繰り出される技は限られるはず。このまま離れてしまえば、射程外に逃げられる算段。
しかし。
そこでわたしは、信じられない光景を目にします。
ガーディアンの切断された脚から噴き出していた血色の液体が、まるで生き物のようにうねりながら、切り離された部位へと伸びていきました。そして、結ばれた赤い紐がゴムのように縮み、あっという間に脚部が結合。それらの現象は、瞬きよりも短い時間で完了したのです。
再——生。
わたしは、驚愕に目を見開きます。そんな機能が搭載されているなんて——。
予想外というにはあまりにもな非常事態が、わたしの反応を遅らせました。
次の瞬間、ガーディアンの姿が急接近。鈍色のエーテルを放つ右脚が、跳ね上がります。
咄嗟にレーヴァで防御するも、ガードごと押し返され、凄まじい勢いで真上に打ち上げられました。体勢を制御する暇もなく天井に叩きつけられ、ピンボールの如く跳ね返り、急速に落下。その先で待ち受けていたのは、生を絶する破壊の権化。
ガーディアンが放った右ストレートが、わたしを撃ち抜きました。
防御は間に合わず、腹部に未曾有の衝撃。体が信じられない速度で吹っ飛びます。受け身も取れず、一瞬で壁に衝突。その勢いに堪えられなかった壁の表面が砕け、わたしはそこに埋没する形となりました。
体が粉々になったと錯覚する程の激痛が駆け巡りました。内臓が破裂したのか、吐瀉物混じりの血を吐き出します。視界が錯綜し、息が出来ません。ですが、わたしは意識を手放すわけにはいきませんでした。
とにかく、武器を前へ。苦しんでいる暇も、考えている暇もない。
ただひらすらに無機質で、無情な敵の追撃。無数の残像を刻む高速の連打が、わたしを襲います。
一撃の威力こそ先程には劣りますが、それでも常人であればあっという間に肉塊になれる程の暴力の嵐。
展開したエーテル刃で防御を試みますが、幾度かの打撃を受け、頼みの綱も突き破られました。
わたしの体を、破壊の暴風が襲います。
骨が砕け、内臓が破れ、肉が抉れ、鮮血が舞う。
壁に縫い付けられ、身動きすら取れず確実に死へと向かう肉体。
痛みは既になく。あるのはただ、それでも生きようともがく精神。
意識が朦朧とする中、頭を過ぎるのは走馬灯——ではなく、ライザの言葉でした。
——いいか、エルル。大切なのはエーテルの流れを感じ取ることだ——
つまりは、敵の体内エーテルの流れを読み、動作を先読みする技術。達人同士の死合では、当たり前に行われている基本であり、奥義の一つ。
我々の超人的な動作は、純粋な肉体強度の他に、体内でエーテルの流れを操作し、必要な部位に集中させることにより得られます。
言い換えれば、攻撃の際にはどうしてもその箇所にエーテルが集中してしまうということ。
それを感じることが出来れば、次にくる相手の動きを予測することができるという道理。
口にするのは簡単ですが、それは非常に困難な技術でした。
ライザとの特訓では、確信的な何かを掴み損ねていたのが実情。
それでも——今、ここでなら。
敵の乱打を受ける度に、一歩一歩破滅が近づいてきます。
黒く塗り潰されていく視界の中、思考が緩慢に。けたましい耳鳴りだけが脳に警鐘を鳴らしていました。
そこで、ガーディアンの連打が止みます。
敵が動かなくなったのを見て、トドメを刺そうとしているのでしょう。ガーディアンが大きく腕を振り上げ、全力の一撃を打つ為の——エーテルが集中していくのがわかりました。
その光景が、朧げに。
ゆっくりと。
世界が静か。
ありとあらゆる感覚が、その機能を失いかけています。
肉体が破滅へと漸近し、死に晒されることで、反比例するかの如く研ぎ澄まされていく精神。
思いだすのは、師匠からエーテル操作の術を授かったあの瞬間、自身の中のエーテルの流れを感じ取ったあの感覚。
そして、ライザとの特訓の日々。
今——
追い詰められた肉体の中で、
師匠がくれたきっかけと、
ライザが授けてくれた知識が、
かちりと、音を立てて噛み合いました。
目を力の限り見開きます。
敵が最後の一撃を放たんとする直前目掛けて、【終焉たる救世主】を勢いよく突き出しました。
その切っ先が相手の腕を捉え、弾き、大きく体勢を崩すことに成功します。
その隙を、わたしは見逃しませんでした。
気力を振り絞り、体を前へ。突き出したレーヴァをそのまま思いっきり薙ぎ払い、ガーディアンを真横に大きく吹っ飛ばします。
拘束から逃れたわたしは、大きく息を吸い、血と共に吐き出します。
激痛が全身を駆け巡りました。痛覚が戻ってきているのを確認、まだ動ける。
自身のエーテルの流れも、より鮮明に感じられました。折れた骨、断裂した筋肉、体を動かすのに必要な箇所をエーテルで補強。あと少しだけ、ほんの少しだけ頑張ってください。わたしの身体。
気力が、全てを支えていました。
次が最後の一撃。その確信があります。
奥義の入り口に手を掛けはしましたが、戦闘を続けるにはあまりにもダメージを負い過ぎました。
遠方、構えを取るガーディアンを見据えます。
再生能力を有する相手。
では、コアならば?
ガーディアンに存在する中枢器官。その場所は機体によって様々ですが、エーテルの流れを読める今ならば——。
ガーディアンが動き出す瞬間、そのほんの少し前に、わたしは動き出していました。
疾駆しながら、残ったエーテルを刃先に込め貫通力を高めます。
彼方、ガーディアンの背の装甲が展開し、スラスターが露出。そこから噴射されるエーテルによって加速を得ながら、敵は掛け値無しの突貫を仕掛けてきました。
あっという間に彼我の差が縮まります。ガーディアンが早くも攻撃体勢へと。次の手を、わたしは予見します。最高速度、瞬発力、そのどちらもわたしが劣るでしょう。しかし、敵がどれだけ速かろうとも、これから到来する技が分かれば対処のしようがあるのです。相手は機械、その動きは単調で呼吸が宿っていないとなれば、なおさらでした。
目にも止まらぬ特攻。合わせて振られた左の拳は音速を超え、衝撃波と共にわたしへと迫ります。
されど。
わたしは体を反転させ、最小限の動きでそれを躱します。
そしてそのまま、【終焉たる救世主】を相手の胸部へと突き刺しました。
敵の超越的な速度をも利用した一撃は、装甲ごとコアを貫きます。
勢いを堪えきれず、わたしはガーディアンに押し倒される形で背中を地面にぶつけました。
血のような液体が、顔に身体に降り注ぎ。
ずしりと、重くのしかかる機械の体。
そして。
彼はもう、動き出すことはなかったのです。




