10 世界は天秤。傾く命の皿⑤古の。それは奇しく襲撃者。
【Side:Elulu】
放たれた大口径のエーテル砲を、わたしはすんでのところで回避しました。
髪先を掠めていったそれは、遥か後方の壁を轟音と共に粉砕します。
「髪が! 手入れが!」
「え、そこなの?」
敢えて冗談の一つでも口にしなければ、この戦場を乗り切ることなど、できそうもありませんでした。
すかさず左右から襲いくる人型のガーディアンを、レーヴァでまとめて斬り裂きます。展開したエーテル刃はガーディアンの装甲を易々と両断しますが、彼等の恐ろしいところはここからでした。支えを失った上半身が、それでもと腕を伸ばし襲いかかってきます。
人とは違う、機械の身。例え胴を切断されようが、コアと呼ばれる中枢部位が生きている限り、動き続ける。ただひたすら、与えられた命令を遂行する為に——。
わたしは後ろに飛び退き、追撃を回避しました。
しかし、それを待ち受けていたかのように、着地地点では既に別のガーディアンが攻撃態勢に入っています。
リアルタイムで情報を共有できる機械だからこそ可能な、非常に高度な連携。
ですが、わたしも一人ではありません。心強い味方がいるのです。
「はいさ!」
セラディスの拳が、ガーディアンを吹っ飛ばしました。そのおかげで、わたしは難なく着地。セラディスの背後から迫っていたもう一体を、彼と入れ違いざまに斬り伏せ、そのまま回し蹴りの要領で 残った部位を蹴り飛ばします。
彼等らも彼等で貴重な前時代の遺産ですが、今はそんなことを言っていられません。真面目に命がかかっているので。
追撃の手が緩んだことを確認すると、セラディスと背中合わせでレーヴァを構え直しました。
「キリがないねー」
「ええ…」
いまいち緊迫感に欠ける相方の声を聞きながら、呼吸を整えます。
既にわたし達は包囲されていました。初めは数体を相手にしているだけで済んだのですが、時間が経てば立つほど、増援が集まってくる悪循環。
いくら稼働遺跡だからといって、これだけの数のガーディアンがいるとは……このままではジリ貧、早急に手を打たねば。
背中越しに、セラディスへ提案します。
「アミュゼポスタ遺跡のように、今度はわたしが足止めをするというのは?」
「あんまり意味ないんじゃないかな。ほら、相手が機械だし。単純に二分されて付いてきそう。それはそれで悪くないかもだけど、相手の数が分からない以上、より事態が悪化する可能性があるね」
真っ当な意見に、わたしは唸りました。となると残された道は、絶えず進軍を続ける一点突破。二人で力を合わせ、突破口を開く。
「セラディス、進みましょう。大技で一気に穴を開けるので、サポートを頼みます」
「了解。あ、でも、エルルちゃん。やばいかも。緊急事態」
「どうしました? まさか、どこかに負傷を?」
「いや、さっきから、戦ってるエルルちゃんのワンピースがちらちら捲れて、集中できない」
「……やっぱり作戦変更です。あなたが突っ込んでください。肉欲にまみれた肉壁も、弾除けくらいには役に立つでしょう」
「あらやだ辛辣。ところで今日はベージュピンクなんだね。アクセントの白のフリルが可愛いよ!」
「強過ぎません? あなた」
レディに対して無敵じゃないですか。全くこたえていないセラディスに嘆息します。
顔が良くてもこれでは汚物以下です。
でも、いい感じに緊張がほぐれました。
さて、行きましょうかと。
少しでも層の薄い弱所を求めて、敵の包囲を観察します。そしてレーヴァからとある物を取り出そうとして——そこで違和感を覚えました。
「——? なんだかおかしいですね」
わたし達を包囲するガーディアン達。武装こそ構えてはいるものの、しかし、一向にこちらへ向かってくる気配がないのです。
まるで——こう着状態を狙っているかのように。
嫌な予感がしました。
不本意なことに、悪い直感ほどよく当たるもので。
その時です。
一斉にガーディアン達が動き始めました。身構えますが、予想外の動き。返す大波の様子で、彼等は退散していくのです。
そして——。
入れ替わるように、ガーディアンの波から滲み出てきた影が一つ。
「な——」
『それ』を見た瞬間、背筋が縮み上がりました。
一見すると、普遍的な人型のガーディアンです。2メートル程の体躯。鈍色に輝く装甲は、流れるように美しく。フルフェイスの頭部に入るスリットからは、怪しい緑光が漏れ出ていました。
外見的には、特異性などなく——されど、不気味な威圧感があるのです。
佇まい、本物の人間の如く滑らかな稼働。装甲の隙間に覗く、黒いラバースーツに覆われた関節は、まるで人体のような——
『危ない! 主様!』
相棒の声に、自身に迫る脅威を認識しましたが、時既に遅し。
油断していたわけではないのに。
いつの間にか、ガーディアンが眼前まで接近していたのです。
繰り出される拳は、不可避の絶撃。速さ、威力、共に人を死へと導く絶望の凶拳。
思考だけが加速していくのに、体が動かない。脳内に流れるイメージ。それは、頭部を砕かれ、力無く倒れるわたし。
「エルルちゃん!」
わたしの前に躍り出る影がありました。視界に広がるセラディスの背中。ついで、耳をつんざく衝撃音。彼の体ごと、凄まじい勢いで吹き飛ばされ、壁に激突します。骨が軋み、腰が砕けそうな衝撃でしたが、じっとはしていられません。覆いかぶさるセラディスの大きな体から這い出ます。
レーヴァから、筒状の煙幕とチャフを取り出し、投擲しました。両方とも空中で炸裂し、辺り一面に煙が広がります。
ガーディアンが標的を感知する方法は主に二つ。視覚カメラによる認識、そしてエーテル反応による感知です。
わたしが使用したのは、それらの働きを阻害するデコイ。先程、包囲から抜け出す為に使おうとしたとっておきですが、簡易的なもので効果時間は短く、またそうそう手に入るものでもないので、これが最後です。
敵の追撃がないことを確認し、今のうちにセラディスの安否を。
目立った外傷は無し。息はしている。意識は——
「俺から離れて、エルルちゃん……」
彼に手を伸ばそうとしたその時、突き飛ばされました。途端、セラディスの体が光を放ったかと思うと、鈍色のエーテルが彼を覆い隠してしまいます。
それは、あたかも繭の様相。
どう考えても、敵の攻撃に起因することは明らかでした。無力化を狙った拘束? いえ、それだけで済む保証はどこにもない。
わたし——のせいで。
『主様、後悔も反省も後じゃ。今はこの場を乗り切らねば』
「……わかっています」
わたしは、レーヴァを構え直しました。
敵の正体は不明。ただのガーディアンが持つ戦闘力とはかけ離れた何かを、わたしは感じていました。
対峙した時に感じた威圧感、そしてその動きから、敵の戦力を暫定的に設定します。
比較として思い出されるのは、オルセアの街で戦ったあの紳士でした。彼と同等、もしくはそれ以上。
となれば、勝率は絶望的でしょう。
ですが、わたしもあれから遊んでいたわけではありません。
あの時味わった雪辱を。
相手は違えど、果たしてみせましょう。
でなければ死ぬ。ただそれだけのこと。
為すべきことを為せず、助けられるものも見殺しに。
恐怖に負け、葛藤に殉じ、無力と膝を折るのはもう、飽き飽きでした。
エルトゥールル・ハウルは、そんな情け無い女ではないはずです。
レーヴァを握る手が熱く、燃えるように心を奮い立たせます。
「行きますよ、レーヴァ。あなたとなら、地獄のピクニックも楽しめそうです」
『了解じゃ。主様とならどこまでも』




