8 世界は天秤。傾く命の皿③古の。守護者は壊れた縦糸。
【Side:Elulu】
遺跡に入りしばらく地下へと進むと、広い通路に出ました。列車が通過できそうな程の空間。床も壁も機械的なデザインで、その表面にはほとんど傷みが見受けられません。天井には、エーテル灯も煌々と輝いていて、地下だというのに昼間以上の明るさでした。
遺跡としてはあまりにも綺麗な状態——つまり、オートメーション(自動整備機能)が生きているということ。それは同時に、遺跡の『防衛システム』が健在であることを意味しました。
彼等は普遍的に『ガーディアン』と呼称されます。
前文明において運用された戦闘用の機械人形——遺跡に配備された彼等の仕事は、すなわち、侵入者の捕縛と排除。
捕縛されるだけならばまだ命を失うことはないのですが、我々にとって不幸なことに——現在遭遇するガーディアンのほとんどが、『排除』の命令を実行しようと襲い掛かってきます。
何故なら——長い歳月を経ても現存する遺跡——高度な劣化防止機能が働く遺跡となると、当時においても重要な施設である場合が多いからです。防衛の為、機密漏洩を防ぐ為、侵入者への容赦など端から考慮されていないのでしょう。
今現在、わたし達が踏み締めるこの遺跡も、おそらくその中の一つ。
いつガーディアンと遭遇してもおかしくない状況の中、周囲を警戒しながら、それでも出来るだけ速く進軍していたわたし達ですが、
「あれは……」
ふいに、足を止めることになります。
通路の隅に、血の海が広がっていました。その中心、仰向けに誰かが倒れています。近付くと、思わず目を覆いたくなる光景がそこにありました。血溜まりの中にたゆたうように、横たわる——おそらく、男性。引き裂かれた腹部、こぼれ落ちる臓物、切断された腕、半分潰れた頭部、一目で手遅れと分かる惨状に、わたしは口元を押さえました。
「こりゃまた酷いねー」
セラディスがそう言いながら、しゃがみ込んで遺体の検分を始めます。
辺りには、生々しく残る戦闘の跡が。
わたしは周囲を哨戒しつつも、頭に思い浮かんだ答えを口にしました。
「ガーディアンの仕業……ですね」
「んー、だろうね」
遺体の切り口や損壊具合から、その判断は容易に出来ました。ガーディアンは標的の生死をエーテル反応や整体反応で判断します。幸か不幸か、人の体というのは完全に生き絶えるまでに存外時間が掛かるもの。
故に、彼等はやり過ぎてしまう。
完全に、標的の息の根が止まるまで。
徹底的に、攻撃を続ける。
「あんまり見ない方がいいんじゃない?」
「いえ、大丈夫です……」
この手の光景を目にするのは初めてではありません。少し気後れはするものの、直視できます。
ただ——。
「……この人……どこかで見たことがあるような……」
それも、つい最近。顔が半分無いので判断がつきづらいのですが、服装や雰囲気に見覚えがあったのです。必死に記憶を辿っていると、
『主様が、この街に来て最初に立ち寄った宿——の、ロビーにいた客の一人じゃな』
レーヴァが助け舟を出してくれました。起きている時の彼女はわたしの視覚情報を記録として保存することが出来るので、こういう時は頼りになります。
何故、旅行者がこんなところに——?
「ん、何か持ってるね」
セラディスの声に視線を導かれ、遺体の残された手に注視すると、そこに小型のデバイスが握られているのが確認できました。
「失礼します」
一度合掌し、遺体へと手を伸ばします。死後硬直なされていましたが、デバイスは浅く握られていたおかげで、なんとか取り出せました。
血を拭き取りながらデバイスを観察すると、どうやら記憶装置のようです。手持ちの端末に繋いでみますが、接続端子がダメになっているのか、はたまた規格が合わないのか、読み込めません。しかし、デバイスの側面に発見したスイッチを入れると、空中にモニターが投影され中身が閲覧できるようになりました。
「うーん……」
データがところどころ壊れている上に、英語と呼ばれる古代語で記録されています。文章や情報が断片的なので、何が書かれているのか文脈から推測することもできません。かろうじて拾えたのは、いくつかの単語。
『救世主』……『11人の子ども』……『エーテル』……『楽園計画』……『腐った知恵の実』……。
救世主とは、レーヴァのことでしょうか。
彼女がサルベージした記録の中に、同じ単語がないか照会を依頼しますが、返ってきた答えは『……分からんのぅ』とのこと。項垂れるようなその語調に、わたしは慰めの言葉を送りました。気にしないでください。
「セラディスは? 何かわかりますか?」
「んにゃ、さっぱりー」
同行者に尋ねても肩を竦めるばかり。
他に手がかりがないかと画面をスクロールしていたところ、モニターにノイズが走り始めたかと思うと、ぷつんと消えてしまいました。再度スイッチを押すも、反応せず。どうやら完全に壊れてしまった様子。
わたしは少し逡巡してから、デバイスをレーヴァへと収納しました。もしかしたら後程、何らかの手かがりになるかもしれませんので。
「なんでこんなもの持ってたのかな?」
「おそらく、この遺跡で見つけて持ち帰ろうとした、とか」
遺跡から出土した前史文明の機械や遺物は、闇市で高値で取引されます。なので墓荒らし行為は後を立たず。そんな犯罪行為が各地で問題になっているのでした。
わたし達も同じ罪を犯しているので、彼等を批難する資格は全くありませんが……一つ、分かったことがあります。
旅行者の行方不明事件について。
「もしも、行方不明になった他の旅行者もこの方と同じように、自らこの遺跡に足を踏み入れたとしたら……?」
「そりゃまあ、何の装備も知識も無かったら、この仏さんと一緒な運命を辿るだろうねえ」
ナンナリッタさんが言っていた目撃情報。人目をはばかる被害者も、遺跡へ盗掘に入る目的であったのなら、その不可解な行動にも説明がつきます。
わたし達が通った入口はロックされていましたが、ここまで広大な遺跡ならば、別の出入り口はあるでしょう。
残る疑問は、何故土地勘のない旅行者が、この遺跡の存在を知っていたのか。
——誰かが、囁いた?
だとしたら、その目的は? 旅行者が遺跡で亡くなることに、何の得があるのでしょうか。
まさか、ナンナリッタさんもこの場所に——?
「エルルちゃん、どうやら考える時間はないみたいよ」
セラディスの言葉に従い、視線を通路の奥へと向けます。エーテルを目に集中し、遠くを探ると、複数の機械人形がこちらに迫ってくるのが確認できました。
形状は様々。人型のもの、多脚型のクモのようなもの、狼のような方をしたもの、ぶっとい砲座を背負った大型モデル。まさに輻輳といった様子ですが、そんな彼等の目的は一つでしょう。
すなわち、招かれざる客の排除。
わたしは、レーヴァを抜刀しました。エーテルを流し込み、刃を展開。切っ先を真っ直ぐ構えます。軽く息を吐き、体を弛緩させ、戦闘態勢へ。
「セラディス」
「へいさ」
徒手空拳の構えをとるセラディスと目線を交わし、いざ。
一点突破、遺跡の奥へと邁進です。




