7 世界は天秤。傾く命の皿②古の。
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わたし達がたどり着いたのは、苔むした遺跡でした。場所は診療所の近く、住宅街から少し外れたエリア。この辺りはどうやら遺跡が密集しているようで、開拓するわけにもいかず、手付かずのまま放置されているようです。
今、目の前に隆起する建物——のようなものも、かろうじて外観こそ保ってはいるものの、その半分はまるで巨大な竜に噛みちぎられたかのように消失していました。
なので、入り口には困りません。
わたし達は、遺跡へと足を踏み入れました(犯罪行為)。
中は植物と土に侵食されています。どうやら過去は住居に使用されていた建物のようで、朽ち果てたテーブルや椅子、錆びた機械などが植物の根に埋もれて散見されました。
「ここにライザが……?」
わたしが尋ねると、セラディスはうーんと顎に手を当てます。
「というよりは、もっともっと下だね。なんとなく——この辺の遺跡のどこかに地下への入り口があるのかも」
地下遺跡——むしろ外気にさらされない分、保存状態が良好なことが多く、中には未だ稼働する遺跡もあります。
わたしは、オルセアの街でのことを思い出し、心臓が締め付けられる思いでした。
「でも、ちょっと変なことがあってさ」
「変、とは?」
「ライザのエーテルが、やたら小さいんだよね」
「ということは——」
エーテルは、ヒトに宿る命の灯とも言えるもの。その多寡には個体差があるものの、平常時のエーテル量が分かっていれば、その人物が今どんなコンディションにあるかを測ることができるでしょう。
ライザの身に、やはり何か起こっているのでしょうか。
「んー、でもそういう感じゃないんだよね。感覚だからうまく伝えるの難しいんだけど……弱ってるんじゃなくて、ただ小さい——なんかこう、切り分けられたモナカの一片みたいな? これ以上は実際に見ないと分からないカモ」
「そうですか……」
焦燥へ駆られつつも、辺りを見回します。地下への入り口ということで、視線は自然と下へ。部屋の一角に気になる箇所を発見します。瓦礫に埋もれた床に、下へと続いていそうなハッチラインを発見しました。セラディスと視線を交わし、瓦礫をどかしていきます。二人がかりでしたので、作業はすぐに終わりました。
瓦礫の下から現れたスイッチを押すと、ギシギシと音を立てながら、ハッチが開きました。
「エーテルエネルギーが生きている……」
スイッチが反応するということは、エーテルが供給されている状態。稼働する遺跡にはある一つの懸念がありました。
それは、『ガーディアン』の存在。
遺跡が稼働しているということは、侵入者を防ぐ防衛システムが生きている場合が多いのです。
「……気をつけていきましょう」
梯子を使い下へ。雨水が貯まる通路を進み、現れたのは一つの扉でした。
石と金属の中間のような不思議な材質。経年による劣化が、床や壁と比べて明らかに少なく、淡いエーテル光が扉に刻まれたラインから漏れ出ています。
取っ手も何も無い、ノッペリとしたデザイン。
これは、教団の拠点にあったものと同じタイプを彷彿とさせました。
ということは——。
視線を巡らせると、扉のすぐ近くの壁に端末がありました。スイッチ類はどこにも無く、ただパネルだけが設置されています。
この手のタイプは、認証式。パスワードや鍵ではなく、登録された生体情報を読み取り開閉するタイプでしょう。
最悪、扉ごと破壊するしか——そんなことを考えながら、ダメで元々、何気なく——フィアリスちゃんがしていたように——自らの手の平をパネルに押し当てました。
『認証シマシタ』
「え——」
扉が音もなく、スムーズに開きます。
「開いてしまった……」
何故……?
「凄いね、エルルちゃん。どうやったの?」
「えと、それがわたしにもよく……」
疑問は残りますが、今はとにかく先に進むしかありません。
扉の奥には、驚く程状態のいい遺跡が広がっていました。こんな状況で無ければ、諸手を挙げて喜んでいたかもしれません。
けれど——。
心のずっと奥。
ざわざわが消えません。
わたし達は、地獄の釜へと足を踏み入れました。
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【Side:Liza】
「一つ、面白い話をしようか」
肉親としての姉であり、育ての親である義姉を殺した仇敵は、ライザを誘うようにその幼い顔を綻ばせる。
「昔々の事さ。まだ人間が生きていた時代、人々はあるごっこ遊びに夢中だったんだ。すなわち、『死』への叛逆、死への反抗。生物としての矜持すら掃き溜めに遺棄して、永遠の命を願ったんだね。様々なアプローチから研究を進めていたみたいなんだけど、そのうちの一つが『機械』と人の融合。半永久的な劣化防止技術が用いられた機械を、生体に組み込んで永遠を得ようとしたんだ。笑っちゃうよね」
「貴様は一体、何の話をしているんだ……?」
「ただの世間話さ。おまえ、雑談も出来ないのか? そんなんじゃ人付き合いに苦労するぞ。お姉ちゃん心配だな」
何が姉なものかと、ライザは唾棄する。自分は一度もこの女のことを肉親だと思ったことはない。ただ——血が繋がっているだけ。それだけの呪縛が、どこまでもついて回る。ひたすらに不快だった。
「ふざけるな。貴様の与太話に付き合う義理はない」
言い捨て、ライザは戦闘態勢へと入る。自身の周囲に浮遊剣を出現させ、その全ての切っ先をラゼルへと向けた。
ペイルローブの街での事件。
そして、エルルの話から、オルセアでの事件にも、こいつが関わっている可能性が高い。
今、自分の目の前に現れたラゼルの目的は不明だが——逆を言えば、ここでこいつを打ち倒すことができれば、その企みを阻止することが可能だとライザは判断した。
例えそれが、どれだけ無謀だったとしても。こうして相対した以上、ことの外選択肢は限られていた。
お互いの視線が、正面から交錯する。
ぎしり、と。
二人から迸るエーテルが、部屋をきしませた。
しかし、ラゼルは笑みを崩さない。端正な顔立ちが、優しく歪んだ。
「そう邪険にするなよ。義理はないけれど、義務はあると思うけどな。おまえはぼくの弟だ。弟なら、姉の言うことは聞くもんだろう? 常識だぜ、知らないのか? そもそも——」
ラゼルがいい終わるよりも早く、ライザは動いていた。待機させていた浮遊剣と共に、自身の体を前へと突貫させる。
先手必勝。
実力が大きく上回る相手には、下手な小細工は逆効果だ。求められるのは、今ある自らの最大戦力を、いかに早く叩き込めるか。
淀みなく、全力をぶつける。
そんなライザの判断は間違っていなかった。
誤算があったとすれば、それでもなお埋まらない単純な実力差。
衝突の刹那——。
ラゼルが、ぱちんと指を鳴らした。それと同時に浮遊剣が霧散し、ライザの体が後方に吹き飛んだ。
そのまま部屋の壁に激突——するはずだったが。
ライザは受け身を取りながら、驚愕の光景を目にする。
ラゼルを中心に、まるで闇が広がるかのように、周囲の景色が一瞬にして変わっていたのだ。宇宙空間を思わせる様相。足元は闇。前後左右が、奥行きの掴めない星空のごとく広がりを見せている。
視界だけではない。ありとあらゆる音、気配、全てが世界から隔絶されていた。
「せっかくの再会だ。姉弟水入らずで楽しもう」
『空間構築魔法』——ライザの『転移』と同じく、非常に高度な魔法である。
それをこちらの攻撃を防ぎながら、いとも簡単に行使する。
彼我戦力の圧倒的な差に、ライザは歯を軋ませた。
その対極、ラゼルは余裕のある表情。
「おまえは本当に出来が悪いなあ。攻撃するのはいいけど、あまりに内容がお粗末だ。だいたい、勝算はあったのか? 勝ち目がないならないで、ぼくの虚を突きたかったんなら、行動が遅過ぎる。いや甘過ぎる。相手を捉えた時点で即攻撃だろ。ようするに中途半端なんだよ、おまえは」
やれやれと肩を竦める少女に、ライザは何も言い返せない。中途半端——ラゼルが放った言葉が重くのし掛かる。悔しさと後悔が胸を支配していた。愚かな自分に腹が立つ。無力な自身を呪う。それでも目の前の『現実』は変わらない。例えば、この女の目的がエルルに危害を加えることだった場合どうなる? 自分に何が出来る? 何も出来やしない。力が無いとはそういうことだ。
ライザは、拳を握り締めた。血が滲む。構わない。強く、強く、強く。拳が砕けそうな程。何も掴めない、何も守れない、こんな手などいっそ無くなってしまえばいい。そんなやけを起こしそうになるくらい、自分が情けなかった。
「なん——なんだ、お前は。何故、俺の……俺達の前に現れる。何が目的だ? 何を、考えているんだ……?」
ライザの口から出た言葉は、弱々しく、実に憫然たるものだった。
懇願にも似た問い掛けに、ラゼルが優しく微笑む。
「そんな顔するなよ」
手のかかる弟を見守るようなその視線は、彼女の毒と共にライザを包み込んだ。
「何も企んでなんかいないさ。ぼくはただ、おまえが心配で会いにきたんだよ。弱くて、弱くて、弱くて出来損ないの弟。『救世主』のそばにいるおまえが、いつまでもそのままじゃ困るんだよ。だから——」
ラゼルがゆっくりと歩み寄ってくる。誘うように両手を広げ。年頃の少女らしい悪戯っぽい笑みを浮かべ。
「久しぶりにお姉ちゃんが稽古をつけてやろう。やり過ぎたら、ごめんね?」




