6 世界は天秤。傾く命の皿①選択する枝葉の枯れ雫
【Side:Elulu】
ライザが部屋を出ていってしばらくの事です。
「エルルさん!」
慌ただしいノックと共に、息を切らせたエオルグさんがなだれ込んできました。
何事かと目を丸くするわたしに、彼は酷く冷静さを欠いた様子で言います。
「ナンナリッタが! ナンナリッタがどこにもいないんです!」
「お、落ち着いてください。どこかに出掛けただけでは?」
「あの子が今まで一声もなく出掛けたことなどありません! それに、こんな夜更けに……」
脳裏によぎるのは、行方不明事件。今までの被害者が旅行者だからといって、次もそうとは限らないのです。エオルグさんの慌てようも当然のことでした。
わたしは、つとめて冷静を装います。
「警察には?」
「いえ、まだ……」
「ならばまず、エオルグさんは警察に連絡を。わたしはライザと手分けして、街を捜索します」
「わ、分かりました」
エオルグさんが急ぎ足で去っていくのを確認してから、脳内でスイッチを入れました。
「レーヴァ」
『聞いておったよ、主様』
返ってきた相棒の声で、【終焉たる救世主】の起動を確認。
「遺物の気配は?」
『しておったら、とっくに伝えておる』
「そうですか……」
彼女のサーチ機能は便利ではありますが、決して万能ではありません。一に、『稼働中』の遺物しか感知出来ないこと。二に、フィアリスちゃんのように人の体内に遺物がある場合も、レーヴァは反応しませんでした。他にも、特殊な状況下での感知不能は存在するでしょう。
反応がないからといって、安心も油断も出来ない。
「…………」
嫌な予感がしました。坂道を転がり落ちるように、事態が急変していく感覚。今までの経験からか、悪寒が止まりません。
迅速な行動が求められます。
まずはライザと合流。彼のエーテル探知能力でナンナリッタさんを探すのが、最善。
冷静に。落ち着いて。
早足でライザの部屋へと。ノックをするも、反応がありません。
もう、寝ているのかも。そう思い、失礼しますと声を掛けながら、扉を開けます。
「ライザ……?」
部屋は、もぬけの殻でした。
どくん、と心臓が跳ね上がります。
すぐに懐から端末を取り出し、画面を操作。ライザに通じるコードを呼び出すも、応答はありませんでした。
「…………」
大きく深呼吸。落ち着け、落ち着いてください、わたし。
ライザが持っている端末は、オルセアでの一件以来、何かあった時の緊急連絡用として調達したものです。応答がないのは、彼が今、少なくとも何らかの理由で『応答出来ない状況にある』ということ。
一体、何が起こっているのか。
ナンナリッタさんがいなくなったタイミング
で、ライザも姿を消した。
無関係?
とてもそうは思えません。
「……レーヴァ、ライザのエーテルを感知することは可能ですか?」
『今のままでは、ちと厳しい。召喚機能を使えば、あるいは』
あれの稼働時間は3分。使用後は行動不能。切り札は、簡単には切れません。
目の前には、決して逃れようのない選択がありました。
ナンナリッタさんとライザ。片や知り合ったばかりの友達、片や大切な仲間。
今、わたしが優先すべきなのは——。
「……ナンナリッタさんを探します。あなたも、何か気が付いたことがあれば言ってください」
『うむ、了解した』
わたしは、駆け出しました。
どちらの選択が正しかったのか。未来は不確定で、いつだって過ぎ去ってからの後悔だけが募るばかり。
ライザを信じる。そんな綺麗事に、今のわたしは縋るしかありませんでした。
————
ナンナリッタさんを捜索する。その為の効果的な手段を、わたしは持ち得ませんでした。
ならば、しらみつぶし。遮二無二ひたすらに体を動かすしかありません。
ひとまずは、高いところを目指そうと思い立ちます。本来であれば、こういったローラー作戦は人手があって初めて成立するもの。それを補う為、できるだけ高所から街を見渡す——すなわち空からの探索を目論んだのです。
脚にエーテルを集め、診療所の屋根へとひとっ飛び。猫のようにしなやかに着地すると、すぐに辺りを見渡します。時刻は既に夜。完全に陽は落ち切っていましたが、街明かりのおかげで、お目当ての物はすぐに見つかりました。
『エーテル炉』——現在の帝国に存在する、中規模程度以上の街には、ほぼ必ずといっていいほど存在するエーテル貯蔵施設です。
今、特筆すべきは、その大きさ。街のどんな建物よりも巨大なあの場所からなら、あるいは——。
わたしは、大きく跳躍しました。
建物の屋根から屋根へと。
風をこの身で切りながら、息つく間もなく連続で飛び移ります。障害物の多い下界を行くよりは、遥かに早いという判断。事実、大した時間も掛からず目的地付近へと辿り着きます。
ほぼ廃墟といっても差し支えない建物の屋上に着地。瓦礫越しに、エーテル炉周辺の様子を伺いました。
やはり、警備が配置されている様子。灯を携行した人影が多数確認できます。ペイルローブの街でもそうでしたが、エーテル炉はその街の生活の要。また、遺構を再利用したものですので、壊れてしまえばほぼ修復は不可能ということもあり、必ずといっていいほど駐在国軍が警備にあたっています。
数十人程度ならばものの数ではないですが、今後のことを考えると見つかるわけにはいきません。
幸い、エーテル炉の側面には、点検用の階段が設置されており。あそこまで跳べれば、あとは難なく頂上まで登れそうでした。
急がなければ。
現在地から、そこへと至れる足場をピックアック。跳躍する順番をシュミレートし、いざ——
「こんなとこで何してるの? エルルちゃん」
「わひゃぁ⁉︎」
慌てて口を押さえます。そんなことをしても驚き声は戻ってはこないのですが、幸い距離が離れていた為か、警備の人達には気づかれなかった様子でした。
わたしは、恨みがましく振り返ります。
「セラディス……何故、ここに?」
「こっちの台詞のなんだけどネ。オレはただ、街でおねえさんとデートしてたら、屋根を飛び移ってくエルルちゃんの姿が見えたから追いかけてきただけ」
衆目に止まらないくらいの高速移動はしていたのですが、セラディスの目にはハエが飛んでいるくらいには見えていたのでしょう。
なんにせよ、ここにきて人手が増えるのは単純にありがたいことでした。
「それで? どうしたの? なんか慌ててたみたいだけど」
わたしは、セラディスに事情をかいつまんで説明しました。この街で起きている行方不明事件。突然いなくなったナンナリッタさん。ライザも行方知らずで、苦肉の策でここに来たこと。
彼は、ふんふんと頷いて見せると、あっけからんと言い放ちます。
「なるほどねー、じゃあ行こっか。ライザのところ」
「は——え? 行く? わ、分かるんですか、彼の居場所が」
「んー、分かるよ。だってオレ、エーテル感知が出来るんだい」
そう言って、胸を張るセラディス。大の大人が、しかもガタイのいい男の人がえへんと胸を逸らす姿は、中々に目を逸らしたくなるものがありますね——ではなくて。
「あなた、とんでもないこと言ってません?」
エーテル感知——それは、魔法使いにだけ備わる力です。
わたしのように体内でエーテルを操作する術を身につけた者でも、出来るのはせいぜい、間近にあるエーテルを肌に感じられる程度。
遠方の、それも特定のエーテルを感じ取れるのはライザや師匠のような魔法使いにしか不可能なのです。
「セラディスは、魔法使いなんですか?」
そう口にしたはいいものの、それが常識に照らし合わせてあり得ないことをわたしは知っています。
ライザの存在が特異なだけで、今の世界——アル・セリカに、魔法使いはもういないことになっています。
13年前——『魔女の黄昏』と呼ばれる戦争により、彼等は死に絶えた——というのが教科書に載っている一般常識。
セラディスは、皮肉っぽい笑みを浮かべます。
「オレは魔法使いじゃないよ。ヒトにも魔法使いにもなり損ねた、ただの″半端者″。魔法は使えない。けれど、それに近いことはできちゃうんだよね、困ったことに」
「そう——ですか」
聞きたいことが——ありました。たくさん。
それでもわたしがそれ以上の言葉を飲み込んだのは、いつも飄々としている彼の、その瞳の奥に僅かながらの陰りが見えたからです。
人には、触れられたくない領域があります。わたしだって、それは同じ。傷痕を知られるのは怖い。一抹の寂しさはあるものの、だからこそわたしは、聞きたいことの全てをぐっと我慢するのでした。
わたしの視線に気づいたセラディスが、困ったように眉を下げます。
「ごめんね、気を遣わせちゃって」
「なんてことないですよ。わたしは大人ですので、処世術は心得ています。ただ——成り行きとはいえ、わたし達は仲間です。もし一人で抱えきれなくなったら、いつでもウェルカムですよ」
「いやーん、エルルちゃん大胆。あんなことやこんなこと、しちゃっていいってこと?」
「そうですね。無事、ライザもナンナリッタさんも見つけられた暁には、手を繋ぐことくらいやぶさかではありませんよ」
「なにそれ、最高にやる気でるじゃん」
セラディスの目が優しい色を帯びます。
そして、何故か当たり前のように頭を撫でられました。いつものセクハラとは違い、悪い気はしません。ですが少しだけ小っ恥ずかしいのでつい憎まれ口を叩いてしまいます。
「痴漢ですか?」
「前金的な? ——さ、それじゃあ、素晴らしい報酬の為にひと頑張りするとしますか」
「まずはあのロリコンを探し出す」
「そうだね。ナンナリッタちゃんって娘のエーテルは、オレ知らないからさ。先にライザを見つけて、アイツにナンナリッタちゃんのエーテルを探らせるのが一番確実でしょ。ちょっと急ぐから、ちゃんとついてきてね?」
「望むところです」
明確な道筋が見えたわたしに、迷いはありませんでした。けれど。
一瞬にして移動するセラディスの背中を追いかけながら、ちくりと胸が痛みます。
いつだって。
誰かの力に縋っている。
そんな悔しさは、夜の闇に溶けて——。
いつしか。
何も分からなくなる。
そんな気さえしました。




