4 愛はかくも語りき④それは夢。過去から未来へと続く。
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採取地は、森の中にある開けた土地でした。木々が忽然と途絶え、日当たりも良好。小さな池や、瓦礫のような遺跡が散見され、植物が豊富に生い茂っています。
簡単なレクチャーを受けた後、装備品を受領し、いざ採取開始。
しばらくして。
「これですか?」
「そうそう、それそれ! エルルちゃん上手!」
「えへへ」
えへへ(23歳)。人に褒められるとすぐ気分がよくなってしまうわたしです。ついつい。
「採った薬草は必ず私に見せること! いいですね」
ナンナリッタさんが、引率の先生のように言います。実際、彼女には文字通りその資格がありました。
この国では、薬草を採るのにきちんとした免許が必要です(もしくは、有資格者による監督の元の採取)。人の薬の材料となるわけですから、知識の無いものが好き勝手にすれば、割と深刻なことになります。
わたしも帝国に住んでいたころ、同級生が薬師の資格を取ろうとしていたのを傍目に見ていたのですが、結構難関。ナンナリッタさん、16歳とおっしゃっていましたので、その歳で資格を持っているのは極めて凄いことです。
先生の言い付けを守りながら、わたしは黙々と作業に没頭しました。
薬草も、種類によって採取の方法が変わります。今採っているのは、根に効用があるタイプ。根を傷付けぬよう、周りの土を手袋をした手で少しずつ崩して…………上手に採れた時は、達成感もひとしおでした。
「ふう」
結構採れたので、一旦先生に報告しようと立ち上がります。その時でした。掘り起こした土の中に蠢くものを発見します。
「まあ」
ミミズでした。指で摘んで手のひらの上に乗せます。うねうね。にょろにょろ。
「まあまあまあ」
なんて可愛い。にょろにょろした感じとか、つるつるした感じが堪らないですねー。
弱ってしまうので、あまり長くは手の平に乗せておけませんが……わたしも久々のフィールドワークで少しテンションが上がっていたのか、気がつくと手の上 (直に感じたいので手袋外しました)には、いっぱいのミミズやらダンゴムシやら、カブトムシやカナブンの幼虫、オケラやコオロギやアリなどがひしめいていました。
なんというかこう……やったね、って感じです。この辺の地面で採れる虫は、コンプリート
(刺すやつとか毒を持っているのは装備が無いので割愛)したのではないでしょうか。
コングラッチュレーション!
頭の中でファンファーレが鳴ります。
「はっ——いけない」
ここには、お手伝いで来たはずです。ずっと彼らを眺めていたい気持ちはありましたが、遊んでばかりもいられません。
ひとときの喜びを提供してくれた彼らに、お礼と謝罪を言い、手放そうとしたその時です。
「エルルちゃーん、採れてるー? うきゃああああああああ⁉︎」
ナンナリッタさんの悲鳴が、静寂な空気を切り裂き貫き轟きました。
ああ……耐性が無い人からすると、中々にショッキングな光景ですよね……。わらわらわしゃわしゃにょろにょろかさかさは、古来より特に乙女から嫌われる宿命にあります。
あれ——? ということは、わたしって……乙女、ではない……?
……いやいや、世は多様性の時代。虫まみれの乙女が存在してもいいはず。よってわたしは乙女。完璧なる乙女。華麗なる美少女。
「ひぃぃいいい⁉︎」
ナンナリッタさんがうずくまり、この世の地獄から目を逸らさんばかりに両手で顔を覆ってしまいました。
慌てて虫たちを手放そうとしますが、そこでわたしは気付いてしまいます。
何に? ナンナリッタさんの視線に。指の隙間から覗く、どことなく期待が込められたその視線に。
「えっと……」
虫をたたえた手を近づけます。
「きゃああぁぁぁ!」
離します。ちらり。近づけます。「ひぃぃぃぃぃ」離します。ちらり。
人間って、不思議なもので。
怖いもの見たさとか。スリルとか。時にマイナス要素が、愉悦に変換されてしまう生き物なのです。
お化け屋敷とか、いい例ですね。古来には、遥か上空を高速で、上下左右に走り回る恐ろしいトロッコも存在したとか。
わたしもなんだか、背中がぞくぞくしました。
イケナイ扉を開いてしまったのか。
その後、しばらく二人で遊びましたとさ。
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つつがなく作業が終わりました。今は池の近くにあった岩に腰掛け休憩中。二人の息がはずんでいるのは気のせいでしょう。
「それにしても——」
息も整ってきた頃、わたしはお喋りに興じようと話題を切り出しました。
「ナンナリッタさん、凄いですね。その歳で薬師の免許を持っているんですから」
ナンナリッタさんが照れたようにはにかみます。
「ありがとう、エルルちゃん。結構頑張ったんだあ。勉強する時間はいくらでもあったからね」
「時間が?」
「うん。えっとね——私、数年前くらいまでは、”病気″でずっと家に籠りっきりだったから」
「そ、そうなんですか?」
とても今はそう見えません。その言葉を聞かなければ、思いもよらなかったでしょう。
ナンナリッタさんは、とびきりの笑顔を見せます。
「お父さんのおかげなんだ。お父さんが、私の病気に効く薬を作ってくれたの。私が子どもの頃から、長い時間をかけてね。当の本人はとっくに諦めちゃってたのに、それでも必死で、私の為に。嬉しかったなあ」
宝物を自慢するようなキラキラした目を、足元に置かれたカゴいっぱいの薬草に向けます。
「だから私、そんなお父さんの姿を見ててね、医者になりたいって思ったの。この薬草達も、薬になって病気の人達に届けば、その症状が和らぐかもしれない。私と同じような苦しみの人を少しでも救えれば、そんな素敵なことはないわ」
自身が経験したからこそ。
同じ辛さを味わう人々の力になりたい。
当たり前のようでいて、それはとても素晴らしい夢。
「だから今も猛勉強中! 実はこの間、試験にも受かってね、来年から帝都の医療学校へ通うことも決まってるんだ!」
彼女の将来は、きっと輝かしいものになるでしょう。そう予感させる程に、ナンナリッタさんの目には決意と希望が満ちていました。
わたしは——わたしは、そんな彼女を羨ましく思います。
「エルルちゃんは、どんな夢があるの?」
「わたし——ですか」
わたしの夢。
それは、かつて存在していたはずの光でした。今となってはもう……この手を伸ばしても、決して届かないでしょう。かつての体を取り戻したとしても、夢を追い求めるには、あまりにもわたしは罪を犯し過ぎました。
ああ——それでも。
もし。
もしも、万が一。
それでも、赦される時が、来るのなら——。
「いつか——ずっと先。それまで出来た仲間たちと一緒に、ピクニックに行きたいです」
バスケットいっぱいのサンドウィッチを携え、スコーンを肴に。
青空の元、皆んなで笑っていられたら。
それはきっと、素敵なことだと思います。
「素敵な夢だね!」
わたしの心に呼応するように、ナンナリッタさんは朗らかに笑います。
そう言われることが、素直に嬉しい。
けれど。
「えっと——私も、その中の一人にいるかな?」
「ええ、きっと」
そんな——ありもしない希望にすがることすら、きっと、赦されざる罪なのでしょう。




